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12月のひとこと書評(掲示板に書いた文章の転載。評価は★5つが最高)
12月のひとこと書評の再録です。掲示板そのままでは芸がないので、評点をつけます。★5つが最高。評価基準の詳細は、11月書評のページをご参照ください。
(039)『鳥頭紀行 くりくり編』(西原理恵子・ゲッツ板谷・鴨志田穣。角川書店)
ミャンマーでのくりくりばらっち。
九州で太鼓腹に蛸の大皿を乗せて目をむいてる板谷。
ドイツのホテルでウェディングドレスを着てる鴨っち。
両足をコンパスのように開くハセピョン。
・・・だめだ、またサイバラワールドにはまってしまった。
★★★☆
(040)『ハリーポッター 賢者の石』(著:J.K.ローリング。静山社)
超話題作。ネットでも大評判だった。おもしろいのはおもしろいのだが、ちょっと前評判がすごすぎたので、読み終わって少しだけ拍子抜けした。
ファンタジーってやつに、私自身がもともとそれほどのめりこんでない
からかもしれない。
直接のきっかけは、小5の息子が「担任の先生が読んだらしい」という話をしたのがきっかけ。
お父さん、ハリーポッターって知ってる?何かお父さんとお母さんが殺されるねんけどな、なぜかハリーゆう子どもだけが生き残ったらしいねん、と言うのだ。
私は、「両親が殺される」なんてそんな血生臭い話とは思ってなかったので、
「で、何でハリーは殺されへんかってん?」
「いや、そこが問題らしいねんけど、先生もまだ全部は読んではらへんから、僕かてわからへんねん」
で、翌日職場でも、(けっこう年配の方なのだが)「ハリーポッターて、おもしろいらしいなあ」という話が出た。これは、もう買って読みなさいという神の啓示かなと思って、帰宅途中に買ったのであった。
一つの「世界」を創り上げている(例えばクィディッチというスポーツとか)ところが読んでいておもしろい。
最後も(ネタバレになるから、あまり言わないけど)「ああ〜。こう来るか」と思った。
ハーマイオニーはかわいいし。ダドリーやドラコは憎たらしいし。
みんな読んでいて、けっこうビビッドに頭ん中で映像化してたんではなかろうか。それでいて映画の評判がいいというのは、かなり出来がいいのだろう(皆が思い描いていたイメージをうまく表現しているのだろう)と今から楽しみにしている。
★★★
(041) 『モンゴル帝国の興亡』(著:岡田英弘。ちくま新書)
著者お得意の分野の本であるが、それだけに同工異曲というか新味に乏しい部分が大きい。
また、いくつかの論文(原稿)を収めて一冊の本にしているので、なんかバラバラで、まるで複数の論文を機械的に並べて「本」でござい!といばっているようで(←だから、そう言ってるやろ!)、読んでいてもスムーズに流れない。
しんどくて、途中で放り出してしまいました。
★★
(042) 『最後の公爵 愛新覚羅恒く』(著:愛新覚羅烏拉煕春。朝日選書)
溥儀の『我が人生』やジョンストンの『紫禁城の黄昏』を読んでいる限りは、皇帝の一族は、清朝を腐敗させた元凶であり、国の行く末よりも金のことばかり頭にあったように感じられる。
また、一部の若手王公は、現実離れした過激論をとなえ、国の将来を誤らせたと。
さしづめ、この恒くなどは、その若手民族主義過激派王公の代表であろう。
満州語研究の第一人者である著者は、恒くの孫娘であり、訳者は、著者の夫である。
おじいちゃんのことであるから、この本で恒くは100%完全に肯定された正義廉潔の士である。歴史に溥儀やジョンストンとは全く違う角度から光を当てている著書であり、両者の乖離を探していると非常におもしろい。
これを読んでいると、死んだ母のことを思い出した。小学校の頃、母はよく、家に帰ると近所のおばさんやPTAでの話をした。
「○○さんゆうたらな、△△のことな、こんなことゆうねんで。どない思う?しやから、私はな。こうゆうたってん!」
それを聞くたび、子ども心に思った。いつ聞いても、よそのおばちゃんは無茶なことばかり言っている。
いつでも、うちのおかあちゃんのゆうてることが正しい。子どもの僕が聞いても
わかる。
それなのに、なんで、よその人間は理不尽で、うちの母が考えるような意見ではないのか。
しかも、聞いているとどうも、いつだってうちの母の方が不利とゆうか、少数派の
ようなのだ。大人なのに、なぜそんなことがわからないのだろうと腹立たしい思いだった。
