賜物の発見
理事長 清水 彬久
ナショナル・トラスト第一号として購入を決めました六甲山荘は、ヴォーリズ建築事務所の
設計によって1934年に建築されました。
簡素にして品格のあるこの空間に足を踏み入れた方々は、異口同音に
「この山荘に居ますと心が和みます」と印象を述べられます。
何故でしょうか。私は、最大の理由を、そこにヴォーリズの精神が宿っているからだと思っています。
ヴォーリズは、滋賀県の近江八幡を拠点として近江ミッションを展開した米国人で、
後に日本に帰化した人物です。
この青年は、英語教師として1905年に八幡商業学校に赴任しますが、たちまちに生徒たちを
虜にしていきます。
しかし、その反響が仇となり、学校を2年で事実上解雇され、身体的にも病のため帰国して
静養せざるを得ないという来日早々大きな挫折を味わいます。
自伝「敗北者の自叙伝」では、この体験を述懐しています。
彼は、ある種の「失敗」が全体の物事を進めていくのに大切な要素ではとの心境を
募らせていきました。
それは、「失敗と思ったことが、あとで祝福となったことがある。
失敗は個人にとっても、社会にとっても、思わぬ福祉をもたらすための、生みの苦しみや
試練であることが多い」という言葉で語っています。
そして、「私の生涯の使命に対しては、すでにゆるがない信念ができていて、はっきりと八幡に
永住の心構えで帰ってきた」と、失敗に秘める賜物を確信するのです。
ある若者が彼について「He caught me by his love<先生の愛によって私は捕らえられた>」と
告白しているように、その後彼は、近江八幡において支持者とともに多くの人々に感化を
与えていきました。
六甲山荘が役目を終えようとする状況と知らされた時、失ってはならない遺産であると
信じたのは、まず建築家ヴォーリズによる質の高い山荘建築であったからです。
しかも、縁の人々が永く愛着をもって守られてきていたことも分っていました。
この空間は、彼が終生奉仕者であり続けようとした人生観の温もりを感受できます。
このような彼の作品に出会えたのは幸運であったといわねばなりません。
まさに危機が生んだ賜物の発見なのです。
私たちは、70年の歴史を刻んできた木の器に再びこころを込め輝かせていく使命を
授けられました。
そのためにはどのような方法があるのか検討を始めています。
基本としては、オリジナルの現状を維持していき、多くの方に来場してもらえる憩いの場に
していく計画です。
そして当協会が、何を情報発信していけば良いのかを考えていきます。
この歴史的資産の継承に携われることに感謝と誇りを持ち、前進していきたいと思います。
2006年5月
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