富士山百変化


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《富士山に日が沈む》2002.12.30 ダイヤモンド富士の4日前 夕日は富士に向かって左側の斜面に沈んだ

 「富士は日本一の山」というのは本当だ。これほど美しい山はちょっとない。比叡山の麓で育ったわたしが、富士山の見えるところにすむようになって久しい。顧みるに、一生の半分以上をこの地で過ごしていることになる。「夕やここやけの里」を名乗る八王子市はその名とおり、夕陽の美しい町だ。

 ある時、富士の頂上に日が沈むダイヤモンド富士に目覚めた。爾来、富士山に沈む夕陽を追いかけている。もちろん、根性のないわたしなので、思い出したように。これは富士山追っかけ日記だ。


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ころころ富士  2002.1.6

ころころ富士 2002.1.6
 @八王子の自宅ベランダ

 1月6日。正月は岐阜の山荘で過ごしたので、すでにダイヤは過ぎ、富士山の右を太陽が転がるように落ちる「ころころ富士」になっていた。

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 この後、朝日のダイヤモンド富士の見えるところはないだろうかとあれこれカシミールでシュミレーションした結果、3月16日の身延山に行き着いた。ここで、@niftyFYAMAPの方に相談してみたところ、お忙しい中早速ロープウエイに電話をかけてくださった。その結果、夕方に登ってロープウエイ駅に宿泊する許可を得られそうだとわかったが、仕事があれこれ忙しく、ばたばたしたままになってしまった。ところが、最近びっくり。ロープウエイの行事としてダイヤ富士の観測会ができたようだ。もしかしてこれはわたしの企画にヒントを得てのこと?






高尾山に沈むダイヤモンド富士を求めて
2002.12.23
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高尾山にて 左からブドリ、AKO、瞬星 021223

 2002年12月23日。この日は高尾山から富士山頂に沈む夕日が見られる日だ。写真の「大家」瞬星さん、山登りの「達人」ブドリさんを引き連れて高尾山に出かけたAKOだった。ところが、この日は曇り。二日前に降った雪がまたあちこちに残り、道も悪い。先に高尾山口に着いた瞬星さんとAKOは急ぎ足で観測ポイントのもみじ台に向かった。普段鍛えいているおかげか、標準時間の半分で到着してしまった。しかし、富士山は見えない。富士山の見える方向をむなしく眺めてはため息をつくだけ。それでも、冷たい山の空気をいっぱいに吸いながらの山歩きはとても楽しかった。ちなみに、足をくじいて調子の悪かったブドリさんは、この日の山歩きですっかり足が治ったとか。

左からブドリ、AKO、瞬星。ちょうどAKOの頭の後ろに富士山が見える.....はずだった。



高尾山から見た八王子の夜景 高尾山ケーブルカー

 夕日が沈む頃から少しずつ雲が動き始め、暗くなる頃には星も見えてきた。富士山は無理だったが、せめて夜景を。薬王院の入り口ではムササビをねらってアマチュアカメラマンが群れていた。見えたような見えなかったような。。。


 この日、ケーブルカーは最終を延長しての運転。右上は暗くなってからのケーブルカー駅の風景。ドアから顔を出しているのはブドリ。下はおまけの写真。ケーブルカー駅のミラーに映る三人の様子、わかるでしょうか。

高尾山ケーブルカー駅のミラー

 ダイヤ富士ねらいとしては結局不発に終わったこの日だったが、麓のそば屋で名物のそばを食し、八王子市内の「瓢箪」という料理屋で飲み直して三人とも大満足。特にこの瓢箪は店の雰囲気といい、料理といい、お酒といいとてもいいお店だ。AKOのお気に入りで、おすすめだ。ただし、多少の予算は必要。(AKOの場合、どうしても食べ物に興味が行ってしまう)






ダイヤ富士を待つ 2002.12.30

ダイヤモンド富士を待つ 2002.12.23 @八王子の自宅ベランダ

 不発に終わった高尾山のダイヤモンド富士だが、どうやら自宅からはダイヤモンド富士が見えそうだ。1月4日の当日を待ちかね、暮れの12月30日、富士山に沈む夕日を自宅ベランダより撮る。


