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『珍妃の井戸』

   同じく浅田次郎氏の『珍妃(ちんぴ)の井戸』を取り上げます。

 本の「帯」には、「『蒼穹の昴』に続く清朝宮廷ミステリーロマン!」とあります。
 また、同じく帯には、「列強の軍隊に制圧され、荒廃した北京。
ひとりの美しい妃が紫禁城内で命を落とした」とあり、続いてフォントも大きく、また赤字にして「誰が珍妃を殺したか?」とあります。
 さて、誰が犯人なのでしょうか。

 なお、ページ数は、講談社刊の単行本によっています。

 さて、今回はいきなり「名せりふ」ではなく、この『珍妃の井戸』による謎解きをまず分析したいと思います。
 さらに、それに先立って、この「珍妃の井戸」事件について一般的な解説や、他の文献による記述を二、三紹介します。

 まず、『中国歴代皇帝人物事典』(河出書房新社。監修岡崎由美・王敏)P314の珍妃に関する記述を抜粋いたします。

   珍妃 1867年生まれ。88年の戊戌の政変で、西太后らに革新派
      の六君子が処刑され、光緒帝が幽閉されると彼女も別の場所
      に幽閉された。
       1900年、日本とロシアを主軸とする八カ国連合軍が北京に
      侵入した。西太后は光緒帝をともない西安に逃亡した。その際、
      彼女は西太后の命令で楽寿堂の裏の井戸に落とされ殺された。

 これを、ひとまず基本説といたしましょう。あえて名付けるとしたら、「直接命令者:西太后説」とでもいたしましょうか。

 次に、『紫禁城史話〜中国皇帝政治の檜舞台』(寺田隆信 著、中公新書)P218の著述を引用します。

   八ヶ国連合軍は天津に集結してから北京へ進撃し、八月にはいっ
  てこれを占領し、外交団を救出した。身の置きどころをなくした西太
  后は徳宗を連れて西華門から脱出をはかった。彼を北京に留めて
  おくと親政が復活するかも知れないのを恐れたからである。徳宗の
  寵妃である珍妃は同行を拒んだため、寧寿宮の裏の井戸に投げ込
  まれた。

 さて、直接投げ込んだ人名は明記されていませんが、前の文章からの脈絡から類推すれば、これも上記基本説と同じ、「直接命令者:西太后説」としてよいのではないでしょうか。これで、この説は1.8ポイントをかせぎました(明記されていないので、2割引きで0.8ポイント)。 

 歴史学者の説が続きましたので、今度は、ちょっと怪しげな(失礼!)説もご紹介しましょう。
 『西太后秘話〜その恋と権勢の生涯〜』(徳齢 著、さねとうけいしゅう 訳。東方書店)P248以下の著述を引用します。

    いよいよ出発しようとしたとき、李蓮英はみほとけさまに奏上しまし
   た。
   〜「もしも太后さまがやつがれにおまかせくださいますならば、うまく
      処分いたします。」
   〜「おまえにまかせる。」
   〜李蓮英と手下の宦官はいそいで珍妃を両方からかかえ、東華門
   内にある有名な大井戸のそばにつれてゆき、そのなかにつきおとし
   ました。

 これは、「提案&直接実行者:李蓮英、黙認者:西太后説」とでもいたしましょう。

 徳齢女史は、『天子〜光緒帝悲話〜』(永峰すみ・野田みどり 訳、東方書店)も著述してます。P256以下の著述を引用します。

    自分たちが今受けている苦しみの多くは、珍妃にその原因がある
   と固く信じて疑わぬ西太后が李蓮英の方を向いたそのとき、李が、
   「太后さま、一刻の猶予もできません。この件はわたくしめにお任せ
    下さいませ。処分は心得ております。」と言った。
    西太后がうなずくや否や、李蓮英は珍妃を捕え、井戸の方へ引き
   ずって行き、あっと言う間にかの女をその中に投げこんだ。

 同じ著者なので当然といえば当然ですが、これも「提案&直接実行者:李蓮英、黙認者:西太后説」ですね。これで、この説は1.5ポイントとします(同じ著者なので1ポイントのままでもいいところを0.5ポイントおまけ)

 ところで徳齢女史とは、西太后お気に入りの女官だったとのことで、『西太后秘話』のまえがきでは「栄禄のみほとけさまに対する愛情については、終始真実を主として、なにひとつつけくわえず・・・」と書かれています。
 しかし、同著は、「花園の中の恋人」といって、宮廷にあがる前の西太后と、禁衛軍指揮官であった栄禄との逢引きシーンで始まるのですよ。「見てたんかい・・・」いきなりずっこけてしまいました。

