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I Mandolini a
congresso! C.A.Bracco作曲
「マンドリニストの群れ」あるいは「マンドリンの群れ」などと訳される。日本のマンドリニストたちで知らない者はいないと思われるくらいに有名な曲である。
私は高校のマンドリンクラブには1年の夏休みに入部した。そして9月下旬の文化祭を終え、12月の3年生の為の予餞会も出たあとの頃に、この曲を始めたと思う。当時部員も多くない上に、一時同じパートの1年生2人が休みがちで、2年の先輩もしばらく出てこられないことがあり、合奏の時1年の私一人でファーストを弾いて練習することが多かった。ある日、まだよく曲を知らないまま、何気なく合奏していると、他のパートの人が、いっせいに弾くのをやめてしまったので、「あれ!?」と思ってつい私もやめてしまった。なぜやめたのか聞いてみたら、なんてことはない。そこはファーストだけの場所だった。あの時のはずかしさはなぜかよく覚えている。
(3年も終わり)、卒業式の日に後輩から寄せ書きのある色紙をもらった。その寄せ書きの中に『イメージ名曲シリーズ』というのがあり、「たそがれのベース弾き」くんが私をして「なんといってもコングレッソ」と言っている。私もコングレッソ(マンドリニストの群れ)は最も好きな曲だったので、大変うれしかった。
私たち県相では、この曲をコングレッソという。序題の最後の言葉をとったものだが、この曲の和訳「マンドリニストの群れ」の『ニスト』が気にかかるからだ。つまり原題はマンドリンの複数形であり、決して「ニスト」はつかない。かと言って「マンドリンの群れ」はしっくりこない。そこでいつの間にか「コングレッソ」となり、後輩もそう呼んでいた。いまの現役生はどうだろう。わからない。ああ年のひらきを感ずる。
'82.3.12 2:23 a.m.
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Suite Marinaresca Op.290 Amedeo
Amadei作曲
アマディの中でも、名作中の名作と言われる曲。ところが最近はどちらかと言うと各合奏団で『弾かれつくした(?)』のか、今一つパッとしない感がある。
しかし、やはり良いものは良い。私は高校で合奏していた時、ある日、一度この曲の1楽章を弾いていて、終わり近くのfpが過ぎてから、静かに消えてゆくに従い、遠く水平線の彼方に、大きな太陽が沈んでいくのが見えたような気がした。情景が浮かんだと言うよりも、目で見たというような感じだった。そのことを友だちに話すと、1楽章なのだから、太陽は沈むのではなく昇ってくるはずだという答えが返って来た。なるほど言われてみればそうかもしれない。自分はどうして夕日に見えたのか今もってわからない。
どっちにしても太陽が見えたのは『感動』したからだろうか。もしそうだとしてもそれはずい分身勝手な話だ。おそらく当時の演奏は、かなりひどいもので、とても人に感動を伝えられるようなものではなかったと思う。自己満足、それもアマチュアの良さかもしれない。
'82.3.12 2:30〜 3:00 a.m.
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古戦場の秋 小池正夫作曲
日本人で西洋音楽に趣味を持つ人は、西洋人の作品にしか目を向けない人が多い。私自身も、最近の若い作曲家は別にして、作風の古い感じのする、「日本がかった」曲はあまり好きではない。この曲も題名からして少し古そうに感じられるが、私はこの曲が好きである。ことにカデンツァは最高である。ただし、譜面から要求されていると思われる早いパッセージをそのまま速く弾くのはきらいでわりとゆっくりめに弾くのが好きである。それも実は聞くよりも、人に聞かせるのが好きである。高3の頃合宿などで何度も皆の注目するなかで弾けてとてもうれしかった。ことに後輩の女の子から、「先輩のカデンツァは素敵!!(本当にそんなこと言う娘いたのかなぁ)」なんて言われたらもう最高!!でしたね。
司会者の言うこの曲名をテープで初めて聞いた時、私はてっきり「湖船上の秋」つまり、遊覧船か何かの上で見た秋の景色と思い、曲もそう思って聞いていた。文字をしっかりと見るまでまるで疑わなかったのだから、私の曲から受ける印象というのも、ずい分いい加減だったものである。
'82.3.12 3:20 a.m.
