![]() |
| DVD-BOX | サウンドトラック | ||
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
| 第二十三回 (2012.06.10) |
| 第二十二回 (2012.06.03) |
| 第二十一回 保元の乱 (2012.05.27) |
1156年7月10日の深夜、上皇方と天皇方では軍議が行われていた。天皇方の義朝(玉木宏)、上皇方の為朝(橋本さとし)は夜襲が最上策とそれぞれ上申するが、天皇方、上皇方両者の反応は異なっていた。夜襲は恥ずべき卑劣な策とする頼長(山本耕史)に対し、信西(阿部サダヲ)は戦に勝つことだけを目的とし、積極的に義朝の案を取り入れる。翌11日寅(とら)の刻、ついに保元の乱の戦いの火ぶたが切られる。後白河天皇(松田翔太)と崇徳上皇(井浦新)、藤原忠通(堀部圭亮)と頼長、源義朝と為義(小日向文世)、平清盛(松山ケンイチ)と忠正(豊原功補)といった形で、それぞれの身内同士の戦いが京の都でついに始まった。亡き白河院の屋敷である白河殿の各門などで、おのおのの壮絶な戦闘が繰り広げられる。 |
| 第二十回 前夜の決断 (2012.05.20) |
崇徳上皇(井浦新)と頼長(山本耕史)は、虐げられた者同士、共闘しつつあった。信西(阿部サダヲ)はそんな二人に謀反の疑いを掛け、武士たちに後白河天皇(松田翔太)の側に付くように命令を出す。為義(小日向文世)は崇徳上皇と頼長の側に付き、清盛(松山ケンイチ)は上皇側、天皇側どちらにも付かないと表明する。一方、義朝(玉木宏)は為義を裏切り、後白河天皇側に付く。後白河天皇は、なかなか決断しない清盛を屋敷へ呼び、話し合う。後白河天皇は、たとえ勝っても武士の思うような世などやって来ないと清盛に語るが、本心は別のところにあるようだった。それを悟った清盛は平家一門に、後白河天皇が自分と互角に渡り合える所に上ってこいと言っていると告げ、だから平家は天皇側に付くと伝える。だが家盛(大東駿介)の弟、頼盛(西島隆弘)は、天皇側に付くことを迷っていた。 |
| 第十九回 鳥羽院の遺言 (2012.05.13) |
誰も予想していなかった後白河天皇(松田翔太)が誕生し、朝廷は大騒ぎになる。再び父親である鳥羽院(三上博史)に裏切られた崇徳院(井浦新)を思い、平清盛(松山ケンイチ)は不安になる。そんな騒ぎをよそに、清盛の館には時子(深田恭子)の妹・滋子(成海璃子)がやって来る。強い意志をもつその滋子の姿は、清盛の目にまぶしく映る。一方、源氏では、義朝(玉木宏)の息子・義平(波岡一喜)が、義朝の弟・義賢(阪本浩之)を討ち、棟梁の証しである『友切の太刀』を奪い返し、義朝に渡す。その一件以来、為義(小日向文世)と義朝の関係は冷えきっていく。そんな中、後白河天皇即位の宴が開かれて、崇徳院から祝いの歌が届けられるが、その歌には後白河への恨みが込められていた。後白河は烈火のごとく怒りだし、その姿を見た鳥羽院は後白河を即位させたことを後悔する、そして崇徳院との関係を修復したいと願い、その思いを清盛に託す。 |
| 第十八回 誕生、後白河帝 (2012.05.06) |
近衛天皇(北村匠海)の容体はますます悪くなる。鳥羽院(三上博史)は天皇の症状は自分が崇徳上皇(井浦新)を遠ざけたことの報いではないかと、悔やむ。崇徳上皇は清盛(松山ケンイチ)を屋敷に呼び、味方になるよう説くが、清盛は鳥羽院に忠誠を尽くしてきた以上、くみすることはできないと語る。清盛はあくまで鳥羽院と崇徳上皇の仲を取り戻させたい、と思っていた。清盛は鳥羽院と会い、心同士を引き合わせてみてはどうかと説き、鳥羽院の心を動かし始める。しかし、時は既に遅く、近衛天皇はついに17歳の若さで世を去り、次の皇位継承者の決定会議が行われる。鳥羽院は崇徳上皇の子・重仁親王(雄大)を推すが、信西(阿部サダヲ)はそれを許さず、別の人間をみかどに据えることを画策する。 |
| 第十七回 平氏の棟梁(りょう) (2012.04.29) |
