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『花の歳月』

 漢の五代皇帝文帝・・・の奥さんである(とう)皇后こと猗房(いぼう)を描いた小品です。
 文庫本を手に取ってまず思ったのは・・・活字がでかい

 ページは、講談社文庫のものです。


(No1)
 人のためになり、人と争わず、人にへりくだる。人格をみがくということは、水をみならうことである。
→P29

☆ひとこと☆
 猗房は、幼い頃より父に『老子』を習い、これを好んだとあります。
 この辺の文章は、『老子』でいくと、第八章 上善は水の若し(易性)とか第七十八章 天下に水より柔弱なるは莫し(任信)ってとこでしょうか。

 私なぞは、上善云々と聞くと、ついつい日本酒の銘柄か?と思ってしまいます。


(No2)
 藺の目がきらきら光った。涙が落ちた。広国の胸からその目の美しさはのちのちまで消えなかった。
→P158

☆ひとこと☆
 猗房の家である竇家は夏王朝から続く名門・・・とはいうものの、現在はすっかり零落していました。
 しかし、猗房の顔に浮かぶ至尊の色が認められ、宮中に召されることとなりました。
 長安に召される猗房を見送るため、家族が田舎から県の城まで出てきた時、彼女の弟広国が雑踏にまぎれていなくなってしまったのです。

 広国は人さらいにさらわれ、奴隷商人に売られたのでした。売られた先で手ひどい折檻を受け、あわや命を落とそうとした時、かばってくれたのが同じ時に売られてきた藺(りん)です。
 広国を打ち据えていた男は、藺の美貌に気付き「わしのいうことをきくなら、この子は・・・」といい、藺の衣服に手をかけました。
 失神していた広国が目をあけた時、映ったのは組み伏せられている藺の姿でした。そして広国にみつめられていることを知ったとき、藺の眉間には悲しげな色がうかび、そして、その色は苦痛にかわっていったのです。

 


(No3)
 自分の胸を自分の手でなだめなければ、痛みのとまらないようなせつなさをおぼえた
→P192

☆ひとこと☆
 専横を極めた呂氏一族は粛清され、代王が皇帝として立てられました。それに伴い、猗房は皇后となったのです。天子を生む至尊の相・・・、郷父老の予言が成就したのでした。

 広国と猗房は、後に奇跡の再会を果たしました。
 この小説では、冒頭で姉弟の細やかな愛情を描いています。それだけに、後に、「弟を騙る者でないか、わしが真贋を鑑定する。お前は、ついたての陰に隠れておれ」と皇帝にいわれたのに、「別れの時、姉に髪を洗ってもらいました」との言葉にたまらずついたてを倒し、駆け寄るシーンの感動が増します。

 作者は、この睦みあい、別れ、求め合い、再会という円環を、もう一つ配置しています。
 広国は、「商品」である奴隷の悲しさで、転々と売られ、否応なしに藺とは引き裂かれました。以来、女性を見ると無意識に藺をさがしてしまう広国でした。
 それから永い永い月日が流れ、姉との再会も果たし、四十歳の春、北のはずれとはいえ、封地をもらうことになりました。

 封地に向かう途中、喉の渇きをいやすためふと立ち寄った家で、喪に服している女性をちらりと見た広国は、「あなたは藺とは申されぬか」と尋ねました。しかし、すげなく否定され、「似ている人をみかけると、これまで何度なく声をかけ、いずれも人違いでした。愚かな男です。失礼いたした」と、一行は立ち去りました。

 しかし、その女性はまぎれもなく藺だったのです。
 藺にも永い永い物語がありました。無感動の底に氷漬けになっていたような日々。広国が30数年も自分を捜しつづけていてくれた、そのことは、その厚い氷を瞬時に溶かしてしまうほど、感動的なことでした。

 それなのに、なぜこころは痛むほど「せつなかった」のでしょう。また、なぜ再会を拒否したのでしょうか。
 それは、わたしのようなものが、封侯まで出世された方と知り合いであってはいけない。とっさにそう感じたからです。

 でも、せめてあの方の封国で暮らしたい。藺は戸外に走り出ました。人馬の影はすでに遥かです。どんなに遠くとも、歩みを続けよう・・・そう決心して、髪をしばっている麻紐に手をかけた、そのとき、藺の肩をたたく人がいました・・・・・ 

(余談)
 竇氏というと、本編では楚々としたイメージのままですが、これを読むまでは漢の武帝を押さえつけた、熱狂的黄老信者のおばあさんというイメージの方が強かったです。
 それと、ラストがいい。「できすぎや」、「予想できた」そんな声もあるでしょうが、でもいい。

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