若殿邸





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(2008/11/3)




2009/10/31(土)


・ 畑正憲さんの著作を読んでいます。知る人ぞ知るムツゴロウさんの本名です。動物のことを書いてばかりと思いきや、含蓄のある人生論をぶったりもします。世界中を飛び回り、さまざまな民族や動物、文化や風俗を肌で感じてきたのですから、一言に千鈞の重みがあります。
 東大理U卒で麻雀はプロ最高峰の色川や桜庭と囲む実力を持ち、囲碁は五段と図抜けた頭脳の持ち主でありますが、激情家でもあり、恥を掻くことを何より厭い、読書家でもあるが行動を重んずる人でもあります。
 「予想をすることは好きではない。現実がその枠にはまってしまうから」という言葉には、突如として現れる困難と未知への好奇心に満ち満ちています。とは言え実際には我々よりも遥かに緻密な計画を立ててからことに臨んでいると思います。しかし、ライオンやアナコンダに立ち向かっていく姿を見ていると、肚が据わっているなあ、相手の習性への莫大な知識とその場での観察眼がこの行動を可能にしているのだろうなあと思います。
 観察眼に就いて言えば、イチローがバッティングで見ている非常に細かなボールの軌跡の1コマをムツさんも認識していたということで、イチローを仰天させたという逸話があります。度胸に関しては、かつてヒグマのどんべえを飼育していた時、子供から大人になる時期が訪れて、依存心をなくしたヒグマが成獣として振舞った際、それまで親愛の情が湛えられていた瞳に憎しみがあふれ威嚇の声がまさに面前に迫っていた時、それでもムツさんは「てめぇ、ヤル気ならきやがれ」と対峙して、終にはどんべえを消沈させたと言います。
 著作を読んでいるとお調子者なところもあるように思いますが、実績がそれを瑣末なものにしている。表現の上では誇張もあるが思想やその表れとしての言葉に血が通っていないものはない。私はムツゴロウさんを偉人だと思います。


2009/10/20(火)


・ 抽象的な文章を読むことができない人が多いという。私も『大学・中庸』の骨ばった文章より『論語』『孟子』の肉づきのよい文章を好む。孔子からして『春秋』を著すには実際の行動で示す方が明瞭で親切だと考えた。金言を知っていても現実に活かして言動を改善できないのは、スリーサイズを暗記していてもその四肢に触れられないようなものだ。触れたことがあれば想像は尚更のこと豊かになるだろう。抽象と具象は不即不離の関係にある。経験を積めば数値を見るだけでホログラム化することも可能になるであろう。


2009/10/19(月)


・ 西洋の思想を有難がってた時期がありました。ただのメッキでした。東洋の思想は骨の髄まで沁みて血となって身体全体を巡っている気がします。デカルトのコギトエルゴスムより松蔭の聖賢に阿らぬことが要なりがどれほど有難いか。『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』の詭弁より『三国志』の仁義礼智信がどれほど訴えかけるか。ソフィストよりも遊説士。サドの血みどろよりも十返舎一九の下ネタ。『随想録』の神より『言志四録』の天に付き従おう。熱した鉄を打てるのは真の刀匠だけだ。


2009/10/18(日)


・ 忠義は出世の為のゴマすりを美辞麗句にしたものなんだろうか。上の者からすれば、忠義とゴマすりの違いは目を見れば分かるだろう。それが分からない人ならば、ゴマすりに内心でバカにされるだろうし、そもそも忠義を得ることはできないだろう。まるで審美眼を備えた者が真贋を見抜き、そうでないものが価値の無いタヌキの置物を愛でることのようではないか。


2009/10/17(土)


・ 福沢諭吉は議論が好きでした。若い頃は適塾の同輩と飲み交わしながら毎晩議論を楽しんだといいます。『文明論之概略』には議論のルールが書かれています。自分の経験をもとに議論を楽しむ方法を抽出したのだと思います。
 議論には当然Aと反Aという立場がなくてはなりません。勝敗はあってもいいですが、俳句の鑑賞と似たようなものだと考えてもいいでしょう。福沢は日ごとに逆の立場で論戦したが負けたことはなかったといいます。
 議論で一番やってはいけないことは感情的になることです。なぜなら理性の働きが弱くなってしまうから、文字通りお話にならなくなってしまうんです。
 外交交渉や労働争議など利益が絡んでくる議論では勝ち負けは非常に大切ですが、飲みながらする議論には失うものなど何もありません。ただ、上手い句を読んだ相手を賞賛する心だけが必要なのです。


