帰国まで(8/13)


  1. 事前準備
  2. モスクワへ(8/8)
  3. モスクワ市内観光(8/9)
  4. ブルガリアへ(8/10)
  5. 皆既日食観測(8/11)
  6. ネセバとバルナ(8/12)
  7. 帰国まで(8/13)

  8. ブルガリアで入手した新聞

◇朝食とブルガリアの味
朝、部屋から見たヴァルナ 1999.8.13。 豪華な部屋ではあったが、ベットで寝ていた時間は短い(^_^; 作業を終えて寝たのは深夜2時過ぎだった。 眠気を払うためにシャワーを浴びる。

朝食はホテル1Fの食堂でだが、外にもテーブルが用意されている。 そうとなれば、外で食べた方が美味しいに決まっている。

今回の旅行で、ホテルの朝食はどこもバイキング形式が基本だった。 どこの国に行っても同じだろうなあ。

まずは「Прясно мляко(プリャースノ・ムリャーコ)」(新鮮な牛乳)を。 牛乳の味はどこもあまり変わらないか(^_^; 「Кисело мляко(キーセロ・ムリャーコ)」(酸っぱい牛乳)はヨーグルト。 ムリャーコと言うと「どっちだ?」と聞かれるらしいが、 結局試さなかった(^^; どちらにしても日本へ持ち帰れる格好では売ってくれないので、すぐに食べなければならない。 日本人の発想だったらヨーグルト印の土産物をいっぱい作るのだろうけど、 ブルガリアにはヨーグルトを土産物として観光客に売る考えはないようだ。

日本の総合商社はブルガリアにまで売り込みに来たことがあり、 その時に支払代金代わりに受け取ったのがヨーグルトだったそうだ(^^; 外貨がない国にまで売り込みをかけたのだね(おいおい)。 当時の他の東欧諸国への売り込みでも支払代金を物納され、 処理に困ったことはよくあったそうだ。 ヨーグルトについては、そのときの運搬方法は知らないが、 日本に持ち帰って売り出したらうまく当たって今に至るそうだ。 そのため、「ブルガリア・ヨーグルト」の名前だけは今でもしっかり日本に残っている。

持ち帰れるのは映像と記憶だけ。しかし、 ブルガリアで口にしたヨーグルトはどれもプレーン・ヨーグルトそのものだった。 よく食べたし、食べるのに問題はないが、面白味はない(^_^;

チーズは色々とある。 柔らかい白いチーズが「СИРЕНЕ」(シーレネ)、 堅く黄色のチーズが「КАШКАВАЛ」(カシカヴァール)。 チーズはどれも独特の味があり、一切れ二切れは食べられるが、 最後まで多くは食べられなかった(^^;

本当はヨーグルトにも色々な種類があるらしい。 牛乳ではなく、羊乳から作られたヨーグルトは味が濃くてうまいらしい。 牛乳と羊乳を混ぜて作った「СМЕСЕНО(スメーセノ)」(「混ざった」という意味) と呼ばれるヨーグルトの話も聞いたことがある。 ヴァルカン山脈のシプカ峠では野牛のヨーグルト「БИВОЛСКО」(ビーヴォルスコ) が売られていると聞く。 逆さにしても流れない豆腐のようなヨーグルトだそうだ。 これらを食べに行くのは今回は無理だ。

意外と言うかソーセージが美味しい。見かけはよくないが、 肉の味がしっかりする。混ぜ物や増量するような物が混じっていないのだろう。

トマト、キュウリは何度も食べた。大きく味が違うわけではないが、 どこで食べても新鮮で、日本だったら同じレベルの野菜を供給し続けるのは難しいだろう。

デザートにほとんど必ず食べていたのがオレンジ。手でむけて、日本のミカンに近い。 味は日本のミカンの並み以上だ。

スイカはどこでもあるようだ。世界中どこへ行ってもあるのでは? ブルガリアで食べたスイカの味は、日本のそれと大きくは違わないようだ。


◇ヴァルナ駅まで散歩
朝食後、ヴァルナ駅まで歩いて行って帰って来れるだけの時間はありそうだ。 自由に外を歩けるのはこれが最後だ。 前日、トランクは廊下に出しておくよう指示があったので、荷造りをして廊下に出しておいた。

大きな日時計 「地球の歩き方」からコピーした地図を手に、まずは黒海へ向かう。 大きな日時計があって、その先は黒海だった。 ここはプリモルスキ公園(Парк Приморски)。 「臨海公園」という意味ですね。

このあたりは海水浴場になっているはず。 少し歩くと黒海へ出る所があった。何人かが泳いでいるから確かに海水浴場だ。

黒海の海水浴場 砂地で、波が寄せてくる。どう見ても海だ。 小さな貝殻が波打ち際に並んでいた。 寄せてくる波を手に受け、口に運んでみた。 しょっぱくない? もう一度試したが同じだった。 幾つもの河川が流れ込み、比較的閉じた海だからだろうか。

