|
きのうまでのいまいずみ。 
(2003年7月〜9月)
最新のものはこちらから
2003年1月〜6月はこちらから
2002年の分はこちらから
9/30
青森に行ってきた。
特に用は無いのだが
実家が引っ越しをしたので
場所を確認しに来たのだ。
青森に帰ってくるのは1年ぶりなのだが
前回は取材のついでだったので
街中を歩かなかった。
繁華街はどうなっているのかと思い
昨日歩いてみた。
青森の駅前には
デパートができる予定だったが
バブル崩壊で計画が立ち消えになった。
そのため駅前には大きな空き地がある。
駅前からいきなりさびれた感じだ。
新町通りというメインストリートも
空き地だらけだ。
通りの入り口なんてこんな感じ。

わかりづらいが
手前の上の黒い部分はアーケードである。
つまり、もともとここには
アーケードに沿って店があったのだが
つぶれて更地になってしまった。
そこにコンビニを建てたものの
元々の土地が大きかったため
アーケードとコンビニの間に
空間ができてしまったのだ。
これではアーケードの意味が全く無い。
青森に行った人に、よく
「青森ってピラミッドがあるんだねぇ」と言われる。
これ↓のことだ。

この建物、名前を「アスパム」という。
建ったのは私が高校の時だったと思うが
名前が決まったのは中学の時だった。
名前を公募して、ある中学生の案が選ばれた。
建物の正式な名前は
「青森県観光物産館」なのだが、
それを直訳して頭文字を取っている。
Aomori prefecture (青森県)
Sightseeing (観光)
Product (物産)
Mansion (館)
中学生の私でも
そりゃないだろ、と思ったので
よく覚えているのだ。
館=マンション、っておいおい。
アスパムの上は展望台になっているが、
有料だし
昇っても大した景色が見えるわけじゃないので
一度も昇ったことが無い。
地元の人はほとんど昇らないと思う。
それにしても。
昔から
とりたてて魅力的なものが
あったわけでもないが
改めて歩いてみると
なんだか寂しい街で悲しくなってしまった。
中学や高校の頃、
デートをしたりしていたのはこの辺りなのだが
私は一体何をしていたんだろう。
夕方、青森テレビの
横田くんと会って食事をした。
横田くんは4月に入社したばかりの新人アナで、
学生の頃に
就職相談のメールのやりとりをしていたのだ。
青森に似合わない感じの
こじゃれたすしダイニングに入った。
しばらく話していたら
お店の男の人に
「今泉さん、どうして青森へ?」と
話しかけられた。
まぁ話しかけられてもおかしくない職業なのだが
聞いてみたら
中学の時隣のクラスだったのだそうだ。
ワハハ。
夜は、青山良平さんを呼び出して
一緒に飲んだ。

左が良平さん、右が横田くん。
良平さんは
私が福岡でズームインを担当していたころ
青森のキャスターをしていた方だ。
私が青森出身だというのもあって
ずいぶんかわいがってもらったのだが
会うのは5年ぶりぐらいであった。
良平さんは異動になり
今は報道記者をやっていると聞いて驚いた。
横田くんは途中で帰ったが
私と良平さんは2時過ぎまで飲んでしまった。
良平さんは
とても話が面白いおじさんなのだが
相変わらず面白くてゲラゲラ。
ちなみに
もう東京にいます。
青森は寒かったけど
東京も結構寒いなー。
9/29
おとといの話で恐縮だが
青山劇場で「OINARI 浅草ギンコ物語」を観た。
チケットは
お天気の木原さんにとってもらった。
木原さんは元花組芝居の役者さんなので
花組のチケットはいつもお願いしている。
きものを着るようになってから
一度も木原さんと会っていなかったので
木原さんに
「きもので行きますよ〜」と
予告しておいた。
開演ギリギリに席に着いたら
木原さんもきもので来ていた。
町さんと寺島くんも来ていて
ビックリ。
主演は宮本信子さん。
演出が花組芝居の加納幸和さんなので
花組の役者さんもたくさん出ている。
他にも中条きよしさんや
落語家の柳家花緑さんなど
面白いキャストで、
それが生かされた楽しい舞台だった。
中条きよしさんには
もちろん役名があるのだが、
出てくるたびに
「うそ」がかかったり
実際に歌ったり。
しまいには
「三味線に笑うものは三味線に泣く」と言って
キリキリキリと弦を引っ張るアクションをしたりと
大サービスであった。
加納さんに後で
「あれ、中条きよしっていう役ですよね」
と言ったら
「うん、そう」と笑っていたが
ほんとにそんな感じ。
公演のあと
木原さんたちと串焼きの店に行ったら
千秋楽で打ち上げをやっているので
きませんか、とお誘いがあった。
花組の役者さんには
しばらくお会いしていなかったので
早々に切り上げて移動した。
会場は渋谷の街中で
土曜の夜だったのでものすごい人だったのだが
その中を私と木原さんは
きもの姿でとことこ歩いていった。
町さんに
「すごい目立ってますよ」と言われ
実際たくさん視線を感じたが、
これじゃ目立って当たり前だ。
打ち上げの席では
柳家花緑さんとお話をすることができた。
花禄さんは今回、
歌って踊ってと大活躍なのだが
踊りが本当に上手で驚いた。
花緑さんのことを知らないで見たら
ミュージカル系の役者さんだと思うであろう。
花緑さんのおじいさんは
小さん師匠だから
花緑さんが落語をやっても不思議は無いが。
花緑さんのお兄さんは
モーリス・ベジャールバレエ団で活躍している
バレエダンサーの小林十一さんだ。
花緑さんも
昔から踊るのが好きだったそうだが
お兄さんがバレエをやっていたので
お母さんに
「あなたはジャズダンスにしたら」と言われ
ジャズダンスをやっていたのだとか。
だから
踊れて不思議は無いのだ。
花緑さんは
戦後最年少で真打ちになった方で
お弟子さんもいるのだが
遅くまで打ち上げに出て
若い役者さんとゲームをやっていた。
とても腰の低い方で驚いた。
ちなみに
奥様は林家きく姫さん。
どれかひとつ下さいという感じだ。
最近こればっかり。
花緑さんに
お芝居に出るのはどうですか、と尋ねたら
とても楽しいけれど
まだ経験が少ないので…と謙虚におっしゃった。
とても楽しそうなのが伝わってきて
良かったですよ、と話すと
本当に嬉しそうな顔をなさった。
共演の村田雄浩さんも
「今回一番楽しそうにやってるのは
花緑さんだよねぇ」と言っていた。
考えてみれば
落語だって一人芝居のようなものだから
噺家さんが芝居をやってもおかしくはないのだが
落語と芝居では
「間」が違うのだそうだ。
加納さんは最初、
花緑さんが他の人に続けて
セリフを言うときに
ちょっとした間があるのを不思議に思って
花緑さんに聞いてみたそうだ。
言われた花緑さんは改めて考えて、
落語は一人で何人もを演じるので
それぞれのセリフに
少し間を空けているのに気づいたとか。
確かに
一人ではかぶるようにセリフを繋げることは
できないし、
聞いている方もわかりにくい。
なるほど。
ちゃんと落語を聞いたことが無いので
今度花緑さんの高座に行こうと思う。
いいきっかけになった。
東京公演は終わってしまったが
10月は名古屋で公演がある。
名古屋の方はぜひどうぞ。
9/25
きのう、八ヶ岳に行って来た。
八ヶ岳、と普通に書いても
関東近県以外の方はわからないかもしれない。
山梨県にある
都心から近い別荘地として人気がある場所だ。
八ヶ岳が有名になった理由のひとつに
柳生博さんの存在がある。
柳生さんは、
八ヶ岳の荒れ果てた山を切り開いて
様々な木が生い茂る雑木林を作り、
その林を見てもらいたいと
レストランを開いた。
林を作る、とひとことで言うのは簡単だが
「八ヶ岳倶楽部」に行ってみると驚く。
こんな林が
人の手で創られただなんて。

今回は「暮らしQ&A」のロケで、
柳生博さんの息子さんの
柳生真吾さんと一緒の仕事であった。
真吾さんは私と同い年なのだが
お子さんが4人いて、
それでいてとても爽やかな方であった。

