|
私のお菓子に対する想い。今日に至るまでの背景。
|
私のお菓子の原点は、幼稚園から帰ってきたら、おばあちゃんが作ってくれたホクホクのプ
リンやドーナツetc.の"おやつ”です。料理上手なおばあちゃんが、手を変え、品を変え色々
なおやつを食べさせてくれました。
小さい時は、活発で男の子達を従える女親分。「物をつくる事」が大好きで、常に何か工
作していた様に思います。
中学から大学まで、エスカレーターの私学へ通ってましたので、受験がない分学生時代
は存分に遊びました。厳しい学校で、寄り道禁止にもかかわらず、学校帰りはいつも友達と
ケーキ屋さん巡り。お昼休みから「今日は、帰りどこのケーキ食べに行く?」
大学生の時は、当時京都北山にあったBAL直営のモンプティッシュというケーキ屋さんと大
学近くにあるランチの美味しいカフェでアルバイトし、多くの事を学びました。
大学卒業後、京都府立医科大学にて、教授兼医局秘書を務めて2年目の頃、
「これからの女性は、何か手に職をつけるべきね」とふと、もらした母親の言葉がきっかけ
となって、府立医大を退職し、自分探しの旅に出ました。
そして、たどりついたのが「お菓子づくり」だったのです。
まず、「京のおばんざい」で有名な首藤夏世先生の門下生として入門しました。首藤先生
は、とても厳しく、powerfulで、こだわりを持った方でした。行く前に緊張して、胃が痛くなる
日もありましたが、首藤先生からは「こだわり」や「段取り」「プロ意識」など色んな事を学び
ました。習ってきたMENUを帰って復習すると「食べること」の好きな両親や知人がとても喜
んでくれ、「あー。美味しいものは、自分の愛する人をこんなにも幸せに出来るんだ!」食べ
て頂く人の幸せな顔を見れる喜び。幸せを自分の手で作り出せる事の喜びを見いだしたの
です。
首藤先生の娘さん、谷岡瑞穂先生がお菓子教室をされてましたので、もともとお菓子づく
りの方が好きだった私は、通う事になりました。
お料理もいいけど、「やっぱりコレだ!」と思ったのです。
それからというもの、明けても暮れてもお菓子を作り続ける日々が続きました。
美味しいお菓子屋さんを見つけては、全国どこでも飛んで行って食べました。
色々なすばらしい師について、その人の「こだわり」を学び、徐々に自分の「こだわり」を確
立させてきた様に思います。
最初目指したのが、フランス料理のフルコースをしめくくるデザートシェフの様な菓子職人
でした。神戸にあるレストランーコム・シノワーで頂いた「ミルフィーユ」と「天使のクレーム・
キャラメル」は、私を夢の世界へ運んでくれる程美味で、その時の感動は今でもはっきり覚
えてます。その反面、ショックでした。プロの職人=男の仕事という現実を目の当たりにして
悩みました。
そんな時、奈良でご活躍のガトー・ド・ボワを経営される林シェフが「レベルが違うのではな
く、ジャンルが違うと思えばいい」と言ってくれました。目からウロコでした。女性にしか作れ
ないお菓子もあるのだと。
肩の力を抜いてお菓子作りと向き合えるようになった頃、シュガーケーキと出会いました。
シュガーケーキはアニバーサリーケーキと呼ばれるほど、人生の最良の日の「幸せ」をケー
キと共に分け合う素敵なケーキです。
写真館を営む両親から「人生における素晴らしい瞬間と関われるお仕事。お客さんから幸
せを分けてもらって生きてる様な気がするのよ」という話を聞いて育ちましたので、アニバー
サリーケーキと呼ばれるシュガーケーキに魅せられたのも当然だったかも知れません。
「パリ行き」は、ショックの連続でした。完成度の高さ、洗練されたセンス。何をとっても一
流。最近でこそ、日本もパリに負けてはいませんが、当時はレベルの違いを感じました。
イギリスでは、先生の家にHome Stay して一日中シュガークラフトのPrivate Lesson。
好きな事を思う存分伝授して頂ける。幸せな日々でした。
ドイツでは、ドイツ人の友人の家でやっかいになり、毎日ケーキを食べては作って研究しま
した。
これら海外で、得たもの。技術や感性に加えて、師としての姿もあげられます。
意欲のある者には自分の全てをさらけ出して熱意を持って教えて下さいました。
「AKI 私の全てを修得して日本に持って帰りなさい!」と言われた時は嬉しかったし、
師として、「あー。こうでなければ!」と思いました。
帰国後、テンション高いまま、焼き菓子(主にクッキー)をお店に卸す仕事や
Order Made でお菓子やWedding Cake、デパートのショーウィンドウ用のケーキを作った
り、講師として招かれたり、多忙な日々が続きました。「この子、お菓子に夢中で結婚しな
いのかしら?」と家族に心配をかけていた頃、主人と知り合い、結婚する事になりました。
彼は、200年創業の京都の漬物屋の次男として生まれ、2年間カナダに留学してましたか
ら、意気投合しました。
子供の事も考えて「今のうちに!」とウィーンへ短期ですが飛びました。
泡たて器を一切使わず、全て腕で作業をするあたり。作り方全てがダイナミックで驚きまし
た。洗練されたパリとは違った意味での「気品」を感じました。
結婚1年後に、長女をみごもり、臨月まで仕事しましたが、「これからしばらくは、母として
の喜びを噛みしめよう!」と子育て中心の生活に切り替えました。お菓子教室は、子供がい
ててもいい!と言ってくれる生徒さんばかりだったので、生後3ケ月から再開しました。長女
と2年あけて次女を出産。この時も3ケ月間だけお休みしました。
現在、二人の娘は9歳と7歳。「膝の上の我が子」の時期を存分に楽しみ、少し楽になり
ました。
教室を初めて12年目。
12年間、レシピが重なる事なく教室を続けてきたお陰もあって、今居て下さっている生徒さ
んの半分以上は、5年以上通って下さってます。結婚されても出産されても教室に来て下さ
る方が多いのには感謝しますし、互いに触発し合って、成長し合える、互いの成長を見守る
教室作りを務めたいと思っています。
お菓子作りを通じて、素晴らしい人との出会いが沢山ある事。
これが私の財産の様な気がします。
「ある程度の基本を身につける事」「作るのが好きである事ー数をこなす事ー」「段取りを組
む事」「こだわりを持つ事」「心を込めて作る事」などが美味しいお菓子作りには必要です
が、まず自分が幸せでないと幸せを運ぶお菓子は作れません。
だから、考え方は常にポジティブに。
夢を持って、上を向いて歩きましょう!
|
|