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神への知的愛(amor Dei intelletualis)と信愛(bhakti) −−比較思想的観点から−−
T.はじめに
本稿は,17世紀オランダの哲学者スピノザ(Baruch de Spinoza,1632−77年)と,11世紀から12世紀にかけて南インドのタミル地方で活動したヒンドゥー教の哲学者,神学者ラーマーヌジャ(RAmAnuja)の思想,特に「神への愛」の概念を中心に,両者の比較検討を試みるものである。U.スピノザとラーマーヌジャの人間観
ラーマーヌジャは,インドの正統的哲学であるヴェーダーンタ哲学の系譜に属し,その根本聖典『ブラフマ・スートラ』に注釈を著してヴィシシュタ・アドヴァイタ哲学(*1)を大成する一方,当時庶民層を中心に流行していたバクティ信仰(*2)を,正統バラモン思想を援用して理論化・体系化することに務めた人物である。ヒンドゥー教は,大きくヴィシュヌ派とシヴァ派に分けられるが,ラーマーヌジャはヴィシュヌ派の一セクトで,シュリー女神を配偶神とするナーラーヤナ(=ヴィシュヌ)神(ZrIman-nArAyaNa)を信仰するシュリー・ヴァイシュナヴァ派に属する。シュリー・ヴァイシュナヴァ派では,アーチャーリヤと呼ばれる諸学匠がその神学を発展させてきたが,ラーマーヌジャは3代目のアーチャーリヤに数えられる(*3)。彼は,マドラス近くの村に生まれ,カーンチー(*4)でヴェーダーンタ哲学を学んだ。やがて彼の名声は広く知られるにいたり,シュリー・ヴァイシュナヴァ派の拠点であったシュリーランガム寺院に招かれ,その管理・運営(ZrIkAryam)を任されて機構改革に従事した。その仕事を終えると,他学派との論争や著作を積極的に行う一方,南インドには伝わっていなかった文献を求めて北インドに巡礼の旅にも出た。こうして着々と成果を挙げはじめた彼に大きな試練が訪れた。シヴァ派の信者であったチョーラ王(*5)がヴィシュヌ派の迫害を始めたのである。ラーマーヌジャは難を逃れて,南西インドのカルナータカヘ移り住む。二十年あまりの後,王の死によってシュリーランガムに帰った彼は,主著『シュリー・バーシャ』を完成させ,約二十年の後,亡くなった,と伝えられる(*6)。
このように,思想家であったと同時に宗教家でもあったラーマーヌジャに比べ,哲学者としての自由を制限されるのをおそれてハイデルベルク大学からの招請を断った,というよく知られたエピソード(*7)を持つスピノザは,あくまでも哲学者として生きたといえる。従って,活動した時代も地域も異なるという条件の他に,理性の立場から神や倫理を説くスピノザと信仰の立場に立って神と人間を考察したラーマーヌジャの間に大きな隔たりがあるのは言うまでもない。しかし二人は,神を真の実在,唯一の原因とし,一切は神の様態であるとする汎神論的思想を説いており,その思想には多くの共通点が見いだしうる(*8)。
スピノザは『短論文』において人間の無力さを強調する(*9)。人間は神の下僕であり,神の奴隷ですらあって,一個の奴隷,一個の道具として自分に課せられた努めを果たさなくてはならない。それは,自然の一部分として自然の諸法則に従うことであり,またそうすることこそ神への奉仕であって,「そうした行動をなす限り人間は幸福の中に在る」のだと言う(第2部第18章)。『エチカ』においては,人間の無力さは受動感情への隷属として説かれる。人間は自然の一部分であり,他から働きを受ける(第4部定理2)。そこで,常に受動に隷属し,自然の共通の秩序に従い,これに服従するしかなく,「自分自身からは自分の安寧乃至幸福のために何事もなし得ない」(第4部定理4ならびに系)。受動感情は非十全な観念によって生じる(第3部定理3)が,人間は「神あるいは自然の無限なる能力の,言いかえれば神あるいは自然の無限なる本質の,一部分」(第4部定理4)である有限な能力しか持たず,あらゆる場合に十全な認識を行うことはできない(第3部定理1証明)。従って不可避的に受動感情に隷属し,「外部の原因の力によって無限に凌駕され」(第4部定理3),「感情に支配される人間は自己の権利のもとにはなくて運命の権利のもとにあり,自らより善きものを見ながらより悪しきものに従うようにしばしば強制されるほど運命の力に左右される」ことになる。人間は,「外部の諸原因から多くの仕方で動かされ」,「旋風に翻弄される海浪のごとく自らの行末や運命を知らずに動揺する」存在でしかない(第3部定理59備考)。V.神への知的愛