 続いて、『ワールド・グレーティスト・シリーズ 世界の悪女たち』(M・ニコラス 著、木全冨美香・岡田康秀 訳。社会思想社教養文庫)P196から引用します。

     今なお、これまでのことから教訓を学びとっていなかった不運な
    珍妃は、皇帝の座は北京であると提言した。西太后は議論をする
    ような気分ではなかった。「この卑劣な女を井戸の中に叩き込んで
    しまえ」と、彼女は廷臣に命じた。

 このニコラス氏がどんな人物か、この文庫本には紹介がなく、よくわかりません。同じシリーズで『恋の天才たち』というのもM・ニコラス著とありますので、そちらには何か載っているかもしれませんが。
 ともあれ、「直接命令者:西太后説」が2.8ポイントとなります。
 
 さて、お待たせしました。ようやく、『珍妃の井戸』にはいります。


第一章 載沢(さいたく)殿下の舞踏会

外国かぶれの満州皇族、光緒帝のはとこ鎮国公載沢が主催した舞踏会で、ミセス・チャンという謎の美女が、エドモンド・ソールスベリー(イギリス伯爵。英国海軍提督)の耳元で「二年前、珍妃という光緒帝の寵妃が殺されたことをご存知?」とささやいたのが、すべての始まりでした。

 ソールスベリーは、ヘルベルト・フォン・シュミット(ドイツ帝国大佐、男爵)、セルゲイ・ペトロヴィッチ(露清銀行総裁、ロシア公爵)、松平忠永(東京帝大教授、子爵)を召集し、謎解きに乗り出します。


第二章 誰が珍妃を殺したか? ニューヨーク・タイムズ駐在員トーマス・
                      E・バートン氏の証言

 バートンは、まず、こんな証言をします。

    「たぶん支那人はみなこんな言い方をします。『珍妃は慈悲ぶかい
     み仏さまの怒りに触れて、お命を召し上げられた』、とね」

 み仏さまとは、老仏爺(ラオフオイエ)、つまり西太后のことです。しかし、バートンは、こんな証言もします。

    「断言しますよ。珍妃を殺害した犯人は、もしくは珍妃を死に至らし
     めた張本人は、西太后ではない。西太后のせいにする、誰かで
     す」

 結局、バートンは「ほのめかし」ばかりで結論めいたことは口にせず、御前太監(ごぜんたいかん。光緒帝側近の宦官)の蘭琴(ランチン)に訊けば詳しいことがわかるといいました。


第三章 老公胡同(ラオクンフートン)  元養心殿出仕御前太監
                          蘭琴氏の証言

老公胡同とは、引退した宦官たちの共同宿舎のようなところです。蘭琴は、こんな証言をしました。

      「決断を下されるのはやはり西太后さましかおられますまい。
       目の前の皇上のご意思を制することのできる人物といえば、
       他には考えられませぬ。
       では、誰が実行したか。 〜
       〜 そうだ、あの慰庭なら、やりかねませぬ。
       なにしろ、皇上すらも裏切った極悪非道の男でございますから。
       ああ、思いだしました。慰庭には、珍妃さまを殺す動機がござ
       いますよ。実はあの男、珍妃さまに横恋慕をしていたのです」

 慰庭とは、袁世凱(ユアンシイカイ)のことです。ようやく具体名が出てきました。


第四章 梟雄  直隷総督兼北洋通商大臣兼北洋常備軍総司令官 
            袁世凱将軍の証言

 先の蘭琴の証言は、あくまで推測です。袁世凱は、現場に居合わせた者として、事実はこうだった、と証言します。

       「瑾妃さまは妹君とは似ても似つかぬ肥えた小さな体を、
        鞠(まり)のように弾ませて殿を下りた。そしてやおら珍妃
        さまの髪をひっつかむと、まるで叺(かます)でも曳くように
        ずるずると引きずって、中庭の端まで歩いた。
        『誰かある!太后陛下のご命令ぞ。誰かある!』
        貞順門から栄禄(ロンルー)が駆けこんできた。
        『栄禄将軍、この者をそこなる井戸に投げ入れよ。早う!』」

 瑾妃とは、珍妃の実の姉で、同時に光緒帝の側室となりました。
丸い顔だったので、あだなを「月餅」(「げっぺい」という中国のお菓子)といいます。
 また、栄禄とは、西太后の幼馴染で、彼は西太后の恋人であったがゆえに異例の出世をし、また、失敗をしても許されたといわれています。

 ともあれ、袁将軍は、「直接命令者:瑾妃、直接実行者:栄禄説」を提唱したのです。
謹妃(月餅)

 


