ドイツ&アムステルダム

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2007年6月2日 アムステルダムを加筆
ドイツ旅行記 Introduction
プロローグ
 私の同居人の友達にウエキちゃん(♀)という人がいます(ニックネームね)。

 彼女は、愛知県某市生まれですが、現在はロシア国籍(じゃないかもしれんが(^^ゞ)。なぜかというと、彼女がフィンランドでフィンランド語の勉強をしていた時、イリヤ君というロシア人と知り合って結婚したからです(!)。

 イリヤ君の職業は医者(!!)ですが、ロシアは医者の給料は少なく、何とか二人食べてはいけるらしいのですが、本当に食べていける程度で、日本に一時帰国するための貯蓄も出来ないくらい所得が低いそうです(デパートの店員さんよりも医者の給料は低いらしい)。

 日本で働くことも考えましたが、日本の資格審査(日本語で書かれた試験)を受けなければならず、実質的に1から勉強しなおすことになるそうです。病名とか症状とかを覚えないと日本語で書かれた試験は通らないですよね?これは時間とお金がかかるので却下。

 次に考えたのが、オーストラリアに永住するというものです。オーストラリアは英語圏なので英語の試験問題が出されますが、イリヤ君はロシア語・ドイツ語・ラテン語・英語が出来るので全然問題なし。オーストラリアは移民の国なので、(ヨーロッパと比べ)外国人差別も少ないであろうということもプラスに働きました。

 それで、彼女らはオーストラリア永住に向けて準備を進めていたのですが、それまでの努力が一気に消し飛んでしまうような事件が勃発しました。2001年の9.11テロです。

 このテロのおかげで、オーストラリア政府の移住に関する審査がかなり厳しくなり、なかなかビザがおりなくなりました。後はんこ1個押すだけと言うところでストップ。ビザがおりるまで2年はかかるそうです(爆)。結婚以来4年程、日本とロシアで別居生活をしている二人なので(!!!)、このままずるずる進むことは避けたい。でも、ロシアでは給料が低い。日本では働けない。オーストラリアのビザはおりない。

 そこで妥協案として考えたのは、オーストラリア移住をメインにおくことはそのままで、ビザが下りるまでの間はドイツに住んで仕事をするというものです。ドイツでも試験に通ればロシアの医者の資格が通用するようです。そしてこのプランは実行にうつされ、2004年5月現在、彼女らがドイツに居住して約1年が経過しました。

  要するに、「ドイツに知人が住んでいるので航空券さへあればタダでドイツに泊まれる」ということです。これはおいしい。おいしすぎる。ビーチリゾートが好きな私ですが、機会があればドイツに行ってみたいと思うようになりました。

プロジェクトD
 そう思い始めてから1年くらい経過したある時、急遽その思いを実行にうつすことになりました。実は、職場の有志で、GWの狭間(5月5日(水)〜9日(日))にマレーシアのビーチにでも行こうという計画を進めていました。2004年の場合、5月5日出発ですと、他のGW期間よりも料金が格段に下がりますし、2日休暇を取るだけで5日間の旅行に行くことができるからです。

 ところが、隣の係が深刻なトラブルを抱え、1ヶ月以上も土日無の24時間体制になってしまいました。解決の目途がたたず、旅行どころではない状態。それで、GW期間中も出勤ということになり、マレーシアツアーは中止となりました(そういう私も、4月29日は出勤となった)。しかし、予め日程は空けてある。それなら、その空いた日に何か入れてやろうということになりますよね。費用も毎月積み立てているので、お金のあてもあります。

 そこで思い出したのがウエキちゃんの存在。そして、ちょうど私の同居人も、2004年3月をもって退職。すぐに再就職もしないので、奴は、退職金を握り締めてウエキちゃんのところにしばらく(2〜3週間くらい)遊びに行く計画を立てていました。

 それならば、その計画に乗っかればいいんじゃない?ということになり、「同居人ドイツツアー with 私」計画、プロジェクトDがスタートしました。

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目次
Introduction/ドイツってどこよ?/基本情報/アクセス検討会/フライト(往路)/ミュンスター空港/ミュンスター市/ドイツの鉄道事情/
アムステルダムってどこよ?/途中下車/アムステルダム中央駅/アンネフランクハウス/大人のアムステルダム/アムステルダム雑感/
ケルン/デュッセルドルフ/ボン/ブレーメン/エトセトラ/フライト(復路)/最後に

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