移動メニューにジャンプ
(No12) 気まずい瞬間
あれは、まだ私が成人式を迎える前(20年以上前の話やなあ)、大学に入って最初の夏の頃のお話。
大学では、競技スキー部というクラブに身をおいていた。回転、大回転、滑降とかいうやつである。
なぜ、そのようなクラブに入ったかは長くなるので省略する。ところで、スキー部ってのは、やたらと金がかかる。1年のうち、30日以上も山にこもる。交通費、食費、宿泊費、そしてリフト代。おまけにスキーは、道具、ウェアなども高い。
何も言わずにポンと出してくれるような家ならよかろうが、そうでなきゃ雪の上で闘う前に金との闘いである。冬滑るためには、夏稼がねばならない。
で、最初の夏休み、私はK整備という会社でアルバイトをした。この会社で何をしたかというと、国鉄(まだJRではない)大阪駅の掃除である。
ほうきとちり取りを持って、ベンチ下やホームの吸殻を拾う。ごみ箱の中身を回収する。夜中には、夜行列車に給水したり、線路に捨てられた吸殻拾いもした。
ごみ箱の回収は、箱のふたを開けて中のバケツみたいなのをかかえ上げて、でっかい竹かごの中にぶちまける。かごの下には鉄板が2本、ちょうどスキーをはいたように付いており、ひもで引っ張って、次のごみ箱の所まで持っていく。そして、また、ぶちまける。
ホームの吸殻掃除も同じだが、何せ駅は広く、客は多い。ひととおり順に回収し終えた頃には、最初の所がけっこういっぱいになっているという繰り返しであった。
ぶちまける時にいやだったのは、何といっても缶飲料の飲み残しである。当時は、分別回収ではないので、新聞などと缶はいっしょくたに入っていた。ばさばさ〜っと週刊誌などが落ちてきたかと思うと、缶も転がってきて、飲み残しが飛び出て腕にかかる。今のように缶の「お茶」はなくてジュース、コーラばかりなので余計ベタベタした。
「ったく、も〜!残すんなら最初から飲むな!」心の中で舌打ちしながら回収を続けた記憶があるので、今でも飲み残しをごみ箱に捨てることができない。子どもが「お父さん、もう飲まれへん・・・」というと、腹がパンパンでも缶をひったくって飲み干してしまう。
ともかく、その日、いつものようにごみ箱をぶちまけていた。信州方面のホームだった。そのごみ箱は、とりわけ飲み残しが多かったのかもしれない。こぼれたジュースを吸ってべっとり重くなった新聞が腕にまとわりつき、落ちてきた缶が新聞に当たって胸にはねた。中身がこぼれ、腕だけでなく体まで濡れてしまった。
「やってらんねえな」そう思って、首から下げたタオルで汗をぬぐった、その時だ。ふと見ると、同じクラブの(学年は同じだが、学部は違う)Oさんがいた。彼女は活発な、どちらかというとボーイッシュな子であったが、その時は目一杯お嬢様ルックをしていた。やたらヒラヒラの多い、薄手のワンピース。そり返った大きな、大きなつばの、白い帽子がまぶしかった。とどめに、彼女のかたわらには、同じく旅行姿のボーイフレンドがいた。
ほんの一瞬、何とも気まずい雰囲気に二人は固まってしまい、そしてすぐ、ひとことも言葉はかわさず、彼女はそのまま歩みを続け、私は次のごみ箱に向かったのであった。
|