第五章 魔宮からの招待状  光緒皇帝側室 瑾妃殿下の証言

 四人は、参内し瑾妃と会見する許可を取り付けました。
 瑾妃の口からは、また新たな犯人の名が。

        「二度と思い出したくないことだけれど、慰庭のやつがそんな
         嘘八百を言って私を陥れようとしているなら、私の口から
         本当のところをお教えしなければならない。〜
         〜隆裕(ロンユイ)皇后が叫んだ。
         『李老爺(リイラオイエ)!珍妃を冷宮から連れてきなさい。
          こんなことになったのは、みんなあの子のせいよ。あの
          子が万歳爺(ワンソイイエ)をたぶらかし、外国の軍隊を
          招き寄せたのよ!』
         李蓮英と彼の部下たちが、倦勤斎の裏手にある冷宮に
         走り、妹を牢屋から引き出してきました。
         隆裕は〜狂ったように叫んだ。
         『その者は大清を滅ぼす悪魔じゃ。井戸に投げ入れて殺
          せ!』と」

隆裕(ラクダ)  隆裕とは、光緒帝の正室で、西太后の姪です。
(本小説では、色黒で、顔が長くて出っ歯で、ラクダに見えましたなんて書いてあります)

 また、万歳爺とは、皇帝の別称です。
 瑾妃は、自分のお付きの宦官劉四(リウスー)は、そのとき、ただひとり妹のために皇后に命乞いをしてくれた人物だから、彼に訊けばすべてわかるといいました。

 


第六章 現場検証  永和宮首領太監 劉蓮焦(リウリエンチャオ)氏
                            の証言
 ところが、劉四は、いきなり「今しがた瑾妃さまの仰せられましたことは、すべて嘘でございます」といいます。
 そして、瑾妃が偽証した理由も説明します。
 つまり、列強諸国が珍妃殺害の犯人探しに乗り出したということは、真犯人は外国の軍隊に捕まり銃殺刑となる、そう思い込んでいるのだ、と。

 これで、四人は、これまでの証言が食い違った理由を覚ります。
 蘭琴は、光緒帝付きの宦官だったので、帝を裏切った袁世凱が憎い。
 袁世凱は、瑾妃・珍妃の家と幼馴染の間柄。天下を狙う野心を吹聴していた過去を知っている姉妹は煙たいし、栄禄もライバル。
 瑾妃は、既に珍妃はいないので、隆裕皇后を亡き者とすれば、自分が後釜になる、というわけです。

 それでは、そんな利害からは超越している筈の老宦官の証言は、どうでしょう。

      「ややあって、ふいに女の悲鳴が聴こえ、袁将軍のただならぬ
       怒鳴り声が人々を振り返らせました。〜
       『皇上!老祖宗(ラオヅツォン)!一大事にござりまするぞ、
        端王殿下と大阿哥が、珍妃さまを!』
       人々はどっと袁将軍の周囲に駆け寄りました。そして血まみ
       れの指でさし示す先を、おそるおそる覗くと・・・。
       珍妃さまの真白なおみ足が、今まさに古井戸の中へ沈みこむ
       ところだったのでございます」

 老祖宗とは、西太后の別称。
 端王とは、端郡王載(ツアイ)イー。八代皇帝道光帝の第五子惇親王の子供で、十代同治帝、十一代光緒帝とは実のいとこにあたります。
珍妃の井戸

 端郡王は、義和団を引き入れた張本人。義和団の拳民たちは神がかりの憂国の志士であると西太后に信じ込ませることに成功し、、端王は神兵を率いる救国の英雄と重用され、その子溥儁(プーシー)は皇太子を示す大阿哥(だいあか)の称号が与えられます。

 端郡王は、玉座を光緒帝に横取りされたと逆恨みしており、捕われの珍妃まで狙っていた色魔溥儁ともども、混乱の最中、虐殺におよんだというのです。

 端郡王は、義和団事件の責任を問われ新彊に流罪となったが、溥儁は、大阿哥の称号こそ剥奪されたものの、それ以上の処罰は受けないまま行方をくらましているとのことでした。


第七章 小さな悪魔  廃太子 愛親覚羅溥儁氏の証言

 四人は、浮浪児の群れに命を狙われます。
 やはり、劉四の話が真実だったのだ。だから、真実を暴こうとした我々の命を溥儁が狙ったのだ。
 四人がそう話し合っていたとき、溥儁に率いられた小さなボクサーたち(義和団の「拳民」をボクサーと呼びました)が襲撃してきました!
 ところが、意外とあっけなく溥儁は捕まってしまい、恐怖のあまり失禁した彼は少年に戻り、とつとつと二年前のことを語り始めます。

