Bulgarian Newspapers


ブルガリアで入手した新聞

  1. 事前準備
  2. モスクワへ(8/8)
  3. モスクワ市内観光(8/9)
  4. ブルガリアへ(8/10)
  5. 皆既日食観測(8/11)
  6. ネセバとバルナ(8/12)
  7. 帰国まで(8/13)

画像をクリックすると、より大きな画像が見れます。 ただし、200KB台ある画像が多いので要注意。

わからない単語があちこち出てくる(^^; ロシア語の単語で似たものを探してあてはめたりしているので、 以下の訳がどこまであっていることやら(^^?


  1. ノヴァ・トリブナ(1999.8.11)
  2. 「日本人グループがブルガリアに来たぞ」と記事になりました(^_^;
    今日 − 皆既日食

    日本人達:ゲン.トシェボー(地名:「ゲネラル・トシェボー」 英語だと「ジェネラル・トシェボ」)に向け、 意気揚々たるものあり(「最も元気一杯」の意味)、 太陽のアタムネーニエを見るため

    日本から来た52名からなるホビー旅行者のグループ、 一人の指導者と二人の案内者に導かれ、 昨日午後(もしくは昼食後)にドブリッチのホテル「ブルガリア」へ到着した、 ゲン.トシェボーにある職業訓練学校 (補足:ガガーリン農業専門学校のこと) にて今日消える太陽を観測するため。


    〜〜〜以上が見出し、以下が本文〜〜〜

    ディヤナ・ライノーバ (記者名。「ディヤナ」は「ダイアナ」のブルガリア読みかも?)

    日本人ツーリスト達、午後より(?)、総括的にホビー 〜 ネベト(意味不明)、プラネチーテ(天文?)とズベズディーチェ(ロシア語の星?) のために。

    なぜブルガリアこそが、なぜゲン・トシェボー(地名)こそが日本人達から選ばれたのか 〜 これは、NDT(補足:英語表記のNDTをキリル文字で表記するとНДТ、何かの略称でしょう) ジュンイチ・ワタナベに対して報道員が寄せた疑問である (補足:「疑問」は原文中になく意味から考えて挿入。 「寄せた」はロシア語の類似単語から推測)、 渡辺氏はグループ(ツアーの団体のことでしょう)と一緒で、 東京にある国立天文台の天文学者である。

    「ブルガリアへと選んだ(ロシア語の類似単語から推測)理由が3つある。 天体の食(ロシア語の類似単語から推測)がある(?) 昼に観測可能な場所として、イランやイラクやトルコと比較したが 少しばかり良くなかった(ロシア語の類似単語から推測)。 これはとても重要だ、なぜならば、準備のための装置と、 ただ必要時間の観測を求めているからだ。 第2に、ブルガリアでは、食の時間帯にもっとも大きな確率で晴れる。 これは、ルーマニアや西ヨーロッパと比較してである (補足:ブルガリアは天候が穏やかで、皆既日食の継続時間がルーマニアの次に長い、 そして晴れる確率が比較的高い。これが3つの理由ではないだろうか?) 」

    〜これがMr. 渡辺(補足:「Г-Н」="Mr")からの答えである。 Mr. 石川のグループの指導員、(関係代名詞以下が意味不明)。


  3. 皆既日食翌日にホテルで購入1(1999.8.12)
  4. 表紙

    右の方に「38万日本円を投入して日本人達が食を観測に来たぞ」 と書かれています。

    本文を拾い読みすると・・・ 「テレスコープとスペシャル・カメラで日食を観測する55人の日本人達」 ・・・ 「約350万旧レフ」 ・・・ 「グループの旅行は、東京からモスクワ経由ヴァルナまで、飛行機で15時間だった」 ・・・ 「ブルガリアと北海道の自然はほぼ同一である」


    別ページの記事
    右の縦長の2つの図が望遠鏡で観測する人達。


  5. 皆既日食翌日にホテルで購入2(1999.8.12)
  6. 表紙

    皆既日食関係の記事の量は、この新聞が一番でした。

    新聞紙名は「24часа」は「24時間」の意味。
    「черното слънче」は「黒い太陽」の意味。

    日食観測風景の下に説明あり(画像では切れている)、 「Германче наблюдаба слънчевото затъмнение (ドイツで観測された日食)」

