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テキストは、朝日新聞社の中国古典選シリーズ(全38冊)のうちのNo18〜22、著:田中謙二・一海知義、監修:吉川幸次郎『史記』一〜四を使用しています。
(No1)
我を生みし者は父母、我を知る者は鮑子なり
(私を生んでくれたのは父母だが、私の真の理解者は鮑君だ)
→第一巻P227(管晏列伝)
☆ひとこと☆
有名な「管鮑の交わり」のくだりです。
一緒に商売をして自分の取り分を多くしたのも、戦に敗れおめおめと生き永らえたのも、私が貧しく、年老いた母を抱えているからだと知ってくれていた。
投獄の辱めを甘受したのも、私が小さな節操を捨てることより、功名が天下に知られぬことを恥じる男であるためだと知ってくれていた・・・という文章に続くのがこのせりふ。
人として生まれてきた限り、こう言ってくれるような理解者、そして、これだけ信頼できるような友をもちたいものです。
(No2)
吾が眼を抉りて呉の東門に県(懸)けよ。以って越寇の入りて呉を滅ぼすを観ん
(わしの眼をえぐって、呉の都の東門にぶらさげろ。越賊どもがやって来て呉を滅ぼすのを見届けてやる)
→第一巻P272(伍子胥列伝)
☆ひとこと☆
これも有名な呉越の争いのくだり。
呉の功臣伍子胥は、国を憂える故の諫言が呉王に疎んじられ、そればかりか、かえって売国奴の首相の讒言により死を命じられる。
それに続くのがこのせりふ。そして彼の凄まじい怨恨と復讐と悲運の生涯は終わりをつげる。
(No3)
時利あらず/騅逝かず/虞や虞や/若を奈何せん
(時運に見放され、愛馬の騅までも歩みを進めない。〜愛しき虞美人よ、そなたの身すら今の私にはどうしてやることもできないのだ)
→第二巻P253(項羽本紀)
☆ひとこと☆
またまた超有名な項羽の最期のシーン、自作の詩の抜粋です。
「とき、りあらず。すい、ゆかず。〜ぐや、ぐや。なんじを、いかんせん」
・・・訳文の何ともいえないリズムが、項羽の転落の悲劇性を高めている気がします。
(No4)
時なるかな、時。再びは来たらず
(ああ、この機会。こうした「時運」は二度と再びめぐって来ないもの)
→第四巻P69(淮陰侯列伝)
☆ひとこと☆
韓信に、劉邦に対する謀反を執拗に勧める「かい通」の言葉。
エネルギッシュで緻密な「かい通」の説得の言葉の中で、このせりふ自体は別に突出したものではありません。
しかし、戦場ではあれほど天才的なきらめきを示しながら、「世渡り」では別人であるかのような拙劣さで自滅の道を歩んでいった韓信への言葉であるだけに心に沁みるのです。
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