かくれんぼ 4


そしてぼくらは捕まった。
それは彼らの張った巧みな網や、続けざまに放った銀弾の所為じゃない。

あしおとだ。

彼らはたくさんだった。そしてぼくらはふたりだった。
そんなことを、今更のように考える。
前からとなくあとからとなく、耳のきくぼくらには、その音が恐ろしかった。
自分たちは彼らから遠ざかっているのか、
それともその只中に入っていこうとしているのかが分からない。

怯えたセスはむやみに力をつかい、ぼくらの所在は遠くからでもよくわかった。
ぼくも、抵抗しないでいたわけじゃない。
触れる手に腹が立ったものだから、あたりを大きく吹き飛ばしてみると、
照らされたのは建てこんだ場所で、
ぼくらが罠におちたことがわかっただけだった。
彼らはその壁の向こうに隠れ、大半がまたあとをつけてきた。
そして援軍が、きりもなくやってくる。
彼らはたくさん、ぼくらはふたり。


ぼくらふたりは、処刑されることになった。


彼らは不思議な手錠をもってきた。
ぼくらに武器が通じないことがわかった所為だろう。
ぼくらを向かい合わせに繋ぐその手錠は、使った力が相手に伝わるものだった。
いまは彼になにをされても、傷を負うぼくじゃない。
だけどぼくの使った力のほうが、彼を傷つけてしまう。
赤い布のしかれた裁判所で、ぼくらはあっさり陥落する。
彼は少し泣いた。
ぼくはそれをおこって、裁判官を燃やした。
封印が効かなかったといって、彼らはおどろいた。
冗談じゃない、彼を燃やしただけのやけどはぼくも負っていた。
だけど彼らはぼくだけになにかくすりを飲ませた。
ぼくは全身の力を失って倒れる。
彼が悲しそうに叫んだ。

だけど、セスがなにもされなくてよかった。


気がつくと、黒い棺のなかだった。



ぼくらは処刑される。



微かな揺れと、たくさんの足音。
不思議な模様の布と、身体にかかったほんの一房の白い縄だけで、
動きはすっかり縛されていた。
なにか、しようとした。
だけどさっきのくすりの所為だと思う、身体がおもい。ひどく眠たかった。
すぐ傍に、セスの気配があった。
口元の布ごしの、くぐもった悲鳴が聞こえた。

「セス」

ぼくは話しかけた。返事はなかった。震えた波動だけが伝わってきた。
目を閉じると、ふたの向こう側がよくみえた。
夜は、あの布のようになめらかだ。
ぼくは思い出す。あのとき、彼の悲鳴に驚いたまま、あれを持ってきてしまった。
まだ、そでに残っていなかっただろうか。

「……」

なんとか意識を集中して、それを取り出す。

「………」

ほかは全部燃えてしまった。彼らによって、そしてぼくによって。

「………」

痩せた人間は、やっぱり悲しげな顔をしていた。
ぼくは微笑んでみた。やっぱり彼は泣きそうにしていた。

「なんだかね、随分遠くまできちゃったんだよ」

「……」

「だけど悪い気はしないんだ。どうしてだろう」

「……」

「彼らは、ぼくが悪いことをしたって云うんだ。自分で分かっているんだけど。

「この目が戻った所為なんだ。ぼくはほんとに、なにもできなかったんだから。

「でも分かったこともたくさんある。悔いたりしてないんだ。
たくさんものを壊して、たくさん人を殺したけれど。

「いまはその理由がわかる。この力が、どうして在るのかわかるんだ」

「………」

ぼくは目をあけた。
どこからかこえがした。

「火をかけろ」

と。

あついのは嫌いじゃない。
寒いのはいやだ。悲しくなる。寂しくなる。そばに誰もいないような気がする。
だから火は嫌いじゃない。
つよくておおきいものがそばにある、
触れた部分が別のものになってしまったような感じがする。
もっと大きく覆い尽くされてしまうと、
ここではない、どこかへ持っていかれるような感じがする。

