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テキストは、『三国志』(著:市川宏・山谷弘之、監修:松枝茂夫・立間祥介。徳間書店)とします。
これは、私にしては珍しく文庫本でなく単行本を(清水の舞台から飛び降りる覚悟で)買ったものです。
(No1)
諸君は北面せよ。我自ら西に向かん
(どうぞ君たちは北を向き給え。私は西を向くから)
→第二巻P91
☆ひとこと☆
袁紹らが劉虞を皇帝に立てようとして曹操に手紙を送った時の返事の言葉。
「北」は幽州の劉虞、「西」は長安の献帝を指す。
今、幼帝は力なく奸臣(董卓)に操られているが、それでも帝を簡単にすげ替えてしまうのが天下安定に資するとは思えぬという曹操の気概、判断力、独自性などが端的に表現されていると思います。
(No2)
上はその志をみたし、下はその功を務む。悠々たるかな黄河よ、吾それ反らざらんか
(ああ、上に立つ者は野心の固まり。下にいる者は功ばかりあせっている。
悠々たる黄河よ、わしは故郷へはもう戻れないのか)
→第二巻P253
☆ひとこと☆
一挙に官渡に攻め下ろうとする袁紹を諌めたが、聞き入れてもらえなかった沮授が慨嘆した言葉。
(No3)
諸将吏、あえてまた操を迎うべしと言う者もあらば、この案と同じからん
(以後再び、わしに曹操へ降れという者があれば、この机と同じ運命になるものと思え!)
→第三巻P151
☆ひとこと☆
曹操と対決するか、投降するかの長い長い論議の末、孫権は魯粛、周瑜の言を容れ、抗戦を決意します。
刀を抜き、眼前の机を一刀両断し、臣下たちに語気鋭く言い放つのがこのせりふ。
演出効果も高いですね。
(No4)
士、別れて三日、すなわちさらに刮目してあい待す
(士たるもの、三日会わなければ、よくよく目を見開いて相手を見なければなりません)
→同第三巻P266
☆ひとこと☆
孫権に勧められ学問を始めた呂蒙。
魯粛は、議論で負かされたことに驚いて彼の背を叩いて
「いやあ、武略一辺倒の男と思っていたら大した博学ぶりだ。これでは、いつまでも”呉の蒙ちゃん”扱いはできんな」と言った時の返事がこれ。
「呉下の阿蒙」とともに有名な名言です。
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