仁平3(1153)年、家盛(大東駿介)・忠盛(中井貴一)の死を経て、ついに清盛(松山ケンイチ)は平氏の棟梁(とうりょう)の座に就く。父・忠盛の仕事を引き継いでいく清盛だったが、忠盛が残した功績は計り知れず、棟梁としての自分の器に不安を感じ始める。また、先妻・明子(加藤あい)との子である重盛、基盛と正妻・時子(深田恭子)の子である清三郎、清四郎は、置かれた境遇に小さなわだかまりを感じる年頃になってきていた。宗子(和久井映見)も出家し池禅尼となり、新たな体制を敷いた平氏一門だったが、時子もまだ家人たちをまとめるにはおぼつかなく、不安な船出となる。そんな平氏一門を見かねた藤原家成(佐藤二朗)は、棟梁となった清盛を朝廷にお披露目しようと歌会を催し、そこで清盛に歌を一首歌わせようと画策する。 |
| 第十六回 さらば父上 (2012.04.22) |
摂関家では忠実(國村隼)・頼長(山本耕史)の親子と忠通(堀部圭亮)の近親間での権力争いが激化し、ついに為義(小日向文世)らを使った忠通邸襲撃事件にまで発展する。一方、高野山再建を成し遂げた清盛(松山ケンイチ)には安芸守の任が授けられ、父の忠盛(中井貴一)は刑部卿に任じられた。だが、忠盛は病に倒れてしまう。そのころ、忠通側に付いた美福門院(松雪泰子)は一計を案じ、鳥羽院(三上博史)の近臣である家成(佐藤二朗)を頼長に襲わせ、その報復として平氏を使って頼長を襲撃させるよう画策する。しかし病床にある忠盛の見舞いに来ていた清盛は、その密命を拒否するよう忠盛に進言する。忠盛は初めて一同の前で自分が生きてきた目的は武士の世をつくるためだったと語る。忠盛は、清盛に棟りょうの座を譲ることを決断し、一門の前でそれを表明した後に世を去る。 |
| 第十五回 嵐の中の一門 (2012.04.15) |
家盛(大東駿介)は頼長(山本耕史)の謀略にはまり、失意のうちに落馬して死ぬ。ひどく取り乱して泣く宗子(和久井映見)を前に忠正(豊原功補)は、家盛が死んだのは全て清盛(松山ケンイチ)のせいだと言って清盛につかみかかる。家盛の死に直面した一門は、初めて大きく揺れる。だが棟りょうの忠盛(中井貴一)は息子の死に揺るがず、鳥羽院(三上博史)への忠誠を誓い、高野山の宝塔再建を清盛を名代として推し進めることを進言する。清盛は、大役を務め上げた忠盛が公卿(くぎょう)になり、平氏の地位を押し上げることが本当に家盛の望みだったのかどうか分からず、迷いながらも再建を進める。1年後、院号を受けて美福門院となった得子(松雪泰子)は忠盛を呼び、宝塔落成の暁には公卿の地位も夢ではないとほのめかす。そこへ頼長が現れ、家盛は自分に身を差し出して平氏一門を売ったと告白する。 |
| 第十四回 家盛決起 (2012.04.08) |
検非違使庁から戻った清盛(松山ケンイチ)を待っていたのは、弟・家盛(大東駿介)の反逆ののろしだった。“祇園事件で世を騒がせた清盛を嫡男とは認めない”と家盛は決起する。そのことに目をつけたのは、藤原頼長(山本耕史)。家盛に接近し籠絡することで、平氏の武力と財力を我が物にしようとする。策略とは知らず、家盛は頼長の思うがままになってしまう。 |
| 第十三回 祇園闘乱事件 (2012.04.01) |
久安3(1147)年、一門の繁栄祈願のため祇園社を訪れていた平家一行は、僧兵ともめ、それがきっかけで延暦寺の強訴を招いてしまう。清盛(松山ケンイチ)は、事もあろうに強訴の渦中に、みこしへ1本の矢を射る。「神に向かって矢を射た」と朝廷・寺社・武家を巻き込む大問題に発展する。捕らえられた忠盛(中井貴一)・清盛親子の処遇をめぐって藤原頼長(山本耕史)と信西(阿部サダヲ)が対立。待賢門院(檀れい)亡き後、権勢を振るう得子(松雪泰子)の元で朝廷内のパワーバランスも次第に変わり始めていた。平氏の武力と、それを率いる忠盛・清盛親子を流罪にすることは、朝廷内の力関係にも大きな影響を及ぼすことになる。ついに、事の次第を知っている僧兵・鬼若(青木崇高)を証言者として呼び、詮議が始まる。清盛放逐派の頼長と弁護派の信西の果てしない討論が続く中、ついに鳥羽院(三上博史)は清盛と直接話すことを望み、検非違使庁へ向かう。 |