人間の無力さは,ラーマーヌジャにおいても種々に述べられる。人間は「生・老・死などの輪廻の苦の大海」(ZBhl.1.1,LaghupUrvapakSa,P.51)に沈んでおり,「(神の)他に依りすがるもの無きもの(ananyAgati〉」,「心と言葉と身体によって無始の時より行われてきた,為すべからざることを行い,為すべきことを行わないという,無限の,バガヴァット(=神)に対する罪・バーガヴァタ(バガヴァットの信奉者)に対する罪・堪え難き罪」を犯したものとされる。そして,人間は神の「部分(aMSa)」であり,神に対して「隷属(kaiGkarya)」するものであるが,神の部分であること,神に隷属することは,「喜び」であるという(ZG §.2, 16, 17, 20)。スピノザとラーマーヌジャの人間観において,人間の無力さ,人間が自然−−スピノザにおいては神と同一である(*10)(「神即自然」)−−ないし神の部分であること,人間が神のいわば奴隷であること,そしてそのことが人間にとって喜びであることといった点に関しては,二人の立場は符合する。しかし,意志の自由については,両者の見解は隔たりを見せる。
スピノザは,人間の意志の自由を否定する(*11)。自由とは「自己の本性の必然性のみによって存在し,自己自身のみによって行動に決定されるもの」であり,「或る一定の様式においてのみ存在し,作用するように他から決定されているものは必然的である」(『エチカ』第1部定義7)が,人間の意志は,思惟の或る様態であり,個々の意志作用は他の原因から決定されるのでなければ存在することも作用に決定されることもできないから,自由な原因ではなく,必然的なあるいは強制された原因でしかない,という(『エチカ』第1部定理32証明)。
ラーマーヌジャにおいては,必然や意志の自由の問題は,輪廻や人間の行為主体性という文脈の中で語られる。個我は,本来,知を唯一の形相(AkAra)とし,最高存在(=神,ないしブラフマン)の従属物〈ZeSa)たることのみを本質とし(VAS §.143),本来善なる本質(kalyANa-rUpa)を有するアートマンである。ところが,現実の個我は,輪廻し,苦を味わう。ラーマーヌジャは,その原因を「無始なる無明」(anAdy−avidyA)に帰している。無明は,無始なる業を本質とする(anAdi-karma-rUpa-aVidyA,VAS §.87)。無始なる無明の結果,善悪の業が蓄積され,それに応じてアートマンは,根本原質の展開によって生じた梵天等の諸神・人間・動物・植物という4種の身体に否応なしに入りこむ(VAS §.113)。これら4つの身体は,根本原質・純粋精神・大なるもの・自我意識・微細な要素・(五)元素・器官とそれによって始起した24原理を本質とする〈VAS §.69)。アートマンは,もともとこれらの身体とは異なる。身体は,人間性などの類(jAti)や属性(guNa)の基体となる物体であり,独立している(svatantra)。これらをアートマンと混同するとき輪廻が始まり,身体に「我」という輪廻の主体の観念が生まれ(VAS §.143),その結果,不可避な再生への恐怖(bhava-bhaya)を生じる(VAS §.4)。こうして輪廻するに至った個我は,その行為(業)に応じて,苦楽を体験することになる。
それでは人間は自由意志を持たず,必然性に支配されているのであろうか。ラーマーヌジャは人間の行為が欲求や意志によってなされることを指摘し,人間は行為主体であると見る。すなわち,人間は欲求(icchA)があるときは活動するが,やる気がないときは,たとえ活動に必要な能力や手段を有していたとしても,何もしない(ZBh 2.3.39)。人間のあらゆる行為は意志(prayatna)によってなされる〈ZBh 2.3.41)のである。その意味で,人間は,行為主体(kartR)である(ZBh2.3.38)。また,もし人間が行為主体となり得ぬのであれば,つまり自分の判断(sva-buddhi)で活動を避けたり始めたりしうる(ZBh 2.3.40)のでなければ,聖典に規定された命令と禁止(「〜すべし」「〜すべからず」)も無意味となってしまう(ZBh 2.3.40)。こうして,ラーマーヌジャは人間は行為主体であるとみるが,それは人間が「独立の」行為主体であることを意味するわけではない。人間の行為主体性は,他者(=最高ブラフマン〉に依存する(ZBh 2.3.40)。何故なら,最高ブラフマンは,人間が行った,努力(prayatna)と尽力(udyoga)を考慮しつつ(apekSya),それに同意(anumati)を与えることによって活動させる(pravartayati)のである(ZBh 2.3.41),という。人間の束縛と解脱は,ブラフマンの意志(saGkalpa)にかかっている(ZBh 3.2.4),ともいう。