役者の家に生まれたものの
役者になる気は全く無く、
大学も農学部に進み
卒業後は農家で働いていたという柳生さんは、
現在NHKの「趣味の園芸」で
キャスターを勤めている。
なんでそんなことになったのかと尋ねたら、
たまたま「八ヶ岳倶楽部」に
プライベートで来ていたNHKのスタッフに、
NHKの人とは知らずに
応対をしたところ、
その応対に好感を持ったスタッフから
話が来たのだとか。
人生、どこで何が起こるかわからない。
「趣味の園芸」のキャスターは
もう4年目なので、
真吾さんはすっかり人気者だ。
本を買った人がサインをお願いすると
イヤな顔をせず書いてくれる。
こんなに爽やかで背も高くカッコ良くて
しかも優しいのだから、
おばさまに人気があるのも当然だ。
ついでに言うと奥様も美人だ。
いいなぁ。
どれかひとつ下さいという感じだ。
下さいってどれを。
真吾さんには
多肉植物の寄せ植えの仕方を教わった。
うちには
テレ朝の龍円さんからもらった
ミリオンバンブーがあるのだが、
水に挿しておけばいいだけのミリオンバンブーを
枯らしかけたことがある。
自分のことで手一杯で
植物のことをすぐに忘れてしまうのだ。
なのでもちろんペットは飼えないし、
サボテンですら手を出さないようにしてきた。
でも、多肉植物は
とっても手入れがラクで、
変化があって面白い植物であった。