海軍博物館 昔の軍艦が展示されている所へ来た。海軍博物館(Мореплаване Музей)だ。 10時からのはずだから、まだ開いていないはず。 外に展示されていた軍艦を撮影すると、 プリモルスキ通り(ул. Приморски)を先に進んだ。

道が大きく曲がり、下り坂になった。ヴァルナ港だ。 港湾施設らしきものの先に、ヴァルナ駅(Варна Гара)が見えた。

ヴァルナ駅 ヴァルナ駅に入ったら、ホームまで行けてしまった。 入場券は不要らしい(^^; レールはどう見ても広軌だ。メジャーで計ったら不審がられるだろうなあ(^_^; 人を含む格好でデジカメで撮影。人を含む格好で映像を持ち帰れば、おおよその大きさがわかる。 スパイの常識の一つ(おい)。

入った方向と別の出口の方へ向かったら、電光掲示板があった。 列車の行き先や発車時刻がわかる。 切符売場もあって、短い行列が出来ていた。自動券売機はないようだ。 テツな友達用に撮影。画像がお土産だ。

切符売場の近くにフィルム屋さんらしきものがあった。 3時間と24時間と言う表記があるが、24時間で現像してくれるのかも(^^? 電池も何種類か売っていた。単3や単4、それにボタン型電池。 リチウム電池はないなあ。ハンディカムなどのバックアップ電池として CR2032が用いられているが、ここには売っていないらしい。


◇ヴァルナ駅から戻る
時間はあまりないし、犯罪者が集まる傾向があることから駅周辺に長居しない方がよいらしい。 ホテルへ戻るが、同じルートではつまらない。 「ローマの浴場跡」を経由すれば、距離も短くなるはずだ。

現代史博物館脇の遺跡 プリモルスキ通りを少し戻ると、大きな建物が見えてきた。 地図にある現代史博物館かと思ったが、違うようだ。 その隣に遺跡らしきものがあり、その奥の小さな建物が現代史博物館 (Музей за нова история)だった。 遺跡の所で曲がり、現代史博物館前を通って町中を歩く。 まっすぐ歩くと「ローマの浴場跡(Рчмски Терми)」があった。

ローマの浴場跡の隣にあるカフェ 「ローマの浴場跡」は周囲がしきられ、入るには入場料が必要だ。 もっとも、格子の外から見るだけでも十分に来た介があった。 「ローマの浴場跡」に隣り合う格好でカフェがあった。 時間があれば、カフェでゆっくりと眺めればよいのだろうな。

ロータリーの看板 地図を見ながらロータリーまでやってきた。ホテルに一番近い道を慎重に選ぶ。 上を見れば建物の上に彫刻があったので撮影。

彫刻をのせた建物 あとは直進すればホテルのそばに出るはず。 途中、小さなパン屋さんがあって、行列ができていた。 大きなパンが丸ごと無包装で売られている。 観光地には日本でも見るような小さなパンをトレーにのせてレジへ持っていくパン屋もあったが、 住宅地にあるパン屋はこんなものかな。

ヴァルナで見たゴミ箱 金属製の大きなゴミ箱が路上に置かれている。 車輪がついていて移動もできるようだ。見たかんじは、覆いがついたトロッコ! 同じタイプのゴミ箱を何回も見た。実際にゴミを投げ入れる光景は一回だけ見れた。

中華料理店を過ぎると、大きな通りに出た。道はあっていたようだ。 そう言えば、世界中にあると言われる中華料理店だが、 今回の旅行ではここでしか見なかった。マクドナルドの方が何回も見たなあ(^^;

部屋へ戻ってみれば、既にベッドメーキング中。ちょっと遅かったか!? 手荷物を持って下へ降りる。もうすぐ集合時間だ。


◇さらばブルガリア
混みあうヴァルナ空港 空港までバスであっという間についた。空港は人が多い。 観光であちこちから来ているのかな?

ミニボトル3本 空港には小さいながらも免税店があるので何かないかと探す。もうレフは残りがないから、 残りわずかなドルでお酒などを買う。 3ドルでレッド・スパークリング・ワインがあった。 後で飲んだが確かに赤のスパークリング・ワインだった。 ラキア(РАКИЯ)は外せないよなあ。 あと、バラと、ВИШНА(多分「サクラ」)と書かれていたミニボトルも購入。 ミニボトルは1本1ドル。ドルも残り少なくなった(^^;

YS11に似た飛行機 YS11に似た飛行機があったが、YS11と関係があったのだろうか? 撮影するにしても遠すぎる。飛行場のバスから降りてアエロフロートに乗り込む前、 撮影しておいたが、判別するにはやはり遠すぎた。

飛行機は順調に離陸。 「Довиждане България(ドヴィージダネ・ヴァルガーリヤ)」 (また会うときまで、ブルガリア)。 すぐに雲の中だ。昨夜の作業のために寝不足気味、 すぐに寝てしまった。あっという間にモスクワ。ここで乗り換えだ。