ラーマーヌジャが人間に完全な自由意志を認めてはいなかったことは明らかであるが,かといって,スピノザのように,一切を神の必然性のもとで把握しようとしているわけではない。根本的には神の意志によるが,少なくとも日常的には,人間の自由意志は否定されていなかったといえるだろう。このような立場の相違は,スピノザが神のみを真実在とし他の一切はその様態である,すなわち,いわば「一切は神」とみて,汎神論的傾向を強く示すのに対し,ラーマーヌジャが(宗教的実践の主体およびその活動の対象として)人間と自然の実在性を重視した(*12)ことによるものと考えられる。
『短論文』では,人間の無力さに由来する無力感を克服するため,「明瞭な認識」(*13)によって神を認識し,「神との合一」を果たすこと(第2部第5章)の必要性が強調される(*14)。我々の福祉は「神との合一」にのみ存するが,それは我々が神をそのあるがままに認識しなくてはならないことを意味するわけではなく,「明瞭な認識」によって神を「ある程度」認識しさえすればよい。そうしてその認識は,他の或る物からの結果によるのではなく,直接的なものである,という(第2部第22章)。また,「愛」とは「或る物を享受し且つこれと合一すること」であり,その対象となりうるのは,個物,様態,神であるが,可滅的な個物と合一しても我々の弱小な本性は強化されず,惨めにしかなりえない(第2部第5章)。一方,様態は神に依存する(*15)から,我々は神の観念なしにその様態を理解し得ない。それ故に,「この神の中にこそ必然的に我々の愛はとどまらざるを得ない」〈第2部第5章)。つまり,「我々が我々の知性を正しく用いる限り,神を愛せずに居るということは不可能」(第2部第5章)なのである。W.情愛
『エチカ』においては,「明瞭な認識」は「直観知」と呼ばれる。スピノザは人間の認識に三種あると考えた。第一種は「想像知」(imaginatio),第二種は「理性」(ratio),第三種は「直観知」(scientia intuitiva)である(*16)。理性はものを偶然としてでなく,必然として認識する(第2部定理44および証明)。ものの必然性は神の永遠の本性の必然性そのものであり,従って理性の本質は,事物を「永遠の相のもとに」見る(*17)ことにある(第2部定理44系1,2)。ところで,現実に存在するものの観念はすべて神の永遠・無限の本質を必然的に含み(第2部定理45),それ故,人間精神は神の永遠・無限の本質の妥当な[十全な]認識を有することになり(第2部定理47),その結果,この神の認識からきわめて多くの妥当な認識を導き出す。このようにして第三種の認識が形成される(第2部定理47備考)。第三種の認識とは,「物を神の中に含まれ,神の本性の必然性から生ずるとして考える」ことであり(第5部定理29備考),「物を神の本質を通して実在的有として考えること,すなわち物をその存在が神の本質の中に含まれているとして考えること」である(第5部定理30証明)。個物は神の本質を表現するものであるから(*18),「我々は個物をより多く認識するに従ってそれだけ多く神を認識する(あるいはそれだけ多くの理解を神について有する)」(第5部定理24)。直観知によって神を認識するとき,精神に神に対する知的愛が生じる。「第三種の認識から必然的に神に対する知的愛が生ずる。なぜならこの認識からは原因としての神の観念を伴った喜び(*19),言いかえれば神に対する愛が生ずる。しかも現存するものとして表象される限りにおける神(*20)に対する愛ではなくて,永遠であると認識される限りにおける神に対する愛である。そして,これこそ私が神に対する知的愛と呼ぶところのものである」〈第5部定理32系)。
