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(No21) こころに のこる こ・と・ば

 誰でも、心に残って忘れられない言葉がいくつかあると思います。
 今日は、そのうちのひとつをご紹介したいと思います。
 もっとも、それは私のサイトの「グッ!とくる名せりふ」のコーナーのそれのようにメジャーな作家が書いたりしたものではありません。
 また、それは言葉にならなかった(できなかった)言葉、あえていうなら「こ・と・ば」なのです。

 あれは、私がまだ大学生の頃のお話。
 このコーナーでも以前書いたようにスキー部に所属していた私は、合宿に参加していました。その宿泊先に「母が心臓発作で倒れたので、すぐに帰ってこい」という電話が入ったのです。 
 とるものもとりあえず、大阪へ戻りました。そして入院先の病室へ駆け込むようにして入ったのです。

 幸いにして一命は取りとめたのですが、一時呼吸も停止したそうで、気管切開といってのどを切り開いたとのことでした。
 私の顔に気付いた母は、枕元の小さなボール紙に手を伸ばしました。その紙にはひらがなで、五十音が書いてありました。気管切開のため空気がもれて、しゃべれなくなっている母が、文字を指して意思を伝えるためのものです。

 母が指す文字を追っていくうちに、じわ〜っと文字がにじんで見えにくくなったのを覚えています。
 母は、こう指したのでした。「お・ひ・る・た・べ・た・か  ふ・く・え・で・な・ん・か・と・り」
 「ふくえ」というのは、病院のすぐ近くにあった「福江」という名の仕出し弁当屋のことです。
 
 まったく、母親というものは、自分が生きるか死ぬかってとこだったのに、息子の昼飯の心配をするものなのでしょうか。なんというアホな、そして限りなくありがたいものなのでしょうか・・・・・

(これに感激した私は、それから親孝行にはげみ・・・・なら立派なのですが、その後就職し、結婚した私は、自分の家庭にかまけ、母が生きている間親不孝な息子のままでした。
 母のあの時の「こ・と・ば」のありがたみがわかったのは、ごくごく最近のことのような気がします)