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ピッキングとトレモロ

 

 マンドリンの奏法としては、大きく分けるとピッキングとトレモロがある。ピッキングと呼ばれるものは、一つの音に対して1回だけ弦をはじくが、トレモロの場合は、1つの音に対し、急速なピックの上下運動によって何回も弦をはじき、持続音に似たものを出すのである。現在、一般にマンドリンと言えばトレモロと考えられがちで、このトレモロがイタリアのカンツォーネなどに合うためか、「セレナーデ楽器」などと呼ばれることもある。しかし、ピッキングの方も、明るくはずんだ曲などを奏するにはまた適しているためこれもマンドリンの特徴と考えることもできる。

 これらは、奏法は異なりながらも同じマンドリンの特徴である、捨てることはできない。しかし両者のどちらに比重を置くかによってマンドリンに対する考え方も多少違いがおきてくる。

 現代の日本のマンドリンオーケストラが、主に演奏するイタリア系の曲は、トレモロを主体とするものが多い。スラーで結ばれていたり、比較的長い音は“当然のこととして”トレモロで奏するのである。ドイツでも初期はそうであったが、最近ではもっぱら、ピッキング中心の(ドイツ流に言えば、ツプフ−Zupf−奏法の)曲ばかりで、トレモロは、「特殊な奏法」と考えられている。ドイツでは、19世紀のマンドリン改良以前の作品の研究も進んでいるが、それらはトレモロを用いないものがほとんどである。ピッキング(あるいはツプフ)がマンドリンの原点であるとし、その原点に帰ろうという動きが強いのである。

 イタリア系の作品の場合は一般にスラーでトレモロを示し、スタカートのマークでピッキングを表す。従ってある音にスタカートマークがついていう場合、単なるピッキングの意味か、あるいは本当にスタカート−音を切る−の意味かは、奏者(又は指揮者)の判断にまかされる。スラーにしても、比較的短かい音の場合は、本来の意味のスラー−音をつないで−で弾くと判断され、ピッキングで奏する場合もあり、奏者(又は指揮者)によって演奏法も違ってくるのである。

 ドイツ系の作品の場合は、ピッキングがあたり前であるため、トレモロを使う所には、trem. または  あるいは  などの記号がつけられている。また親切な譜面の場合には、曲の初めや、ピッキングで奏する比較的長い音等にダウン( 又は )あるいはアップ( )の指定がされている。したがってスタカートやスラーの記号は本当の意味しかもたず、奏者や指揮者で極端な奏法の違いは生まれて来ないのである。

 ところで、日本のマンドリンオーケストラはドイツの作品の研究が非常に不足しているように思われる。ドイツの作品でも、初期の、トレモロを多用する大がかりな作品(主にK.Wolki の作品)はよく演奏されるが、最近のピッキング主体の作品を演奏する楽団は少ない。したがって、ドイツの作品の記号を誤って解釈する場合がある。私は数年前、ある演奏会で、トレモロを意味する  このマークをプラルトリラーと判断し、一つ一つ装飾音符を入れて奏するといった演奏を聞いたことがある。いかにドイツ曲の理解が不足しているか、その団体の不勉強さと同時に、日本のマンドリン界のなさけなさをかんじさせられた。

 最近の日本人の作品のなかには、ピッキングを効果的に用いた作品もよく見られる。これら新しい響きの作品を、大いに取り入れ、またドイツ系の作品をよりよく研究し、更に今までトレモロでばかり弾いていた曲をも、今一度考え直し、新しい響きを生み出しておほしいものである。

注)ピッキングという呼び方は、どちらかというと俗称で、日本では普通スタカートと呼ぶのだが、スタカート記号や本来の意味のスタカートと文章の中で混同しやすいため、あえて俗称を用いた。

          1982年4月

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