神を認識することは,精神にとって最高の善である。「精神の最高の善は神の認識であり,また精神の最高の徳は神を認識すること」(第4部定理28)であり,「精神が認識しうる最高のものは神,言いかえればそれなしには何ものも在りえずまた考えられない絶対に無限なる実有である。したがって精神の最高の利益すなわち最高の善は神の認識である」(第4部定理28証明)。そうして,「この[第三種の=引用者注]認識は,受動である限りにおいての諸感情に対して絶対的には除去しないまでも,少なくともそれらの感情が精神の極小部分を構成するようにさせうる。次にこの認識は,不変にして永遠なる物,我々が真に確実に所有しうる物に対する愛を生ずる。そのゆえにこの愛は通常の愛に潜むもろもろの欠点に汚されえずして,かえって常にますます大となることができ,そして精神の最大部分を占有して,広汎な影響を精神に与えうるのである」(第5部定理20備考)。
スピノザが『エチカ』で説く「神への愛」は,いわゆる神秘主義的な「神との合一」ではなく,理性に媒介された「知的」愛である(*21)。また,神への知的愛は神が自己自身を愛する愛そのもの(第5部定理36)であり,人間に対する神の愛と同一(第5部定理36系)である。「神に対する精神の知的愛は,神が無限である限りにおいてではなく,神が永遠の相のもとに見られた人間精神の本質によって説明されうる限りにおいて,神が自己自身を愛する神の愛そのものである」(第5部定理36)。
スピノザの説く神に対する愛が「神への知的愛」と呼ばれ,それが直観知から生じ,喜びといわれるように,ラーマーヌジャのバクティも「特殊な知」と呼ばれ,それは神の「直観」であり,「歓喜」を伴うものである。X.むすび
インドの諸思想は,一般的にいって,「悟り」「解脱」をその究極目標とするが,ラーマーヌジャの思想体系も,一神教的信仰の立場から,神による「救済」を目指している。彼が解脱の手段として強調したのは,バクティ(信愛)であった(*22)。彼はバクティを「他を動機とせず,絶えることなく超えるものなき愛を伴う,明晰な直証性に至った静慮という形態をとった〈ananya-prayojana-anavarata-niratiZaya-priya-viZadatama-pratyakSatA-Apanna−anudhyAna-rUpa)バクティ」(VAS §.91)と表現する。他にも,「解脱を望む人が,ウパニシャッドに規定された知(vedana)を本質とする静慮(dhyAna)などに専心し,その人にその静慮において,無限で,無上の愛が生じる時,まさにその時,その人にとって最高のプルシャが得られる」(VAS §.92)ともいう。バクティは「他のすべてへの無欲をもたらす」(VAS §.92)ものであり,その結果神以外の「他のものを動機としない」。バクティは永続的で,無上の「愛(priya,prIti)」であるが,それは「無限で無上の歓喜(Ananada)たるブラフマンの直観」(VAS §.4)とも言いかえられるように,最高存在を直観した「歓び」も含んでいると考えられる。バクティは最高存在の「直証性〈pratyakSatA)を得るに至った」状態,最高存在の「直接体験(anubhava)」でもあり,「直観知」としての側面も有している。
その一方で,バクティはしばしば,念想(ウパーサナ),知(ヴィディヤー)と同義語として扱われる(*23)。ウパーサナは,ブラーフマナ文献では,祭式における神格・祭具・供物等と自然界の諸要素や人間の諸機能との「同置」の意味で多用され,『ウパニシャッド』では「念想」,すなわち「ある既知の現象的存在を,至高存在と同置する心的過程」を意味した(*24)。ラーマーヌジャは,ヴェーダーンタ哲学の伝統に従って(*25),ウパーサナを解脱の手段とみなした(VAS §.87)。しかし,彼のウパーサナは,むしろ神秘体験に近いものであり,さまざまな限定者によって限定され,具体的なイメージをともなった有属性のブラフマン(*26)としての神を目の当たりに直観した歓喜の状態と言ってよいものである。これは,『ウパニシャッド』などのウパーサナやヴィディヤーとは明らかに異なったものであり,伝統的な用語を用いてはいても,その内容は『ウパニシャッド』のそれとはかなりの違いを見せている(*27)。
