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<過去の新聞コラム>
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第14回〜第17回 <7/7up〜4/15up> |
第17回 合気道順風会 勝見さん <4/14up> 昨年から今年にかけて、時間に余裕が出来ましたので(簡明に言えば失業中)、稽古の回数を増やすことができ、お蔭様で20年振りに昇段審査を受けさせて頂きました。 3年前に順風会に入会するまで、丸6年間合気道から完全に離れていましたが、縁あり順風会で稽古を再開し、師範、緒先輩方々はじめ多くの方に大変お世話になり改めて御礼申し上げます。 昨今の稽古に於いては体力的なものが年々衰えて行くのを残念ながら実感している次第です。力ではなく身のこなし、技の切れで稽古をするよう心掛けてはいますが、気持ちばかりがはやりまた力が入ってしまうという悪循環に陥ってしまいます。 今年は無駄な力を抜くことと、技を精確に行うように稽古をすることをテーマに励んでいくつもりです。 技の形を覚えると共に、何故そうゆう動きになるのか、理に適う動きとは等、身体論的に技の動きを理解することが必要とも思っています。. 今までは技の解説書や合気道関係の本に目を通すことが殆んど無かったのですが、昨年よりビデオを見て自分ながらに技を研究したり、本を読む機会が増えました。今回は、たまたま書店で見かけた小説風の3冊の文庫本を紹介したいと思います。 ・「黄金の天馬」(津本 陽著 文春文庫) 作者の津本 陽は直木賞作家で歴史小説、剣豪小説を得意とする人です。確か本人も合気道をしています。この本は主人公の名前を変えていますが、まさに開祖の伝記そのものといった内容です。小説なので勿論フィクションもそれなりに入っていると思いますが、開祖の青年、壮年時代の来し方、大本教との係わり、南方熊楠との関係(多分これはフィクションでしょう)、合気柔術から合気道への発展等、一人の人間の変遷過程と合気道の成立が伝記風に描かれています。よく耳にする開祖の逸話も出てきますので改めて確認しま しょう。 ・「鬼の冠」(津本 陽著 新潮文庫) これも同じ津本 陽の作品ですが、大東流合気柔術の武田惣角の伝記といってもいい小説です。開祖に関しては北海道の遠軽での邂逅や大阪朝日新聞での教習の場面で若干出て来ます。侠客の趣きある波乱万丈の武田惣角の一生と数々の武勇伝的内容で一気に読める本です。勿論、大東流の歴史の勉強にもなります。 ・「惣角流浪」(今野 敏著 集英社文庫) これは前述の「鬼の冠」と比べるとより小説的な内容になっています。惣角の22歳までの変遷が描かれており、奇しくも惣角と同年生まれの嘉納治五郎との絡み合い、沖縄へ渡っての琉球手(空手)との対決などフィクションが濃い内容となっています。 既に読まれた方もいらっしゃるかと思いますが、まだ読まれていない方や合気道に関心があってやってみたいと思っている方にお薦めしたい本です。ただ、それ程部数が出るジャンルの本ではないので、大きな書店でないとすぐには見つからないかと思います。 合気道に関して面白い本が有りましたら、情報を交換しましょう。 勝見 勝弘 .................................................. 第16回 合気道順風会 石川さん <12/20up> 初めての昇級審査を終えて 今回、順風新聞のリレーを担当させていただく事になりました石川です。 先日の昇級審査で5級に合格し、ようやく合気道修行の第一歩を踏み出せた気分です。 今回は審査を受けるにあたって感じた事を書かせていただきたいと思います。 やはり初めての審査でわからない事も多かったという事もあり大変緊張しました。 もともと営業という仕事柄なかなか早く帰ることができないため審査前にはなるべく多く稽古に出席したいと思いつつも木曜の夜の稽古になかなか出席できませんでした。そこで書店で購入した合気道の本とビデオを見ながら、あれこれ試行錯誤する日々を過ごしたのですが、やはり実際に稽古に参加するべきだとしみじみ感じました。 思うように時間は取れませんでしたが日頃、よく解らなかった技への入り方や、なかなか直らなかった悪い癖などを師範や先輩の皆様に教えていた事を理解することで、少しずつですが自信を持てるようになってきました。 稽古をしていて感じるのは、ほんの少し立つ位置が違ったり、掴み方が違うだけで全く技がかからない事もあるという合気道の奥の深さです。この微妙な感覚を会得するには、ただひたすら稽古するしかないんだなと思います。一見、簡単そうに見える動きも、実際にやってみると全然思うように体が動かず、戸惑う事もしばしばですが、少しずつでも合気道の動きに体を覚えさせて、一日でも早く昇級していきたいと思います。 仕事に追われて体を動かす機会も少ない毎日ですが、健康に注意して稽古に励みたいと思います。 師範、先輩の皆様には今後とも、ご指導いただきたいと思いますのでよろしくお願いします。 石川 雅裕 .................................................. 第15回 合気道順風会 今野さん <9/16up> 今回リレー形式との事で若輩者の私などに回して頂いた訳ですが、正直私が入会しま してから早い物?で四ヵ月程経とうとしております。 しかし、毎回新しい事の連続で、加えて物覚えが早い方でも無いので、先輩方に迷惑 を掛けないで付いて行くのがやっとの状態です。教えて下さる方に申し訳無い気持で 一杯なのが本音です。 仕事の関係上、あまり稽古に通えずに、諸先輩方には笑われるかも知れませんが、早 くも上達という面で葛藤しておりますが、これから更に本腰を入れて合気道に取り組 みたいと思っていますので、宜しくお願い致します。 私は26才、特にそこまで若い訳でも無いですが、しかしながらまだ体力面では衰えは 感じておりませんので、今が正念場と考え、言われた事の反復練習を忙しい合間を 抜ってでも出来る範囲で休日などを利用して行っております。 私は水泳や野球などのスポーツは学生時代にやっていましたが、武道は全くの素人で した。その旨をお話して且つ、メンバーへ加えて頂いた野口代表には感謝しておりま す。受身も満足に出来ない私に、とにかく続ける事が大事であり、習得は後より付い て来ると言われました、その通りだと思い、いつも怒られながらもアドバイスを頂 き、真摯に受け止め稽古に励んでおります。 