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「論文」問いうタイトルがついているが、卒業文集と言うようなものである。我ながら思い出をからめながら、後輩の役に立つ文章になっていると自負している。ただ、残念ながら、自分が勧めていながら私自身は卒業後の後輩との交流がなく、後輩への貢献をしていない。もうしわけない。

贈る言葉 (WMG早稲田大学マンドリン楽部卒部論文)

 1982年11月30日。第29回定期演奏会も3部になった頃から、このクラブで過ごした一年半が、私の頭の中に次々と思い出された。ガラテアの速いパッセージ、ハンガリアのラスト苦しくも楽しい合宿そして校歌。名前を呼ばれて立ち上がってからは涙をこらえるのに必死だった。泣けたそのことが私には嬉しかった。

 定演が近づくと、四年生は、何かにつけてもうすぐ最後の定演ということが気になるのか、しんみりしているようだった。しかし、マンドリン部員としての活動が少なく、また卒部後も自分なりのマンドリン活動を続ける私は、今一つさびしさも少なかった。定演が終わっても、淡々としたものかもしれない。そう思っていたが、やはり校歌を聴いて、いやガラテアあたりから、ときどき目頭が熱くなっていた。泣けたそれが嬉しかった。私は、やはりこのクラブが好きだった。かけがえのないものだったんだ。やはり四年生だった。

 私がマンドリンを始めたのは、高校一年生の夏休みでした。でもその更に一年前、中学三年の時、音楽の授業の中で、かわいい女の子がフォークギターを弾いて数人で歌う姿を見たのが遠因です。それから友だちにフォークギターを教わり、高校に入ってからもさんざん迷ったあげく、当時「ギター部」と称したマンドリンクラブへ入部しました。ギターとマンドリンのどちらを希望するか聞かれ、「どちらでも良い」と答えたのが、マンドリンと出会う直接の原因でした(なんといいかげんな)。

 運命的な(?)出会いで始めたマンドリンが、私はなぜか非常に好きになり、一日たりとも弾かずにはいられないほどでした。「好きこそものの上手なれ」とはよく言ったもので、自分で言うのも何ですが、結構ハイペースで上達しました。

 でも、だからと言って、私は練習ばかりが好きだったわけではありません。好きな曲を合奏している時も楽しかったけれど、少数ならではの、部員全員、上級生も下級生も一緒になって話したり、遊んだりするのが好きでした。

 早大マンドリン楽部には、大合奏にあこがれて入部しました。「大きなオーケストラで舞台に上がり、たくさんの人に見て、聴いてもらいたい。」それが私の夢でした。最後の定演、涙をこらえて拍手の中に立ちながら、「ああ大合奏をやれてよかった。」そう思ったのでした。大人数ならではの管弦楽曲、迫力ある演奏の喜び、そして演奏に対する場内の大きな拍手。すべてが大合奏の味でした。

 ただ、私個人としては、小合奏で育ったせいもあり、ミスったらすぐわかるというスリルに満ちた小合奏の方が本領が発揮できたようです。大人数の中の一人より、小人数の中の一人の方が存在感があり、他のパートも近くにいて、その人たちのことが良くわかる。それが演奏する上でも非常に楽しいのです。定演では小合奏があり、上級生ばかりの演奏はさすがにすばらしいものです。でも、私は小合奏とは上達した人だけがするものではないと思います。むしろ、初期のうちに小合奏へ参加することで、上達を早めることができると思っています。

 部内演奏会でもいくつかの小合奏が聴けます。そしてまた自分も山脇グループで参加しました。山脇グループは、回を重ねるたびに下級生女子が増え、とても明るくなり、楽しいものでした。私は、この違う学年が集まった小合奏が良いと思うのです。同学年による合奏は、たしかにその学年の結束を固め、仲間意識を強めてとても有意義なものです。ですから学年合奏によって得られる強い横のつながりを縦にも持ってほしいのです。普段の合奏練習やパー練で、同じパートの中では結束が固いと思いますが、パートを越えてはどうでしょう。人数の多いこのクラブでは、やはり少し弱いのではないでしょうか。部内演奏会へ向けての数回たらずの練習では、そう大きなものは得られないかもしれないけれど、数を重ねると、きっと何かが得られると思います。