バクティはまた,「特殊な知(jNAna-viZeSa)」とも呼ばれ(*28),その故にしばしばラーマーヌジャのバクティにおける主知主義的な傾向が強調される。しかし,バクティが「知」的であるとはいっても,バクティを「理性」と関連づけて解釈できるというわけではない(*29)。ラーマーヌジャは,「知」をアートマンの本質であり,属性でもあると見る。『ウパニシャッド』以来,アートマンやブラフマンの本質は「知」とみなされた。その場合,「知」はアートマン,ブラフマンの属性でなく,本質そのものであり,無限で不変である。そうした「知」のみでは多種多様な精神作用は説明できないが,ラーマーヌジャは本質(svarUpa)としての知のほかに,属性(dharma)としての知という概念を導入する(*30)。これは,アートマン,ブラフマンの本質としての「知」が静的であるのに対して,知性の活動的側面を表現したものであり,認識・思考・感情等を含み,いわゆるロゴスではなく,「精神作用一般」といった意味合いが強い。バクティには「愛」「歓び」といった情緒的側面が認められるが,これも広い意味の「精神作用」である。その意味で,これも「特殊な知」であるといわれるのである(*31)。
スピノザが神を説き,神の直観的認識を理想とする点では,ラーマーヌジャのバクティに通じるものがある。しかし,ラーマーヌジャのバクティが神を具体的イメージを持ったものとして念想することであるのに対し,スピノザの神への知的愛は「現存するものとして表象される限りにおける神に対する愛ではなくて,永遠であると認識される限りにおける神に対する愛」であった。また.神の知的愛が理性を媒介とするのに対し,バクティは理性との明確な関わりは持たない。むしろ,ラーマーヌジャは理性による神の認識を否定していると考えられる(*32)。両者の人間観にも顕著な違いがある。スピノザにとって,人間が自己の有に固執しようと努める努力(=コナトゥス)は,人間の現実的本質であり,神の能力そのものとして肯定される(*33)。しかし,ラーマーヌジャにとっては,自己の存在にとらわれることは,輪廻という非本来的な状況をもたらしてしまうのである。<凡例>
ラーマーヌジャとスピノザは,宗教というものの理解において決定的な隔たりを持っている。ラーマーヌジャは,シュリーヴァイシュナヴァ派の信仰の体系化・合理化をめざしつつも,バクティ運動が本来的に持っていた,不合理なるが故に信ずるという方向を払拭していなかった。ラーマーヌジャは,神の本質をありのままに認識(*34)したとき神への愛が生じ,神への絶対的な帰依がなされると説く。しかし,ここで言う神の本質とは,人間や自然を超越した神の本質であり,人間はその部分・従属物としての自覚が求められたのである。それに対して,スピノザは,啓示宗教は神への服従のみを問題にするが服従は神の非十全な認識に基づくものでしかない,という。そうして,真の宗教は理性の導きに従った生活,神についての理性的な(従って十全な)認識に基づく生活の実践にほかならないと主張する。彼にとって従来の宗教の存在意義は,無知な人,理性的な生き方の不可能な人にとって,社会生活に有益である,という点につきるものであった(*35)。しかし,彼が無神論者であったわけではない。「神を最高の善とみなし,神をそのものとして自由な精神をもって愛さねばならぬと主張し,そしてこのことにおいてのみわれわれの最高の幸福と最高の自由があり,さらに徳の報酬は徳そのものであり,愚鈍と無能の罰は愚鈍そのものであり,最後に各人は自分の隣人を愛し,そして最高権力の命令に服従しなければならない」(『書簡集』43)と説く彼の立場は,理性的・哲学的宗教といい得るものであった(*36)。「人生において何よりも有益なのは知性ないし理性をできるだけ完成することであり,そしてこの点にのみ人間の最高の幸福すなわち至福は存在する。なぜなら,至福とは神の直観的認識から生ずる精神の満足そのものにほかならないのであり,他方,知性を完成するとはこれまた神,神の諸属性,および神の本性の必然性から生ずる諸活動を認識することにほかならないからである」(『エチカ』第4部定理付録第4項)という彼の言葉は,そうした彼の立場を端的に表現している。
スピノザの著作からの引用は,原則として畠中尚志訳の岩波文庫版を用いた。
また,ラーマーヌジャの著作からの引用は,以下によった。
VedArthasaGgraha(VASと略記):J. A. B. van Buitenen,RAmAnuja's VedArthasaGgraha,
Deccan College Monograph Series 16, 1956.