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Omaggio al Passato Ladovico
Mellana-Vogt作曲
「過去への尊敬」あるいは「礼讃」などと訳されるが、私は「礼讃」が好きである。初め私が見たパート譜には「尊敬」とあったが、今までずっと納得いかないのは、「尊敬」という言葉は「尊敬する」とか「尊敬心」「尊敬」「尊敬の念」として使い、「尊敬」と独立して使うことはほとんどない。したがって題名としては非常に不自然に感ずるのである。
先述のように、初めて見たパート譜には和名が書かれてあった。しかし、私がそれを一瞬のうちに読んだのも知らず、となりの同級生が和名をかくして「題名を訳せ」と言うのである。答えは知っていたが、さも自分で考えたかのように、「Passato
は英語のpastに近いから『過去への』、Omaggio
は『尊敬』かな派」友だちは「すごーい」とおどろく。「だってさっき見たもん」「なーんだ、ひどーい」で大笑い。ずいぶんとなごやかだったなぁ。
'82.3.12 3:00 a.m.
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La Valle Maudite Francois
Menichetti作曲
十数年前に亡くなった、フランスの吹奏楽指揮者、マンドリン音楽界でも活躍した作曲家、フランソワ・メニケッティの代表作。この曲は初め、吹奏楽団のコンクールの課題曲用に依頼されて作曲されたが、後に作曲者自身によってマンドリン合奏用に直された作品である。「魔女の谷」あるいは「呪われた谷」と訳される。訳としては後者の方がより正しいと思うが、「魔女〜」の方が曲の雰囲気がわかりやすい。この題名は、聞いただけでも曲が想像できそうなくらいはっきりしているので、初めて聞いた人にも親しまれやすい曲である。実際演奏会でのアンケートで、「良かったもの」に挙げられることが多い。
この曲を初めて弾き始めたころ、マンドリンパートの私はギターにあこがれ、ギターのパート譜をコピーし、コードネームを書きこんで練習したものである。弾ける所だけ楽しんだものだが、ベース音の動きがあり、ギターパートの楽しみを感じたものだった。けれど、それを下級生の前でやったものだから、ギターパートの一年生は、あてつけのように感じて、どれほどいやだったことか。申しわけない。
'82.3.26
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序曲ニ短調(Ouverture in Re
minore) Salvatore Falbo Giangreco作曲
シチリア島東海岸のAvola
に生まれ、マンドリン界に活躍しながら、55歳の誕生日を待たずに1927年に他界したファルボは、イル・プレットロ誌から、14曲のマンドリン曲を出版している。この曲の他、田園写景、組曲スペインなどの大合奏曲が有名で、他に小品の間奏曲がよく知られている。
中でも非常によく演奏されるこの曲は、各パートがそれぞれ旋律を分担するといった、平等精神(?)に満ちた曲で、それだけに、その連結をうまくしないと台無しになる曲である。ギターもその当時までの、リズム伴奏的な扱いから考えれば一歩違った旋律的扱いがなされる。また、休符が多いのも、ギターパートをおどろかせる(?)。
荒っぽく弾こうと思えばいくらでもできそうな曲だが、終わりの部分で空中分解をする危険たっぷり、スリル満点の曲である。
この終わりの部分、piu mosso
と指定されたところからは2分の2拍子になる。ここからは指揮者によって速度がかなり違ってくる。その点についてはここでは触れないが、序曲らしいはでな終わり方の曲で、私の好きな曲である。
この曲を写譜した時、私は非常に丁寧に写したのだが、表紙にもこった表題を書いた。それがなんと、「 」。「鈴」は「れい」。「 」は「生(なま)」をひっくり返して「まな」。つまり「れいまな」である。この曲の題「Re
minore
」を私たちは「レ」「マイナー」と読み、「レマイナー」と呼んでいたからである。それからというもの、しばらくは、いろんな曲に漢字の当て字表題をつけたものである。
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