水も土もほとんどいらないので
こんな風に枯れ木の隙間でも
ちゃんと育ってくれるのだ。
違う種類同士を並べても
何の問題も無い。

私が作った寄せ植え。
枝を切って
砂に適当に挿していくだけなのだが
いろんな種類をくっつけて植えると
なかなか不思議な寄せ植えができあがる。
放送終了後もらえることになったので
大事にしようと思う。
大事にと言っても
水やりは月に1〜2度でいいので
基本的にはほっとけばいいのだ。
これなら私でも大丈夫だろう。
殺風景な私の部屋も
これでちょっとは潤うだろうかと期待している。
ずぼらな方、
多肉植物はオススメですよー。
9/23
あれ、どうなんだろう。
「ジョージア」の新しいCM。
米倉涼子さんや矢田亜希子さんが
朝からスーツがしわくちゃっちゃ〜、と
スーツ姿で歌うヤツ。
キャスティングだけ見ても
ものすごーくお金がかかっていると思う。
手間もかかっていると思う。
たくさんの人が関わっているんだと思う。
でもなぁ。
見るたびに
なんだかいたたまれなくなるのだ。
こんなこと言っちゃなんだが
あまりにも
面白くもなんともないんだもの。
手間ひまかけたのに
出来上がりが
面白くもなんともないというのは
悲しい。
自分の仕事については
すっかり棚に上げています。
すいませんー。
9/21
一昨日のはなまる。
「ライフプラン」というテーマで、
家計や人生設計を見直すときには
「ニーズ(needs)とウォンツ(wants)を
見極めるのが大事」
という話をした。
手元のフリップを見せながら
まずニーズとウォンツという言葉を
読んだあと、
さらに説明をするところだった。
「このニーズとウォンツ」
と言ったつもりが
「このニーズとウォンチュー」
と言ってしまった。
よりによってウォンチューって。
思わぬところで
スタジオ大爆笑状態になってしまった。
もう岡江さんなんかバカウケ。
私自身、なんでまた
口からウォンチューなんて言葉が出てきたのかと
驚いてしまい、
「ウォンチューだって」と
自ら突っ込みを入れてしまった。
すごく真面目なテーマなのに
場が一気に和んでしまったではないか。
スタッフルームに戻ったら
携帯に何通も突っ込みメールが届いていた。
なんでこんな時に限って
みんな見てるんだか。
「暮らしQ&A」の生放送のため
夕方NHKに行ったら、
デスクの渡辺さんに
「ニーズと?」
と聞かれたので「ウォンチュー」と答えてやった。
人生においてこんな言葉を口にしたのは
初めてかもしれない。
あ、違う。
敏いとうとハッピーアンドブルーの
「星降る街角」をカラオケで歌うときには
合間に「ウォンチュッ」と言っている気がする。
どうでもいいが。
久々におかしな失敗をしてしまった。
はなまるが
こういう失敗を喜んでくれる番組で良かった。
アハハ。
9/18
あなたはホーメイ(ホーミー)を
聞いたことがありますか。
説明するとこんな感じ。
■ホーメイ(ホーミー)
アルタイ山脈周辺の地域、
主にトゥバ共和国とモンゴル国に伝わる歌唱法。
一人で同時に複数の音を出す。
もともと声に含まれている倍音の高音部を
意識的に強調させて口笛に似た音を出し、
舌や口腔を微妙に動かして美しい倍音を紡ぎだす。
非常に低い倍音を出したり、音を細かく震わしたりなど、
その技術は大きく分けて5つの分類がある。
ホーメイ、カルグラ、スグット、ボルバンナディル、
エゼンギレールがそれで、その複合や変化系もある。
トゥバに初期封建関係が生まれた
6世紀から8世紀に英雄叙事詩が生まれたという説があるが
ホーメイの生まれた時代は特定できない。
なんだかチンプンカンプンであろう。
でも、聞いたことがある人は
結構いると思う。
こないだ「トリビアの泉」で
「モンゴルでは
足がぶつかると握手をする」
というトリビアが紹介されていたが、
その時にかかっていたBGMは
ホーメイであった。
ぼんやり聞くと
「ウィーーーーーー」
というような音にしか聞こえないが、
よく聞くと
高い音と低い音が
同時に声として出ている。
これ、生で聞くと
結構すごい。
しかも、トゥバ人に言わせると
日本のホーメイ芸術レベルは
世界一なのだそうだ。
えええええ。
そして、そのホーメイのコンテストを含む
ホーメイフェスティバルが
11月に東京で開かれる。
(詳細はこちら)
こんなイベントが何故東京で開かれるのか。
実は「日本トゥバホーメイ協会」という団体があって、
会長は巻上公一さんだ。
そして、私は
ホーメイコンテストで司会をすることになった。
田口ランディさんの家に
花火を見に行ったときに
巻上さんが来ていて、
ホーメイコンテストの司会をしませんか、と
言われたのだ。
なんだかすごく面白そうなので
二つ返事で引き受けた次第だ。
前にもここに書いたが、
ランディさんの家でホーメイを教わり
ちょっとだけできるようになって以来、
あの不思議な音にすごく興味があったのだ。
すごく興味がある人が他にもいた。
こないだ巻上さんから
「イトイさんが審査員をしてくれるそうです」と
メールが届いた。
わはは。
そんなわけで
またイトイさんとご一緒することになったのだが、
こんな面白そうな機会を
自分達だけ楽しむんじゃもったいないと思い、
感心力の田中さんにも
ちょいと協力してもらうことにした。
ふふふ。
面白いことになりそうな気がするよ。
またご報告しますね。
9/17
昨日、 友達の役者の親川くんと
豊島園「庭の湯」に行ってきた。
前回は、
食べ物のメニューが少なくて
江戸っ子姉さんだったら
ちゃぶ台をひっくり返しているであろう、と
憤った私であったが、
私の怒りをバネにして
(しないっての)
ぐっと
メニューを増やしていた。
ちゃんと枝豆もあったし、
酒の肴も定食も増えていた。
あれならまぁ及第点であろう。
などと
偉そうに書いてはみたものの。
都内で普通に入れる温泉が増えてきたのは
とても嬉しいことだ。
かけ流しじゃなくて循環だとか
本場の温泉に叶わない部分はあるけれど、
近場でこんなに手軽にくつろげるんだから
十分ではないか。
あれ、近所にあったら
冗談じゃなく
毎日行ってるかもしれない。
そしたら
ここ、全然更新できないだろうな。
9/14
ヤワラちゃん、世界選手権6連覇。
彼女に初めて会ったのは、
私が22歳、
彼女が15歳の時であった。
私は35歳になり、
ヤワラちゃんは28歳になった。
あの時から
ずーっと世界を相手に戦っていて、
ずーっと世界中から恐れられている。
すごいよなぁ。
一流のスポーツ選手は
程度の差はあれ
「意思の人」だと思う。
自らをコントロールする意思がある人だ。
福岡にいた頃
いろんなスポーツ選手を取材させていただいたが、
「意思の人」というと
ダントツでヤワラちゃんだ。
お腹が膿んでいたり、
歩けないほど足を痛めていても
意思の力で生中継に出てくれた。
出る義務なんか何も無いのに。
ヤワラちゃんと結婚を決めたというだけで
谷選手にも勝手に好感を持っている。
あの人と結婚しようと決めるには
かなりの覚悟が要ると思う。
谷選手だって
すごい野球選手だけれど、
ヤワラちゃんのすごさには
今のところはかなわないと思う。
ほんとにものすごいんだもの。
今日、会場に来ている
谷選手の顔を見ていたら、
そういうすごさが全部わかっているのが
良くわかった。
もちろん、私の中での勝手な話だけれど、
でもわかった。
今思い出したのだけれど、
ナンシー関さんは
ヤワラちゃんではなく
「ヤワラさん」と書いていたっけ。
確かに
ヤワラちゃんではないわなぁ。
ヤワラさん、今日もすごかったです。
あなたが戦っているときの顔が
とっても好きです。
お疲れ様でした。
以上、届かない個人的なメッセージでした。
9/13
「300歳で300分」終了。
あぁ、面白かった。
300分と言いながら、
ネット中継は7時間半、
つまり450分もやっていた。
7時間半といったら
結構な長さなのだが、
本当に飽きなかった。
飽きるどころか、
皆さんの言葉の重みがすごくて
何も言えなくなってしまった。
私が何を言っても
どうにも薄っぺらい感じがしたので、
まとめたり、仕切ったりというのを
途中で一切やめた。
やめたというか、できなかった。
日テレの土屋さん(T部長)や
糸井さんが
思ったよりもたくさん
ネット中継に顔を出して下さったのだが、
土屋さんも糸井さんも
私のように
言葉が無くなっていた。
糸井さんや土屋さんでも
心にズシンと響くような内容だったのだから、
私が何も言えなくなるのも
仕方が無いと思った。
どういうことになるのか
やってみなければ全然わからなかったけれど、
やって良かった。
本当に良かった。
また時間を作って
詳しく書きますね。
9/12
明日はいよいよ「ほぼ日」のイベント、
「智慧の実を食べよう。300歳で300分。」だ。
あ、今ならここで私が見られます。
さて。
ネット中継の際、
私の横で解説をする
感心力の男、田中さんは
一昨日までヨーロッパ出張に行っていたりと
本業のお仕事が忙しく
イベントの打ち合わせには
参加できなかった。
さっき田中さんから電話があって、
「今ちゃんさぁ、
ホームページによると
対談とかをプリントアウトしたって
書いてあるじゃない?
それ、もらっていい?」
と言われた。
もう読んでしまったので
別にいいのだが、
私の動向を
私に尋ねる前に
このHPで知っているというのが
なんだかおかしかった。
そういえば、
このイベントのことを
田口ランディさんが
メールマガジンで告知していて、
「ほぼ日」の西本さんは
たいそう感激していた。
西本さんからは
何もお願いをしていなかったのに
わざわざ読者数の多いメルマガで
告知してくれたからだ。
こないだの打ち合わせのとき、
お願いしてないのに
何で告知してくれたんだろうね?
という話になったのだが、
丹治さんいわく
「今泉さんのHPを見て
面白そうだと思ったんじゃない?」
だそうだ。
確かに、
イベントの内容に加えて
私と田中さんと西本さんと丹治さんが
一緒に関わっていると知ったら
ランディさんも面白がってくれるであろう。
ランディさんの家では
この4人ですっかりごちそうになったのだが
あの出会いのおかげで
こういう事になった。
ごちそうしてもらった甲斐があるというものだ。
アハハ。
さて。
今夜は「暮らしQ&A」生放送なので
これからNHKに行ってきまーす。
9/9
ホテルにカンヅメになっている。
なーんて、ウソだけど。
さくらももこさんのエッセイに、
原稿を書き上げるために
ホテルにカンヅメになる話が
たびたび出てくる。
カンヅメになるホテルも
パークハイアットだったり
オークラだったりと
一流ホテルばかりだ。
出版社のお金で
一流ホテルの
グレードの高い部屋に泊まれる、
という部分だけを聞くと
ものすごーくうらやましいような気がする。
でも、
その部屋で何をするかといえば
ひたすらに原稿を書くだけだ。
原稿なら家でも書けるし
実際、大多数の作家は
家で書くのだ。
それなのに
ホテルにカンヅメになるのは
「締め切りまでに
ある程度の量を
絶対に書き上げなければならない」という
特殊な状況を
作り出すためであろう。
家にいると
雑事や誘惑が多い。
仕事の電話がかかってきたり
ついついネットサーフィンをしてしまったり
お腹が空いて
食事の支度をしなければならなかったり
読みかけの本につい手が伸びてしまったり
録画したまま見ていない番組を
見てしまったり。
別に私は
人気作家でもなんでもないが
家で仕事をしようとすると
すぐにこんな雑事や誘惑が
私を襲うのだ。
まぁ、誘惑に負けずに
やりゃいいだけの話なのだが、
考えてみれば
夏休みの宿題を
夏休みが終わってからやるような子供であった。
大人になったからといって
いきなり勤勉になれるものでもない。
そういえば、こないだの
西本さんの二次会の準備も
直前までやらずにいたので
当日の朝5時までかかって
くじや音楽の準備をする羽目になった。
成長してないなぁ。
さて。
この週末「ほぼ日」のイベントがあるので
改めて
今回講演をする方の対談などを
読みなおしたいと思っていた。
今日は休みで、
明日も夕方までは空いている。
たくさんの文章を読みなおすには
ちょうどいい。
だが、前述の通り
家にいると誘惑が多い。
そう思った私は、
カンヅメ状態になろうと決めた。
雑事を忘れて
読むことに没頭するのだ。
そんなわけで、
今私は、四万温泉の旅館の一室で
これを書いている。
言ってみればセルフカンヅメ状態。
わはは。
宿の周りには、川と、他の宿しか無い。
出かけようにも行く場所が無い。
食事は黙っていれば部屋に運ばれてくるが
あとはやることが無い。
たくさんの文章を読みなおすのに
こんなにいい環境は無い。
プリントアウトしたほぼ日の対談を
露天風呂に持っていって
半身浴をしながら読む。
汗をたっぷりかいて、
部屋に戻ってビールを飲みながら
また読む。
どうだろう。
読む、という行為には違いは無いが
家で読むより
こっちの方が絶対にいい。
これを贅沢だと思う人もいるだろうが、
私は車を持っていないし
ゴルフとかをやるわけでもないので
家計に占める
温泉セルフカンヅメの割合なんて
大したことはない。
大体にして
今年は夏休みも取れなかったしなぁ。
ちなみに
何故四万温泉なのかというと、
今放送中の
「温泉へ行こう4」という昼ドラの舞台が
四万温泉だったからだ。
主演の加藤貴子さんが
先週はなまるカフェに出て
四万のお湯はいいと言っていたので
行ってみようかなと思った。
確かにお湯がいい。
草津の湯のように
肌がピリピリするようなことはないが
とにかく温まるし汗が出る。
開けた窓の外からは
川のせせらぎと
スズムシの鳴き声が聞こえてくる。
あぁ、家より絶対にいい。
さっきセルフカンヅメなんて書いたが
カンヅメというより
プチ都会トンズラという感じがする。
ちょっとだけ都会の雑事から脱出。
でも、宿につくなり
「アナウンサーの方ですよねぇ」と
言われ、
食事を運んできた仲居さんには
「いつもはなまる見てますー」なんて
言われてしまった。
いきなり現実リターン。
とは言いつつ
覚えていていただけるのは
ものすごーくありがたい。
サイン書いていただけますか、と
やわらかーく言われたが、
こないだのカレーミュージアムの件があるので
「私、そんなに有名人じゃないので」と
やわらかーくお断りした。
今日泊まっている宿は
とても小さな宿だ。
そのおかげで
一人で泊まれて
部屋で食事ができる。
大きな宿だと
一人の客は断られてしまうので、
機会があったらまた来たい。
でも、自分のサインが飾ってあったら
恥ずかしくて来られないだろうと思ったので
お断りしたのだ。
サインを書くのも偉そうだが
お断りするのも何様だという感じだ。
難しいなぁ。
明日の朝もお風呂に入って
しっかり朝ご飯を食べて
昼過ぎには東京だ。
もうちょっとゆっくりしたいけどなぁ。
うーん。
あ、イベント、土曜日です。
日曜日って書いてました。
メールで教えてくれた方、
ありがとうございました。
9/8
イトイさんの事務所に行ってきた。
この下の「お知らせ」のところに
書いてあるのだが、
今度の土曜日に「ほぼ日」のイベントがあって、
そのお手伝いをすることになったので
打ち合わせに行ってきたのだ。
「ほぼ日」は今年5周年ということで
いろんなことをやっているのだが、
私が一番興味を持っていたのが
この「智慧の実を食べよう。300歳で300分。」という
イベントであった。
詳しい内容については
リンク先のページを読んで欲しいのだが、
これだけの方の話が
いっぺんに聞ける機会というのは
これを逃すとまず無いであろう。
有名無名を問わず
いろんな方にお話を伺う機会が多い仕事だが、
長く生きていて
たくさんの経験をしてきた人の話は
やはり奥が深くて含蓄があって面白い。
知識として知っていることも
経験として蓄積されていることも
私なんかよりもずっと多いのだから
当たり前といえば当たり前なのだが、
本当に「はぁ〜」という感じになる。
なので、
最初から自分でチケットを買って行こうと
思っていた。
そんな時、
ちょうど「ほぼ日」の西本さんから
電話があったので、
チケットの件を相談しようとしたら
「今泉さん、イベント来ます?」と言われた。
こりゃ話が早いと思い
「行く行くー」と二つ返事でこたえたのだが
話はそこでは終わらなかった。
「すっごくいい席用意してるんですけど」
「ほんとー? 悪いねぇ」
「あのー、影アナやりません?」
影アナというのは
舞台のソデで
場内アナウンスをする人のことだ。
テレビ局だと普通、
入社したての新人アナが
研修がてらやったりする。
とはいっても、
講演を正面から見ることはできないが、
舞台裏を見られるという違った楽しみがある。
影アナなら難しくないし、講演も聞けるので
これまた二つ返事で引き受けた。
それがいつの間にか
休憩時間にネット中継でしゃべることになっていた。
話を聞いた時にはビックリしたが
それも面白いなぁと思ったので
またまた二つ返事で引き受けた。
ちなみに当日、私の横で解説をするのは
感心力の男、田中さんだ。
田中さんもやはり、
チケットが欲しいと西本さんに電話をしたところ
「いい席あるんですけど」と言われて
解説をすることになったそうだ。
アハハハ。
今回のイベントは
「ダ・ヴィンチ」とも連動しているので
今日の打ち合わせは
丹治さんも一緒であった。
私と西本さんと田中さんと丹治さんは
以前「ほぼ日」の取材で
巻上公一さんの家と
田口ランディさんの家に
一緒におじゃました。
私と西本さんが丹治さんに会ったのは
この時が初めてだったのだが、
ランディさんの家できものの話をしたおかげで
私はその後、ダ・ヴィンチの取材で
丹治さんと一緒に京都に行くことになった。
そして今回も、
西本さんと丹治さんのあの時の出会いがきっかけで
ダ・ヴィンチとの連動企画が実現したのだ。
面白いなぁ。
ちなみに
私と巻上公一さんとイトイさんは
11月にも
とあるイベントでご一緒することになった。
これまた予想していなかったことで
面白い。
そんなわけで
土曜日はネット中継でお楽しみいただきたい。
ふふふ。
9/7
また更新してなくてすいません。
金曜の朝がはなまる、
夜が暮らしQ&A、
土曜にかつしかFM、と
仕事が立て込んでいたのでつい。
西本さんの
二次会の話の前に
昨日のかつしかFMのこと。
私は毎月第一土曜日の
午後4時から7時まで
かつしかFMで生放送をやっている。
「サタデーマンスリーゴールデンファンタスティックアワー
どうにもとまらない」という、
番組名を見ただけで
くだらないのがわかるような
バカ番組だ。
選曲も構成も全部私なので
本当にくだらない。
5時台には
「かつしかFM前から生天気&おつかい」という
これまたくだらないコーナーがある。
じゃんけんで負けた人が、
お天気などを実況しつつ近所のコンビニに行き
全員の飲み物を自腹で買う。
その様子を全て生中継するのだ。
最低一人にはインタビューをしなければならない、という
決まりがあるのだが、
テレビと違ってラジオの場合は
自分一人でマイクを持って
しゃべったりインタビューをすることになる。
ぱっと見には
ぶつぶつと独り言を言いながら
歩いているようにしか見えないので
かなり怪しいし、
インタビューをしようと話しかけても
よく無視されてしまう。
みんな本気で、
できればやりたくないと思っている。
でも聞いている分には面白いのだ。
さて、昨日はせっかくなので
コンビニではなく
商店街に行こう、という事になった。
じゃんけんをしたら
私が負けてしまった。
夏木マリの「夏のせいかしら」という
サンバっぽい曲をかけている間に
商店街へ急いだ。
「てんや」のお兄さんにいきなり話しかけて
えび天海苔巻きを買ったり、
立石駅前のコロッケ屋さんに
行列ができていたので、
並んでいる人に話を聞いて、
おいしいと評判の
コロッケやメンチカツを買ったりとか
マイクを持ってあちこち動き回った。
「あれ?あの人?」という視線を
いくつも感じたが、
気にしていたらやってられない。
帰りは
山本リンダの「燃えつきそう」という
サンバっぽいが歌詞がデタラメな曲をかけて
その間に帰ってくることになっていたのだが、
途中「ニコニコ整骨院」の前で
まぁちゃんという常連のリスナーに
呼び止められたので
整骨院にもおじゃましてから
帰ってきた。
これを40分ぐらい
延々と中継したのだ。
アハハハ。
選曲もひっくるめて
こんな番組は通常あり得ないであろう。
いろんなことを自分でやっているので
かなり手間がかかるのだが
やりたい放題なのでとても楽しい。
しかし、
夏木マリだの山本リンダだのを
イヤでも聞かされる
葛飾区民の皆さんは
困っているかもしれない。
まぁ月に一度なので
お許しいただきたい。
誰にお願いしているんだか。
9/2
京都に来てまーす。
日曜日に
「ほぼ日」の西本さんの
結婚式があった。
例によって
私は司会を頼まれた。
代官山の一軒家での披露宴で、
同じ場所で二次会もやることになっていた。
私には結婚の経験は無いが
結婚式の司会の経験なら
かなりあるので
最初から西本夫妻と一緒にいろいろと考えていた。
司会をする以上
アイディアも出すので、
ウェディングプランナーになれるんじゃないか、と
言われることもしばしばであるが、
基本的には
友達や知り合いの式だけ
司会を引き受けている。
よく知らない会場の人に頼んで
高いお金を払うより、
知っている私がお祝いのつもりで
司会をした方がいいと思うのと、
私自身、
知らない人の披露宴の司会は
どうしても他人行儀になってしまうので
やっていてあんまり面白くないのだ。
結婚式当日。
新郎のにしもっちゃんは
上京してきた高校の時の友人と
遅くまで飲んでしまったとかで
もともとあるんだか無いんだかわからない目が
すっかり腫れていた。
大丈夫なのかという感じであった。
新郎側の披露宴の主賓は
イトイさんであった。
西本さんの会社の社長なのだから
まぁ当然なのだが
イトイさんは
「いやぁ、緊張するんですよー」と
しきりに言っていた。
イトイさんのことだから
結婚式でのスピーチなど
数え切れないほどやっている。
それなのに何故緊張するかというと
「新郎側のご来賓を代表いたしまして、
新郎の勤務先、鞄結梹井重里事務所
代表取締役社長でいらっしゃいます
糸井重里様」
こんな肩書きで
来賓の中で一番最初に挨拶するというのが
初めてだから、なのであった。
この微妙な違い、おわかりいただけるだろうか。
友人や仕事仲間であれば
当人同士の関係を反映して
わりあい好きに話すことができる。
でも、列席者を代表して
一番最初に話すとか、
社長として社員の披露宴で話すのは
気楽なことではない。
イトイさんは
「関係が中途半端なんだよねー」と言っていたが
これはわかる気がする。
誉めすぎるのも違うし、
かといってただ突っ込めばいいというものでも
ないだろうし。
私も、司会ではなく
主賓挨拶などを頼まれたら
やっぱり緊張するであろう。
司会の方がよっぽど気楽だ。
さて。
披露宴に先だって
結婚式が行われた。
奥の椅子に座ろうと
隙間を歩いていたら
イトイさんに
「今泉さん、歩き方がきものになってる」と
指摘された。
確かにその傾向はあるのだ。
手さばきとか、歩幅とか、
きもの系の人になってきている気がする。
神父は金髪で若くハンサムな人であったが、
フランス人で日本語が怪しかったため
感心力の田中さんは
何度も吹き出しそうになっていた。
外人なら式もそれらしくなる気もするが
外人ならなんでもいいわけでもないと思った。
フランス人だと
セシールのCMみたいなんだもの。
さて、披露宴が始まり、
私が自己紹介をしているところで
ワイヤレスマイクの音が出なくなった。
まぁたまにあることだし
それほど広い会場でもなかったので
「アナウンサーですからねー」などと言いながら
マイク無しで話していた。
こういう時は普通
コード付きの予備マイクを出すのだが、
予備マイクも音が出なかった。
私がくだらない話で
必死につないでいる間、
会場の人も必死にあれこれやっていたが
一向に直る気配が無い。
さすがに時間が長すぎる、と
内心非常に焦っていたら、
イトイさんが
「肉声でやりましょうか」と言ってくれた。
イトイさんから
後光が射しているように思えた。
もうちょっとで手を合わせそうになる程であった。
しかし、ただでさえ緊張しているのに
いきなりマイクが故障だなんて
イトイさんには申し訳無いことをしてしまった。
アクシデントはあったものの
式は滞り無く進行し、
最後の写真撮影になった。
会場にはらせん階段があって、
その上から全員の記念写真を撮るのだ。
カメラの女性が「はい、チーズ」と
典型的なコメントとともに
シャッターを切ったのだが、
フラッシュが光らなかったり、
「チーズ」の「チー」でフラッシュが光って
「ズ」でシャッターが切れたりと
なかなか上手くいかなかった。
まぁこんなこともひっくるめて
のちのち語り草になるのであろう。
二次会の話もあるのだけれど
それはまた。
8/30
いろいろあって更新してなくて
すいません。
「美女軍団」が
なにかと話題になっているが
(私個人としては特に興味は無い)
何度も「美女軍団」という言葉を
耳にしていたら
なんかヘンだな、という気になった。
美女、という言葉に
軍団、という言葉がくっつくことは
今まで無かったような。
美女が集まって
キレイに揃った応援をしているだけなのだから
「美女応援団」とか
「美女チーム」とか
「美女集団」でいいはずだ。
なんでまた「美女軍団」なのか。
軍団といえば、と
街頭でアンケートを取ったとしたら、
おそらく1位は石原軍団、
2位がたけし軍団であろう。
3位が何になるかは知らないが。
そしてこの2つを並べて思う。
武器を持っているわけでもないのに
軍団と呼ばれる組織は
ちょっと特殊だ。
「軍団」という言葉を
辞書でひいてみよう。
1:昔、諸国に配属した軍隊。
2:歩兵二個師団以上からなる部隊。
軍と師団との中間。
3:すぐれた統率者に率いられ、
活発に行動して対抗者から恐れられた軍隊。
(恐れを知らぬかのように
活発に行動する集団の意味にも用いられる)
<新明解国語辞典第五版>
なるほどなー。
3の意味を考えると、
石原軍団とたけし軍団と美女軍団の
共通点がわかる。
「統率者」の存在だ。
圧倒的な存在感で
統率するリーダーがいるから
「軍団」なのだ。
裕次郎さんにしてもたけしさんにしても
確かに圧倒的な存在感がある。
あの国の指導者も
圧倒的な存在感があるのには違いない。
リーダーの存在は大きいと思う。
リーダーがいればいいというものでもないというか。
例えば、
ダウンタウンの番組には
必ず後輩の芸人さんが登場する。
舎弟といってもいいような関係の人達だが
あれは松本軍団でも浜田軍団でもない。
上に吉本というもっと大きな存在があるからだ。
間違いなくリーダーだが
圧倒的なリーダーではない。
じゃあ吉本興業の社長が
圧倒的なリーダーかというと、
存在感や知名度という部分で
違う気がする。
実質的なリーダーと
軍団を率いるリーダーは
やっぱり違うのだ。
同様に、
ジャニーズ事務所も
社長は隠れた存在なので
軍団にはならない。
なる気も無いと思うが。
ジャニーズ事務所の場合は
「ジャニーズ王国」という方が合っているかも。
ただし、例外はある。
小池栄子さんやMEGUMIさんに代表される
イエローキャブ所属の皆さんは
時々「イエローキャブ軍団」と呼ばれている。
イエローキャブの野田社長は
業界では有名な方だが、
圧倒的なリーダーというほどの
一般的な知名度は無い。
では何故「イエローキャブ軍団」が
成立するのか。
圧倒的な巨乳、という
見た目の存在感があるからだ。
全員が「巨乳」というもので
統率されている。
「巨乳」という
漠然とした概念も
圧倒的なリーダーになり得るのだ。
だから何だよ。
8/25
今、午前4時過ぎ。
今日は「はなまる」の担当日なので
5時前に起きるはずだったのだが
寝苦しくて目が覚めてしまった。
あと1時間も無いし
全然眠れないので
サイトを更新することにした次第。
ちなみにそのヘンな夢というのは、
私が何かの舞踏の舞台に行ったところ
出演者が足りないので出てくれと言われ、
5色のヒラヒラした布を持たされて
舞台の上をいろんなポーズで踊りながら
左右に何度も往復させられる、という
わけのわからない内容であった。
初めて見た動きのはずなのに
それなりに踊れている自分がおかしかった。
あの踊りはどう表現したらいいのか。
私の潜在意識の中に
あんなヘンテコな踊りが隠れているのだろうか。
そんなことはいいから
寝ろってば。
あ、昨日とある店で
ワイシャツを買った時のこと。
自分の首周りのサイズがわからなかったので
計ってもらうことにしたのだが、
店員のお兄さんが
「首周り、ご無礼してよろしいでしょうか」
と言うので
「ご無礼?」と
思わず聞き返してしまった。
日常生活では
ほとんど耳にすることの無い言葉だったので
新鮮な語感ではあった。
でもねぇ。
時代劇じゃないんだから。
8/23
アルケミストのライブに行った。
アルケミストの話は
度々出てくるのだが、
簡単に説明すると
ボーカルのこんやしょうたろう君と
ピアノの井尻慶太君の
2人のユニットだ。
デビュー前から知り合いで、
こんや君(正ちゃんと呼んでいる)とは
かつしかFMの番組を一緒にやっている。
ともにビール好きで温泉好きなので
よく一緒に遊んでいる。
正ちゃんは
本当にお調子者だ。
本人いわく「ちゃっかり」だそうだが
全くその通りだと思う。
でも歌はいい。
ほんとにいい。
私のアナ仲間も
度々ライブに顔を出してくれる。
今日は
夕方ニュースを終えたばかりの
テレ朝佐分さんが来てくれた。
佐分さんは正ちゃんの声が好きで
時間がある時はこうしてライブに来てくれる。
ありがとー。
ところで。
ウィルスが流行りまくりだ。
昨日来たメールのうち
10通がウィルスメールだったし、
私のパソコンにインストールしている
Norton Internet Securityは
侵入を感知して
ビックリマークを出してばかりいる。
皆さんも
ウィルス対策ソフトを
ちゃんとインストールしといた方がいいですよ。
インストールした後も
ちゃんと最新ウィルス情報を
ダウンロードしないと大変ですよ。
なんかパソコンTVニュースみたいだな。
8/21
「週刊パソコンTVニュース」の収録。
この番組では
元アイドルの
胡桃沢ひろ子さんと一緒だ。