    左上図は、観測にスペシャル・フィルタ(!)をつけたトアレトナ・チニヤ(トイレ?) を使う「Белгиец(ベルギエッツ)」(多分「ベルギー人」の意味)。

    右下図は、皆既日食の多重露光撮影画像。場所はБерлин(ベルリン)で、 テレビ塔(と読める)が入った構図。

    ブルガリア各地の天気
    30℃以上の所が多い! ドブリッチは37℃。


  7. 皆既日食翌日にホテルで購入3(1999.8.12)
  8. 表紙

    図のキャプションを拾い読みすると・・・ 「黒海沿岸のバルチック(地名)近辺で皆既日食を見る観光客達・・・(左図)。 バチカンのパパ(法王)、イワン-パーベル・第2(ヨハネ・パウロ2世)・・・(右上図)。 イラクの・・・町外れにて・・・(右下図)」

    ロシア語のイワンはヨハネ、ロシア語のパーベルはパウロに由来しているから、 多分ヨハネ・パウロ2世のことでしょう。


  9. 皆既日食翌日にドライブインで購入(1999.8.12)
  10. 表紙

    「ヴァルガリヤ・スターヴァ・テクノストリーツァ」・・・ 「ブルガリアに技術首都を作り上げる」・・・という意味だろうか!?

    「Гернамарие(ゲルナマリエ)」が新聞紙名らしい。

    その下は「слънцето разгневи земята」・・・ 「太陽は地球をひどく怒らせた」・・・勝手に隠れたから? でも、太陽を隠したのは月なのだけど??

    図のキャプションを拾い読みすると 「ヴァルナにて昨日13〜15時に観測していた人達・・・」

    海水浴しながら日食観測をする人。 図下のキャプションには 「こんなふうに日食現象を観測しても良いのだよ」と書かれているらしい。

    手に持つプレートには「Към затъмнението (カム・ザタムネニエート)」と電話番号入り。 「към」= "toward" の意味を持つので、 「日食はこちらへどうぞ」とかそういう意味では?


  11. おまけ1(ブルガリアで購入した絵本より)
  12. [ ・・・おおざっぱにわかる部分だけを訳すと・・・ ]

    1999.8.11にどうして観測できるの?
    太陽と地球の間にちょうど月が位置するからだよ。 月の影が地球表面に位置すると、日食がはじまるよ。 月の影は112kmにも広がり、約0.70km/secのスピードで 大西洋からヨーロッパとアジアを通り、インド洋に達するよ。
    最後にブルガリアで皆既日食を観測できたのはいつ?
    38年前の1961.2.15の皆既日食を思い出すね。 信じ難いことに半世紀の間にブルガリアは2回目の皆既日食のチャンスを迎えたんだ。 学者や天文ファンが世界中からブルガリアとルーマニアに来たよ。 この2国は食を観測する最良の条件と最適の時間にあるからね。
    ブルガリアで何が起こるの?
    ブルガリア北東部は本当にハッピーだね。(以下地名羅列)シャーブラ、 シリストラ、ジェネラル・トシェボー、ドブリッチ、クブラット、 バルチック、カバルナでは皆既日食になることが確実だ。 ブルガリア時間で14:07から14:11の間にはじまり、3〜142秒間続くよ。 バルナの南に住んでいるなら、がんばって市の北を目指すべきだよ。 皆既の状態になったら、太陽のコロナが見えるし、金星や水星や 明るい星々〜シリウス、ベガ、カペラ、アルクトゥール、プロキオンが見えるだろうね。 その他の地方では部分食となるよ。 ソフィアでは太陽が94.4%まで隠れるよ。 部分食は各地で12:35から12:46の間にはじまり、15:24から15:33の間に終わるよ。 部分食のピークは14:01から14:12の間にあるよ。
    ミッキーマウスのセリフより
    「次にブルガリアで皆既日食が観測できるのは2134.10.7だよ」

  13. おまけ2(アエロフロート機内でもらったロシア語の新聞)
  14. 「夜のモスクワ」(1999.8.10)

    <<... 一体いつ月の円盤がすっかりと太陽を隠すのか、首都が暗闇に隠され、 悲しげな犬の遠吠えの下、人々は恐ろしい戦慄に囲まれる、そう地上の堅強さ はかすかに動かされる。いつ元気な光(複数)が再び町に輝くのか、 多くの人々のまなざしを、カタクリズムの体験を、悲しい光景が開かれる (解放される?)のか ...>>

    ノストラダムス風に、はじめは日食のスタートを勝手に、私はおよそこのように 紹介した。しかしながら、丁度よいときに抑止がかかり、専門家に相談する ことを決心した。 援助頂いたのは、シテルンベーグラ・アナトーリイ・フリストフ(人名)の 名前を冠した国立天文学大学の太陽物理学部の上級研究員である。


    以下、アレクセイ・ペスコフ(記者)によるインタビューがあり、 5つの質問とその返答あり。「暗くなったらモスクワっ子は何をするのか?」 という質問には、日食の時間帯などが伝えられ、フィルターを使うよう返答あり。



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