SrIbhASya(ZBhと略記):Brahmasutra-Sribhashya eith Srutaprakasika, 2voIs.,
UbhayavedantagranthamAlA,Madras,1967.
BhagavadgItAbhASya(GBhと略記):Sri Bhagavad Gita with Sri Bhavgavad Ramanuja's
Bhasya and Srimad Vedanta Desika's Commentary named Tatparya Chandrika,
UayavedantagranthamAlA,Madras,1972.
ZaraNAgatigadya(ZGと略記):GranthamALA Office,KAJcIpuram,1956.
<注>
(1) 「ヴィシシュタ・アドヴァイタ」の語義に関しては,拙稿「viZiSTAdvaita考」(『宗教研究J第261号,昭和59年9月,1−23頁)参照。
(2) バクティ思想の起源は,外来文化の影響やバラモン教の内発的展開ではなく,ヴェーダ時代に民衆の間に広まっていたバーガヴァタ教などの民間の宗教に瑞を発し,民衆の間に広まっていた人格神信仰と偶像崇拝が正統派思想圏に進入し,両者が混交を繰り返す中で次第に発達したものだと推測されている(徳永宗雄「バクティ」,『インド思想3』岩波講座東洋思想,第7巻,206頁)。
(3) 初代はナータムニ,2代目はギリシア教父にもたとえられる(H.Raychaudhuri,Materials for the Study of the Early History of the Vaishnava Sect, The University of Calcutta,1920, 2nd edition,New Delhi,1975,P.115.)ヤームナである。
(4) チョーラ朝の前のパッラヴァ朝の首都として栄えた町で,古い寺院が多く,巡礼者も多い。玄奘もここを訪れ「達羅昆茶国」の「建志補羅城」として記録に残している。
(5) このチョーラ王がKulottungal世か2世か意見が分かれている。この点に関しては,彼の年代決定と関わってくるので,彼の年代論と共に別の機会に検討したい。
(6) 『プラパンナ・アムリタ』,『コーイル・オルグ』等による。ラーマーヌジャの伝記の詳細については,別の機会に検討したい。
(7) 工藤書作『スピノザ』(人類の知的遺産35.1979年,講談社〉,146頁。また,ヘーゲルも『哲学史講義』の中でこのことに言及している(ピエール・マシュレ著,鈴木一策・桑田頑彰訳『ヘーゲルかスピノザか』,1986年,新評論,11-12頁)。
(8) 神およびその様態に関しては,拙稿「スピノザとラーマーヌジャ−−神とその様態−−」(『印度哲学仏教学』第7号,平成4年10月刊行予定)参照。
(9) 清水禮子『破門の哲学』(みすず書房,昭和53年)53貢。
(10) 「すべて在るものは神のうちに在る」(『エチカ』第1部定理15)。
(11) もっとも,彼が「自由」をまったく認めなかったというわけではない。自己の本性の必然性に従うとき,それは「強制」でなく「自由」である。スピノザは自由と必然性を対立的にとらえず,両者を和解させようと試みたといえる〈cf.岩崎允胤・鰺坂真編『西洋哲学史概説』,有斐閣,1986年,211頁)。
(12) 前掲拙稿「スピノザとラーマーヌジャ−−神とその様態−−」参照。
(13) 「客体自身が知性に直接的に顕現することに依って発生する」(『短論文』第2部第22章)。
(14) 工藤喜作『スピノザ哲学研究』,東海大学出版会,1972年,411頁。
(15) 『エチカ』第1部定義5。
(16) 『エチカ」第2部定理40備考2。『短論文』では表象知を「臆見」と「信念」に分け, 直観知は第4の認識に数えられる(第2部第1章)。
(17) 「物を永遠の相のもとに考えるとは,物を神の本質を通して実在的有と考えること,すなわち物をその存在が神の本質の中に含まれているとして考えることである」(『エチカ』第5部定理30証明)。
(18) 「個物は・・・神の属性を一定の仕方で表現する様態」(『エチカ』第1部定理25系),「個物は神の属性をある一定の仕方で表現する様態である」(第3部定理6証明)。