       「珍妃は牢屋から連れ出されたとき、もう肚をくくってたんだ。
        西安には行かない。ここで死ぬってね。〜
        珍妃は万歳爺にも老仏爺にも、はっきり言ったもの。
        『誰よりも私を愛して下さったお二方に、生きて再びお会い
         することができました。もう思い残すことは何もありません』っ
        て。〜
        おいら、老仏爺の目から涙がこぼれるのを初めて見たよ。
        『わかったわ、珍妃。おまえはやさしい女のままお釈迦様の
         もとへ行きなさい』〜
        珍妃はひとりひとりの顔を見つめながら、『再見(ツアイチェ
        ン)』と呟き、それから赤い壁と瑠璃色の屋根に囲まれた、
        小さな空を見上げたっけ。〜
        珍妃は空から目を戻すと、古井戸の中をいちど覗きこんで、
        それからちっともためらわずにね、頭から消えちゃった」


第八章 天子(サン・オブ・ヘブン)

 四人は、ついに西太后によって幽閉された若き皇帝とひそかに謁見します。しかし、皇帝の精神は・・・・。
 暗澹とする四人の前で、光緒帝は珍妃との思い出を語り始めました。

         「いつのことであったが、珍妃は褥の中でかようなむつごと
          を言うた。
         『もし私が人間でなく、醜い海鼠であったとしたら、あなた
          はいかがなさいますか』
          朕は海鼠が嫌いであった。
          もし珍妃が海鼠であったら・・・朕は鳥肌立ちながら考え
          た。そして懊悩の末、しかと答えを得た。
         『珍妃、もし君が醜い海鼠であっても、僕は君を愛するよ。
          毎夜この胸に抱き、くちづけをし、君を抱きしめて眠る。
          必ずそうする』」

 続いて、帝が言ったのは実に意外な言葉でした。珍妃を陵辱し、殺したのは貴様ら四人ではないか、と。

 ミセス・チャンが強いショックを受けているソールスベリーの耳元で再び囁きます。
「おわかりになりましたか、閣下。陛下はご病気です。大英帝国の威信に賭けて、お守り下さいますね」

 ソールスベリーは、帝にイギリスへの亡命を勧めます。しかし、それを拒む帝。
 載沢は、「洋人たちが心から不実を悔い改め、君を利用したりしないと誓うならば亡命してもよいと、言ったじゃないか」と叫び、
ミセス・チャンも「叔父さま、しっかりなさって。このままでいれば、体をこわすか毒を盛られるかして、死んでしまうのよ。お願い、ロンドンに行って」と懇願します。

 しかし、皇帝の瞳には黒々とした正気の光が戻っていました。

・・・・・この物語、最初は、芥川龍之介の『藪の中』のような小説的技巧(一つの事件の真相が証言者によって、様相を異にする)が気になって素直に感動できませんでした。
 でも、これは「宮廷ミステリーロマン」ではなくて、あえて言うなら「ひとりの男とひとりの女のラブロマン」なんですね。

 光緒帝の言葉と、そして珍妃の言葉(帝の心の中に直接届けられた言葉かもしれません)を紹介して、終わることといたします。
 


(No1)
「朕は、珍妃を愛していた。心の底から、世界中の誰よりも。たとえ海鼠であろうと愛し続ける。いわんや井の底の骸骨であろうと、姿なき魂であろうと、朕は、珍妃を愛し続ける」
→P312


(No2)

 皇帝が誰よりも愛した私が、この暗い井戸の底に沈めば、洋人たちはきっと考えます。
 皇帝の悲しみは人々の悲しみ、国の悲しみです。だから、きっと、国王や皇帝や天皇を戴く彼らは、考えこむはずです。
 そして必ずや、自分たちの犯した愚かしい罪について、省みるはずです。
珍妃

 あなたは天子だからね。
 あなたは世界の天と地を支える、天子だからね。
 人間どうしが愛し合うことなど、当たり前だと考えている、耶蘇(ヤソ)も聖書もいらない、この国の天子だからね。
 自分の富のために、他人のものを奪おうとする人間などひとりもいない、仁の訓(おし)えに満ちた、世界で一番豊かなこの国の、あなたは天子だからね。
 どうか、わかって下さい。
 さようならの言葉は、韃靼(だったん)語では何というのでしょうか。
 ほんとうはそれを言いたいのだけれど・・・きっと、大興安嶺や黒龍江や、ホロンバイルの草原に美しくこだまする、風のような音にちがいありません。
 ではみなさん、再見(ツアイチェン)・・・・。
 ごめんなさい。それしか知らないから。
 再見。
 私の愛しい人。
 そして、私の愛しい人たち・・・・・・
→P317〜

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