何故、私が合気道を始めようと思ったかは、それほど確固たる信念はありませんでし た。 仕事がオフィスワークの為、体がなまり、それだけなら良いのですが、精神的にま いっていた時です、総合スポーツセンターは家から近い事もあり、見学に行きまし た。その次の週には入会の申し込みに行っていました。 やはり体を使う事、運動、武道とは違うかとも思いますが、今になって精神面でも余 裕が出来て来ました。 やはり体を動かす事は精神面でもリフレッシュ出来ると痛感している次第です。 まだまだ何も分かりませんが、先輩方の様に、美しく立ち回れる様になりたく、 長い時間は掛かると思いますが、一度始めたのだから、上を目指し精進したいと思っ ております。 いつも怒りつつも笑顔で、教えて頂いている諸先輩方には本当に感謝しています。期 待に応えられる様に、とにかくまだ試行錯誤ですが、頑張りたいと思います。 今は5級に昇級をする為に稽古に没頭したいと思っています。 これからもご迷惑をお掛けするかと思いますが、宜しくお願い致します。 .................................................. 第14回 合気道順風会 水野 <7/7up> 管理人という立場から、皆さんに「書き綴って」とお願いしてきましたが。 いざ、自分が書く立場になると悩み難しいものだと痛感しています。 今までの色々な想いや言葉に感謝を込め、一生懸命書きます。 合気道。ホームページのトップにも書いてありますが、仕合いが無い。相手と競わないだけでしょうか? 仕合いが無いという意味。安全なルールも無いのではと感じたことが以前ありました。 空手には寸止めがあり、剣道には面をつける規則がある。柔道は投げ決めた瞬間に終わる。合気道にはこのようなルールがありません。 合気道は和であれという教えがあります。和でなければいけない。和を重んじなければ、武道である以上、相手を危険な目に合わせてしまいかねない技もある。 怖さは確かですが、これよりも重要なのは技を競い、相手に力を知らしめることではなく、技という型を通し自分を見据え、相手と通じ合うことで人に思いやりを持つことを知る。 そのおかげで一人一人の心に和があって日々の稽古しているためルールはなくとも、怪我も少なく精進していけるのだと稽古を通し痛感しました。また武道の本質、合気道がなぜ仕合いをしないかの意味はここにあると感じさせられました。 先日、ホームページ中の「順風新聞」掲載の英訳したいと思い、翻訳ソフトを使って気になったことがひとつ。 英語の翻訳ソフトでは「武道」と入れると「busido」武士道と教えてくれることがあります。なぜなのでしょう? 多くの日本人が武道と考えると、やはりルールの中で育ったスポーツを想像しますが。他国の人たちは、日本の武道と聞けば「侍」や「刀」などに通じた道を示しているからでしょう。 前向きに太刀を向け合って心を無で構えつつ、決して臆さない心。人を敬い、忠誠心を持ち、現代に無くなりつつある深く人を愛する想い。古来の武士の生き方には日本の武道の姿が見えるのでないでしょうか。 自己を磨き、自分を貫き、刀をかまえた相手にも愛と礼を表す武士。 その古き武士道を司り、現代的な武道にも通じている道とは?紛れも無く和と愛と礼を重んじる合気道だとまた更に感じました。 かの有名な侍を伝える映画「たそがれ清兵衛」は合気道技の一教を使いこなし。 某テレビchのドラマの中で、女子警察官は小手返しをたしなむ一面も見られます。幅広く、合気道は伝えられていることが理解できます。 日本に生き合気道を続けていく中で、これからも大切な和と武士の心も学びつづけていきたいと思っています。 合気道を知らない方も、このホームページをご覧になって頂き、少しでも興味や感心を持ち、知っていただければ嬉しいです。 最後になりましたが。師範、代表や役員、関連道場、諸先輩、順風会員皆さんのお力添えをこれからもお借りしながら、一生懸命に勉強させて頂きます。 「順風新聞」記載へのご協力に感謝しています。 ありがとうございました。 |
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第10回〜第13回 <1/1up〜5/30up> |
新年御挨拶 合気道順風会代表 野口 勤 新年明けましておめでとうございます。 昨年は、集中豪雨や度重なる台風、新潟中越地震と災害の多い、改めて自然の脅威を実感させられる年でした。 また、世情は凶悪犯罪が毎日のように報道され殺伐とした一年でもありました。 そうした中、合気道順風会では米谷師範による熱意ある指導の元、厳しい審査を克服し、初段四名の誕生、弐段二名、参段一名がそれぞれ昇段すると言う充実した一年でもありました。 米谷先生には、体術・剣・杖にと多岐に亘りご指導いただき、改めて御礼申し上げます。 また、昨年は念願であったホームページを会員の協力により開設することができ、会員の情報交換や会員募集にも大変役立っています。 私は、十数年前に故猿田師範が稽古の中で一度だけ話されたことが、今でも鮮明に記憶の中に残っています。 それは、然たるとき弟子の一人が開祖にこう尋ねたそうです。「先生、合気道とは何ですか?」と。すると開祖は、「良いか。合気道は愛だぞ、愛とは包むことだぞ」と言われたそうです。 合気道を志すものであれば、この言葉の意味がわかると思います。 合気道の稽古に於いて、また私生活の中でも生かされる貴重な言葉です。 会員の皆様も記憶に留めておいてください。 今年は酉年、大いに羽ばたく年です。合気道順風会も合気会の支部道場として広報活動を通し、地域住民の方が一人でも多く合気道に興味を持たれ、参加出来るよう心がけて参ります。 会員の皆様は、日々の稽古を怠らず。しっかり練磨し、合気道の向上を図ってください。 稽古は、道場だけが稽古の場ではありません。一人稽古・隠れ稽古(米谷師範のお言葉)も、ぜひ行ってください。 また、足立区綾瀬の東京武道館で行われている合気会本部、藤田師範の指導による(合気道研修会)にも、地元である会員の積極的な参加を希望します。 今年も会員増を図り、昨年以上に活気ある会に発展させて参りますので、昨年同様ご協力をよろしくお願い致します。 