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『項羽と劉邦』
司馬遼太郎氏が『項羽と劉邦』を出版した時には、氏は日本の幕末小説等の印象が強かったので、中国歴史を取り上げてくれたというだけで非常に嬉しく思いました。
内容も、いつもの「司馬節」とも言うべき名調子でした。
ページ数は、新潮文庫上巻、中巻、下巻に拠っています。
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(No1)
「獄と市だけが、政治の要です」と、曹参はいった。
→同上巻P90
☆ひとこと☆
世の中には必ず姦人という者がいる。
そういう姦人たちは、司法の対象になるか、市場管理の対象になるかどちらかだが、この獄と市をあまりやかましく正しすぎると姦人は世に容れられなくなり、かならず乱をおこし、国家そのものを毀損するもとになる・・・そうです。
(No2)
恩に対しては賢という商品で返しうるが、しかしそれ以上に知己という全人格を尊敬されてしまった場合は返しようもなく、結局は死をもって酬いるしかない。
→同上巻P101
☆ひとこと☆
項羽と劉邦の話の中にちょっと挿入された魏の信陵君と候生との逸話の中の表現です。
戦国末期なのでひと昔前の話ですね。
(No3)
人の話のどういう場所にユーモアを感ずるかということで、その人間の格調が察せられる、というのが、項梁の人間観察のやりかたの一つだった。
→同上巻P250
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☆ひとこと☆
項梁(項羽のおじ)が初めて黥布(当初項羽側で活躍するが、後に劉邦側に寝返る)と酒肴を用意し一夕を過ごしたとき、黙ってひたすら食い、飲む彼に不安を感じたが、話のかんどころで沁みとおるような笑顔をつくったので「ばかではない」と安心した・・・という文章に続くのがこれ。
(No4)
長者とは人を包容し、人のささいな罪や欠点を見ず、その長所や功績をほめてつねに処を得しめ、その人物に接するとなんともいえぬ大きさと温かさを感ずるという存在をいう。
→同中巻P7
☆ひとこと☆
劉邦はまれに見る長者だと、だれもがいった・・・という文章に続くのがこれ。
徳という説明しがたいものを人格化したのが長者であり、劉邦にはそれがあった・・・と書いておいて、次に手厳しく「言いかえれば、劉邦の持ち物はそれしかない」と断じています。
(No5)
賭博を前にするとき、水のように冷静になったが、しかし変わっているのは、負けるという”かん”が働けば決して張らないことであった。・・・くぐることは、賭博をしないという賭博であり、同時に臆病という甘酸っぱい液体の中に自分の全身を浸け、一面でそれとは矛盾した一種の浮力の感覚をたのしんでいるという意味での緊張であった。
→同中巻P128
☆ひとこと☆
有名な韓信の股くぐり(劉邦配下の名将、韓信の若き日のエピソード。
ごろつきどもに「お前の剣で刺してみろ。刺せなきゃ、股をくぐれ」とおどされ、おとなしく這ってくぐった。
人々は韓信を臆病者とあざけったが、後には小さな恥はあえて耐えうる大勇の証拠と評価された)に対する考察。
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