やがて、その疑問は少し角度を変えた。なぜ、母が「いつも正しい」のだろう?そこまで行ったら、次のステップまではすぐだった。
「うちのおかあちゃんは、いつも正しいけど、○○くんのおかあちゃんも、○○くんの家では、いつも正しいのではないだろうか???」
(この「話」は、本を読んだり、人の話を聞いたりしていると、非常にひんぱんに思い起こす、汎用性の高い思い出である。
「名探偵コナン」では「真実はいつもひとつ!」と叫ぶけど、100人いたら、多分100の真実があるのだろう。物理的な「事実」はひとつなのかもしれないが)
★★★
(043) 『男装の麗人 川島芳子伝』(著:上坂冬子。文春文庫)
川島芳子といえば、妹顕埼の自伝を先日読んだ。何の気なしに立ち寄った古本屋でこの本が目にとまった。
関心を持っているから、並んでいることに気付いたのだろうが、縁というか、アンテナを張っていると、本の方で寄ってくる感じがする。
獄中から出した手紙の強がった文章の中で、必死に年齢詐称や助命嘆願を依頼したりしている。
養父川島浪速の部屋から悲鳴をあげて逃げ出してきた、そして、その翌日から男装を始めたという話。
モンゴル人の横にたたずむ花嫁姿の川島芳子。
頭山満の手をそっと握り締めている写真。
読後の感想をひとことで言い表そう。たった5文字で足りる。
ただ、ただ「いたましい」。
★★☆
(044)『最後の宦官
溥儀に仕えた波乱の生涯』(著:凌海成。河出文庫)
この主人公孫耀庭は実在の人物で、溥儀らが死んだ後も永く健在だったという。
(文庫のあとがきによれば、1988年に映画「ラスト・エンペラー」が公開された時も86歳で健在だったとか)
これは彼の伝記なのだが、どの程度真実に基づいているのか、ほとんど小説なのかはわからない。
彼は窮乏する父母を見かねて宦官として出世するべく「浄身」(つまり、ナニをちょん切ること。しかも、専門家に頼む金がなかったので、父親が切った)したが、辛亥革命で清朝が倒れ、宦官の新規採用はないと知り、呆然とする。
しかし、どうにか載濤親王の王府に就職がかなう。
王府勤めはどうしてもみいりが悪いので、何とか宮城に入りたいものだと考えていると、うまく端康太妃つきの太監として推薦を受ける。
王府時代の闘蟋蟀(コオロギの賭け相撲)の話や、端康太妃のお声掛かりで始まった京劇の稽古の話、溥儀の夜の悩みの相談に乗った話など、「話半分」としてもおもしろい。
(「対決させると、触れてないのに相手の蟋蟀がひっくり返る。強い蟋蟀は、「気功」で相手を倒す」というのは、どう考えても眉唾と思うのだが)
溥儀らが紫禁城を追われた時に孫耀庭も職を失った。
インチキ手品で商売をして警察に捕まったり、歓楽街の顔役の助手をしたり、占い師に「財宝を埋めている」と嘘を言ったのが災いして宝目当てに誘拐されるなど波瀾万丈の日々を送っているうちに満州国の溥儀に仕えないかという話が舞い込んできた。
しかし、遠く満州まで足を運んでも、日本の傀儡となっている溥儀のもとでは、働き甲斐や安らぎは得られなかった。体をこわし、北京に帰る。 殺人事件に巻き込まれたり、代書屋を始めたものの、ある将軍の借用証文を代筆したら、その将軍から「お前の筆跡だから、書かれた金額を返せ」と言われたり、相変わらずトラブル続き。
道教寺院の土地を管理する仕事をするうちに、終戦を迎えるが、土地管理が災いして共産党からは地主扱いされたり、逆に地主や寺院仲間からは共産党に取り入って役員にでもしてもらうつもりかとねたまれるなど、散々な人生だ。
強い蟋蟀の見分け方や、様々な大道芸の騙しのテクニック(無痛の心霊手術、武道試合で相手の腕を斬り落す、百発百中の占い師など)など、風俗的な資料としても価値があるだろう。逆に言うと、それだけだと言ってもいいが。
★★☆
(045)『抗日戦回想録』(著:郭抹若。中公文庫)
最前線における血生臭い話や、歴史的に体系だった回顧録ではない。
形の上では「国共合作」の時代の話なので、「最高領袖」(蒋介石のこと)や腐敗した国民党の幹部連中と話を合わせてやっていくのはつらいよ、なんて感じの一種「牧歌的」な雰囲気もただよう。
立群(女性活動家)とのことも単なる同志から男女の仲に踏み込んだような、妙に思わせぶりな描写がなされている。
(「精神的にはすでにしっかりさわっていた」等)
日本軍に追われ、急遽長沙を去ることになった際、要領のいい連中はしっかりと食料を確保していたが、著者は何の備えもなかった。