胡桃沢さんの名前を
ネットで検索してみると
アイドル時代のことが書かれた
いろんなサイトが出てくる。
あぁ、胡桃沢さんは
本当にアイドル真っ只中にいたんだなぁと
感心しながら見てみたり。
そんな元アイドルの胡桃沢さんは
あっけらかーんとした楽しい人だ。
番組は一応ニュースなので
パソコンについての
ニュース原稿を読まなければならないのだが、
専門用語がいろいろあって
原稿が非常に読みづらい。
アナウンサーの私でも
結構苦労するような原稿なので
胡桃沢さんは
毎回本当に苦労している。
お互い結構間違えるのだが
間違えたときの
胡桃沢さんのリアクションが面白くて
収録中ゲラゲラ笑ってばかりいる。
アイドル時代から
こんなに面白かったのか、と
聞いてみたら、
取材で好物を尋ねられて
「豆大福」と答えたところ
事務所の人に「アイドルなんだから」と
怒られた、と教えてくれた。
国民的美少女コンテストに
出ていた人なのに
豆大福って。
アハハ。
8/19
はなまるのロケで
江戸東京博物館に行った。
ここは以前に一度
アルケミストのこんや君と一緒に
遊びにきたことがある。
バカでかい建物で、
入り口を入るとすぐに大きな橋があったりして
やたらとスケールの大きなところだ。
吹き抜けの空間には
新聞社の建物がそのまま再現されている。

