| 文物 |
収蔵 |
サイズ
cm |
備考 |
時代 |
図版 |
弘暦是一是二図
(こうれきぜいつぜじず) |
北京 |
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郎世寧の作と伝えられる。文物を鑑賞する清乾隆帝を描く。嘉量なども描かれている。 |
清 |
「2」71 |
中秋帖
ちゅうしゅうじょう) |
北京 |
縦27
横11.9 |
王羲之の子である王献之(おうけんし)の作。後世の人間が続き書きの部分だけをつなぎ合わせたもの。三希の一。伯遠帖と本帖は、後に瑾妃(清光緒帝の妃)によって売りに出され、郭世五(郭保昌)が買い取った。 |
東晋 |
「2」80「上」カラー(18)191 |
伯遠帖
(はくえんじょう) |
北京 |
縦25.1
横17.2 |
王羲之の甥の王c(おうじゅん)作。自分が地方に転出したことを友人の伯遠に報せる手紙。三希の一。
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東晋 |
「2」80
「上」9 |
快雪時晴帖
(かいせつじせいじょう) |
台北 |
縦23
横14.8 |
王羲之の作。パッケージ収録。三希の中でも最高に珍重されている。24文字の短い手紙。
乾隆帝は雪が降ると、この書帖を取り出して鑑賞したという
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東晋 |
「2」73「上」カラー(16)261 |
| 王羲之像 |
台北 |
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「2」91「上」カラー(19) |
洛神賦図
(らくしんふず) |
北京 |
縦27
横572 |
曹植の原作を画材に、顧ト之(こがいし)が描いたと伝えられる |
東晋 |
「2」78、
105「上」6、234 |
平安何如奉橘三帖
(へいあんいかんほうきつさんじょう) |
台北 |
縦24.7
横46.8 |
王羲之の行書。平安帖、何如帖、奉橘帖をひとつにまとめたもの。奉橘帖の末尾に開皇18年(598)の年号と隋煬帝から学士の長に任命された「柳べん」の名が記されている |
東晋 |
「2」74「上」221 |
山陰書箑図
(さんいんしょそうず) |
台北 |
縦31.3
横58.9 |
梁楷の作。老婆が売っていた箑(うちわのこと)に王羲之がいたずら書きをした逸話(『晋書』)を描いた |
南宋 |
「2」75 |
| 甲骨 |
北京 |
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甲骨に刻まれた甲骨文は、漢字の起源といえる |
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「2」99 |
師酉簋
(しゆうき) |
北京 |
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周代の器で金文が刻まれている |
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「2」99 |
| 秦権 |
北京 |
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第三集で既出。刻まれた文字は篆書(てんしょ) |
秦 |
「1」44 |
曲水流觴図
(きょくすいりゅうしょうず) |
台北 |
縦28
横135
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小川の清流に杯を浮かべ、流れてくるまでに詩をつくり、できなければその酒を飲み干さねばならないという、曲水の宴を描いたもの。作者不詳 |
南宋 |
「2」
76 |
馮承素模本蘭亭序
(ふうしょうそもほんらんていじょ) |
北京 |
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王羲之が、353年3月3日(上巳の節句)に会稽の蘭亭で催した曲水の宴での詩を集め、それに序文を付したのが「蘭亭序」。
真筆は唐の太宗が自らの遺体とともに昭陵に葬るよう遺言したので、写しや拓本しか現存していない。
この模本は、最も真筆の精髄を伝えているといわれている |
唐 |
「2」34、117 |
蕭翼賺蘭亭図
(しょうよくたんらんていず) |
台北 |
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巨然の作。唐太宗の命を受けた蕭翼が、首尾よく蘭亭序を騙し取った場面を描く |
五代 |
「2」121 |
定武本蘭亭序
(ていぶぼんらんていじょ) |
台北 |
縦27
横66.7
cm |
欧陽詢が蘭亭序を模写した字を石碑に刻み、それを拓本にとったもの。現在、石碑は残っていない |
宋 |
「2」74 |