ついさっき人工冬眠から目覚めた、いや、正確には目覚めさせられたばかりで、頭も体もぼうっとしている上、窓のないこの部屋では昼か夜かも分からない。それ以前にここがどこなのかも分からないのだ。部屋には男女合わせて15人、同様に寝起きの顔のままだ。テレビのニュースを見て僕は愕然とした。記憶にある最後の日付より3年後だ。しかもずいぶん画質が悪い。
理由は分からないが僕たちは3年という時間を失ってしまったらしい。3年は人間の一生で見るとほんの数%と言えないこともないが、何かが始まって終わるには十分な長さだ。激動する世界の中で3年分の情報と経験が欠落していることが今後の人生で大きなハンデにならぬとも限らない。なると限っているともいえないが。
しだいに記憶が戻ってきた。人生を180度変えてしまったあの日、上司は特別不機嫌で苛立っていた。そしてちらちら時計を確かめつつ定時になると退社を命じた。残業を命ずるならまだしも、定時退社など少なくともこの上司のボキャブラリーにあっただろうか。訳が分からぬまま会社を後にした僕は、乗換駅の改札を出た所で見知らぬ男数人に囲まれた。有無を言わせぬ威圧感。圧倒された僕は促されるまま車の後部座席に座るしかなかった。不安と恐怖で心臓がバクバク、今にも口から飛び出すのではないかと思うほど激しく打っていた。
合同裁判らしきものが始まった。最初の被告人は若い母親で、罪状を聞き僕は思わず耳を疑った。何と「公園デビューに失敗した」ということだったのだ。証人が一人ずつ登場し、彼女の人付き合いの下手なことや、いかに非社交的で敬遠されているかを列挙する。やがて被告人は中年の男性に代わり、部下らしい証人が、連日聞かされるオヤジギャグや独りよがりの気配りがいかに耐え難いかを強調する。列車の定時運行を遵守しようと努めるあまり、ベッドインも定時に決まった手順で行わねば気が済まなくなって、相手にもそれを強要した結果訴えられた鉄道員もいる。そうか、ここは社会の囚から飛び出す人、浮き輪でもないのに浮いてしまう人、つまりはみ出し者を裁く場なのだ。
僕の番になった。直属の上司が僕の無能ぶりや同僚や取引先に対するウケの悪さを述べるのは耳新しくもない。次は一番仲が良いと思っていた同期だ。彼とは親友、内心そうだと思い込んでいたのは僕だけだったらしい。いつものようにガムをクチャクチャ噛みながら、どんなに我慢して僕とつきあっているのか、それを僕にさとられないためにどれほど気を遣っているのかとこまごま列挙し強調する。彼とはウサギ同士のように軽い気持ちで付き合える相手のつもりでいた。彼の中ではウサギどころか内心象だ、と重い、噛んで板ガムを吐き出したところでガムの重さなんかたかが知れている。せめてこの機会に思いのたけを吐き出して脳天からつま先まで軽くなって欲しい。
判決が言い渡された。「この国では協調性に欠ける者、和を乱す者の存在を必要としない。反社会的な者の場合改心しさえすれば、世の中に反抗するエネルギーを逆に役立てるように使える可能性がある。しかし社会の和に加われない非社会的な者は社会のお荷物でしかない。よって社会から離れることを命じ、終身流刑とする。」
僕は運命共同体のメンバーと共に再び車でどこかへ運ばれた。行き先を知らされぬまま全身をこわばらせている15人に、緊張をほぐすためか温かいお茶が出される。ちょっと変わった味のハーブティーだ。眠い。はっとして見回すと皆座席の背にもたれてぐったりしている。記憶はそこで途切れている。
気を失った僕たちは人工冬眠させられ、荷物のように宇宙船に積み込まれてこの流刑星に運ばれた。生まれ育った星からおよそ20光年の距離、亜光速で約23年の旅をして着いた僕たちが見たのは、20年前、つまり出発から3年後に故郷の星から送信されたテレビ電波だった。この仕打ちに抗議しようにも、返事が返ってくるのは40年後だ。あとで知ったことだが、僕たちの出発から数年後、先に流刑された人たちの服役の実態、つまり隠しカメラで撮った映像の電波が故郷の星に届いて放映され、「非社会的な生き方を改めようとしない者達の惨めな行く末」が社会に警鐘を鳴らしたそうだ。
その後も何度か流刑船がやって来ている。この星の暮らしは物質的に恵まれているとは言い難いが、正直なところ思ったほど悪くない。いま僕たちには遠大な計画がある。いつかこの星で、かつて僕たちが受けた裁判のパロディー大会を開き、成績優秀者とその逆の者たちに故郷の星を観光する旅をプレゼントするのだ。最近送られてきたニュースによると故郷の星では動物革命が起き、犬が人間を支配するようになり、人間達は国会を犬会と揶揄しているそうだ。しかし今頃そんな話を聞かされたって、ここでは誰も驚きゃしない。 |