
2002/09/20 六本木「本むら庵」他、蕎麦巡航
2002.9.20(金)夜
六本木交差点に面した、誠志堂書店で、大学時代の友人Y氏と待ち合わせ。「六本木くるのは5年ぶりかな」とY氏は、ため息をつく。僕らも夜遊びをしなくなったものだ。心に余裕が無く、身体もついていけない。
「本むら庵」は、六本木通りから右手に曲がる暗い小路の中ほどにある。外は暗いが店内は明るく賑やかであった。右手が椅子席、左手は座敷になっている。蕎麦屋の内装である。
「蕎麦屋でバックでJAZZなんか流している店は嫌だ。小馬鹿にされている様に感ずる」とY氏は言う。この店は、伝統的な蕎麦屋の趣である。
隣では、枡酒、ビールが並び、60〜70歳台のおばさん(おばあさんというべきか)4人組がかなりの勢いで、ご近所やお店の噂話に興じている。日本人は益々長生きになるでしょう。
キツネ焼き、青菜のおひたし、鳥わさ、山葵漬け(小さい焼き海苔で山葵漬けを巻いて食す。美味)を頼む。一杯目は生ビール、二杯目は焼酎のお湯割。
Y氏が「酔っ払う前に蕎麦を食べよう」と提案し、せいろ一枚をペロリと平らげる。中食のつもりだったが、「もう一軒行こうよ」とY氏が言い出し、表に出る。
西麻布の「千利庵」に向け、六本木通りを渋谷方面に歩き出す。3分も歩かぬ内に日頃、ドア・ツー・ドアの通勤で、移動は車のY氏は、根をあげる。文明病である。
「千利庵」は満席であった。20歳台の姿は無く、大人の楽園である。50〜60歳台で役職者と思われる4人組が「宇多田ヒカルは、結婚で駄目になるだろうな」等と話している。場所柄、メデイアの関係者か?
待ちきれず、タクシーで麻布十番に向かう。タクシーは住宅街のクネクネと曲がる狭い道を、上下左右に疾走する。住まいとしての東京の意外な一面である。
「更級堀井」に着いたのは、20:25.ラストオーダーまで、後5分である。
客は少ない。元気のいい若お上の姿はない。人の良さそうな、だが外の浮気がばれて奥さんにどやしつけられて平身低頭で謝る、ところが性懲りも無く2年後にはまた女遊びが発覚し・・・てな雰囲気の若旦那が、残り30分を仕切っている。今夜は予定があるのか、丁寧にお客に接するが、21時丁度で上がりにしたいのが見え見えであった。
焼酎のお湯割、玉子焼き、そばがき、かき揚げを頼む。
玉子焼きは、黄色が美しい。たっぷりとダイコンおろしをつけて口に入れると甘味がふわっと膨らむ。ああ美味い。
そばがきは、大きな器にたっぷりとお湯がはられ、三角形にきられたそばがきが数個入っている。荒々しさはなく、上品な味である。「こういうそばがきもあるのか」と感心する。
かき揚げは、油が丁度よくきられている。子海老はプリプリしていた。
もりそばでしめる。わずか30分の饗宴であった。
Y氏と僕では、僕のほうが蕎麦を食べるスピードが速い。他の食事では、差はないので、この2年間の精進の成果であろう。蕎麦をたぐり、吸い込む力が身体にしみついたのであった。
「さて、もう一杯」ということになり、麻布十番の散策に出かけた。僕は明日は仕事なのだが・・・、まあいいや。
< 本日のお会計 >
「本むら庵」 Y氏のおごりで不明
「更級堀井」 6000円をきる
以上
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