平成十七年元旦 合気道順風会 代表 野口 勤 .................................................................................................. 第10回 合気道順風会 斎藤さん <1/28up> 私が合気道を始めてから、早いもので2年半余りが過ぎました。米谷師範、野口代表、順風会先輩方のご指導のおかげで去年の春、2級に合格することが出来ました。 しかし、なかなか上達しない自分に腹を立て、落ち込み、去年は辞めてしまおうかと、葛藤の日々を送っておりました。仕事の事で悩み、他に習い事もしておりましたので、なおさら拍車をかける勢いでしたが、今は立ち直りつつあります。 私がどういう方法で合気道を知ったかは覚えてないのですが、中学生の時に部活動で柔道部に所属しておりましたので、自然と知っていたのではなかろうかと思います。 高校時代はアルバイトに明け暮れ、卒業後は音楽の専門学校に通い、その後はしばらくフリーター生活をしていました。合気道に興味を持ったのは、今から大体4年くらい前かと存じます。 凶悪な事件や少年犯罪などが毎日のようにニュースに流れるような国で、自分を護るのは自分、という思いが「合気道を始めたい!」と考えるきっかけになりました。ただ、どこでどういう方法で習うことが出来るのか、わかりませんでした。 そんな中、順風会の募集を見てから始めるまでには、そんなに時間がかかりませんでした。 私が入会当初に白帯だった方達が努力を重ね、どんどんと黒帯になって行く姿を目のあたりにして、嬉しい反面、置いて行かれていく感覚に襲われることもしばしばありましたが、自分のペースでやり続けて行きたいと今は思っています。そして、1級、初段と合格出来るよう一生懸命に頑張りたい思いますので、これからもよろしくお願いいたします。 .................................................................................................. 祝!新聞掲載 「重い花粉症に合気道効いた」 <3/30up> 合気道順風会 品田孝之 会社員 品田孝之 44 (東京都足立区) 今年のスギ花粉は過去最多と予想されている。私も物心付いた時から重度の花粉症だったが、七年前ほど前から症状が軽くなり今はさほどひどくない。 なぜだろうと考え、思い当たるのは運動不足の解消にと始めた合気道しかない。「そんなバカな」と言われそうだが本当である。 入門当時は基礎体力を付けるためと子供の部から受け身に柔軟体操と約二時間近くやった。大人の部では容赦なく畳にたたきつけられ、関節技など「ヒーヒー」と悲鳴にも似たうめき声をあげると、先生は「口で息をするな、鼻でゆっくり息をしろ」とよく注意された。 不思議とそんなけいこを続けると、症状が軽くなり何もない時期もあった。 自分なりの推測だが、この時期の飲み薬や免疫注射もその効き目を良くしたしたのが日ごろのけいこだと思う。 受け身を取ることにより体全体の新陳代謝が活発になり、関節技はツボを刺激し血行を良くし鼻呼吸を意識することで、体内に変化が起こったのでは・・・。 試しにかかりつけの医師に言ってみたら「そんなバカな」とやはり言われた。まあ信じてもらえなくても、今では二段に昇段したからいいか! .................................................................................................. 第12回 合気道順風会 山本さん <5/2up> 猿田師範の思い出 山本 功 私が合気道を始めて、今年で10年目を迎える。とりあえず、3年間は続けてみようと始めた。「下手の横好き」という言葉があてはまる私であるが、現在までよく続けてきたと思う。 私が始めたときは、師範は猿田先生であった。毎回剣の膝行から始まり、合気剣、そして杖の稽古で、稽古時間の半分位は費やしていた。(剣の膝行は突きのイメージで、剣を振り上げ、小さい円を描いて振り下ろしながらの膝行だと、体が記憶している。)特に杖は、猿田先生独特の基本の杖の合わせで、初めて私が杖を持った時は、見よう見まねでやったが、なにがなんだかわからなかったことを覚えている。 体術も、猿田先生の技は、より実戦を意識した高度な応用技が多く、基本をよく知らない私にとって、なかなか覚えられなかった。ともかく最初は手の動きだけで精一杯で、とても足の動き・体の捌き方まで目が行かなかった。そこまで見られるようになったのは、1年以上たってからでした。 猿田先生の体術は、まさしく「名人」というような、独特な技であったと思う。入身投げ、立技の呼吸法等、猿田先生独特の「気」による体術であった。また、座技の呼吸法においては、指一本で押さえられたという摩訶不思議な先生であった。特に二教は、かけられた時の痛さは涙が出そうなほどで、何度タップしても放してもらえなかったが、放してもらった後は、何かとても気持ち良くなる感覚さえあった。 私は不肖の弟子で、言われたことで、最初から今まで実行出来ていないとこが一つある。それは「コーヒー」。体を硬くし、錬った「気」が作れないから、飲まない方が良いと言われたたことである。しかし、私は毎日今でも、朝・昼コーヒーを飲んでいるので、なかなか上達しない原因の一つでないかと思っている。 夏期合宿に参加した時は、私にとって最初で最後の合宿になったが、この時に下町同好合気会の方達と出逢い、楽しい思い出が出来た。 ともかく、猿田先生の思い出は、短い期間ではあったが鮮烈な思い出となった。稽古は厳しかったが、終わった後は、甘い物好き・競馬好きのやさしい先生であった。この先生に教えていただいたことは、誇りに思える昨今である。 (ちなみに、基本の細かい所は、今の米谷師範に教わることが多く、今教わっている人達は、上達するには幸運であると思う。) .................................................................................................. 第13回 合気道順風会 クレッグさん <5/30up> ウエシバモリヘイ先生は、力が支配し勝つことが美徳とされる競争と衝突の中に、武道精神は存在しないと結論付けた。彼は、格闘技における本質的な精神をもって毎日練習することにより、人間として心身ともに自律した理想の探求を実現させることができると信じていた。