| 項目 |
内容 |
出典中の記載 |
備考 |
最初の道教教団 |
最初の道教教団は、干吉(かんきつ。又は于吉=うきつ)が創始した太平道と考えられる。 |
これまでは五斗米道が最初に成立したとみるのが一般の常識だった。けれども、よく調べてみると太平道のほうが少し先に成立している(P88) |
注1 |
| 薬(医療) |
薬(医療)を発明したのは、伝説上の皇帝炎帝神農氏といわれている。 |
(炎帝神農氏は)365種類の薬を考案した。それで、400種以上の病気が治るようになって、初めて医の道が起こった。(P156) |
注2 |
| 灯火 |
灯火を初めてつくったのは、炎帝神農氏といわれている。 |
(炎帝神農氏は)闇夜の不便さを痛感し、燃やして照らすことのできる油性の草木をさがしだし、燭火をつくり、火のことをつかさどる五官をおいた。(P156) |
注3 |
| 文字 |
文字(漢字)を初めてつくったのは、倉(蒼)頡(そうけつ)といわれている。 |
倉(蒼)頡は、伝説によると、黄帝の史臣であって、鳥や動物の足跡によって初めて文字を造った人物とされている。(P168) |
注4 |
| 導引法 |
導引法(導引術)を完成させたのは、華陀(かだ。2世紀後半から3世紀にかけてのころの名医)といわれている。 |
華陀が五禽戯(ごきんぎ)といわれている導引法を案出した〜。導引法は〜少なくとも前2世紀以前からさかんに実行されていた養生術らしいが、華陀はそれを虎、鹿、熊、猿、鳥の五つのやり方にわけて、独特の方法を考え出した。(P198) |
注5 |
| 五行説 |
五行説は、前5世紀の末ごろ成立したと思われる。 |
前5世紀の末ごろ成立したと思われる五行説(P205) |
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| 城隍信仰 |
城隍神とは、府州県の役所の置かれている、城壁に囲まれた大きな町の陰陽両界の支配神というのがもともとの意味だが、城隍神信仰は3世紀ころに起こった。 |
239年に呉の孫権が安徽省の蕪湖(ぶこ)に祠をたてたのが最古の記録だから、そのころから城隍信仰が起こったようである。(P256) |
注6 |
| 土地神 |
土地神信仰は、3世紀前半ごろに起こったと考えられる。 |
華北で土地爺〜と通称している土地の守り神は〜『捜神記』巻五にみえている蒋子文が土地神になったと自称した話から、大体3世紀前半ごろからおこったと思われる。(P257)
いまわかっている範囲で、もっとも古く土地神になったのは江蘇省生まれの蒋子文だった。(P259) |
注7 |
| 門神 |
門神は前1世紀ころに起こった。 |
門神の字は『礼記』にはじめてみられる〜前1世紀ごろには〜成慶という勇士をかいた例が伝わっている。これがいまの門神の先縦だろう。(P268) |
注8 |