
| 平成17年6月5日(土) 於:山内地区センター 出席者数:15名 テーマ:激動する世界の石油・天然ガス事情―原油高騰とくらしへの影響?− 講 師:横瀬 一郎 氏【元三菱商事燃料担当役員、つなしま会会員】 コーディネータ:伊藤 泰志氏(当会世話人) 伊藤代表の開会挨拶に引き続き、横瀬氏の講演が開始され、冒頭に本日の結論が披露された。氏の講演内容には全く無駄が無い、経済人たる所以だろうか。 <結 論> 日本経済への大打撃はない ● 原油価格の低位安定の時代は終了し、当分高騰が続き、局面が変われば更に上昇する。 (新生産地でのCost高・ロシアの高価格政策・OPECの長期戦略・Majorの投資戦略すべてが高価格志向、) ● しかし、OPECのバスケット価格は $60〜$80になっても、 $100とか $200にはならない。(石炭、天然ガス、原子力、その他各種代替エネルギーへの急激なシフトとなるため) 70年代のオイルショックと違い、原油生産量はダウンしていない。需要増大に対する増産危惧だけ。OPECの増産能力は限界、他地区も危うい。 ● 日本は原油を99.7%輸入に依存しており、90%は中東なので、中東の価格に影響を受ける。 ● 前回に比べ、為替が高騰し円高となっている(250円→110円) ● 日本のガソリンは原材料コストの占率が低く、原油が $10上昇しても、製品価格は10%程度しか上がらない。(税金と精製および輸送・流通コストが高い) <ガソリン価格の1/2は税金、原油の輸入代金と石油関係税はいずれも5兆円> ● 日本では省エネ対策が進み、第一次エネルギーの石油依存度は52%まで下がり、電力の石油依存度も10%に過ぎず、大打撃にはならない。ただし、代換エネルギーに転換できない産業(航空業界、物流業界)には影響が出る。海運業界にも影響し、最終的には多産業に。 ● 現在、日本の石油政策はアメリカ追随型。石油の輸入依存度は99.7%で、サウジアラビアとアブダビ(アラブ首長国連邦)から約半数を輸入しており、両国の可採年数は100年近くある。 <課 題> 米国と中国で全世界需要増の1/2強を占める(この両国は経済成長至上主義) ● 米国はハイブリット車を増やしガソリン消費量を減らすべきである。(米国では、石油の60%を自動車のガソリンとして消費している) ● 中国は米国型経済指向を転換すべきである。(7%の経済成長のため、資源確保を強く求めている。資源確保のためエネルギー資源国へ人と金を注ぎ込んでいる。将来、外貨獲得の1/2を石油輸入代金に投入せざる得なくなる) ● 人口13億人の国、中国の経済成長<経済政策>は、人口10億のインドの追随もあり、世界経済は大きな転換期を迎えた。 ● 中国はイランとの関係を深めているが、米国はイラクへの干渉政策失敗にも懲りずイランまで封じ込めようとしている。 ● 両国は、京都議定書にも参加していない。(二酸化炭素排出量 世界一位:米国24%、世界第二位:中国13%)<日本の排出量は5%> 原油価格のメカニズム ● OPECのバスケット価格は、アラブ首長国連邦に属するドバイの価格が決まると他の油種も次々と決まり、7油種の価格を算術平均され決定される。 ● バスケット価格は、1987年ベネズエラの提唱により採択され、当初の目標価格は1バーレル当り$18であったが、2000年からはPrice Band制の$22.00〜$28.00となり、上限・下限を超えると生産調整による価格調整がおこなわれる。2003年11月以降は、上限を越え、$40.00〜$45.00となっている。 ● 昨今の一層の高騰はナイジェリアの生産混乱、ベネズエラの中国傾斜、イラクの増産遅延、サウジアラビアの対米政策転換、米国内の製油能力不足、衰えない需要増等に起因している。 ● OPEC(石油輸出国機構)は、加盟国の石油政策の調整・一元化と価格の上昇安定を確保するため1960年に設立された。現在はイラクを含め11カ国で構成されている。 ● 1970年代OPECは価格決定権を石油メジャーズ(セブンシスターズ)より奪回し、産油国サイドで決定できる体制を築いた。