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ご「異」見歓迎 これが初めて?中国史(7)

 
いろいろな本に載っている「はじめて」を集めてみました。
 いや、これは違う。本当はこっちが最初や!というような「ご異見」をメールや掲示板で教えていただければ幸いです。

9 『中国文明の歴史 1.中国文化の成立』編:水野清一(中公文庫)


項目 内容 出典中の記載 備考
占卜  夢占いなど様々な占いが古代から存在していたことが予想されるが、考古学的に確認できるのは、動物の骨を灼いて、その割れ目で占う方法である。   龍山期に特筆すべきものは占卜の開始である(P117)  
プレイボーイ  夏の桀王は、瑶台(ようだい)という華麗な宮殿に天下の美女を集め、淫楽のかぎりをつくした。   桀王〜いわばプレイボーイ第一号である。(P155) ※1
傾城  夏の桀王は末喜(まっき)という妃を寵愛したが、結果として人心を失い、殷の湯王に滅ぼされた。  末喜〜彼女は傾城第一号といえよう。(P155) ※2
乗馬  殷3代の相土は「乗馬」を発明した。   三代目の相土は乗馬を発明した(P169) ※3
牛飼い  殷7代のは「牛飼い」を発明した。  第七代の王亥)は、牛飼いをはじめた人物としてしられている。(P169) ※4
炮烙  殷の紂王は、炮烙の刑という残虐な刑罰を発明した。  炮烙の刑というのを発明した。(P177) ※5
城郭都市  鄭州は、殷中期の「阝+敖」(ごう)と考えられているが、高さ10mもの城壁に囲まれていた。    鄭州は、中国で知られている最古の城郭都市(P185) ※6
八卦  言い伝えによると、伏羲が八卦を作り、さらに周の文王が六十四卦をつくり、孔子がこれらを研究して『易経』がつくられたといわれている。  中国の伝説上の聖天使伏羲が、はじめて八卦を作り〜(P205)  
漢字  甲骨文というのは、現在発見されている中国の文字、すなわち漢字のもっとも古い形である。  甲骨文が、現在われわれが知っている一番古い漢字である(P208) ※7
実年代  周の脂、(れいおう)は国人の大叛乱にあい、出奔した。
 召公周公の二人が協力して政治を行うようになったのが共和元年といわれているが、『史記』「十二諸侯年表」によると、共和元年は紀元前841年に当ることになる。
 共和元年は〜現在知りうる中国最古の確実な実年代(P372)  


注1注2 この章の執筆者は樋口隆康氏である。王の権力、財力にものをいわせて美女を集めた桀王を「プレイボーイ」と評するというのは、私の感覚と合わない。
 末喜を傾城第一号と表現したいために、平仄を合わせたのであろうか。なお、「まっき」は、「ばっき」と書かれる場合がある。

注3注4 この章も樋口氏の執筆。ほとんど「出典」に載せた程度の記載しかないため、詳細はわからない。

注5 本書には、「油を塗った銅の柱を炭火の上にわたし、罪人にその上を歩かせる」と説明されているし、『史記1 本紀』(ちくま学芸文庫)P56でも、ほぼ同様の説明である。
 なお、藤崎竜氏のマンガ「封神演義」では、熱した銅柱に罪人を抱きつかせるという処刑方法の絵が描かれている。

注6 城自体は高い石垣、何重もの濠や門で防禦するが城下町は無防備なわが国と違い、中国では、古来、都市全体を城壁で囲むのが普通である。

 「都市の周囲に城壁をめぐらせるのは〜西アジアやヨーロッパでも、普通に見られる歴史的景観であり、むしろ日本が例外と言ってよい」(『中国の城郭都市』著:愛宕元。中公新書)というのは、よく言われるところである。

 同書には、竜山期後期の河南省王城崗(おうじょうこう)遺址などで城墻が発見されているとある。また、鄭州城址に先立つ殷前期の河南省偃師(えんし)城址でも城壁が発見されているとして、樋口氏のように鄭州が最古とは断定していない。

注7 甲骨文が最古の漢字であるというのは、「初めて」(6)と同旨。