突然いい日もある
神は、オルタナつうしんを気にいってるのというのか!?
というわけで、諸般の事情で移転する事になる予定だった
プロバイダーが移転しない事になりましたという事で、
オルタナつうしんを継続します。ぱちぱちぱち。
何度目?復活するの何度目?というぐらい、終わっては
現れ、終わっては現れるこのサイトを一体どれぐらいの人が
見ているのかは想像もつきませんが、しかし、今後もぼんやりと
このサイトをやってゆきたいと思います。でも、
日々の生活雑記スタイルは飽きたので、
適当に思いついた日記を今後は書いてゆきます。
09年7月08日
これは余りにアバウトな話なので、ブログでなく、こちらに書くのだけど、絵を描いてる時に色を持った粒子を筆先で転がすような感覚に陥る事があるのだけど、その事が絵の本質的な部分を創っていく行為になり得ているのではないかと「レイアウトの法則」という本を読みながら思った。
あまり言語化しにくかった事が多少は言語化できるかもという程度の物言いをすれば、連続した粒子のようなものが持つ情報の関係性が絵を形作っていく事に対して、絵の鑑賞者というのは、その形作られたものの意味を探るところで絵を消費する場合が多いと思うんだけど、しかし、絵が本当に生き生きとしたものである為には、そこの意味性ではなく、そこにある情報の関係性・補完性こそが最大の目的となるのではないかとか。つまり、絵は画家の思念のみに立ち上がってくるものでなく、物質と物質の関係性の中で浮かび上がってくるような面があって、そこをいかに強制していくかというのも画家の腕ではあるのだけど、同時に、その関係性の見抜き、それはモチーフの選定、画材の選定、紙の選定、技法の選定も含めた所からはじまる、そうしたフィニッシュまでに至る道のりの見抜きこそが絵では本質的に重要な部分があって、そこで、絵は何もない地点から「ある」へと立ち上がってくる事が出来るのではないかとか。もちろん、このプロセスは、どんな絵でも起こるわけだけども、その関係性に対する把握とそれによる適切な選択、そして、少し必要ですごく訓練が必要な正確性がある方向性には存在して、絵にレベルと言ったある種の神々しさが階層として存在していくのではないかとか。
と、まあ、ううむ。やはり言語化できそうで出来ないじゃんか!っていう説明ですが、なんというか、たぶん自分はこの記述を読めば、身体の中にあるどの感覚を引き出せばいいか分かる気がするので、これでも分かる人は分かるんじゃないかと。
09年7月06日
なにか芸術の真髄みたいのがパッと分かる気がする瞬間はあるが、それはいつだって
1秒も持たない内に霧散してしまう。これはその真髄みたいなものが基本的に言語置換
できないものだからで、そのため、それを固定化する為に絵を描いたりするが、結局は、
それも霧散したあと、または前後の行為なので、最終的には霧散する。しかし、かつての
巨匠たちの絵は、これは、おそらく霧散してないんじゃないか?と思うものが無くは無い。
要は、そこだろう。
09年6月22日
しょうがない夢追い人のレビューの為のメモをここに書いていこう
かと思う。基本的には、進化心理学とか、そういうアメリカ文化的な流れが
ポップカルチャーに乗って
日本にやってくる事の様態を日本でかなり同時進行的にやってる
事の驚きみたいな事を書く事になると思うけど、書かないかも。
いや、後追いというより、歌詞的に言って、ジェンダー的に女性性を
強く打ちだした上での「強さ」の表現みたいなところでは、もはや、
モーニング娘。の方が先を行ってるのではないかとか。
いや、娘。さん自身の強さのレベルがアメリカンポップス程では
無いので、それは、つんくの願望でしか無い部分も無いではないけれど。
しかし、いずれにしても、
女性が強く表現される時代ではあるなぁという所の快楽。という中での真野ちゃん。
09年6月21日
なんか本が無性に読みたいので、本屋さんに行って、
いろいろ物色したところ、意外と、そんなに読みたい本と
いうものが無くて、迷った末に買った「レイアウトの法則」
という本の最初の方を読んでみたところ、意外と面白くて、
なんというか、自分にはインプット情報が足りないというか、
世界を実感する構造について、例えば、視覚と触覚
が脳の中で位置的に整合性が保たれている事に対する心の有様
みたいな事とポップミュージックにおける、歌詞と音と唄の
いわく分かちがたい構造というようなものを同一視して、
知覚を把握して良いのかどうかという事が分からないので、
結局のところ、絵においてどうしたら良いものは良いのかが
ブレる事をブラさない為には、もっと色々と追求したいのであるが、
しかし、仕事でやってる絵の延長上にはそれはないし。
もっと言えば、バイトの方が世に益をもたらすのだし、でも、そうだとしても、
個人的には、そうでない自分でありたいというか、
どうしても、やはり、自分が獲得してきたリソースをフルに使わない
のは勿体ないなぁとか思うが、それが勿体なくないのだとしたら、
それは、やはり、プロ野球生活の大半を2軍で送る人生
みたいなもんだからだし。だったら、そういう人達の葛藤を
乗り越える方法を考えると、まずは、その追求でなく、
一軍定着を目指すべきなんじゃないかとか思うわけであるが、
どっちにしても、良い絵を描きたいと思いつつ、
絵を描く量が少なすぎるのだけれども、しかし、
絵を描けば描く程、惰性に流される部分もあって、
目の前の絵に引っ張られるというか、流れて、結局、
あれー。みたいな事もあるけど、それでも、今は
絵をもっと描くべきであるし。そして、それはインプット
情報を増やす為なんだし。だったら、もっと本も読みたくて当然で、
しかも、エバーグリーンでオールドスクールな本の数々を
やっぱりもっとちゃんと読んでいかなくちゃダメだとか、
ダーウィンだとか。原書はムリだけど、せめて訳書は
読もうとか。でも、読んでどうなんだ。専門ちがうじゃん!
的な時間のかけ方。コストの使い方をしたい。