演奏された。もともとはトランペットとハープのために作曲されたものらしい。現在残って
いるのはサティ自身が出版したピアノの楽譜のみ。
バラ十字教団は、
「その作風の独創性と厳格さのゆえに、儀式のために採用することにした。」
また、教団の集会以外での演奏は禁じられており、導師ペラダンの許可を必要とした。
「バラ十字教団の最初の思想」は3曲からなり、第1曲「教団の歌」はいわば序曲であり
まさに金管楽器のためのファンファーレである。おそらく3曲のうちでは最も壮大な曲で
ある。第2曲はペラダン用。八分音符と十六分音符とを交互に用いている。
第1曲に比べると色調の変化に乏しく、またいささか単調でもある。
第3曲は画家にして、最初のこの絵画サロン展の資金提供者であった
アントワーヌ・ド・ラ・ロシュフーコー伯爵用。この曲はファンファーレのようでもあり、
中世の声楽曲のようでもある。はたまた、恋歌のようでもあり、宗教音楽のようでもある。
三曲の中でも最も感動的な作品。
初版の楽譜の表紙には、サティが当時敬愛していた画家ピュヴィス・ド・シャヴァンヌの
「戦争の断章」と題されたスケッチが印刷されている。