2009/10/10(土)


・ web拍手ありがとう。

・ 大手では角川以外の出版社が赤字であり、広告代理店も倒産が相次ぎ、新聞も購買者数が減るのに加えてスポンサーが見つからない現状のようだ。
 数年前までは商品の差異化を図るためには広告だ、これからは広告の時代だと言われていたが、不景気に宣伝しても意味はない。
 ブログがあれば一億総記者ともなりうる。だが、組織力がなければ記事は反故以上のなにものでもないだろう。海外ではウェブ新聞を全面有料化する動きがあるらしい。


2009/10/9(金)


・ 新渡戸稲造『武士道』を読んで

 義理の本来の意味は義務にほかならない。しかして義理という語のできた理由は次の事実からであると、私は思う。すなわち我々の行為、たとえば親に対する行為において、唯一の動機は愛であるべきであるが、それの欠けたる場合、孝を命ずるためには何か他の権威がなければならぬ。そこで人々はこの権威を義理において構成したのである。
 彼らが義理の権威を形成したことは極めて正当である。何となればもし愛が徳行を刺激するほど強烈に働かない場合には、人は知性に助けを求めねばならない。すなわち人の理性を動かして、義(ただ)しく行為する必要を知らしめねばならない(p.41)

 ポリビウスの語るところによれば、アルカディアの憲法には三十歳以下の青年はすべて音楽を課せられた。けだしこの柔和なる芸術によって、風土の荒涼よりきたる粗剛の性質を緩和せんとしたのである。アルカディア山脈のこの地方に残忍性の見られざる理由を、彼は音楽の影響に帰している(p.55)

 『論語』(岩波文庫)の陽貨四に、『子游はお答えして言った、「前に私は先生からお聞きしました、為政者が儀礼と雅楽を学ぶと人を愛するようになり、被治者が道を学ぶと使いやすくなる」ということです』とあり、何で音楽を学ぶと仁に繋がるのかってギモンに思ってたんですが、納得できた気がします。

 じっさい日本人は、人性の弱さが最も酷(きび)しき試煉に会いたる時、常に笑顔を作る傾きがある。〜略〜けだし我が国民の笑いは最もしばしば、逆境によって擾(みだ)されし時心の平衡を快復せんとする努力を隠す幕である。それは悲しみもしくは怒りの平衡錘である。  かくのごとく感情の抑制が常に要求せられしため、その安全弁が詩歌に見いだされた。〜略〜死せる児の不在をば常の如く蜻蛉釣に出かけたものと想像して、おのが傷つける心を慰めようと試みた一人の母(加賀の千代)は吟じて曰く、
 蜻蛉つり今日はどこまで行つたやら(p.94)

 怒りや悲しみを面に出さず、詩歌に添えて詠むんですね。加賀の千代の堪忍と悲しみがいっそう感じられます。彼女には、
 起きてみつ寝てみつ蚊帳の広き哉
 と旦那を亡くした時に詠んだ句もあります。

 古典の大家である小西甚一先生は、雅は完成(それ以上どうにもならない)、俗は無限(どこまでも新しいものに立ち向かってゆく)とした上で、『源氏物語』の大半の歌や新古今の歌、連歌は雅、俳諧は雅と俗、俳句は俗を志向すると仰いました。
 雅なんてのは前例主義で、使っていい言葉が決まっており、範とする漢詩も決まっており、ガチガチにルールが定められているので素人には手が出ません。俳句はオリジナリティを追求できるし分かりやすくもある。芭蕉の句のように旅先で詠んだものだと名所名刹の謂れをも加味する必要がありますが、加賀の千代のような句だと分かりやすいし同情もできますね。