再現とはいっても
中には入れない。
残念。
スケールが大きいだけでなく
展示の細かいところまで
よくできている。

携帯のカメラなので
わかりづらいと思うが、
江戸の町のジオラマの中にいる
小さな人形の一つ一つに
ちゃんと表情がある。
こういうモノを作る人を
私は無条件に尊敬してしまう。
自分には絶対できない。
和服を着るようになったり
歌舞伎を観るようになったので、
前回はさっさと通り過ぎていた
歌舞伎の由来や
江戸小紋の柄の説明の部分を
今回はじっくりと見た。
やはり前回、
とりたてて買うものが無いと思った売店で
持ち歩くのに良さそうな巾着袋と
面白い柄の手ぬぐいを見つけ、
ディレクターにお金を借りて
(財布を持たずにロケをしていたので)
買って帰ってきた。
私にとって、
前回よりも
ずっと面白い場所になっていた。
ちょっと和服を着るようになっただけで
自分の中の興味の範囲が
思ったよりも広がっていることに驚く。
本当はもっと早くに広げておけば良かったのだろうが
気づかないで過ごすよりは
余程いいので
焦らずこれから学んでいこう。
なんでもやってみた方がいいなぁ、と
今さらながら思っているのだ。
そんなわけで
ある教室に行ってみることにした。
ちなみに
和服とは全然関係が無いのだが
これについては
いずれご報告できると思う。
楽しみだなぁ。
ふふふ。
8/18
はなまるのロケで
横濱カレーミュージアムに行った。
ここはついこないだ
暮らしQ&Aのロケで
おじゃましたばかりであった。
前回は
3軒のお店のカレーを食べたが
今日は
子供達と一緒に
スパイスの調合の体験をした。
子供達の部分の撮影が終わったあと
店内の撮影をしたのだが、
子供達は空いているので
カレーを食べようということになった。
カレー店がいくつも並んでいるので
子供達に
好きなお店を選んでいいよ、と言ったら
先日お世話になったお店に行ったので
ご挨拶がてらついていった。
カウンターの前に立ち
先日はどうも、と言いかけて
絶句した。

