![]() ドナウタワーにて(2003.3) |
リレー随筆「鮭っ子物語」について 皇太子妃雅子様ゆかりの地、赤見家先祖の地、新潟県村上市から発信している月刊デジタル情報誌「村上広域情報誌2001」 のリレー随筆のコーナーのお手伝いをしています。(編集長 安沢 孝雄氏) 村上には鮭が上ってくることで有名な三面川があり、我々は「鮭の子(鮭っ子)」といわれ地域の人々から大切に育てられてきました。 題してリレー随筆「鮭っ子物語」。 村上市・岩船郡にゆかりのある方々にリレー式に随筆を書いていただき、ふるさと村上・岩船の発展に資する協力者の輪を広げていくことを目的としています 正に稚魚で放たれた鮭が、大海を旅して再び三面川に戻ってきて村上地域の発展に役立っているように、村上地域で育って、各地で生活している我々もその発展にお役に立てればと思っています。 2001年5月号に掲載した「鮭っ子物語」の第一号は、言い出しっぺの私が書いたものです。 現在、NO64が発行されています。(「村上広域情報誌2001」をクリックしてバックナンバーをご覧ください。) 2006/10 Ichiro Akami |
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村上広域情報誌2001 リレー随筆「鮭っ子物語」一覧 (敬称 略) http://www.murakami21.com (06/10/24現在) NO 1 01/05/01 わがふるさとの恩師の教え 赤見 市郎 NO 2 01/06/01 われはサケっ子、故郷忘じ難く 鈴木 富夫 NO 3 01/07/01 三面川は永遠(とこしえ)に 長谷川 康夫 NO 4 01/08/01 三面川慕情 小野 安雄 NO 5 01/09/01 夏目漱石に金を貸した鮭っ子 長尾 半平 齋藤 實 NO 6 01/10/01 忘れ得ぬ故郷村上 淺川 元伸 NO 7 01/11/01 だーまた 村上弁はいいっせェ 佐々木百合子 NO 8 01/12/01 望郷 やまだ もとこ NO 9 02/01/01 望郷の念募る 大滝 正次 NO10 02/02/01 三面川の鮎と鮭 市岡 貞雄 NO11 02/03/01 村上に想う 横川 健 NO12 02/04/01 幸っちゃんを忍んで 大倉 修吾 NO13 02/05/01 我は海の子 稲葉 喜重 NO14 02/06/01 ふるさと 村上周辺魅力の地 木村 浩 NO15 02/07/01 虚心担懐、村上のことども 田村 真佐夫 NO16 02/08/01 新潟から県北を眺めて 宝田 耕次 NO17 02/09/01 先人・加藤勝弥の面影にもっと光を! 本間 次郎 NO18 02/10/01 村上、そして関川村 米野 紀男 NO19 02/11/01 鮭っ子サハラを行く 林 節子 NO20 02/12/01 村上を高齢者の理想郷に 山田 善弘 NO21 03/01/01 ふるさとは遠きにありて想うもの 松田 純司 NO22 03/02/01 鮭っ子の遡行 稲垣 恵造 NO23 03/03/01 ふるさとを離れて 川ア 昇 03/04/01 都合により休刊 NO24 03/05/01 若者よ世界に羽ばたけー諸君の土俵は大きく広い 菊地 武 NO25 03/06/01 思い出・安澤操先生の白いブラウス 小日向 惇子 NO26 03/07/01 遠い昔 水野 貞 NO27 03/08/01 恩師のふるさと 横尾 美帆 NO29 03/10/01 風よ吹け 川上 孝
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| リレー随筆「鮭っ子物語」 No.1(私のものを再掲してみました。) 我がふるさとの恩師の教え 赤見 市郎(あかみいちろう) |
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| 祖父の代から東京・東大久保に居を構えていたので、私もその地で生を受け、東京大空襲が始まる直前の国民学校一年生半ばまで育ったのであるが、先祖が越後・村上藩にお世話になっていた関係で、東京のど真ん中にいても幼い頃から、例えば幼稚園入園先のことから大相撲のひいき力士のことまで、徹底して「越後人」として育てられた。 縁あって、小学校五年生の後半から高校二年生までのおよそ七年間にわたりその村上で生活することができた。この事実が私のふるさとはこの地と決定づけることとなった。今は、新潟県村上市となり県北にあり、三面川の鮭と堆朱のまちとして発展している。 私が村上小学校を卒業したのは、戦争の傷跡も少しずつ癒えて復興の兆しが見えはじめた昭和25年のことであった。卒業式の日、級友達と校長室を訪ね校長先生から記念のサインをいただいた。 小さな紙に毛筆で 「健と美とそして聡明と 一九五〇・三 松田 直司」 と書かれてあった。
私はこのサインがとても気に入り、50年の年月が過ぎた今でも宝物として額に入れ自宅に飾って置くことにしている。 |
先生は長い人生を有意義に送るために大切なこととして、「健」「美」「聡明」の三っの言葉を提示してくれたのであるが、私は中学生の頃から今日まで次のように理解して座右の銘としてきたものである。 すなわち、「健と美」とは「健康な体と美しい心の持ち主であれ」、「聡明」とは「感性豊かな賢い人であれ」と。いずれも現在の事情にもぴったりの提言であり、先生の洞察力に心から敬服している次第である。 私は教育長時代、市内小学校・中学校の教員達にこの話を何回となく持ち出したことがある。それは先生の教えの中身もさることながら、子供たちにいつまでも思い出に残るような教師になって欲しいと強調するための教材としてであった。 松田先生は故人となられたが、その教えと面影はまだ私の心の中で生きているのである。
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| リレー随筆「鮭っ子物語」は、村上市・岩船郡にゆかりのある方々にリレー式に随筆を書いていただき、ふるさと村上・岩船の発展に資する協力者の輪を広げていくことを目的としています。 (編集部) |
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