| 第十二回 宿命の再会 (2012.03.25) |
1145年、出家した待賢門院(檀れい)は、ついに重い病の床につく。鳥羽法皇(三上博史)は、武士たちに季節外れの水仙を探させ、待賢門院に届けようとする。水仙探しの途中で、清盛(松山ケンイチ)は10年前に別れて東国修行に出ていた義朝(玉木宏)と宿命の再会を果たす。そして、清盛は明子(加藤あい)の友人・時子(深田恭子)を、義朝は熱田神宮の由良姫(田中麗奈)を…。 |
| 第十一回 もののけの涙 (2012.03.18) |
得子(松雪泰子)の策略に陥れられた崇徳帝(井浦新)は、得子の子・近衛帝に、みかどの座を譲ってしまう。一方、清盛(松山ケンイチ)は最愛の妻・明子(加藤あい)と子どもたちと共に、幸せな日々を送っていたが、明子が物乞いを助けたことで流行り病にかかり、死の床についてしまう。祈とう師たちを呼び、なんとか明子を助けようとする清盛だったが…。そして、駆けつけた忠盛(中井貴一)の目に映ったものとは…。 |
| 第十回 義清散る (2012.03.11) |
うたげ以来、傷ついた待賢門院(檀れい)に接近した義清(藤木直人)であったが、義清と男女関係にある堀河局(りょう)は、あまりにも身分違いの恋は身の破滅を招くと義清に警告する。そんな折、待賢門院は息子・雅仁親王(松田翔太)をめぐって得子(松雪泰子)とつかみ合いのケンカをしてしまう。待賢門院の身を案じた義清は、その夜忍んでいくが、待賢門院の心が実は鳥羽(三上博史)にあることを知り…。 |
| 第九回 ふたりのはみだし者 (2012.03.04) |
即位して15年、白河院の子である崇徳帝(井浦新)はいまだに鳥羽院(三上博史)から疎まれ、子どももいなかった。一方で、鳥羽院の実子である四の宮・雅仁親王(松田翔太)は、兄の苦悩を横目に街中をうろつき回っていた。この雅仁親王こそ、後に清盛(松山ケンイチ)と政争を展開する後白河法皇の若き日の姿だった。 |
| 第八回 宋銭と内大臣 (2012.02.26) |
1136(保延2)年、清盛(松山ケンイチ)は博多の市にやって来る。宋との貿易には大宰府の許可が必要だったが、そこでは宋との取引が自由に行われていた。驚く清盛に家貞(中村梅雀)は、忠盛(中井貴一)が朝廷を通さずに密貿易をしていることを明かす。一方、朝廷では、藤原忠実(國村隼)の次男・頼長(山本耕史)が内大臣に就任する。何事にも妥協を許さない頼長の昇格により、朝廷の混乱はさらに広がっていく。 |
| 第七回 光らない君 (2012.02.19) |
平氏一門は、犠牲は出したものの見事に海賊討伐を果たした。しかし、棟りょうである忠盛(中井貴一)が念願の公卿(くぎょう)に引き立てられることはなかった。それでも清盛(松山ケンイチ)は、従四位下の位を授けられた。清盛は忠実(國村隼)の屋敷にあいさつに行く。その帰り道、盛国(上川隆也)と清盛は1組の父と子に出会う。二人は下級貴族の基章(平田満)とその娘の明子(加藤あい)。基章は一目で清盛のことが気に入り、娘を妻にしてくれないかと申し出る。父の暴走に戸惑う明子は、琵琶の弟子であり、親友の時子(深田恭子)にその結婚話について相談する。時子は明子に、まるで「源氏物語」のような良縁が続くことは願ってもないことだと話す。平氏とは身分が違う自分が結婚話に応じることはできないと気後れする明子だが、清盛の不器用な求婚に対して心が次第に動いていく。 |
| 第六回 西海の海賊王 (2012.02.12) |
目の前に現れた巨大な宋船と戦闘を始める平氏一族。初めての本格的な戦闘にひるむ清盛(松山ケンイチ)をかばい、平盛康(佐戸井けん太)は深手を負ってしまう。宿営地に一時引き返した平氏だったが、清盛は、盛康を負傷させた自分にやり場のない怒りが込み上げ、単身、小船で海へ出る。一方、京の父と離れ、東国での武者修行に出た源義朝(玉木宏)は、尾張・熱田神宮で、宮司の娘と出会う。この気の強い娘こそが、後に平氏を滅ぼすことになる源頼朝(岡田将生)の母・由良姫(田中麗奈)だった。そんな折、御所でも鳥羽院(三上博史)に接近した得子(松雪泰子)に子ができ、その権勢模様に変化が表れてくる。西海では、清盛が海上で高階通憲(阿部サダヲ)と出会うが、二人は海賊たちに捕らわれてしまう。捕縛され、巨大な宋船に移された二人の前に、兎丸(加藤浩次)という海賊の頭が現れる。 |