ディレクターの携帯のカメラで
慌てて撮ったので
見づらいと思うのだが、
先日の取材の様子を撮った写真が
こんなコメントと共に貼られていた。
「リポーター今泉さんもうなった味!」
ひえええ。
うなるというより悲鳴をあげそうになった。
さらに店の奥には
頼まれて書いた私のサインもあるではないか。
即座に逃げようと思ったのだが
お店の人に気づかれたので、
「こ、こないだはどうも」と
あたふた挨拶をして、
見つけられたゴキブリのように
素早くこそこそとその場を離れた。
ちなみにこの取材の時は
「ティーチャー今泉」というキャラクターだったので
スーツを着て
怪しげな黒ぶちメガネをかけていた。
もともと「今泉さんって誰?」という感じなのに
メガネをかけていたら
いよいよ誰なんだかわからない。
こんなものがお店の宣伝の役に立つのだろうか。
もしや、と思い
向かいのうどん屋さんの前を通ったら
カレーうどんを食べる私の写真とともに
リポーター今泉さんもナントカと書いてあった。
恥ずかしくてそれ以上読めなかった。
この調子だと
もう1軒のお店にも
私の写真が貼られているのであろう。
ご挨拶したかったが断念した。
取材先で
写真を撮ったり
サインを求められることは結構ある。
写真はともかく
サインは「私、芸能人じゃないですけど」と
お断りしてはみるのだが、
相手もわざわざ色紙とペンを用意してくれているし、
取材でお世話になっている手前
結局書いて帰ってくる。
サインを書いている間も
誰かに「おい、何様だよ」と
突っ込まれそうな気がして
心底恥ずかしく思っている。
書きおわったあと
「これ、飽きたら鍋敷きにでも
してくださいね」
などと言って帰ってくるほどだ。
でも、自分がサインを書いたり
写真を撮った場所には
その後めったに行くことは無いので、
写真やサインがどうなっているのか
幸いに知ることは無かったのだ。
私の写真やサインが
あんなことになっているなんて。
ああ。
カレーミュージアムには
おいしそうなカレーの店がたくさんあるので
プライベートで行ってみたいと思っていたが
もう恥ずかしくて行けない。
今後どこかで
私なんかのサインや写真を見かけた場合は、
できるだけすみやかに
その場を立ち去っていただきたい。
間違っても
私に「○○でサイン見ましたよ」などと
ご丁寧に報告しないでいただきたい。
お願いしますよー。
ほんとにもう。
とほほ。
8/17
この土日は
ものすごく久しぶりに
何の予定も無い連休だった。
私はフリーランスなので
誰かから休みをもらえるわけではない。
自分で休めばそれが休みだが、
仕事があれば仕事をするので
実際は「仕事が入らなければ休み」だ。
この土日は仕事が無かった。
だから休みになった。
たぶんこれが夏休みだったのだろう。
何をするつもりもなかったのだが、
ずーっと雨だったので
どこにも出かけなかった。
家にいてやりたいことは
山ほどあったのだが
結局何もしなかった。
洗濯もできなかったし。
私の場合、掃除と洗濯はセットになっていて、
洗濯をしている間に
掃除をするのが普通だ。
だから、
洗濯ができないと
掃除をする意欲も湧いてこない。
なんか関係無い気もするが。
とにかくだらーんと
本を読んだりして過ごした。
昨日、ここで紹介するために
天海祐希さんのエッセイを
本棚から引っ張り出したのだが
結局そのまま読んでしまったり。
だらーん。
エッセイで思い出した。
岩手に行っていた辺り、
こんな本を持ち歩いて読んでいた。

ボクの音楽武者修行 小澤征爾 新潮文庫
成りあがり 矢沢永吉 角川文庫
「成りあがり」は
ずいぶん昔に読んだ気がする。
なんで今「成りあがり」なんだか
自分でもよくわからないが
書店でなんとなく手に取ったのが
この2冊であった。
それぞれ、
小澤さんが26歳、
矢沢さん(というかやっぱり永ちゃんかな)が
28歳のときに
書かれたものだ。
どちらも、
若者が、いる場所を飛び出して
新たな世界へと出ていくまでのことを
綴っている。
とはいうものの、
小澤さんと永ちゃんでは
畑も違うし境遇も違う。
片や貨物船に乗って
ヨーロッパへ旅立つ人、
片や貧しさから逃れ
ビッグになるために
広島から旅立つ人。
性格も違うと思う。
小澤さんは
楽天的で快活、
永ちゃんは
必死で野心家という感じがする。
でも、読んで思う。
どちらも、二十代を
ひたむきに生きている。
溢れんばかりの才能を、
ひたむきな努力で
花開かせて、
それでもまだまだ
前に進むことしか考えていない。
境遇は違っても
このひたむきさは同じだ。
小澤さんも永ちゃんも
いまだにひたむきな感じがする。
私はもう三十代の半ばだが
この「ひたむき」な感じは
まだまだ持っていたいと思う。
それにしても、
「成りあがり」は
今読むといろいろ面白い。
「ナオンとコオマン決めてピーハツ」
なんていうイカすセリフが
ジャンジャン出てくるのだが
これ、いまどきの若者風に言うと
どうなるんだろう。
えーと、ナオンは女の子だから
…ギャル?
そりゃ無いわな。
あれー、今、女の子のことは
どういうんだろう。
コオマンってのもすごいな。
なんか書いてて
いいのかなという気になる言葉だ。
かなりギリギリな感じがする。
まぁ、これは今だと
「H」でいいであろう。
ピーハツは驚いた。
生まれてこのかた
ピーハツだなんて口に出したことが無い。
ちなみにピーハツとは
ハッピーのことだ。
えええええ。
これを今風に言うなら
なんだろう。
超ラッキーとか。
違うな。
……いけない。
これでは
「成りあがり」の
一番どうでもいいところを
抜き出している感じではないか。
そんなくだらない本ではないのだ。
ちなみに
ご存知の方も多いと思うが、
「成りあがり」を本にまとめたのは
やはり若かったイトイさんだ。
今でも、
「ほぼ日」に永ちゃんが登場したり、
永ちゃんのサイトに
イトイさんが文章を寄せたりしているのは
若い頃
ひたむきな関係を築いたからだなーというのが
「成りあがり」を読むとわかる。
あとがきのイトイさんの文章も
熱い。
いいなぁ。
というわけで、
夏なのに肌寒い日が続く今日このごろ、
ひたむきで
熱い本なんかいかがでしょうか。
8/14
朝の飛行機で東京に戻り、
夕方はなまるの打ち合わせをしてから
新橋演舞場へ向かった。
「阿修羅城の瞳」を観るためである。
いやぁ、良かった。
新橋演舞場という
スケールの大きな舞台を十二分に生かした
サービス精神いっぱいの
エンターテインメントであった。
この芝居は再演だが
主演の市川染五郎さん以外のキャストは
全員入れ替わっている。
主役の出門は染五郎さんのためにあるような役で
これはもう間違いなくハマリ役だ。
着物の着こなし、殺陣のキメの美しさ、
強さの中に漂う男の色気。
こういうのは梨園に生まれ育った人だからこそ
出せるのだと思う。
染五郎さんの相手は
初演では富田靖子さんだったそうだが
今回は天海祐希さんであった。
この天海さんがものすごく良かった。
着物もドレスも美しく着こなし、
舞台の真ん中に堂々と立てるだけの華がある。
染五郎さんに全然負けていない。
梨園の力に対抗できるだけの
宝塚の力があるのだ。
すごいなー。
天海さんのことを知ったのは
宝塚退団前に放送された
ドキュメンタリー番組であった。
宝塚音楽学校に1番で入学し、
月組に入団したその年、
新人公演の主役に抜擢され
(入団1年目の主役は史上初)
駆け抜けるようにして
トップになったそうだ。
私は宝塚を観たことが無かったので
そのことがどういうことなのか
よくわからなかった。
凄さがわかったのは
天海さんが退団したあとのことだ。
「パンドラの鐘」という芝居で
初めて舞台の天海さんを観た。
驚いた。
さっきも書いたが、
舞台の真ん中にすっくと正面を向いて立てるのだ。
立つだけなら誰でもできるが、
天海さんには
舞台上の他の何にも負けない華がある。
天海さんの立っているところだけ空気が違うのだ。
そこに立つために生まれてきたような人だと思った。

