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history of JERRY→ 〜ゼリ→バンド誕生の物語〜 高校の時、学校でも音楽をやりたいという思いから、軽音部に入部したかったヤフミとヤフミの友達。 しかし、入部の条件は、バンドを組んでいなければいけなかった。そこでヤフミとツレは、同じクラスだった カズキを誘い、あとダブリの先輩を入れてなんとかバンドを結成し、無事軽音部に入部した。 その時のバンド名は、「メンドレスゾーン」!その当時、名古屋でカッコいいバンドの名前のパクリだったらしい。 パンテラなどのコピーをしながら、順調にバンド活動をしていたはずのメンデレスゾーンだが、いつしかドラム 担当のダブリの先輩が、学校に来なくなってしまった。そこで、ドラムは他で探そうということになった。 ある日、某雑誌のメンボで、「当方ギター&ドラム担当」という一つの記事に目をつける。 早速面接をするが、その時やって来たのはギター担当のヤツのみ。ギターはいらねぇよなっと思いながらも、 その男の面接を進める。その後、なんとかドラム担当の男に連絡をとりつけ、連れて来てもらう。 ドラムの男は、かったるそうにやって来た。しかも、ヤフミとカズキを少々ナメた雰囲気で。 しかし、セッションを始めてみるとその男は、「この人達についていくぜ」と衝撃が走った! 意気投合し、新メンバーとなる。その男こそが、「コーヘイ」だった!当時なんと、中3。 そして、コーヘイの友達のギターをクビにして新メンデレスゾーンは、活動開始する。 コーヘイが、ヤフミとカズキの高校に顔を出し、練習をしていた。 やがて時は経ち、ヤフミ・カズキも高3になる。そして突然ヤフミのツレだったベース担当が、大学進学を 決めバンドを辞める。進路に興味のないヤフミとカズキ。担任には、「バンドで食ってやるよ」と吐き捨てる。 そしてコーヘイと3人で、ライブハウスの警備員のバイトを始める。 「ムシの好かねぇヤツだな・・」。ヤフミ・カズキ・コーヘイは、 新入りバイトのある一人にそう思いを持っていた。とりあえず、見た目が気にくわねぇ。 そんな思いにも気ずかづ、その新入りは仕事に精を出し働いていた。 そんなある日、ヤフミはその男をご飯に誘う。 意外にも、話してみると好きな音楽が似ていて、意気投合してしまう。 バイト以外でも遊ぶようになり、いつしか仲良しになっていった。 そんな後に、ヤフミはその男を飲みに誘い、バンドのメンバーに入らないかと誘う。帰って、カズキ・コーヘイ にもその話をする。2人は、「別にいいんじゃない」と。 そして、メンバー加入が決定。初めは、ムシの好かねぇヤツだなぁと思われてたその男こそが、 ユータローだった! 偶然にもユータローは、ヤフミ・カズキと同じ様な事を高校の先生に言っていた。 「バンドで食ってやるよ」と。 ユータローは、その後学校を辞めてしまい、知合いを尋ねて観光のつもりで、福岡 から名古屋にやってきた。しかし、お金もなくなり困りはて、バイトを始めた。 そのバイトこそが、ヤフミ・カズキ・コーヘイとの出会いとなった。 新メンバーでの再活動にあたって、困ったのは楽器の担当だった。その当時、ユータローもカズキもギター が担当だった。メンツは揃ったのに、さてどうしようと。。。 そこで登場したのが、「ジャンケン」だった。なんで俺が・・と思うカズキだったが、とりあえずやってみた。 結果、みごとに負けたユータローが、ベース担当となった。 これぞ正に、ゼリ→の始まり。バンド名は、いつしかメンデルスゾーンから、「原爆スコ」に変わっていた。 そして、4人で共同生活を始めるようにもなった。気づくと、いつしかバンドよりもみんなで生活している 事の方が楽しくなっていた。 「どうせライブやっても客は入らないし・・。今が楽しいから」なんて言っていた。そんなバンドに精を出さない 日々が続き、1年が経った。そんなある日、せっかく楽しく生活してたみんなだが、 「家から出ていけ」と言われ、悲しくも4人は別々になってしまった。 ポッカリと胸に穴があいてしまった4人。スタジオに入る時以外、あまり会えなくなった。 その事がいつしかスタジオばかりに入る様になり、バンドへの意欲に再び火がついた。 その意気込みとは裏腹に、原爆スコのライブ動員数は相変わらずだった。。。 それでもがんばるメンバー。 そんな時、「一緒にやらないか」と言ってきた男がいた。 その男とは、ある先輩の紹介で知合った。 飲みに連れて行ってもらったりと、メンバー皆その男によくかわいがってもらっていた。 そんなある日の出来事だった。メンバーは皆、その男の一言が嬉しかった。 「お願いします」と、4人は 、思った。その男こそ、清春!そう、あの黒夢の清春だった。 清春よりバンド名を新たに「ゼリ→」と名づけてもらい、 清春のレーベル「FULL FACE」の第一段アーティスト として、東京進出が決定した。 東京進出後すぐに、「JET GLASS」のテープを作成し、8000本を完売させた! 目の前に起きる出来事に、メンバー皆心を躍らせながら「清さんが、すげーんだよな」と、叫んでいた。 その後発売したインディーズ1thシングル「ROCKER」も、インディーズチャート1位をかざり、 気づくと彼らの勢いは止まらなくなっていた。 ライブハウスの動員数も着々と増やし、そしてついに「おもちゃのピストル」で 東芝EMIよりメジャーデビューを果たした。 名古屋の時から大切にしていた曲、その当時の気持ちをリアルに表現した歌詞、自信作だった! オリコン初登場20位をすばらしくも飾った。リリース後に行った東名阪ツアーでは、初めてライブハウスが 満員となった。 高校の軽音部から始まり、実に色々場面を経て、今ここに 日本を誇るパンクロッカー「ゼリ→」が、プロとして誕生したのだ。すばらしい歴史が始まったのです。 (参考資料:フリーペーパー「 MY WAY」 HISTORY OF ゼリ→) |