むかしむかし、とある山のふもとにちいさな村がありました。 その村の人々は皆、山の豊かな恵みと慈しみのもと、幸せに暮らしていました。
山に生きる鳥や獣は人々の食糧となるだけでなく、冬の寒さをしのぐ衣となり、山野に生い茂る草木(そうもく)は、人と鳥獣とに等しく生命を与えてくれました。 山頂から湧きいでる川の水は、全ての生き物の命をうるおしてくれました。
山に生きるものも村に生きるものも、全ての生きとし生けるものは、皆等しく幸福でした。
ところがある日、山に入った村人がトラに襲われ、命を落としました。 それ以来、山の中で村人がトラに襲われるという出来事が幾度となく繰り返されたのです。
このままでは村人達は山に入る事が出来ません。 村人達は一計を案じ、トラを退治する勇敢な若者を募りました。 多くの若者が 「我こそは」 と名乗りをあげ、山に向かいましたが、誰ひとりとして戻ってくる者はいませんでした。
ある日、ひとりの若者が村人達の前に進み出ました。 村人達は驚きました。 何故なら、彼らはいつも青年をバカにしていたからです。 それは、青年が力も弱くすばしこいだけが取り柄な上、いつも遠くを見るような目をしていたからでした。
村人達は全く期待をせずに、青年を村から送り出しました。
村人達は気付いていませんでしたが、青年は聡明で、観察力のするどい人間でした。 青年は、何故トラが人を襲うのか、その原因に気が付いていました。 そして現在の状態を憂い、力ではなく別の方法で、トラに人を襲わせないようにする術(すべ)を試したいと強く願っていたのです。
青年は武器を持つかわりに、大切にしている楽器をひとつだけ持って山に入りました。