明日吹く風のために もっと遠くへ
講談社+α文庫
このエッセイの中に
「パンドラの鐘」の演出をした
野田秀樹さんの話が出てくる。
「ゆりちゃん(天海さんの愛称)は
宝塚に感謝しなければいけないよ。
正面切って台詞が言える。
正面切って芝居ができる。
正面切って客席と向かい合えるということは、
すごいことだよ。
俺たち、小劇場出身者は、
どうしても斜めに見ちゃうから」
二千五百人の観客を前に
一人で舞台の真ん中に立って芝居してきた経験を、
野田さんは貴重だと、諭してくれた。
ここを読んで、なるほどなぁと思った。
あんな立ち方、
やっぱり誰にでもできることではないのだ。
その宝塚で
歴史に残るほどの異例の早さで
トップになった人なのだから
あの華は、持って生まれたものなのだろう。
もちろん、大変な努力をしているというのも
エッセイを読んでわかった。
宝塚のこともよくわかるし
面白いのでご一読をおすすめする。
主役の二人だけではなく
伊原剛志さんや夏木マリさんは
とてもカッコ良かったし、
新感線の
高田聖子さんや橋本じゅんさんには
大笑いさせていただいた。
面白かったなぁ。
そういえば。
会場で松嶋奈々子さんをお見かけした。
背が高くて
これまたおきれいであった。
目立たないような格好で
目立たないように気を遣って行動していらしたが
どう見ても松嶋奈々子さんであった。
さすが女優さんだと思ったが
こんなに目立つのでは
毎日大変であろう。
私なんて
鼻はデカイが華は無く
おまけに背も低いので
全然目立たない。
良かった。
いいのか本当に。
8/13
長崎にインターハイを見に行った。
私がわざわざ出かけて見るといえば
もちろん新体操だ。
佐賀女子高校の光岡先生から
「今年の演技もいいのができたので
見に来て下さいね」と
メールが来たので
仕事をやりくりして行った。
私が佐賀女子の新体操部を取材してから
もう7年が経つ。
当時高校2年生だった溝部ゆかりさんは
その後シドニー五輪に
団体のメンバーとして出場した。
現在は佐賀に戻って
高校の先生になっている。
その溝辺さんをはじめ
昔取材でお世話になった人達が
たくさん来ていた。
みんなすっかり大人になっていて、
「あれぇ、大きくなったねぇ」と
なんだかお父さんになったような気分であった。
佐賀女子の演技は
内容的にはダントツであった。
ラストにものすごく難しい技があるので
そこを心配していたのだが、
途中の交換で
輪を投げるときに手にひっかかり
輪が大きく場外に飛んでいってしまった。
場内に「あーっ」という声が響く。
こういう時よく
「心臓が止まるかと思った」と言うのだが
息が詰まって
本当にそんな感じになった。
かなり大きな失敗だったが
選手達はなんとか立ち直って
最後の大技は決めた。
あまりにすごい技なので
大失敗したというのに、
場内は大拍手とともに
どよめきが起こっていた。
場外に出てしまった交換は
それまで一度も失敗をしたことが無かったそうだ。
試合に絶対大丈夫なことなんて無い。
佐賀女子は結局、
地元長崎の活水高校と並んで
3位であった。
順位はともかく、
ものすごくいい作品だっただけに残念。
あとは秋の国体がある。
今年は静岡市なので
一日休みが取れれば見に行けそうだ。
今度こそノーミスで。
夜は、長崎国際テレビの藤村アナと
会う約束をしていた。
藤村さんはズームイン時代の先輩で
同じ九州ということもあって
仲良くしてもらっていたのだが
会うのはずいぶん久しぶりであった。
藤村さんは、私が以前福岡でお世話になった
ディレクターのKさんを連れてきてくれた。
会えると思わなかったのでとても嬉しかった。
藤村さんが
東京での私の仕事を結構見てくれていたので
驚いた。
福岡を離れたあと
すっかりごぶさたをしてしまっていたのに
ずっと気にかけてくれていたことを
ありがたく思った。
もう一つ驚いたのは
藤村さんが激ヤセしていたことだ。
もともとそんなに太っていたわけでもないが
すっかりスリムになっていたので
方法を聞いた。
なんと「まいたけダイエット」だそうだ。
晩御飯の前にまいたけを食べる。それだけ。
ほんとかなー。やってみよう。
またしてもすっかりごちそうになってしまった。
藤村さんには
上京したら必ず連絡して下さいね、と
念を押した。
その時は思い切りごちそうしようっと。
8/9
台風の中、浅草と蕨でロケ。
浅草では長崎名物のトルコライス、
蕨では盛岡名物のじゃじゃ麺を食べた。
つい数日前に
盛岡で冷麺を食べたばかりだ。
これで、盛岡三大麺の
わんこそば、冷麺、じゃじゃ麺を
食べたことになる。
だから何だ。
夕方は青山で
劇団青い鳥の芝居を観た。
この劇団の芝居は
ずーっと昔から観ていたのだが、
最近ごぶさたしていた。
でも今回は
思わぬ出会いのおかげで
観ることができた。
このことについては
「思ったり、起こったりしたこと。」に
詳しく書いたので
そちらをご覧いただきたい。
8/8
「暮らしQ&A」のゲストは
小林カツ代さんだった。
カツ代さんの本は何冊か持っているが
ご一緒するのは初めてだった。
テレビで見たまんまの
飾らない方であった。
テーマがカレーだったので
私はターバンを巻いて出ることになっていた。
(教育テレビなのに
毎回そんな調子のことをやっているのだ)
といっても、
本当にターバンを巻くわけにはいかないし
大体にして巻き方も知らないので
あらかじめ巻いてあって
帽子状になっているものを
かぶることになっていた。
これが全く似合わなかった。
リハーサルでカツ代さんに
「こんなに色の白いインド人はいないわねぇ」と
言われたが
おっしゃる通りであった。
本番では
「なんか頭にケガした人みたい」と
別バージョンで言われた。
これまたおっしゃる通り。
本番直前、
カツ代さんと司会の榊さんの会話が
聞こえてきた。
「あの方はアナウンサーですか?」
「ああ、彼はフリーのアナウンサーなんですよ」
「そうなんですか、
私はまた噺家さんかなと思って」
着物ではなくターバン姿なのに
噺家さんになってしまった。
トホホ。
8/7
東京に戻ってきた。
岩手ロケは本当に楽しかった。
2日目にほとんど撮影してしまったので
3日目は少しだけで済んだ。

波が穏やかな宮古湾。
火曜日の夜、
すっかりお世話になった
漁師の中村さんが
「明日7時35分に
港に来たらいい」と言った。
ずいぶん細かい時間指定だなーと思いつつ
何かステキなことがありそうな気がして
起きて行った。
港に着くと、
中村さんはちょうど
漁から帰ってきたところだった。
船の中のカゴには
いっぱいのウニ。
中村さんは
ウニを半分に割り、
海水で中を洗って
「ほい」と私に手渡した。
これが本当の生ウニだ。
ウニの甘みと海水の塩気が程よく混じり
なんともいえずうまい。
文句無くうまいのだが
朝一番に口に入れたものが
ウニというのは
ちょっとヘビーであった。
もうちょっとお腹が落ち着いてからだと
よりおいしく感じられることだろう。
今こうして書いてみても
なんてぜいたくなことを、と思う。
取れたてのウニを口にする機会が
これから先どれほどあることか。
そんな私の思いを知ってか知らずか
中村さんはさらにいくつかのウニを
「これ朝ごはんの時に食べたらいいよ」と
手渡してくれた。
わーい。
私とスタッフは
宿に戻ってウニを開いてもらった。
ちょうど朝食の時間になっていたので
今度はご飯の上に載せて
ウニ丼にしてみた。
うわあ。
ご飯と食べると
甘みが増す。
こりゃたまらない。
海苔があったので
巻いて食べてみた。
これまたうまい。
夢中になって
ご飯を3杯食べた。
朝からご飯3杯だなんて
何年ぶりだろう。
宿を出て、
宮古の景色を撮影に行った。

