移動メニューにジャンプ
(No7) 「そうゆうたら、せやなあ」のコーナー(その4)
(1) 「朝の地雷原」について
もう十年以上前のことですが、朝早くに親の家に行く用事があり、京阪電車の香里園という駅を降りて歩いていると、そりゃあもう、多くの犬を散歩させている老若男女に出会いました。
そのとき、ぼんやりと「ああ、ニッポンの健康のかなり大きな部分は犬によって支えられているのだなあ」なんて感慨にふけった記憶があります。
犬の散歩といえば、最近はビニール袋や小さなスコップ、果ては長い取っ手のついたちり取りのような専門用具などを持参のうえで散歩させている人が増えましたね。
だけど、世間体だけの人もいるんで安心はできません。
先日も、公園で子供を遊ばせていると、やって来た犬とおばさん。おばさんは手にビニール袋を持っているのですが、犬が「目的を遂げた」後もそのまま去っていこうとしています。
「こらー!おばはん。お前のビニール袋は飾りもんか〜!」と怒鳴ってやりたかったのですが、公園の反対側に届くほどの大声を出すのが恥ずかしくて言えませんでした。
さて、長い前置きでしたが、私の現在の職場の近くにもやはり犬は多い。 犬も歩けば棒には当たるし、何かを落していく。
とりわけ、駐車場と一般道路とに挟まれた、わずか100mほどの遊歩道があるのですが、そこはレンガ敷きで、アジサイやツツジなどの植樹帯もあり歩いていても気分がいい。と、犬にとっても快いのか、とっても「忘れ物」が多いのです。
ここかと思えば、また、あちら。心地よいと思われた遊歩道は、一転して、いささかの油断も許されぬデンジャラスゾーンに姿を変えるのであります。
この一帯を、わたくしひそかに「朝の地雷原」と呼んでおります。
「おっと!危ない。うっ!今度はこっちか。あっ!しまった・・・・」
(2) 「通夜のふくみ笑い」について
しちゃいかん、しちゃいかんと思えば思うほど逆にしたくなるってことありますよね。
例えば、私、散髪で顔剃りをしてもらっている時、ちょうど目のあたりに剃刀があたっている時になぜだか目が開けたくなります。
また、歯医者で歯を削られている時、きな臭い匂いすらあげて歯を削っているドリル(?)の先を舌の先で触ったらどうなるだろうかと思います。変ですかね、これ?
もちろん、実際にそんなことやった日にゃあ、目ん玉には筋が入るし、ベロは血だらけになるし・・・だからやらないんですが、半ば必死で目を閉じ、舌が動かないよう努力する私です。
さて、話変わって、わたくし「ギネスブック」の「暗君」というコーナーで、父親の葬儀のとき、弔問に来た家臣の頭巾が取れハゲ頭が見えてしまい、大笑いした人物のことを紹介し、彼のことは何となく理解できると書きました。
それは、私自身こんな体験があるからだろうと思います。
もう20年近くも前の、就職したての頃のことです。
いわゆる新採(新規採用者)ばかりが研修を受ける中で、特に親しくなったグループができました。
みんなばらばらな所へ配属されましたが、時々集まって遊んだり酒を飲んだりしていました。
確か夏になっていたと思うのですが、グループの中のOさんの親が亡くなったという知らせが職場に回ってきたのです。
グループの者どうし電話で連絡を取り合い、6時過ぎに京橋という所で待ち合わせをして、通夜に行こうではないか、ということに相談がまとまりました。
ちょうどぐあいのいいことに、その日は黒いズボンをはいていました。職場の先輩に黒いネクタイと数珠を借り、(夏用の事務服として配給されていたのですが、そのまま更衣ロッカーに放り込んでいた)白の半袖開襟シャツに着替えました。
これで無理矢理ネクタイを締めてしまえば、白黒ファッションの出来上がりです。(・・・しかし、白の半袖シャツと黒ズボンに、黒の革靴て、俺は「巨人の星」の星飛雄馬か!と自分でつっこみたくなるような格好でした)
その待ち合わせ場所には私の職場が一番近かったため、かなり早く着きました。で、私は近くの本屋へ入りました。
なぜかと言うと、冠婚葬祭の本を立ち読みして、焼香等のマナーを知りたかったのです。
今でこそ自分の親の葬儀も体験し、また、職場の同僚の葬儀を何十件と仕切り、○○局公益社とまで異名を取るようになりましたが、その頃は本当に初心(うぶ)だったのです。
その本にはこうありました。「焼香の際の線香の火は、必ず手で風を送ったり、線香を振って消すこと。決して、ふっ!と息を吹いて消してはならない」と。
やがて、時間となり、みんなも集まりました。どうやら、みんなも私と同じで、通夜の作法に疎(うと)いらしく、不安げです。私は、特に不安げな表情をしていたYという友人に、仕入れたばかりの知識を惜しげもなく提供しました。
さて、会場に着きました。
最近では立ったまま、お香をつまんでくすべる焼香がほとんどですが、その時はOさんの自宅で、みんな座り、一人ずつお線香をあげる方式でした。
私たちの焼香の番が来ました。順にお線香をあげ、横へどいていきます。私も終わりました。さて、次はY君です。
Y君は線香を一本取り上げ、ろうそくにかざします。緊張してねらいが外れたのか、線香のかなり多くの部分がろうそくの炎の中にどっぷりと漬かっています。
ああ、あれでは・・・かすかな不安は適中しました。すっ!と火は消え、線香の先からは煙があがるはずが、ボーボー燃え上がっているのです。
Y君はあせりました。この燃え盛っている炎を何とかせねば・・・。しかし、同時に彼の頭にはつい先ほど私が言った「あおぐか振るだけ。吹いちゃダメ」という言葉がこびりついていたのでしょう。目を白黒させながらも、決して吹き消そうとはせず、必死で手であおいだり、ちぎれんばかりの勢いで線香を握った手を振ったりしています。
でも、そんな彼の努力は炎に酸素を提供するという逆効果でしかありません。炎はますます勢いを増し、かつ、握った手の方まで燃え広がってきて、さすがに熱いのか、線香を持つ手を右、左と忙しく交代させはじめました。
さて、私はその時どうしていたでしょうか。不謹慎な話で申し訳ありませんが、私は下を向いてク、ク、ク・・・とひそかに肩を震わせていたのです。
こんな席で笑うなんてとんでもないことだ、可笑しくない、可笑しくない。そう自分に言い聞かせれば聞かせるほど、「燃〜えた。燃〜えた。線香燃〜えた」という訳の分からない歌が頭の中に鳴り響くのでした。
|