全身が一度ばらばらにされて、
ぼくの中になにかがもう一度組み立てられていくかんじ。
ぼくは片手をあげてみた。
…きれいないろ、『ほんとうの輝き』ってこういうことだろう。
誰かを輝かせるちからじゃなくて、自分が輝くほどのちから。

「それは、ぼくじゃなかったんだ」

ぼくはようやく泣いた。 
ぼくらのことじゃ、なかったんだ。



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とうめいなみず、あたたかなみず。優しいきみの笑顔、そして懐かしい声。

きみはまたいつかのように、
青色の鳥の群れをつくったかとおもうと、ひとつひとつを赤い花びらにして散らせてみせる。

「綺麗だね」

ぼくは云った。
きみは白い衣を少しゆらせてこっちへやってくる。

「ホルスも一緒にやろうよ」

「ん、うん…」

「なにをしているの?」

「ああ、なんでもないんだよ…内緒」

「そうなの?」

ぼくは両手をむねにあてて、閉じていた目をあげた。

「うん…じゃあ、ちょっとだけ教えるね」

「うん。なあに?」

「書き込んでいるんだよ」

「…なにを?」

「うーん、自分のこと、かなあ」

「ホルスのこと?ぼくのことは?」

「もちろんセスのこともだよ。
ぼくのことを書き込むっていうのは、そういうことさ」

「…で、なにに?」

「うーん、それは内緒」

「でもホルス、なにも持っていないじゃない」

「うん。そうだね。ここにはなにもないもの、ぼくときみのほか」

「なにか書きたいの?アトゥムに紙かなにか頼んでみたら?」

「…いいんだよ、セス。
これはぼくらだけの秘密だからね」

「うん…じゃあホルス、こんどはぼくとなにかしようよ」

「そうだね、……そうだね。」

「ほら、行こう?」

「ああ、じゃあこうしよう。
ぼくは向こうから緑色の丸いものをなげるから、
セスはあっちのほうから、赤くて丸いものを投げてよ。
どっちがどっちの球を多く打ち落とせるか競争しない?」

「うん、じゃあぼくは向こうね」

「できるだけ離れてね。すがたが見えないほうがいいな」

ぼくは水の中を歩き出した。セスはずっと向こうのほうに駆けていった。
ぼくはまっすぐに歩いていった。そして立ち止まる。

「このくらいでいいかな」

彼の声が伝わってくる。

「もうちょっと」

「じゃあこのくらい?」

「…そのくらいかな」

「じゃあ、いくよ」

水平線の向こうから、赤い色をした水の球が飛んでくる。ぼくも手近の水を引き上げて引き千切る。

「ビガランス・グリーンっていうんだ」

「え?」

「こんなふうな色」

「へえ…?」

「輝くような緑ってことだよ。萌え出づるいろっていみだよ」

その会話も、ぼくはぼくの中に書きこむ。
ぼくの中に埋め込まれた、細い細い螺旋の中に。
あのとき棺のなかで握り締めた銀色の刃物で、
決して消えないように傷をつけておこう。消えないように。
…切れ切れの文字に、もう躊躇うことがないように。

緑色は、暁の色を正確に捉えて、色のない水の中に丸いままおちていった。
二つが触れ合う、ほんの一瞬だけその球は罪のような黒色になる。

「ホルス、うまいね」

こえがして、球威がました。ぼくははっとして、幾つかをはずす。

「セスが本気を出したら、すぐに負けるよ」

ことばを返して、ぼくはそっとその場を離れた。
気付かれぬよう、相変わらず殆どをおとし、そして幾つかを見逃しながら。
ぼくはその場に辿りつく。

「アトゥム」

目が開いた。ぼくに対して初めて開かれたその瞳は、青でもなければ赤でもなかった。
『 罪の償い 』
そんな言葉のもとに二たびからだとこころを引き裂かれたあの烈しい眩暈、
あのときと同じ色がみえた。