毎日の鍛錬を通し、各々の気は万物の気と調和する。この調和は、自由で不滅かつ不屈の大きな気の流れの中に見出される。これこそ日本武道の大切な要素であり、合気道が競技になることを否定し、コンテストやトーナメントといった全ての競技形式を受け付けない所以でもある。人は戦闘的なスポーツに魅了されるが、私欲を捨て自己を探求し、従って何が本質かを悟ることが最終目的とされる武道においては、利のあるものではない。合気道は特殊な格闘技である。「型」や「演武」のような「柔」を表してはいるが、実際は「剛」であり、力強く手首を固定し、直接打ちつける。初級段階の合気道でさえ、それを行うのは複雑で難しいのだ。 実際、全身を磨き上げた型と速さ、力とを融合させ、流れるように動かさなければならない。精神集中、軽快なバランス、そして柔軟さは流れるように素早く動く為に必要不可欠である。呼吸を整えることは全ての動きの基本であり、悠然とした動きを作り出す。これには、数多くの技術が必要であり、合理性と有機的統一性によって生み出された変化と集中力を伴う。合気道の実践を通してのみ、人が武の道を歩む本質的な訓練を積むことで、心身鍛錬とは何か、美しい型とは何かを悟ることができる。 Master Morihei Ueshiba concluded that the spirit of budo is not to be found in a competive and combative atmosphere where strength dominates and victory is paramount.He believed it is to be realized in the quest for perfection as a human being both in body and mind through cumulative training and practise with kindred spirits in the martial arts.Through constant training the individual ki harmonizes with the universal ki and this unity appears in the dynamic flowing movement of ki power which is free and fluid indestructible and invincible.This is the essence of Japanese martial arts as embodied in Aikido-Aikido refuses to become a competitive sport and rejects all forms of contests and tournaments .A great temptation lures people into combative sports but there is nothing more detrimental to budo whose ultimate aim is to become free of self attain no self and thus realise what is truly real.Aikido is a unique martial art.While appearing to be "sort" and "choreographed" it can actually be "hard" and dynamic using powerful wrist locks and direct strikes.Even at a beginners level aikido is both complicated and difficult to execute. The fact is that the whole body must move continually in a coordinated manner with speed vigour and power.Mental concentration and agility balance and reflex action are necessary to perform smoothly and swiftly.The mastery of breath control is basic to every move and insures the continuity of flow in the movements.There is an endless number of techniques with there variations and applications all characterised by rationality and economy.Only through actual training in aikido does one become fully aware of the crucial dimension of budo-constant training of mind and body as the basic discipline for human beings walking the spiritual path. |
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第6回〜第9回 <10/19up〜12/20up> |