空腹のあまり、食堂をあさったが、みごとに何も残されていない。
同じようにあさりに来た張曙氏と二人で、ようやく「朝の食い残しの粥を少し」と「1本の塩漬けしょうが」を探し当てる。
「本来の紅色は失せ、もう黄ばんでいたそのしょうがを、長曙はきれいに洗いふたつに割いて私に半分くれた。
ああ、あのぐらぐら煮えた粥に新鮮なしょうがの塩漬けよ!」という表現はうなづける。
それだけによけい、後の張曙氏が爆撃で死んだという描写が印象深くなっている。
気になった点として、P215にソ連は爆撃機、戦闘機を援助したが「当時ソ連はまだ日本に宣戦していなかった」とある。
郭抹若は友軍を助けてくれたと手放しで喜んでいるが、これは国際法規やら何やらのうえでまずいんじゃねえのか。
「日ソ不可侵条約」を一方的に破棄して・・・というのはよく聞くが、その前からやってやがったんだな。
★★★
(046)『中国名医列伝』(著:吉田荘人。中公新書)
扁鵲(へんじゃく)から始まって、清代に至る数々の「名医」を紹介している。
扁鵲とか華佗(かだ)の名は聞いたことがあるが、初めて小児科専門となった銭乙(せんいつ。これで、また「これが初めて中国史」のネタができたと思った)や、「横隔膜」の宋慈(病死した幼児を解剖したが横隔膜の存在を確認できず、その後もあくまで「横隔膜」にこだわった、法医学の祖。)などは知らなかった。
著者は歴史学者じゃなくて、お医者さん。趣味で研究した成果をまとめたのが新書になったなんて、うらやましいですねえ。
★★★
(047)『夜間通用口』(著:ナンシー関。文春文庫)
以前、ナンシー関の『顔面手帖』(角川文庫)を読んだが、見開き左に消しゴム版画、右に切れ味鋭い短いコラム。
特に短いやつなんか4行しかない。
1P超えるのは数編しかないのだが、その長編のひとつ、石野陽子編(タイトルは「志村けん」)なんかは、ほんと絶品だと思った。
この『夜間通用口』は、『顔面手帖』でいう「長編」、版画こみで4Pものばかり。
そこそこはおもしろいのだが、何か、薄まったというか、毒が抜けてしまった感じがする。
★★☆
(048)『哲学者かく笑えり』(著:土屋賢二。講談社文庫)
新聞の書評欄で、哲学者なのに、笑える文章を書けるのはすごい・・・とスーパーマン扱いで紹介されていた。
それで、本屋で「最新刊」として平積みされていたのを買ってみたのだが・・・・・全然!笑えない。全く、ひとかけらも。私がおかしいのかな。
「胃の具合は悪く、食べられるのは肉(できれば上等の肉)だけということがたびたびある。激しい頭痛のために、会議になると決まって居眠りをしてしまう。余命もせいぜい50年くらいなものだろう」
・・・おもしろいですか、これ?
「まさに「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや」(つばめや雀はどこにいくのだろうか、「鴻鵠」という国の「志」という人物のことを知らないのだろうか)、という状況である。」
・・・おもしろいですか、これ?
「スポーツが身体に悪いことは、すでに一部有識者(わたしと近所の犬)の間では常識になっている(犬にわたしの意見を述べたところ、ワンとほえて賛意を示した)。」
・・・・・おもしろいですか、これ???
★☆
(049)『龍の話』(著:林巳奈夫。中公新書)
世間で「龍」のデザインの年賀状の本があふれていた頃、この本を平積みしたら売れるのでは?と思ったことを思い出す。その頃、すでに絶版になっていたのだ。
先日、同期の仲間で忘年会をした。少しだけ、集合時間に遅れた。電話しようかなと思ったのだが、ここからなら走ったほうが早いやと先を急いだ。
もう少しで忘年会の店に着く、というところで1軒の古本屋があった。 立ち去りがたいものを感じ、「許せ、許せ」と心の中で手を合わせながら店に入った。
何年も探していたこの本が棚にあった。
みんな、ごめんな。ほんとは、あの日、あと5分か10分、早く着けていたのだよ。
副題に「図像から解く謎」とあるが、すごい情報量である。写真が非常に多く、最終番号は「図158」である。甲骨文、玉器、青銅器などからふんだんに様々な龍の実例をあげ、検証する。
力作であり、大労作である。
しかし・・・大変失礼な言い方とは承知しているのだが、「で、結局龍ってなんなの?謎は解けたの?」という点では消化不良なとこが残る。
★★★
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