 ですから、私は部内演奏会にはいくつかの縦割りのメンバーによる小合奏団を作り、全員がどれかに参加するようにしてほしいと思います。そしてみんなで選曲し、トップを決め、コンマスも決め、必要ならば指揮者も立てて行ってください。普段は一部員として端の方で弾いていた人も、意外な面を見ることができます。そしてそこでは他のパートともどんどん意見をかわし、練習しながら大いに語り合って下さい。下級生も積極的に上級生と接すれば、同じパートはもちろん、他のパートの先輩からもきっと何かを得ることができるでしょう。普段は技術的なことは、トップからしか教わっていない人も、他の上級生が違った角度から教えてくれます。また上級生も、普段はトップに任せきっている自分に気づくと思います。

 小合奏では迫力は出ません。マンドリン、ギター本来の音色が勝負です。マンドリン合奏は本来トレモロの美しさを出すものです。大合奏しか経験しないと、意外と自分の音色には無頓着なものです。小合奏用オリジナル曲などを弾いてみて下さい。びっくりするほどきれいな曲があり、その曲を弾くためにも音色をきれいにしたいと思うものです。

 残念ながら、早稲田は迫力ある演奏はできても、音色はまだまだ研究不足のような気がします。練習に於いても合奏練習が主体であり、個人練習は、曲が弾けるように、まさに個人(ひとりだけ)で練習することになっているため、一年生で基礎を教わる以外は、細かい点を注意されることはほとんど無くなってしまっています。まして、三年生になると教える立場にこそなっても、上級生やOB、OGの方々に指導を受けることがありません。私は、三年生に対しても、四年生はもっと積極的に注意を与えて良いと思います。合奏の時、隣に下級生がすわったら、自分が弾くだけでなく、教えてあげるべきだと思います。速いパッセージは、トップの決めたポジションで練習すれば、音は出るようになるものですが、テヌート、アクセント、クレッシェンド、デクレッシェンドなど、曲の表情に関した細かい点は、弾いているそばで注意されなければなかなか進歩しないものです。三、四年生になって下級生を指導する立場でありながら、トップがいるため、トップに任せてあるいはトップに遠慮してか、下級生に注意を与えることが少なすぎるように思います。四年生になったら三年生にも、OB、OGになったら四年生に対しても、気の付いたことは言っても良いと思います。たとえ模範演奏などしてあげられないとしても、弾いている下級生が気が付かないことを言ってあげることは、決して悪いことではないと思うのです。合奏練習中にむだな話をするのは良くありませんが、おりを見て注意をしてあげることは良いはずです。そういった、些細な会話から、上級生と下級生の交流が深くなると思います。練習中の上級生の姿というものは、卒業後も下級生の心の中に残ると思います。少しでも多く、下級生の心に残るように練習に参加してほしいと思います。

 春の定演の小合奏、「アイネクライネ」モーツァルトの弦楽合奏曲は、マンドリンに合うようで、弾いていて楽しい。「小フーガ」一度やってみたかった。「春」中邨さん、富沢に合わせて弾いた、冷や汗たらたらのソロは忘れられない。すてきなY子さんとも同じパートになれた。秋の小合奏、選曲がなかなか決まらず、最後にあの二曲に決まるまでの長かったこと。「古戦場」高校で弾いたのと違うため、指が譜面を無視して勝手に動いて困った。「海」グリッサンドがうまくできず、やめてしまいたくなった。自分にとっても数々の思い出があります。山脇グループや、当日になって出演が決まった「坂根さん後援会」なども含めて、私の参加した小合奏が、すべて下級生の心に残る演奏だったかどうかはわかりませんが、楽しそうな姿が、下級生の思い出になってくれれば幸せです。

 卒部しても、みなさんと時々お会いすることはあると思います。そんな時、このクラブで得た思い出がきっとよみがえってくることでしょう。みなさんにも私の思い出が残っていてくれたら嬉しいことです。

 定演の最後に、手拍子に合わせて弾く校歌が好きでした。次回からは、私が手拍子を送ることになるでしょう。数々の思い出を顧み、自分の大学の校歌もろくに覚えていないのに、早稲田大学校歌に胸熱くして。

 

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