第9回 合気道順風会 桑原さん <12/20up> 入会後3年以上の時が経ってしまいました。そしてこの冬初段を取得することが できました。 入会してから思えば色々なことがありましたがここまでこられたのは, 野口代表を始めとする会の皆さんの支えがあってこそだと思っています。 私は中学の時サッカー部に所属し、高校でギターを手にしてからは音楽活動に明 け暮れ、武道と言えば高校の授業で柔道を少し経験した程度で別に興味もありま せんでした。 大学に入学してからも音楽活動をしたり自分でビジネスの真似事をしたりと楽し い毎日でしたが、人間とは欲張りなもので何か生活にもう一つ刺激が欲しいと 思っていました。 世間では不景気が続き、恐ろしい事件や少年犯罪が急増していました。 その影響からかK1やPRIDEといった格闘技がブームになり、強くなりたいと漠然 と考えるようになり、足立区で応募していた初心者教室に入り、少し間を置いて 正式に入会させて頂きました。始めたころはどんどん技も覚え稽古が楽しみでし かたありませんでした。しかし、これならすぐに強くなれると考えたのが間違い で3級、2級となるとなかなか上達できなくなり、丁度学校を卒業し社会人になっ たのもあって稽古に身が入らない時期も続きました。 だからといって辞める気にもならずに黒帯が見えてくる頃になるとさすがに責任 が生まれ自覚のようなものも少しずつ芽生えてきました。そして仕事のトラブル などで憂鬱になっていても道場に来れば互いの技の向上を目指し、稽古に打ち込 むことで気持ちが楽になったりもしました。 技も精神的にもまだまだ課題は山積みですが黒帯を取らせて頂いたからには、 今後は妥協することなく稽古していきたいと思います。そして仕事や人間関係、 これからの人生に生かしていきたいと思います。今後ともよろしくお願いしま す。 .................................................. 第8回 合気道順風会 松井さん <11/20up> 合気道を始めて四年、この秋初段に合格することが出来ました。米谷師範、野口代表を始め順風会はもちろん、時折稽古にお邪魔させていただく関連道場の皆様、本当にたくさんの方々に恩を受け、晴れて“入門”の運びとなりました。ありがとうございました。過ぎてみれば早いもので、あっという間の四年間でした。これからが本番、気持ちを新たに稽古に取り組みたいと思います。 私が合気道を始めたきっかけ、直接的な動機は“育児&家庭に専念する生活”からの脱却、自分自身が没頭出来るものが欲しかったのだと思います。 合気道について言葉だけは知るものの、護身術になる?という程度で、どんなものかはわかりませんでした。以前剣道をやっており、武道をしたい気持ちはありました。“合気道”に漠然と興味や憧れを感じてはいたものの、自ら道場の門を叩くという気持ちまでは抱かず、残業三昧な会社員時代には時間的な余裕もありませんでした。 専業主婦となり、足立広報“ときめき”に載る“合気道初心者教室”に何度か目が留まり、その秋ついに思い立ちました。週一回3ヶ月の教室終了後、順風会への入会を決意したのは、とても自然な流れでした。(稽古時間中、子供と別に過ごせる環境に感謝。幼い子供を持つ専業主婦には、これがなかなか難しいものなのです。) 合気道を始め、子供(当時2歳)との密着生活から程よくリフレッシュ出来ました。子供と過ごす生活も楽しいですが、仕事で遅い旦那が帰るまで大人と一言の会話も交わさぬ日もあり、閉塞感に押しつぶされることも度々でした。だから、稽古に没頭することはもちろん、稽古に向かうため電車やバスに“一人で”乗ることすら、新鮮で楽しく感じられました。飲み会は言うまでもなく、合気道を始め様々な話に興じたり、カラオケをしたり、利害のない間柄で盛り上がることが今も楽しくてなりません。 いいことばかりなく、稽古を通して、上達出来ない辛さやふがいなさ、自己否定感など、普段味わえない感情も覚えました。でもそれにより、自分の言動を反省したり、相手の感情を思いやる気持ちが増したように思います。教え上手な人をお手本に、子供への接し方を工夫することが出来るのも、思わぬ副産物でした。 イヤな出来事に捉われず、マイナスの気持ちは脇に置いて前を向く。合気道を始めてから、以前の自分に比べて気分転換がうまくなったと思います。これは体捌きで重要な“転換法”が、心に作用したのではないかと推測します。 出来ない自分に嫌気がさすことも度々ですが、合気道はとにかく面白くて楽しい。稽古が待ち遠しくてたまりません。特に初心者の頃は、もう「!!!」驚きの連続。組んだ相手が笑顔で力もかけず、ほんの軽やかな動きで私の体が簡単に流される、どうにも不思議でなりませんでした。相手とぶつからず相手の力を利用し、戦わずして固め伏せ、もしくは投げ飛ばす。手品のような合気道の技に見とれました。毎回の稽古が楽しくて、子供の部から参加したり、早めに来る人と稽古をしたり、関連道場にお邪魔したり、…自分で可能な限り、稽古をたくさんしたいのは今も同じです。未熟者ゆえ、数を重ねてこそ上達出来ると思うところもあります。誰かと比べるではなく、自分が上達したいのです。 自分が審査を受けなくても審査向けの稽古に付き合ったり、共に稽古する皆様は和やかな方ばかりで、この会はとても居心地の良い場です。「初心者だから」と遠慮する方もいますが、そんな気持ちは捨て、どんどん自分から上級者特に黒帯に走って稽古をつけてもらうと良いと思います。迷惑に思う人はきっといません。上級者も昔は初心者だったのです。初心者と組むことも、上級者のためになります。共に上達を目指して頑張りましょう。 初段の受審を決意し、先輩方から「黒帯(有段者)になったら加減しないよ。」との有難い言葉をいただきました。合気道は見た目の優雅さや“型稽古”と言われる印象とは裏腹に、実はとても怖い技で、“受け身”の技量も問われます。 「黒帯は白帯をケガさせてはいけない。」と米谷師範が良くおっしゃいます。相手の技量を見て技をかけないと、大怪我をさせてしまうのです。やみくもに力試しをせず、稽古相手を思いやり、自分だけでなく相手の成長をも考える気持ちを持つことが必要です。しかしそれに甘えず、受け身の上達を目指すことがとても大切です。受け身の上達が技の上達の近道でもあると先生や先輩方が良く説いてくださいますが、本当に実感します。受け身が上達すると、よりすごい技をかけてもらえるのです。また師範の言葉に「白帯を」とあるように、黒帯は、どんな技をかけられてもケガをしない受け身が取れるよう、一層の努力が求められるのだと思います。初段になったからと、落ち着く暇はありません。厳しい技をかけられるのは、自分が受けられると判断された名誉なことで、これまで以上に真剣に稽古に臨まねばなりません。 技をかける側は、受ける側の熟練度あってこそ、精一杯の技を出すことが出来る。“取り(技をかける人)”“受け(技をかけられる人)”双方あって、素晴らしい技の掛け合いが出来る。こんなことも合気道の魅力なのではないかと思います。 …長々と脈絡無く書き連ねましたが、とにかく私は合気道が大好きで、ずっと続けていきたいです。下手の横好き。今後とも皆様よろしくお願いいたします。 