しばらくは$2前後で推移していたが、第一次オイルショック(1973年)では$12、第二次オイルショック(1978年)では$36となった。 ● 投機筋も含めたアメリカ先物取引のNymex WTI、ヨーロッパ北海のIPE Brent、中東のPlatts Dubaiの3油種の価格が、世界の原油価格の指標となっている。 ● 価格に影響をあたえる原油の8つの基本的性質(原油の多面性)。 イ) 再生できない天然資源(石油40年 天然ガス60年) 石油の可採年数は全体では40年だが、3大消費地のアメリカは10年、ヨーロッパ10年未満、中国15年である。 ロ) 埋蔵量が偏在している(中東65% サウジアラビア25%) ハ) 国際商品として国際政治との関連が深い ニ) 米国が主役 ホ) 必要不可欠な軍事商品であり戦略性が高い 第一次大戦から兵器に戦車と飛行機が登場し、「石油を制するものが戦争を制する」「石油の一滴は血の一滴」となる。 ヘ) 開発には莫大な資金が必要 ト) 生産地によってコストに大差がある チ) 相場商品として先物市場の影響を受ける アメリカの石油政策と国際政治 ● 米国の石油は、1859年、ペンシルバニアでドレーク氏によって発見され、灯油として利用され始めた。 ● ロックフェラーは石油の多目的活用に注目し、油田開発と精製に進出して石油王に、フォードはガソリンを燃料とする自動車を量産し、アメリカを自動車王国とした。 ● 第一次大戦中は、連合国側が使用する石油の70%を、第二次大戦では約90%を米国が供給した。 ● 米国は石油資源確保のため第二次大戦中からサウジアラビアと友好を深め、1945年ヤルタ会談後のルーズベルト・アブドルアジズ(アラビア初代国王)洋上会談にて、米国がサウジの石油開発権を得た(イスラエル問題に関する事前協議も約束)。 ● 米国の4大メジャーがサウジで世界最大のガワール油田等を開発して石油大増産に成功、石油の低価格路線が確立された。同油田開発がヨーロッパの戦後復興に大いに貢献する。日本の経済成長も恩恵を受けた。 ● しかし、ワイズマン(イスラエルの初代大統領)と緊密なトルーマンは、ユダヤに同情し、イスラエルの独立を容認し、ルーズベルト、アブドルアジズ間の約束を破ったため、米国の石油政策とイスラエル政策は矛盾をはらんだ二元外交となってしまった。第四次中東戦争とアラブ諸国の対米禁油政策の実施、湾岸戦争終了後も居座った米国のサウジ駐留等で両国の関係は冷却し、2002年9月11日の世界貿易センタービルの同時テロで決定的となる(アルカイダのビン・ラディンとテロ実行犯がサウジアラビア出身)。 ● 米軍司令部をサウジアラビアからカタールへ移し、原油の輸入ソースをサウジアラビア中心からイラク・ロシア等へ分散する政策を目指したが、成功していない。 ● 3%の経済成長を目指す自動車社会の米国では、イラク開戦への政府批判は少ない。米国民は政府が石油を確保してくることを期待している。 ● 石油を取り巻く激動は、常に経済成長を求めて、エネルギー資源の確保を目指す、米国の石油政策と関わっている。 ● 米軍の存在(配備)には、自国へ石油を安定的に供給する目的もある。 ● 強い国を造り勝ち残るためには、エネルギー資源の確保が肝要で、食料同様早い者勝ちである。既に資源獲得競争時代に突入していると言える。(分ち合う姿勢も必要なのだが) その他 ● 原油高騰の継続は、石油消費の減量圧力となり、各種代替エネルギーの開催も促進される。 ● 石油化学製品も考慮すべきだが、ナフサの得率は20%未満なので原油価格への影響は少ない、代換えの原材料もない。 ● 現在は、OECD(先進30カ国で構成される経済協力開発機構、人口12億人)諸国の富が中東諸国・ロシア・中央アジアなどの貧困国へ還元させられているとも言える。 ● 石油の単位B/Dは、採掘された石油をぶどう酒の樽に詰めたことに由来する。 ● ユダヤ人(1000万人)の半数は米国に在住している。(米国の金融マスメディアを支配) 以 上 (文責 前川 治彦) |
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