「……………」

「何度目でしょうね」

「………」

「いえ、そんなことが云いたいのじゃないんですけれど」

「………」

「あなたはうそつきだ」

「……嘘?」

「セスに、あの傷をつけさせたでしょう」

「………」

「あんな傷は、あなたが治せたのに」

「………それはちがう」

「違う?違っているのはあなたのほうだ!」

赤い体液、白い体液、流れ落ちた濁った血のあとにした胎動、
黒くて狭い箱の中、銀色の輝き、そして炎、ほんとうの輝き…苦しげな声、夜の瞳、昼の瞳。

「……」

「あの世界には…」

「………」

「あなたは全てを知っていた。
あの世界を維持するために、ぼくを下へおろしたんでしょう。
セスを使って目を傷つけて」

「………」

「どうして左目だったか?それは右目には手が出せないからだ。
右目は太陽だから、力がつよいから、
セスには傷つけることができないんだ」

「………」

「彼が手を下したから、あんなに苦しそうだったんだ。あなたの所為なのに」

「………」

「月のために…月食にあわせてぼくを下ろして、
僕の『欠けた部分』を補うために性交をさせた」

「………」

「おかげで月はよみがえった。
だけどあなたにも誤算はあった。
セスとぼくを一緒に下ろすべきじゃなかったね」

「………」

「一人じゃ、人間から避けられないと思ったんでしょう。
だけど一人なら、左目がよみがえったとき、記憶の全てがもとに戻ったはず。
一人なら、あんな風に月のための力を費やしやしなかったよ」

「………」

「セスがいたからだ。ぼくはいままでのぼくを失わなかったし、
二つの星の力を、彼を護るためにつかいたかった」

「あなたの誤算だよ」

「………それはちがう」

「今更いいわけをしないでよ。なにもかも、知っているって思ってる…?
そんな目の色をして…」

「………」

「あなたの瞳に、一体なにが映ってるっていうんだ?
…それはぼくらには知り得ないって?あなたに、あの痛みがわかるもんか。
身体を焼かれても手放さなかったものが、わかるわけもない」

「………ホルス」

「あなたに見えているものは、それは、ぼくにも見えるはずなんだ!」

「ホルス!!!」

ああ、気付かれてしまった。すぐ後ろで、今度はセスの声がした。
巧く、やったつもりだったんだけどな、ちょっとはずし方が下手だったのかな。
でももうだめだ。
ぼくは手を伸ばし、アトゥムの中に押し這入った。
アトゥムが云う。

「二人では行かせたくなかった。おまえたちはずっと一緒にいたから」

「………?」

「覚えてはいないだろうが、月に食がおこるとき、おまえはいつも一人で下界へ行かせていた。
おまえはいつも一人でちゃんと戻ってきた」

「じゃあなぜセスを巻き込んだ」

手はとめなかった。気を引く為かもしれない。

「あれが望んだからだ」

「……」

「両目に二つの星を頂くのは、負荷がきついからといって。
ほんとうは、力の殆どはおまえに在る。
セスにはほんとうの力はない、ただ、おまえの波動からそう出来るだけのこと」

「…………うそだ」

「二つの力が拮抗して、おまえには巧く使えなかっただけだ。
光を受けて輝いたのは、あれのほうだった」

「じゃあセスは」

「なにもかも識っていたんだよ」

ぼくは振りかえる。
ここへ帰ってきて、正面から見つめることの出来なかった姿が向こうの方に見えた。

「………セス」

「や、」

……ああ、懐かしいな…

「やめ、」

きみの『声』を…そう、こころからじゃなくて、
のどを、あの細いのどを震わせて、空気を伝ってくる、あの音だよ…

「やめろーーーーーーーーっっ」

一体どれくらいながいあいだ、聞いていなかったんだろう、ね、セス?