もちろん、新しい仲間はいつでも大歓迎です! .................................................. 第7回 合気道順風会 吉留さん <11/5up> 私は43歳男性。合気道歴4半年。妻と三人娘とオス犬一匹の家族を持つ会社員であります。 私は小学校低学年の時、柔道を、専門学校の時に少林寺拳法を2年やっておりました。 柔道は父や祖父がやっていたこともあり、気がついたら入門していました。 少林寺拳法は友達と護身術として何かやろうと考えた結果、まだ若干のカンフーブームの余韻のあった当時でしたので(注:本当はカンフーと少林寺拳法は違います)近所でやってた道場に週2回、通っていました。どちらも短期間でしたが現在の自分にとって体力作りや武道を体験したことは良かったと思っています。 では、何故に現在は合気道かと申しますと、娘二人の護身術と精神修養として、何か習わせたいと考え、おぼろげに合気道はどうだろうかと思い、本でどんなもんか確認したところ、合気道の技は力を頼みとしないということ(柔軟であれば、あるほど技法は冴えてくる)、また、調和のとれた肉体をつくる体技であり、安定した心をつくる心技でもあると書いてありました。これだ!と直感し、その本に合気会の電話番号が書いてありましたので、早速、住居近くの道場をいくつか教えてもらい、かったっぱしに電話しました。 いくつかの電話口の向こうで私に合気道を感じさせたのは順風会の野口代表でありました。 そして、お会いしてから更に、娘たちをここに入会させて間違いないと思いました。 おっと!「私が何故、入会したか」でしたね….。それは娘たちのためと研究している過程で自分もやってみたいと思ったこと、そして娘たちが当時小学5年と3年とまだ幼く、道場がある足立総合スポーツセンターまで綾瀬川を渡っていかなくてはならないなど距離があったため、護衛の意味も兼ねて、娘二人が大きくなるまで暫くいっしょにやろう。何か得るものがあるはずと思ったからです。ところが….。ハマリました…。 野口代表の「まず、長く続けることです。」とのお言葉がありました。私は木曜日の稽古には、ごく稀にしか行けず、上達はスローであります。しかし野口代表のお言葉を信じ、また、少しずつでも合気道の体技と心技を習得していきたいとの想いが増幅し、これまで続けることができました。そして、なんと昨年秋に初段を頂くことができました。光栄です。 これは自力のみではなく、確実に諸先輩はじめの皆様方のおかげさまであります。 初段になってからが入門であるとの教えがあり、奥の深い合気の道でありますので、まだまだ、ほんの序の口ではありますが、はっきり言えることは入会前に読んだ本に書いてあったことが、まったくその通りであることを、体験を通じ確信できたことです。 今や、私にとって大いに、ハードなワークの精神的主柱となっています。 上達には個人差があると思いますが、求め信じ実践を継続するなら、年を重ねるごとに上達する武道であると思います。米谷師範の普段からのお言葉にありますように「縁があり合気道ができる幸運」を実感している次第であります。そして、その縁を今後、永続的に大事にしていく所存であります。 以上 .................................................. 第6回 合気道順風会 中森さん <10/19up> 入会後まだ3年数ヶ月と経験の浅い私にコラムの指名を受けて心苦しいのですが、入会の動機と今の心境を正直に書かせて頂くことにしました。 私が合氣道を体験したのは、平成12年10月から週1回計10回行われました足立区主催の初心者合氣道教室(残念ながら今は区の都合で中断中)への参加で、それまでは全く武道と名のつくものは、やったことがありませんでした。 実は私、61才の平成11年忘れもしない5月17日に早期胃癌で胃を半分切除し、その翌年の1月に定年を迎えて、これからどうやって精神的にも肉体的にも健康な状態を維持して行こうかと考えていた時期でした。主治医に相談したところ非常に良いことだと励まされ、教室に入りました。 教室での指導の先生方は順風会の野口代表を始め諸先輩方で、その丁寧なご指導により、高齢の私ですが、今までに感じたことのない楽しさを感じました。 順風会への入会は63才を迎える一ケ月前の平成12年12月で、確かに体力的に不安はありました。最初は基本の受身、膝行と転換法の稽古から…しかし年齢のせいで筋肉の痛みが稽古の翌々日にピークがきたり、その後の体技を頭では理解出来るのですが、体が動いてくれなかったり、週2回の稽古は私にとって辛く感じたこともありました。 しかし、教室の時の某先生の励ましもあり、また折角縁があって仲間に入れて頂いた皆様方の顔を思い出した時、ここが踏ん張りどころと歯を食いしばり、出来るだけ稽古を休まないよう心に決めました。手前味噌になってしまいますが、出来る限り一日一回は基本動作と、稽古で教えて頂いた体技を一つでも覚えるため、思い出せる範囲で復習をしました。 正直言うと、若い時と違って怪我をすると治りが遅くなります。“焦らず怪我をしないように”を心掛けてはいましたが、先生方も「有段者は怪我をさせないように注意してください。」と何時も言って下さいました。不思議なことに、約1年を過ぎた頃だと思いますが、少しずつ体の回復も早くなり、稽古後に清々しい心地好さを感じるようになって来ました。 先生方がよく「合氣道の筋肉は強靭な筋肉ではなく、粘りのある柔らかい筋肉を付けること」また「相手と争うのではなく、お互いを尊重し、お互いに心技とも練り合う武道です。」と言われておりますが、全くその通りの素晴らしい武道と感じています。 合氣道の円の動きは、高齢者に往々にしてありがちな頑固で意固地な性格を、円のように丸い穏やかな包容力のある性格(妻に言わせるとまだ△、今も◎を取るため努力中)に変えてくれると確信しています。 順風会には、体技(護身術)は勿論心の部分もご指導下さる米谷師範、野口代表を始め多くの先輩方が居ります。合氣道は老若男女を問わず誰でもが出来る武道です。どうぞ気軽に(財)合気会支部・合氣道順風会に来て下さい。全員でお待ちしています。ちなみに私現在66才9ヶ月。 最後に今このように元気に過ごせるのも、米谷師範、野口代表を始め順風会皆様方の丁寧なご指導と、楽しく稽古をさせて頂いているお陰と感謝しております。 |
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第1回〜第5回 <7/12〜9/25up> |
