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故宮の文物 中華の至宝(8) NHK「故宮」第七集

 「NHKスペシャル 故宮〜至宝が語る中華五千年〜」の第七集バージョン。

 図版の「2」100等は、『故宮』(NHK出版)の、「上」50等は、同じく『ふたつの故宮』(同)の巻数及び写真が掲載されたページ。


 


明皇幸蜀図
  「第七集 大唐の落日 〜唐・五代〜

 
栄華を誇った唐は、安禄山の乱での顔真卿の奮闘も空しく、崩壊への道をたどった。
 唐滅亡後の五代十国の時代はわずか50年であったが、庶民が台頭する新しい文化が芽生えた時代でもあった。

 
文物 収蔵  サイズ(cm) 備考 時代 図版
劉中使帖
(りゅうちゅうしじょう)
台北

顔真卿が友人に送った書状。

唐   「3」29
鶺鴒頌(せきれいしょう)
台北

現存する唯一の玄宗の真跡。

杜甫麗人行(とほれいじんこう) 台北

杜甫の『麗人行』という貴族の生活を描いた文章を絵画化したもの。

祭姪文稿
(さいてつぶんこう)
台北   縦28.3 横75.5

安禄山の乱で、従兄弟顔杲卿(がんこうけい)ら三十人以上の一族が命を落とした。本書は、杲卿の末子であり、甥(姪)にあたる顔季明を悼む、塗りつぶされた34文字を含む269文字の弔辞の草稿である。

唐   「3」96、153

明皇幸蜀図
(めいこうこうしょくず)
台北   縦55.9 横82.0

原画は唐代の李昭道が描いたといわれる。
安禄山の乱で蜀に逃れる玄宗一行を描く。

唐   「3」90

写生珍禽図
(しゃせいちんきんず)
北京  縦41.5 横70.0

前蜀の黄筌(こうせん)が、子の黄居宝のために描いた手本といわれる

五代  「3」96

鳥紋執壷(ちょうもんしっこ)
台北  高さ23.5 底径13.2

楚の長沙窯で焼かれた磁器。

五代  「3」89

層厳叢樹図(そうげんそうじゅず) 台北

南唐の巨然(きょねん)の作。

五代  「3」181
歙石長方硯
(きゅうせきちょうほうけん)
北京

歙県に産した石でつくられた硯は「歙硯(きゅうけん)」と称され、端渓硯(たんけいけん)をもしのぐと専門家は賞している。

五代  「3」185
求澄心堂紙尺牘
(きゅうちょうしんどうしせきとく)
台北

李Uが世に送り出した「澄心堂紙」への憧れを、北宋の高名な書家蔡襄(さいじょう)が貴重な澄心堂紙に綴ったもの。

北宋  「下」(23)
江行初雪図(こうこうしょせつず) 台北  縦25.9 横376.5

趙幹が故郷である江南の初冬の風景を描いた。

五代  「3」94、95

韓熙載夜宴図(かんきさいやえんず) 北京  縦28.7 横335.5

南唐の後主李U(りいく)は、画家の顧閎中(ここうちゅう)に命じ、功臣韓熙載の連夜の宴会の様子を描かせた。

五代  「3」92、93 「上」(11)

李廷珪墨(りていけいぼく) 台北

李Uは、廷珪という職人がつくる墨を最大限に援助し、王家の姓まで与えた。

五代


 その他の文物です。
顔真卿石像 石像は、山東省陵県に所在。書家の石像らしく、右手に筆を持っている。
肖像画は、「3」77。

唐  「3」28

永泰公主墓壁画 胡服をきらびやかにまとった、ふくよかな宮女たちが描かれている。

唐  「3」125

牽駝胡人俑(けんだこじんよう) 駱駝を牽き、隊商を率いる胡商の姿。陝西歴史博物館蔵。

唐  「3」87

争座位帖(そうざいじょう) 顔真卿。西安碑林博物館蔵。日付は広徳2年(764)11月。尚書右僕射(しょうしょゆうぼくや)という要職にある郭英乂(かくえいがい)が宦官に席次を譲ったことを非難する書簡。

唐  「3」163

黄巣長安入城図 唐滅亡の原因となった黄巣の乱を描く。

唐〜五代

王建石像 王建は、朱全忠が後梁を建国し唐を滅ぼしたのを契機として、四川省に拠って907年に前蜀を興した。
石像は高さ15m、奥行き23mの巨大な墓室に安置されている。

五代  「3」34

長沙窯磁器酒壷 湖南省博物館蔵。楚の王都(湖南省長沙)におかれた窯を長沙窯という。壷には宣伝文句や男児の気概、恋のせつなさなどを示す詩文が書かれている。

五代  「3」177


後主観棋図(こうしゅかんきず)
南唐後主李Uが将棋を観戦しているさまを描く。 

五代



 第八集以降も、順次ご紹介します。