| 第五回 海賊討伐 (2012.02.05) |
保延元(1135)年、朝廷では藤原忠実(國村隼)ら貴族が集まり、瀬戸内海を荒らす海賊対策の会議に追われていた。高階通憲(阿部サダヲ)は、権力の奪い合いにうつつを抜かす彼らにあきれ果てる。海賊討伐には源氏を、と推挙する忠実を尻目に、鳥羽院(三上博史)は重用する平忠盛(中井貴一)に海賊追討を命じる。清盛(松山ケンイチ)を跡継ぎにしたい忠盛は、忠正(豊原功補)の反対を押し切り、清盛に討伐へ加わるよう命じる。出陣した一行は途中、鱸丸(上川隆也)をめぐって清盛と忠正が口論になるなど、足並みが乱れるが、何とか安芸の海に到着し、討伐に出発する。そんな忠盛・清盛たちを待ち受けていたのは、見たこともない巨大な船に乗って現れた海賊たちだった。 |
| 第四回 殿上の闇討ち (2012.01.29) |
平氏に大きな知らせが舞い込む。朝廷に忠誠を尽くす平忠盛(中井貴一)の功が認められ、忠盛が内裏の清涼殿に上がる資格を持つ殿上人に武士として初めてなったというのだ。舞い上がる平氏一門。北面の武士として務める清盛(松山ケンイチ)も父の出世はうれしくなくはない。しかし、貴族たちの中には、武士の分際での出世を面白くなく思う者も多かった。その一人、摂関家の藤原忠実(國村隼)は、配下の武士・源為義(小日向文世)をそそのかし、一計を案じる。 |
| 第三回 源平の御曹司 (2012.01.22) |
清盛(松山ケンイチ)は、瀬戸内海で船の警護役を自称して海賊と戦い、取り返した食物を盗まれた漁民に返すという、無頼の日々を送っていた。だが、賊と間違われた清盛は捕らわれ、京に連れ戻されてしまう。再会した父・平忠盛(中井貴一)は、清盛に「北面の武士」という院の警護役を負わせようとするが、清盛はそれを拒否。あくまで自分一人の面白き人生を歩む、と息巻く。そんな折、清盛を若武者が呼び止める。その男は、父の宿敵・源為義(小日向文世)の子で、清盛の終生のライバルとなる義朝(玉木宏)だった。義朝は清盛に、源氏と平氏のどちらが上か勝負しろ、と吹っ掛ける。 |
| 第二回 無頼の高平太 (2012.01.15) |
青年となった平太(松山ケンイチ)は、2人の父を持つという数奇なさだめを知らされ、何者でもない自分にいら立って、賭場をうろつき回っていた。人々はそんな平氏の嫡男を「無頼の高平太」と呼ぶようになっていた。父・平忠盛(中井貴一)は、それでも血のつながらない平太を嫡男として育てていて、弟の忠正(豊原功補)とは平太のことになると常に対立していた。そんな折、白河法皇(伊東四朗)が出した殺生禁断令に背いたとして、平太が兄弟のように慕う瀬戸内海の漁師・鱸丸(上川隆也)の父・滝次(河原崎建三)が捕らわれてしまう。 |
| 第一回 ふたりの父 (2012.01.08) |
貴族政治が混迷を極めた平安末期。侍として鍛え上げられた平清盛が瀬戸内の海賊を束ね、やがて武士の頂点に立ち、日本の覇者となっていく姿を描く。元永元(1118)年京都。300年の平安を誇った貴族の世も乱れ、武家・平氏の嫡男である平忠盛(中井貴一)も、朝廷の命令のまま盗賊などの捕縛を行う汚れ仕事をしていた。ある日、忠盛は物乞い姿の一人の女性と出会う。その女性・舞子(吹石一恵)は、院の御所に出入りする白拍子で、時の最高権力者・白河法皇(伊東四朗)の子を身ごもっていた。不吉な子として殺害されることを恐れ、逃げてきた舞子を、忠盛は追っ手の源氏方の武士・源為義(小日向文世)から逃がし、自らの元にかくまう。忠盛の家の納屋で、舞子は赤ん坊を産み落とす。その赤ん坊こそが後の平清盛(松山ケンイチ)だった。忠盛と舞子は、やがて心を通い合わせるようになる。 |