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西太后と溥儀の部屋(4) 映画「西太后」について
これまで、(2)、(3)で劉暁慶(リウ・シャオチン)主演の「西太后」、「続・西太后」、「最後の宦官 李蓮英と西太后」を紹介した。
先日、劉暁慶のことを扱った『毛沢東を超えたかった女』という本を読み、その中で西太后映画について、いくつか触れられていたのでかいつまんで紹介する。
「西太后〜垂簾聴政〜」
西太后第一作は原題からして、本コーナー(2)で紹介したのとは違っていたようだ。
(1) 原題は『火焼圓明園』と『垂簾聴政』。邦題は『西太后』(1983年)。
香港・中国の合作で前後編構成の超大作であるが、日本では、「西太后の残虐部分だけを強調する『ホラー映画』のような構成で一本の映画に短縮され、カット部分はナレーションでつなぐという奇異な姿で公開された」そうだ。
(2) 監督は香港映画界の李翰祥(リ・ハンシャン。1926〜96) 。主演女優に劉暁慶を抜擢したのは彼。
(3) 本作は中国・香港合作であるため、香港分の撮影をするため現地入りした劉暁慶らは、咸豊帝役を演じた梁家輝(レオン・カーフェイ)ら香港側出演者・スタッフとの貧富の差に苦しんだ。
劉暁慶の当時の給料は月額50元だった。香港側出演者や周囲の宿泊者が豪華な食事をとる中で、劉暁慶や陳Y(チエン・イエ。東太后役を演じた)ら中国側出演者たちは、「香港側出演者らがごみ箱に捨てた食券を拾って食事をすることもあった」そうだ。
「続・西太后〜暴虐の美貌〜」
(1) この続編の原題が『西太后』。邦題は『続・西太后 暴虐の美貌』(1989年) 。
(2) 監督は前作と同じく李翰祥。
(3) 本作には鞏俐(コン・リー)が出演しているが、端役的存在である。鞏俐は1965年生まれ(劉暁慶は1951年生まれ)。
鞏俐は張藝謀(チャン・イーモウ)監督により『紅高粱』(邦題『紅いコーリャン』。1987年)に映画初出演・初主役に抜擢されたばかりであった。
なお、この『紅高粱』で鞏俐の相手役を演じた姜文(チャン・ウエン)は、『紅高粱』撮影当時劉暁慶と熱烈な不倫関係にあり、何かというと劉暁慶のもとへ行ってしまってロケにも支障が生じた。
張藝謀監督は「姜文は降ろす」と激怒したが、不倫相手が「影皇」として絶大な影響力を持つ劉暁慶とわかってからは文句を言わなくなったそうだ。
「最後の宦官 李蓮英と西太后」
(1) 原題は『大太監李蓮英』。邦題は『李蓮英 清朝最後の宦官』(1990年)。
(2) 監督は田荘荘(テイエン・チュワンチュワン)
(3) 本作で李蓮英を演じるのが姜文。西太后が劉暁慶。
二人は、『芙蓉鎮』(監督:謝晋=シエ・チン。『中国映画の全貌2000』東光徳間=編では1987年。前掲『毛沢東〜』では86年)共演をきっかけに熱愛関係に陥った。
姜文は1963年生まれ。『芙蓉鎮』が映画初主役だった。
劉暁慶は離婚自体がタブーだった時代に王立と79年に打算の結婚をし、さらに、既婚者であった俳優陳国軍(チェン・クオチュン)とダブル婚外恋(不倫)のすえ86年に正式に結婚したばかりであった。
なお、陳国軍と離婚した劉暁慶は、93年、姜文の初監督作品『陽光燦爛的日子』(邦題『太陽の少年』。)に資金を全面援助した。
ところが、姜文はこの『太陽の少年』ヒロインの寧静(ニン・チン)と恋仲になって劉暁慶と別れてしまった。
なお、前掲『毛沢東を〜』については、「ひとこと書評」のコーナーをご参照ください。
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