◇乗せろ〜
空いているパスポート審査所前 1時間待たされたパスポート審査所前に来たが、誰もいない。 あのときの長蛇の列が嘘のようだ。 成田行きの飛行機が出るまで、免税店で時間をつぶす。 シャンパンが14ドルか、ブルガリアより高いなあ。

皆はお土産買い捲り、日本人ですね(^^; 自分だけは何も買わず、適当に写真をとってまわる。 手持ち外貨があまりないし、買いたいものがない(^_^;

モスクワ空港にて やっと乗れるかと思ったら、コンピュータミスでダブルブッキングだという。 成田からさらに乗り換える人もいるから、承諾できる話ではない。 添乗員Oさんの交渉の結果、何とか乗り込めたが、席はバラバラ。 乗れただけよいか。

少人数だったら、ビジネスクラスに格上げさせるところだろうが、 30人以上の団体ではさすがに無理だろうなあ。

後で聞いた話だが、アエロフロートでは定員の2〜3倍の予約を受け付け、 あふれたら(その数だったらあふれない方が不思議!?)、 各種ミスなどを理由に何名かを乗せないのだと言う。 本当だったらひどい話だ。 アメリカでもオーバーブッキングを意図的に行うが、定員の2倍はないだろうし、 降りてもらう人は自由挙手で選び、ホテル券など様々な便宜を図っている。 アエロフロートでは何もくれない。

寝て、機内食を食べて、また寝て、機内食を食べる。 寝るか食べるかしかない(^^; 昨夜の作業のため、まだ眠い。 もっとも寝ておいた方が時差ぼけがなくてよいだろう。皆寝ている。

シベリアは白夜で夕焼けがずっと続く。 オーロラは見えそうにない。一時暗くなって星が見えそうな状態があったが、 撮影は窓側でないと無理だ。

帰りのアエロフロートでもスリッパは出たが、モニタが出ない。 イヤホンは出た。しかし、5番しか生きていないぞ! クラシック(チャイコフスキー)音楽で眠たくなる。 しばらくしたら6番からも音楽が流れてきた。テクノ風のロシア音楽? 最後のウォッカが欲しかったのに、ドリンクサービスになかった。 ロシア製ビールを飲むが、いわゆる缶ビールで、あまり特徴がないのだなあ。

機内案内の日本語はどこか変だな。意味がわかればいいのか(^^; しかし、何でも最後に「ありがとうございました」をつければいいものではないと思うぞ。 それが、帰りの便の機内放送の日本語では、必ず最後に「ありがとうございました」がつくのだ。 「気流の悪いところを通過しています。ありがとうございました」 何か変だな。


◇帰国
日本上空は雲ばかりで何も見えない。いつの間にか着陸していた。 外は雨が降り、風が強い。どの窓口もすいていて、あっさりと再入国できた。 今って、お盆だよね? こんなに空いているのか!?

トランジットで一番心配な荷物は無事出てきた。家族親戚の中で、 アエロフロート利用時に荷物がどこかへ行った経験が何回かあるので、 ちょっと心配だった(^_^;

病気にはかかっていませんよね・・・日食病(皆既日食見たい病)にかかっているかな(笑)。 しかし、来年の2000年には皆既日食はどこでも見れない。 発病するとしても、2001年にならないとわからないぞ(爆)。 後で他の者にその話をしたら、「JRへ行けばok」と言われた。 日食は日食でも日本食堂だね、それは(^_^;

最後、和風ファミレスで最後の皆との休憩。握りに鉄火巻き。 3人分を6人で分ける。機内食のおかげで腹が十分にすいていない。 お茶は・・・日本の味だ。皆はビールを頼んだが、 ロシア製ビールの味を忘れたくない自分は頼まなかった。 しかし、お茶で乾杯は間抜けだった(^^; ちょいと失敗。

お土産にコインなどを頼まれていたので、手持ちがある人からもらう。 なかなかもらえなかったブルガリアのコインだが、幾つも手にしていた人もいた。 既に消えたと思っていたストティンキ(1/100レフ)・コインもあった。 これは貴重だ。

皆と別れてYCAT行きのバスへ。 出発3分前であっさり乗れてしまった。 どうやらここが一番最初の出発地で空いていたらしい。バス停をまわっているうちに 次第に混んできた。 途中、渋滞もあったらしいが寝てしまった。 よく寝た方が時差ぼけもないだろう...zzzZZZ。

最後の関門はJR横浜駅のホームに上がる階段。 ここにはエスカレータがないのだ。出発時より重くなった荷物を持って登る。 踊り場で一回休んでホームについた。 やって来た電車は空いていたので、楽に座れた。 飛行機とバスの中でかなり寝たので、もう寝ることはなかった。 時差ぼけも大丈夫らしい。




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