(19) 『エチカ』の愛の特徴は,『短論文』の合一としての愛の観念から,「外部の原因の観念を伴う喜び」へと変化し,愛が愛するもの自身の喜びという主体的な意味を著しく帯びてくる所にあるという(工藤喜作『スピノザ哲学研究』,437-8頁)。
(20) 十全的な想像知によってとらえられた神をさす。
(21) 工藤喜作『スピノザ哲学研究』,435貫。
(22) シュリーヴァイシュナヴァ派では,バクティと共にプラパッテイ(prapatti)が重視される。プラパッティは,「自らを神の前に投げ出すこと」,「自己投棄」を意味し,バクティが自力的要素を多く含むのに対し,プラパッティは他力の立場に相当する。ラーマーヌジャはバクティとプラパッティの相互関係について詳しくは論じていないが,広義のバクティに含まれる,バクティの下位概念と見ていたようで,バクティこそが解脱のための手段としていると考えられる(拙稿「RAmAnujaの救済理論−−prapatti思想を中心として−−」,『SAMBHASA』6,昭和60年1月,参照)。
(23) 「バクティという語は,念想と同義語であるからである。」(ZBh l.1.1),「知,念想,静慮などの語で説かるべき,かのもの(=神)への専一的絶対的信愛」〈GBh Ch.3 intr.),「バクティの形態を取るに至った静慮」〈VAS §.91)と説かれている。
(24) 服部正明『古代インドの神秘思想』,講談社現代新書390,昭和54年,44-51頁。
(25) ヴェーダーンタ学派では,『ブリハッダーラニヤカ・ウパニシャッド』2.4.5の「実に,アートマンは見られるべきであり(draSTavyH),聞かれるべきであり〈mantavyo),思惟されるべきである(nididhyAsitavyaH)」によって,解脱に至るための過程として,聴聞(ZravaNa),思惟(manana),瞑想(nididhyAsana)という3つの実修を説く。
(26) "tad(=satyatva-Ady-ananta-viZeSaNa-viZiiSTa-brahma)-upAsana"(VAS §.53),"tattvamasIti sad-vidyAyAm upAsyaM brahma sa-guNaM"(VAS §.88)。
(27) この点に関しては,正信公章氏の,「かれの『信愛』は,解釈学的操作の必要上,『念想』や『知』などの伝統用語で説明されるため,帰依信仰のとらえ方に関してかれの保守性が指摘されることがあるが,ここはむしろ見方を逆にして,かれが伝統教学に『信愛』という異質の概念を導入することに成功した点こそがより注意されてよいであろう」との指摘(「ヴェーダーンタの諸流派」『岩波講座東洋思想第5巻インド思想1』,316頁)は,的を得ていると思われる。
(28) VAS §.92, 144など。
(29) 拙稿「ヴィシシュタ・アドヴァイタ派における信と知」(『印度哲学仏教学』第1号, 昭和61年10月) 62-64頁参照。
(30) 後代,これを表現するdharma-bhUta-jJAnaという述語が定着するが,ラーマーヌジャは,”jNAnena dharmeNa svarUpam api nirUpitaM na jJAna-mAtram brahmeti”(VAS §.25),"Atma-dharma-bhUtasya caitanyasya svAbhAvikasya”(VAS §.43),"sva-dharma-bhUtasya jJAnasya”(VAS §.43)の如き表現を用いている。
(31) 拙稿「ヴィシシュタ・アドヴァイタ派における信と知」58-64頁参照。
(32) ラーマーヌジャのバクティにはむしろ神秘主義的傾向が強い(拙稿「ヴイシシュタアドヴァイタ派における信と知」,65-66頁参照)。また,彼は神の理性的認識を否定する(拙稿「ヴィシシュタ・アドヴァイタ派における信と知」67頁)。
(33) 『エチカ』第3部定理7。
(34) 「最高プルシャのありのままの認識〈yAthAtmya-jJAna)に基づく念想」といった表現が見られる(VAS §.3, §.126)。
(35) 工藤喜作『スピノザ』〈人類の知的遺産),62頁。
(36) 工藤喜作『スピノザ』(人類の知的遺産),68-69頁参照。
(1992年9月1日受理)
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