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ダイヤ富士@八王子の自宅ベランダ

ダイヤモンド富士 2003.1.4 @八王子の自宅ベランダ

 1月4日、待ちに待ったダイヤモンド富士の日だ。大晦日、元旦はみぞれ、三日は雪という天気で、お正月としてはなかなかロマンチックではあったが、ダイヤモンド富士を待つ身としては焦燥の募る天気であった。幸い、この日は日本晴れ。富士山に沈む夕日を自宅ベランダより撮ることができた。
 ダイヤ富士の瞬間。


ダイヤ富士@八王子の自宅ベランダ

ダイヤ富士。ダイヤ富士と言うよりも、火のついた富士山という感じだ。やはり、富士山は火山だった


ダイヤ富士@八王子の自宅ベランダ

 ダイヤ富士後。富士山のシルエットが美しい。


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ダイヤ富士@八王子の自宅ベランダ

ころころ富士 2003.1.7 @八王子の自宅ベランダ

 1月7日、この日は太陽が富士山の稜線に沿って落ちるころころ富士。

 富士山かげに夕日が入った瞬間。


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ダイヤ富士@八王子の自宅ベランダ ダイヤ富士@八王子の自宅ベランダ ダイヤ富士@八王子の自宅ベランダ

 ころころと夕日が富士の尾根を転がり落ちる。きれいなダイヤ富士よりも、わたしはこちらの方が好きだ








薄明を待つ富士山(須走駐車場から)

夜明けの富士山頂 2003.6.28-29 @富士山須走五合目

 6月28日、新月を待って須走に梅雨の合間の星を見に出かけた。下界はどんよりとした曇り空。五合目まで上がってもあたりは雲の中。

 深夜過ぎにはきっと晴れるだろうと期待を持ちつつ、その夜各地から集まった仲間と歓談。さすがはFSPACE。一つとして同じナンバーの車はない。遠く尼崎や桑名から駆けつけた仲間も。雲の間から明るい星が見え隠れするが、星座までは確認できない。口径40センチや32センチの反射望遠鏡、25センチの自作屈折双眼鏡(世界最大)など、とてつもなく豪華な望遠鏡が7台もむなしく出番を待つ。


夜明けを待つ富士山(須走駐車場から)


 そして、夜半、空気に動きを感じたとき、ふと見上げる空には見事な天の川が姿を見せていた。それからは大忙し。あの望遠鏡、この双眼鏡と大口径に導入された天体を眺めて過ごす。肉眼でもはっきり見えたアンドロメダ大星雲や二重星団、10倍の双眼鏡では「コートハンガー」を楽しむ。

 五合目から下は厚い雲に覆われ、東京の街の灯りが遮られる一方、天頂に高い雲はなく、星見には絶好の条件。南の空が終始曇っていたのと、空気の揺らぎのため火星が今ひとつだったのが残念。

 星空を満喫し、そろそろ眠気に襲われてきた頃、すばるが上がってくる。そして、夏至の直後とあって3時過ぎにはもう東の空がうっすらと明るくなってきた。それでも「夜の帳(とばり)と朝の帳が領域を争うとき」を見ようとがんばる。


夜明けの須走駐車場から雲海を臨む

夜明けの須走駐車場

 そして、夜明け。再び霧に隠されいた富士山頂が真っ青な空を背景に姿を現す。徐々に東の青空に赤みが混じり、下の雲海の雲が真っ赤に染まる。お茶を飲んでいるうちに朝になってしまった。

 一寝入りと思ったが、8時過ぎには雨も降ってきたので、下山することになった。濃い霧で10mも視界がない中、結構なスピードで御殿場まで降りた先頭の3台が誰の車だったかはここでは言うまい。朝食後解散。昼前には八王子に帰着していた。

これが、AKOにとって実ははじめての須走の星見だった。







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