| ハンセン病問題における患者の権利の確立に向けて ハンセン病国賠訴訟西日本弁護団 小林洋二 |
医療協議の必要性 らい予防法の違憲性とハンセン病隔離絶滅政策の違法性を断罪した熊本地裁判決から3年がたとうとしています。この間、私たち統一交渉団は、国の責任に基づく恒久対策として、国立13園での終生在園保障の約束、新聞紙上での謝罪広告、退所者給与金など様々な施策を獲得してきました。 しかし約90年に及ぶ隔離絶滅政策の遺した傷跡は深く、いまなお課題は山積しています。ハンセン病医療、正確に言えばハンセン病元患者に対する医療の問題は、その中でも最大の課題といえるでしょう。平成15年度統一要求書でも、在園保障の章の大部分は療養所医療の整備・充実に関する要求項目で占められ、社会復帰・社会生活支援の章にも療養所外医療体制整備が挙げられています。 こういった要求項目は平成15年度に初めて掲げられたものではありません。この3年間、繰り返し要求を出し、協議を重ねてきた課題です。同じ要求を毎年掲げなければならない状況は、その課題の大きさを示す一方、従来の運動方針の限界をも示しているのではないでしょうか。 少なくとも私は、統一交渉団の一員として厚労省交渉に臨む中で、その限界を感じ続けてきました。その要因の一つとして、同じハンセン病元患者に対する医療の問題でありながら、療養所医療は在園保障の課題として、療養所外医療は社会復帰・社会生活支援の課題として、別々の取り組みになっていることが挙げられます。 熊本地裁判決と控訴断念によるその確定を勝ち取った原動力は、在園者・退所者の枠を越えた、全ての被害者の団結にありました。国という大きな相手に立ち向かう時、一番大きな武器は常に団結なのです。医療問題を前進させる鍵も、在園者と退所者とが団結してこの課題に取り組めるか否かにかかっています。 平成15年度統一要求書の社会復帰・社会生活支援の章には、療養所外医療体制整備等の早期実現を目的とする医療協議の設置が要求項目として掲げられていますが、療養所内外を問わずハンセン病元患者に対する医療全般を課題とし、在園者と退所者とが一致団結してこれに取り組んでこそ、改めて医療協議という場を設ける意味があると私は考えています。 患者の権利とは何か ハンセン病元患者に対する医療全般が課題だとしても、総花的・場当たり的な要求では医療協議の実は上がりません。在園者・退所者が一致でき、世論の支持も獲得できるような目標を掲げ、その実現に向けて、戦略的な観点から要求項目を整理していく必要があります。 以上のような観点から、私は「ハンセン病問題における患者の権利の確立」を医療協議の指導理念とすることを提案したいと思います。 人間は、自分の体に何がなされるべきか、自分で決定する権利を持っています。この権利は、何らかの疾病に罹患したからといって喪われるべきものではありません。これが「患者の権利」の基本的な考え方です。 しかし、歴史的には、患者の立場になったとたんにこの権利が無視されるという状況が、長い間続いてきました。患者は、このような無権利状態をあたりまえのこととして受け入れざるを得ない、それを受け入れない限り医療を受けられないという状況が続いてきました。患者は、自らを癒す主体としてではなく、医療を与えられる客体としてのみ扱われてきたのです。 このような医療のありかたに対する患者の疑問が限界に達したとき、発見されたのが「患者の権利」という考え方でした。 「患者の権利」は、1970年代初めのアメリカで発見され、80年代には、日本でも患者の権利の確立を求める市民運動が始まりました。旧来の医療観との摩擦を重ねつつも、インフォームド・コンセントの普及、カルテ等診療情報開示の制度化、医療安全対策の構築、患者の苦情処理窓口の整備等を通して、「患者の権利」は日本の医療の中に浸透しつつあります。 ハンセン病問題における患者の権利 日本のハンセン病政策による人権侵害は、人としての社会生活全般にわたるものであり、人格権そのものの侵害であったと評価されるべきことは、確定した熊本地裁判決が指摘するとおりです。 それはまた、「患者の権利」の徹底した侵害でもありました。 もちろん、ハンセン病との診断により療養所への入所を義務付けられたことが権利侵害の最たるものです。しかし、そのようなあからさまな入所強制だけではなく、スルフォン剤という治療手段を療養所に独占し在宅治療の選択肢を奪ったこと、患者に正確な診療情報を伝えず治療の必要性について自ら判断する機会を奪ったこと、療養所内で安全性の疑わしい実験的な治療の対象とされたこと等、あらゆる局面において、ハンセン病患者・元患者の、「患者の権利」は侵害され続けました。 らい予防法廃止、熊本地裁判決によって、日本のハンセン病政策が転換したことは確かです。しかし「患者の権利」の観点からみた場合、未だに、非常に特殊な制約が課せられている状況だと言わざるを得ません。 その制約は、ハンセン病患者・元患者が利用できる医療機関が、事実上、ハンセン病療養所に限定されているという点に端的に現れています。入所者には国民健康保険法の適用が除外されているため、療養所あるいは委託治療先以外の医療機関を利用する場合、自由診療とならざるを得ません。また、退所者は、元患者であることが知られることを恐れ、療養所以外の一般医療機関への受診を躊躇せざる得ない状況です。 利用できる医療機関が限定され、他の選択肢が存在しない状況では、患者はその医療機関に全面的に依存することになります。治療方針に納得できなくても従わざるを得ません。医療水準は低下し、医療過誤は頻発するでしょう。「お任せ医療」は患者の権利侵害の温床なのです。 このような状況を打破するためには、在園者・退所者が一丸となって、ハンセン病問題における患者の権利を確立していく必要があります。 医療協議の当面の課題 以上のような観点から、私は「医療選択権・医療参加権の確保・充実」を医療協議の優先的課題の一つとして考えています。 従来、療養所の医療体制については医師・看護婦などの人員確保を重点的に要求し、一定の成果を上げてきました。もちろん、このような取り組みは今後も重要です。しかし、患者の権利を確立するためには、それだけでは足りません。 昨今の医療事故頻発を踏まえ、医療事故防止はいまや厚労省の政策目標の一つになっており、各療養所には医療安全委員会が設置されています。職員からはヒヤリ・ハット報告が集められ、事故が起これば原因が分析され、再発防止策が講じられているといいます。しかし、例えば「トイレの中で倒れ朝まで放置された」といったような事案が、きちんと事故として認識されているのか、どのような再発防止策が講じられているのか、私たちの眼には見えません。安全管理体制に患者側が参加し、その意見を反映した安全対策が講じられてこそ、安心して過ごせる療養所が実現するはずです。 また、療養所入所者が一般市民と同様の医療選択権を行使しうるよう、健康保険への任意加入を検討すべきです。それと同時に、療養所外でもハンセン病患者・元患者が安心して受診できる医療機関を確保する必要があります。これによる療養所の医療レベルの低下を心配する方もいるようですが、それは平成13年12月の基本合意によって許されません。療養所医療の充実は医療選択権の放棄と引き換えに実現されるべきものではなく、その獲得と並行して実現されるべきものです。 厚労省との医療協議に臨むにあたって、在園者と退所者とが十分議論し、お互いの立場の違いを認識した上で団結しなければなりません。ここに示した愚見が、その議論の叩き台になれば幸いです。 以上 |