[音楽の話題 目次へ戻る] [ホームページに戻る]

マンドリン音楽の独創性と特殊性

 マンドリンオーケストラの演奏者たちは、オリジナル曲というものを強調することが多い。しかしそのオリジナルを強調するあまり、本当のオリジナリティー(独創性)というものを誤解していることも多いようである。他の楽団をまねたものではなく、マンドリンオーケストラの独創性を強調するために、一般にはなじみのうすい“オリジナル曲”ばかりを奏する。どれも、『一般には知られてなくても、それがマンドリンのための音楽なのだから良い。むしろ他の団体とは違うところにマンドリン音楽の「オリジナリティー」がある』とさえ考えているかのようである。しかしそれが本当のオリジナリティー(独創性)だろうか。私には、それは独創性というよりは特殊性の方がまだ近いように思える。マンドリンのための曲でなくてもマンドリンでしかほとんど演奏されない曲はマンドリンの「オリジナル曲」としてしまうし。現にマンドリン音楽の演奏会ではマンドリンに関係している人以外の聴衆は非常に少ない。オリジナル曲でないものを多く演奏する団体でも、聴衆が他の団体より極端に多いということはない。なじみのある曲が多くてもやはり「特殊」な感じがする。一般の管弦楽団、ピアノその他のクラシックの音楽会はもちろんのこと、吹奏楽団などの演奏会でもその楽器にかかわっていない聴衆も多い。それなのになぜマンドリン音楽(ギター音楽も若干その傾向がある)が一般聴衆に認められないのだろうか。

 私はやはりそこにはマンドリン音楽に携わる者たちの「特殊性の強調」が原因していると思う。「独創性の追求」がいつの間にやら「特殊性の強調」にとってかわられてしまい、「聴いてわからない者はわからなくて良い」といった風潮が広がってしまっている。奏者たちのこのような姿勢があれば、一般の人々がマンドリン音楽に興味を示すはずがなく、聴衆も増加しないのは当然である。

 逆に一般聴衆に親しまれるアレンジ曲ばかりを連ねれば、マンドリン音楽関係者はあまり聴きに来ない。マンドリン音楽関係者の視界の狭さも原因しているが、マンドリンのオリジナリティーの欠如が原因しているのだと思う。

 それではマンドリンのオリジナリティーとはどこに見出だせばよいのだろう。私はやはり音楽である以上響きだと思う。マンドリンオーケストラに合った作品ならばオリジナル曲かそうでない曲かにこだわらず、マンドリンオーケストラならではの響きを追求するのが最も良い方法だと思う。編曲作品であっても、それがマンドリンオーケストラの特徴をつかんだ正しい編曲であるなら、本来のオリジナル編成に負けない、それでいてマンドリンオーケストラの特色ある音楽を生み出すことができると思う。

 マンドリン音楽は他の音楽分野とは違うというのではなく、“音楽”全体の中のマンドリン音楽でなければならない。そのことをしっかり念頭において活動を続ければ、必ずすばらしい音楽が生まれ、マンドリン関係者以外にも理解されるようになるはずである。

1982年4月2日

 

[このページの先頭に戻る]

[音楽の話題 目次へ戻る] [ホームページに戻る]