第5回 合気道順風会 カルタス(藤沢さん)< 9/25up> 「明日の為のその一」・・近頃なにかと物騒な世の中、いざという時の合気道!歳をとった方でも、女性でも息長く出来る武道! もう一昔前になります。学生時代の友人がある会で合気道をしてまして 飲んだ時にたまに話題に登り、その足立区の広報に踊っている「合気道順風会」の文字に時折目が留まるようになりました、ただ転職したばかりで時間に余裕がなくそのまま二年程過ぎていました。 職場での人間関係に疲れ始めたある日、急に思い立ち電話をし、夜の稽古を見学したのをきっかけに入会しました。この当時の先生は猿田師範というこの世界では名の知れた方だったのですが、物覚えの悪い私には技がきれ過ぎてさっぱり理解できない状態が続きました。それでもたまに座り呼吸などで相手をしていただいた時に、ほとんど力は入っていないのに吹っ飛びそのまま微動だにできない不思議さに驚いたものです。それでもなかなか上達しない自分に嫌気も差し休む事も度重なり最初の審査に合格するのに一年近くかかりました。まだ受け身をするのも恐々で、固め技を掛けられると直ぐにヒイヒイ言うほど体は硬かったのですが金沢に転勤した例の友人を行楽かたがた訪ねまして能登の砂浜で投げ技の稽古の真似事をしたことがいい思い出です。 不幸な出来事もありました・・その後一年程で急に師範が亡くなってしまったのです。「心臓がよくないのでもう少し入院していた方がよいのでは」という医者の忠告を無視して無理に退院して日々合気道の指導に命を賭けていた結果の突然の出来事。。。。。 (深い事情もあったのでしょう?・・・・ご冥福をお祈りしています) 「いつまでもあると思うな金と親」今頃になってもっと真剣に見取り稽古をしておけばと悔やんでいます 数ヶ月の調整期間を経て米谷師範に審査、月二回の御指導を請いながら野口先生の元で稽古をするという現体制になりました。長年稽古に出ていると少しは体に柔軟性が出てくるものである時交差点を自転車で直進走行中右折しようとした自動車に一部接触しながらも逃げきって無傷で済んだこともありました。相手の運転手に憤慨するより自分の身のこなしに日頃の稽古の賜物と感謝したものです。それにもまして会社と学生時代の一部の人間関係しかない自分にとってリフレシュするよい機会になっています。 縁がなくて辞めていった方も多々いますが様々な人との巡り合いもありました。後輩の指導に熱心な曲がったことの嫌いな区役所の御役人さん・会の発展に尽力を惜しまぬ某洋菓子メーカーの工場長さん・歳にもめげず強さを求めて体を痛めつてやまない老武道家・アルコールが入ると直ぐにハイテーションになる主婦殿・アッーと言う間に昇進していった元後輩等々、今でも個性豊かなメンバーが揃っています。 合気道に興味があってこのホームページを訪れた方々、「百聞は一見に如かず」どうぞ気楽に見学にいらしてください .................................................. 第4回 合気道順風会 吉原さん <8/23up> 見ましたか、柔道女子57kg級、横沢 由貴の残り1秒の一瞬を!! 思わず歓喜、最後まであきらめない華麗で見事な技。プロとプロとの戦いは、自分の身を捨てても相手を倒す。プロを相手には、簡単には技は通じない。迫力がガンガン伝わる。 下袖をつかみ、身体をひねり込んで相手の懐に入るやいなや、腰に乗せて自分の身体ごと相手に預けながら一回転して倒す。 それは、8年前のアトランタで第1回目の金メダルに輝いた野村 忠宏の背負い投げをほうふつさせる。その当時、お元気でいらした猿田師範は、稽古の時間を割いて野村選手の技について解説されていた記憶がある。「柔道の世界では、背負い投げという技になっているが、合気道の腰投げそのものである。相手を崩して浮かしてしまえば、どんなにジタバタしても、後は自分の思うとおりの技が掛けられる。磐石の姿勢を保ち、相手を崩す。崩さなきゃ技は掛からない。技を掛けることが大変じゃなくて、相手を崩すことが大変なんだ。」まだ、腰投げを知らない2級の頃の自分ではあったが、猿田師範のこの話しは生き生きと残っている。 さて今回は、加藤さんからリレ−連載のバトンを手渡された。入会8ケ月の加藤さんがお書きになって、11年目の自分が書かないわけにはいかない。快く承知した。加藤さんの記述のなかに「一度物事を始めたら、10年位は続けなければ・・・・・」とあった。期せずして、私の合気道生活も10年を継続することができた。ひとえに、猿田師範、米谷師範をはじめ諸先輩や同朋との出会いであると感謝をしています。 武道なら合気道と思っていたのは、30代半ばだった。我が家には三人の娘がおり、世の中がだんだん物騒になってきた頃であった。何かがあれば妻と幼い娘たちを守るのは自分で、その自分がいの一番に逃げてしまうようでは困るだろうと思いながら、やるなら矢張り合気道と考えていた。でも、必要なときには、仕事も遊びも面白く、合気道と巡り合うチャンスがなかった。 なぜ合気道だったのか、理由は定かではない。若い頃に合気道という情報が入力されていたのか、武道のなかでも合気道のイメージが自分の性格に合っていると感じていたのかも知れない。 それが、47才の遅咲き合気道デビューした自分にとって、10年は夢のようである。10年経てば社会は変わり、家庭も変わる。妻と幼い娘たちを守る積りであったが、今は妻と娘たちから自分を守るために合気道を活用している。 .................................................. 第3回 合気道順風会 加藤さん <8/9up> まだ入会したばかりの私にこのコラムの指名が来てしまい、とまどっております。しかし、自分の思うまま書けばよいとの事でしたので、そのようにさせていただきます。 私は55歳の男性です。仕事であまり体を使わない為運動不足に陥っていたので、「何かをしなければ」と思っていました。でも、「一度物事を始めたら最低10年位は続けなければ」という気持ちもあって決めかねていました。3年前頃より「やるなら合気道だ」と、漠然と思うようになりましたが、ようやく入る決心をしたのは、昨年11月でした。皆さんの稽古を見学させていただき、また、野口先生のお話を聞いて、とても誠実な印象を受け、すぐに入会を申し込みました。 入ってみて、ほぼ自分の想像していた通りでしたが、技の種類の多さや剣杖を扱うなど、合気道の内容の広さには驚きました。