2004-11-21〜11-24
新潟県中越地震ボランティア
新潟県北魚沼郡川口町にて
はじめに
10月23日(土)午後5時56分頃、中越地方中心に地震が発生。
小千谷市などで震度6強(後に川口町で震度7を観測)
「特別報道写真集 新潟県中越地震」新潟日報社より。
10月25日(月)、川口町に住む学生時代の友人が被災していることを
電子メールを通じて知り、
11月1日(月)に現地入りすることを決心した。
準備期間中、寝袋を利用して車中泊も検討したが、
被災地の友人の薦めで、長岡駅前のビジネスホテルを手配し、
そこを拠点に活動することになる。
そのとき役に立ったのが、川口町災害ボランティアセンターのサイト。
日々、更新され充実している。
川口町災害ボランティアセンター
http://63factory.jp/~kawaguchi_vc/
他にもお世話になったサイト
新潟県川口町
http://www.town.kawaguchi.niigata.jp/
新潟県災害救援ボランティア本部
http://www.nponiigata.jp/jishin/
新潟県中越地震に関する情報
http://saigai.pref.niigata.jp/content/jishin/jishin_1.html
以下、11月21日(日)から3泊4日の活動期間中、
長岡駅前のビジネスホテルからメールで配信したものに
加筆修正してまとめた。
2004-11-21(日)[初日]
地震で寸断された関越自動車道も復旧・開通しているが、
目的地の越後川口ICに近づくにつれ、
片側2車線が1車線に規制され、道路が一部、
波打っていることがわかる。
越後川口ICを降りた後、迂回路を利用して、
川口町災害ボランティアセンターを目指す。
心が痛い。
昼に到着して、ブルーシートのかかった街並みを眺めて感じたこと。
住宅は閑散としているが、
阪神・淡路大震災の起きた神戸市の街並みを思い出す。



ボランティア用第2駐車場は、魚野川の河原にある。
そこからボランテイアセンターまで約700m近く徒歩で向かう。
駐車場の隣は、自衛隊の車両や隊員用のテント郡、自衛隊風呂等がある。

ボランティアセンターに入り、受付で手続きをする。
説明書が配られ、本部付のボランティアから注意事項の説明を受ける。
台帳に、氏名・郵便番号・住所・携帯電話番号・年齢・滞在期間等を記入する。
付箋(ふせん)に登録番号・氏名・携帯電話番号も記入する。
また、ガムテープに登録番号と氏名を記入し、胸等の目立つところに貼る。
これで手続き終了。
仕事内容が記載されたチラシが貼られ、募集人員が揃うと、現場に向かう。
そのときに先程から持ち続けている付箋を作業依頼書(?)なるものに貼付け、
名簿代わりに使われるので、あらためて氏名等を記載する手間が省ける。
単独行動は禁止されているので、
人数が揃うと、その中からリーダーを決めて、リーダーを中心に行動する。
今日は、日曜でボランティアも充足しているので、
待機しなければならないが仕方がない。
オーディオ類の移動撤去依頼が入り、
4人の仲間と公民館そばの一軒家を訪ねる。
いままで公民館で寝起きをしていたが、
今晩から自宅に戻るので、
重い家具を運んだり、タンスの修理をする。
2階のスチールデスクを1階に降ろすよう頼まれたが、
柱が傾いて幅が狭まっているので通らず、断念する。
元来、積雪に耐えられるよう作られた家なので、
柱は太いらしいが、それでも地震の力が勝ったのだろう。
主によると、来春には、自宅を取り壊すと云う。
再びセンターに戻り、作業の終了報告書を提出して、
時間を潰していると次の募集が。
今度は、別の3人と車で団地へ。
遠方のため、車両班の車に乗り込み移動する。
まだ片付けている最中だが、
お邪魔して倒れた食器棚をもとに戻し、
転倒防止ストッパーを設置する。
若いお母さんの話では、
本震では倒れなかったのに、
その後の余震で食器棚が倒れて、
食器が砕け散り大変だったそうです。

午後4時、センター前のミーティングに参加する。
各部署からの報告事項がある。
参加ボランティアが累計で1万人を超えたこと、
地元の方の犬が迷子になっているので見かけたら知らせてほしいこと、etc。
今日帰られるボランティアの弾き語りを聞いて、散会となる。
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