 ……セス、…こうしたら、またきけるときがくるよね。

  …………君の声を、さ…







もしもきみがいれば

打ち明けることばをさがしながら

とおくにきこえるよ

悪戯な少年のこえが

だれかのなかにいる

今日もあなたをさがしながら

焼き殺されている

ぼくらの破片をさがすの



さがす の



出逢いがすべてに

さよならをつげてかえるから

このそうぞうのなか

むかえに来る時しんじて

さがすの



さが す の












「ホルス、ぼくは、識っていた、よ」

「ぼくは、識らないふりをして、た」

「ありがとう」

「……また…」

「大丈夫。ひみつのやくそくをしたでしょう?」

「………」

「だれにも、ぼくにも内緒のやくそくだよ…」

「云ったら負けだよね。だから云わないでおこうね」

「やくそくだよ」

「また、識らないふりをしよう…」



『 ぼくらは、あなたが必要とする限り存在する 』




 「やくそくだよ。」























ホルスについて:
オシリスの息子、隼の頭をした天空神。
右目を太陽、左目を月とする光の神。
(目というのは王の力のシンボルだった)
月のない夜には「メクエンティ・エン・イルティ」として盲人の守護者とされた。
王は地上のホルスの化身であると考えられ、
また、王はラア(太陽神)の信奉者となったため、ホルスは太陽とも同一視された。
後代には少なくとも十五の重要なホルス神が識別できる。
(これについて述べると大変になるんで割愛)


セス(セト)について:
オシリスの信奉者たちは、セスの性格を出生のときから暗いものとみなし、
母の子宮から自らを引き千切って出た、また彼は「あかい目と赤い髪をもっていた」とされています。
「赤」というのはエジプト人にとっては悪のいろでした。
オシリスの死後、上エジプトはセスに、下エジプトはホルスに与えられたのですが、
好戦の神であるセスはそれに抗議し、世襲財産の権利を全面的に否定されました。
しかしセスは神とみなされつづけ、
ラア(太陽神)以外の神には与えられない称号をつけて呼ばれていましたが、
ホルス崇拝の成長と、ラアの継承者として唯一であるというホルスの地位の為に、
神話の中でも烈しい戦いが続きました。
(後のセスの地位については後述)


セス(セト)とホルスの争い:
ふたりは叔父と甥の関係にあるのですが、
セスはホルスの父であるオシリスの王権と妻を羨み、殺してしまいます。
妻、イシスはたびたびオシリスの身体を拾い出して復活させるのですが、
結局オシリスはすでに冥界に属していたため、冥界の王になり、
息子のホルスが王権を継ぐことになります。
セトはホルスをたびたび付けねらい、戦いがつづきます。
ホルスがセスの化身である毒蛇に襲われたあと、
『 ホルスが治るときまで闇は続く 』とトトは云っています。

烈しい戦いのなかで、あらゆる武器、中傷、策略がもちいられたとされ、
セスは性的攻撃をさえ試みた。
(某所に某所を、とかいう記述が本当にあるんだなあ、これが)
しかしこれはイシスにより阻止され、逆にセスに向けられることになり、
ホルスはセスを去勢し、
セスはホルスの弱いひとつの目、すなわち月をひきちぎったとされ、
この神話により、セスは時々日食とかけてゆく月に同一視され、
オシリスの魂を収めているという月を、毎月攻撃するとされました。

結局裁定の末、セスは太陽の船の先をゆき、
敵を倒すという主たる役割さえトトに奪われ、
一説によればオシリスを肩に乗せて運ばなければならないという、
またオシリスの船を運ぶものに微風を送らなければならないという罰をうけた。

最も多く語られていたところによれば、セスは比較的貧しい土地である南の王国をさえ失った後、
不毛の化身、及び異邦人の神として砂漠の境界に左遷されたとされています。
『 Seth et Holth 』の冒頭でセスが「砂漠の神」とされているのはこのためです。

べつの異本ではセスは天空に追放され、王位を失ったことの「慰め」として、
天空で大熊座となり、風と嵐の神として思いのままに大きな音をだすことを赦された、とされています。
在原はこっちの方が好きだな。









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