これはなかなか短期間に習得出来るものではないと、ハッキリ実感しました。 現在、入会して約8ヶ月になります。肉体的にも精神的にも大分慣れてきて、「今が一番楽しい時期かな」と自分で思います。例えば、教わることが全て新しいし、稽古で汗をかくことも楽しいし、その後の飲み物や食事もおいしい。それでグッスリ眠れれば、本当に幸せです。入会して半年目に5級にさせていただき、これから少しずつ上の級を目指そうという意欲も出てきました。また、いつかは初段になって、袴を履けるようになる事を夢見ています。 今、中高年と言われる年になって、20代や30代の頃の馬力はなくなりましたが、「人には負けないぞ」という気持ちだけは持っています。ただ、体が言うことを聞かないので、あまり無理をしないよう、思わぬ怪我をしないよう、充分注意するつもりです。自分でやれる練習もサボリ気味ですが、せめて稽古だけは、週二回一時間半、真剣にやりたいと思っています。諸先輩方、何卒宜しくお願い致します .................................................. 第2回 合気道順風会 錦部さん <7/24up> 宝の山 我が順風会も黒帯の方が多くなりました。秋にはまた数名の方が昇段予定です。加えてやる気マンマン白帯の方も入会され活気に満ちております。まさに「順風」満帆。 ぼくが初段になり、早2年が過ぎました。この間、上積みがないような気がして焦る気持ちもあります。ぼくが初段になるに当たってはたいへん多くの方にご指導をいただきました。その中には今になってやっと気づくことがたくさんあります。特に、まだ合気道を始めたばかりに言われたことがそうです。 師範や代表が前で言われることの中には聞き逃してしまいそうで大切な言葉が山積で、合気道をやる人間にはまさにそこは宝の山。 その宝の山から今日は、特に白帯の方に向けていくつかおすそ分けを偉そうにしてみようと思います。 ぼくが級が上になるに連れて、実感していった教えに「技より受身を」との言葉があります。ぼくは多少受身に自信があったため、先輩方に言われるこの言葉を受け流していた部分がありました。はじめたばかりはやはり技をかけたくてしかたがありません。当然の流れですね。でも、体術を本当に覚えたければ受身を覚えることは必須です。 例えば、四方投げ。投げ方も人によって様々です。ぼくはよく、投げられるときに腕を耳につけなさいと言われていましたが、あまり意識してませんでした。ところがある時、「あっ!腕が折れる」という体験をしました。横に捻られるように投げられたのですが、そこではそれが普通でした。 それからは腕を耳につけるようにしました。それでもさらに激しく捻られる時は空転で受けをとるしかありません。ところがそれで安心していると、今度は捻られるのではなく、真後ろに投げられます。上記の投げ方は腕がやられますが、今度は後頭部です。ここで大事なのは、後ろ受身をはじめに教わる時に言われる、自分のへそを見るように、との言葉ですね。こんなところで実感したりしました。 そして、なぜこのような先輩方の言葉が宝かといえば、自分の身を守るというのはもちろんのことですが、何より、受身ができない人は本気で技をかけてもらえないから。見て自分でやってみることも大事。でもそれだけでは本当の技はわからない。実際にかけてもらってそれを体感することが最高の上達法だと思います。 そのためにも受けをおぼえることは大切です。 黒帯になられる人たちは、経験も豊富です。そして、自分で苦労して習得したことは簡単には教えてくれません。でも、少しずつは言ってくれています。ぜひ、そこを感じ取るようにしてもらえればと思います。ぼくも含め。 以下は柔ちゃんの言葉です。 心技体プラス頭。 .................................................. 第1回 合気道順風会 品田さん<7/12up> 今回、ホームページの管理人である水野氏から新たにコラム欄を豊富にしたものを作りたいので、何か書いてくれと頼まれたが、こればかりはおいそれと書けるものとは思えないが、普段稽古等で感じていることや思い出を徒然日記のようなものでよければと思い書くことにした。 私が合氣道を始めたのは三十七歳の時だった。 動機は会社が一時期暇になり、余暇の時間が増えたとき足立区主催の体験コースで出会ったのが「合氣道」。 その時の先生が、今は亡き猿田師範だった。こう言っては失礼だが、私にはお爺さんにしか見えなかったが繰り出す技の数々は子供の時に初めて見たブルース・リーの映画のようにカルチャーショック。 特に正面打ちの入り身投げは「打たせたい奴には打たせろ」「まずこちらからお茶に誘い、招き入れ、送り出し、お辞儀をしてお見送りする」と言いながら、今の野口代表を子供の様に投げる姿は華麗そのもの。 単純だが年を取っても猿田師範みたいに強くなりたいが入会の動機だった。 体験コースの最終日に師範室に入り、入会を希望を申し入れると猿田師範はニコニコと私の入会を許可してくれた。 今から思うと開祖・植芝盛平の名前も知らずに技の見た目で入会したのだから、我ながらあきれたもので後に猿田先生がよく稽古前の説教で「大先生」とよく言っていたので、入会三日目くらいに「大先生って誰ですか?」と尋ねると「植芝盛平」と怒られた記憶がある。 週二回、木曜日は夜の六時半から日曜日の朝の九時からの稽古、特に日曜日の朝から稽古は子供達と一緒に受け身から教わり他の道場では珍しく木刀も振っていた。 警策を木刀のかわりに「一の太刀」「二の太刀」「冠剣」と声を挙げ、子供の部でもよく膝行、剣を優雅に振っていた先生の姿が今でも目に浮かぶ。 よく先生は子供達に「剣は杖(ツエ)じゃない、用が無いときは左の腰に構えて持て」と一喝していた。 だが、今の時代たまに大人で剣を杖(ツエ)のようにあつかう人を見るとガッカリする時がある。 また、師範がお見えになっている後から道場に入り、準備体操から始める方も遇にお見受けしますが、人から物事を教わる態度には程遠いように思います。 やっぱり一旦、稽古着に着替え道場に入ったらピット凛々しくいきたいものですね。 まだまだ礼儀作法・心構えなど私なりの考え方や思い出を書きたい所ですが、今回はこれにて終わり。続きは管理人さんに聞いて下さい。 |
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