シュザンヌ・ヴァラドン(1865〜1938)

オート=ヴィエンヌ県ベッシーヌ=シュル=ガルタンプ生まれ。洗濯女の私生児

として生まれた。本名は、マリ・クレマンティーヌ・ヴァラドン。父親は行きずりの

橋梁設計技師。5歳の時、母とパリへ行く。この頃、普仏戦争でパリは荒れていた。

修道会の学校に行くが退学し、帽子店で働いたりする。その後サーカスの

アクロバットを志すも落下負傷して断念。ピュヴィス・ド・シャヴァンヌのモデルに

なるのをきっかけに、ルノワール、スタンラン、エンネル、ザンドメーネギなどの

モデルになった。身長は小柄で154cm位で小柄あった。シュザンヌは、

モンマルトルの若者たちの集まるラパン・アジルに入り浸り、遊び歩くようになる。

1883年18歳の時モーリス・ユトリロを出産。父親は不明。1883年頃、

トゥールーズ・ロートレックと知り合い、モデルにして愛人となる。

ロートレックによって、シュザンヌと呼ばれ、以後自身もそう名乗るようになる。

ロートレックによってドガに引き合せられたシュザンヌは才能を見出されて、

この頃既に大家であったドガの元でデッサンの勉強をする。1891年、ヴァラドンが

付き合っていたポール・ムージスと結婚するためには、父親をはっきりさせる

必要があり、スペイン人のミゲル・ユトリロが引きうけ、1891年1月27日に認知届を

提出。サティとの関係は1893年1月14日土曜日に始まり、同年6月20日に終わった。

1896年にポール・ムージスと結婚している。その後も、恋多き、自由奔放な人生を

送り、1938年、73歳でこの世を去る。




参考文献

「シュザンヌ・ヴァラドン その愛と芸術」西村書店 ジャンヌ・シャンピョン著

「モンマルトルの恋人」講談社 美童春彦著






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