宮古市の有名な観光地、浄土ヶ浜。

まぶしい太陽を手で避ける人、のつもりが
どこか遠くを見ている人になってしまった。
浄土ヶ浜を撮影してから
盛岡へ戻った。
そのまま帰る予定だったのだが、
前日にトレッキングを終えていて
ちょっと余裕があったので
テレビ岩手の同期の
藤村くんに電話をしてみた。
最終の新幹線までに
時間があれば会いたいと思ったのだ。
藤村くんはたまたま休みで
「泊まっていけばー」と言ってくれた。
木曜は12時から
NHKで打ち合わせなのだが
朝の新幹線で戻れば間に合うよ、と
藤村くんが言うので
盛岡に泊まって
久しぶりにじっくり飲むことにした。
その時の様子について
書こうと思ったら、
テレビ岩手アナウンス部のHPに
画像が載っているではないか。
わはは。
藤村くん仕事早いなー。
そしてこのサイトにリンクが張ってある。
げげっ。
テレビ岩手のサイトから来た皆さん、
こんなくだらない内容ですいません。
藤村くんだけでなく
平井アナと中沢アナも来てくれた。
平井さんは
ズームインの先輩で
とても仲良くしてもらった。
会うのはずいぶん久しぶりなので
嬉しかったなぁ。
新人の頃に会った中沢さんも
すっかりアナウンサーっぽくなっていて
なんだか嬉しい。
シメにおいしい冷麺まで食べて
すっかりごちそうになってホテルに戻った。
藤村くんに電話して良かったなぁ。
以前、札幌テレビの森中さんに
寿司をごちそうになった話を書いた。
私には、全国のあちこちに
同期や、仕事でお世話になった人がいるが
私はずうずうしいので
こうしていきなり連絡を取って
おいしいものをごちそうになって
元気をもらって帰ってくるのだ。
もちろん、
誰かが上京した時には
ちゃんとごちそうする。
してもらってばかりでは
ずうずうしいにも程があるではないか。
ただ、みんな忙しくて
あまり上京してくれないのが
残念だ。
残念なんだってば。
ほんとに。
8/5
今日も宮古市。
今日は
泊まっている「海幸園」の
千束さん親子と一緒に
定置網を上げたり
シーカヤックに乗ったり
海岸沿いをトレッキングしたりした。
宮古湾は
海のすぐ横が切り立った崖になっていて、
市街地以外は平地が少ない。
船に乗って海から見ると
山が海に迫っているようで
迫力がある。
それがシーカヤックを漕ぎながら見ると
本当に見上げるような感じで
絶景だ。
宮古湾は細く深く入り組んでいるので
波が少なくて穏やかだし
シーカヤックにはうってつけの場所だと思う。
その崖の上には
月山という山があって、
山のふもとまでの2.5キロと
ふもとから頂上までの2.5キロが
登山道になっている。
ふもとまでの道を歩いた。
山に分け入っていくと
突然目の前に海が現れ、
森の中を歩いているのに
潮の香りを感じるという不思議な状態になる。
海から離れ、アップダウンを繰り返し、
いくつも沢を渡ると
再び海が見えてくる。
片道1時間ほどかかるが
意外な景色なので全然飽きない。
本当は明日トレッキングをする予定だったのだが
どうも天気が悪くなりそうだったので
今日済ませてしまうことになった。
午前中はひたすらパドルを漕ぎ
午後はひたすら山道を歩いた。
一日のうちに
海と山を堪能した気分だ。
明日、どこにどんな筋肉痛が現れるやら。
あ、年とったので
明日じゃなくて明後日かも。
どっちにしろ
腕とか足とか痛いんだろうな。
とほほ。
8/4
岩手県の宮古市というところに来ている。
宮古市というのは
岩手県の太平洋岸の
ほぼ真ん中あたりにある
漁業の町だ。
小学校の社会科で習う
三陸沿岸のリアス式海岸、の
真ん中ぐらい。
新幹線で盛岡まで行き、
盛岡から車で3時間半かけて
宮古に行った。
「ふるさとホッとステーション」という
CSの番組のロケで、
今日から二泊三日で
いろんな体験をすることになっている。
今日は漁船に乗って
カモメに餌付けをした。
餌付けというか、
船の上からイワシの切り身を投げると
カモメがものすごい数、
ものすごい勢いで集まってくるのだ。
漁船に乗せてくれた中村さんは
とっても面白いおじさんで、
終わった後食事をしながら
いろんな話をしてくれた。
一番興味深かったのは
津波の話だ。
津波について、正しい知識を持っている人は
ほとんどいないと思う。
知識はあったとしても
経験は無いであろう。
私も、津波がどういうものかについて
漠然とした知識はあったが、
それが海で生きる人にとって
どういうものなのか、
今日教えてもらうまで全然知らなかった。
今の津波警報は
人命を優先して
たとえCM中であっても
放送することになっている。
これは、奥尻島地震の時
津波によって大きな被害が出たことで
決められた。
津波の被害が一番大きくなるのは
湾の中に向かって
どんどん幅が狭くなる地形のところだ。
リアス式海岸というのは
まさにそういう地形の土地だ。
過去何度か、
このあたりは津波によって
大きな人的被害を出している。
だから、この辺の人は
地震がきたら
警報が出ようと出まいと
とにかく山の上へ逃げることになっているそうだ。
実際中村さんも、
子供のころ
避難した山の上から
家がいくつも波と共に海に引っ張られていくのを
呆然と見ていたことがあるとか。
津波は大体
人的被害のことだけが報じられる。
しかし、
海が数十センチ動くということは、
海に沈めている様々な養殖のものが
ものすごい勢いで揺すぶられ、
掻き回されることになる。
それによって、
網にくっついている小さな貝が
外れて流れてしまう。
カキでもホタテでも
大きく育てるには時間がかかるが
それが全部ダメになるということだ。
小さな津波、
人的被害の出ない津波でも
漁業には大きな打撃だというのを
今日教えてもらうまで
考えたことは無かった。
本当に、
頭でわかっているつもりでも
知らないことは山ほどある。
夏休みが無さそうなので
この3日間の取材を
しっかり楽しもうと思う。
楽しみつつサイトも更新。l
そんなモバイルな自分に
ちょっと酔っている私。
カッコ悪いなー。
8/3
花火見てきました。
私は花火が好きだ。
ものすごく好きかと言われると
自信は無いが、
好きか嫌いかでいったら
間違いなく好きだ。
なので、
毎年なんとか一回は
花火を見に行くようにしている。
今年は
湯河原の花火を見に行った。
田口ランディさんが誘ってくれたのだ。
田口さんの家から
花火が良く見えるので、
毎年花火大会の日には
田口家に人が集まるのだとか。
この夏、最初で最後の花火になりそうだったので
浴衣を着て、
すっかり夏気分ででかけた。
ダ・ヴィンチの丹治さん夫妻と
感心力の田中さんも一緒だ。
花火は午後8時からということだったので、
湯河原に着いて
まずは日帰り温泉に行った。
湯河原なんだから
温泉は是非モノだ。
こじんまりしたところだったが
相模湾を一望できて
なかなか気分が良かった。
洞窟風呂があったので
丹治さんと二人で
久しぶりにホーメイをやってみた。
洞窟全体が一緒に響いている感じだ。
思ったよりも響いて
洞窟の外の人に見られたのでやめたが
面白かった。
洞窟風呂でプチトランス。ウソだけど。
湯上りにビールを飲んだ。
すっかりいい気分になった。

ほぼ出来上がっている私。
田口家では
次から次へとおいしいものをいただき
じゃんじゃんビールを飲んだ。
二階の窓から花火を見るので
障子を外したりしていたのだが、
せっかくだから
窓や網戸を拭こうという話になった。
窓の拭き方なら
こないだ「暮らしQ&A」でやったばかりだ。
私は窓の拭き方について
偉そうに説明しつつ、
窓2枚と網戸2枚を拭いた。
仕上げに新聞紙を使うのがポイントなのだが
みんなに「へぇ〜」と感心された。
仕事の知識が役に立って良かった。
この知識が私の家の掃除に役立たないものだろうか。
窓を拭き終わったところで
仕事を終えた巻上公一さんがやってきた。
沖縄以来だったので
「あ、巻上さーん!」と
思わず手を振ってしまった。
8時前、
部屋の明かりを消して
花火に備えた。
花火は、まさに目の前に上がった。
場所取りをしなくても
こんなに近くで花火が見られるなんて。
口を開けて、子どものように
「わぁ、わぁ」と言いながら
花火を楽しんだ。
小さい頃に見た花火よりも
花火がグレードアップしているような気がする。
色の変化や形の変化の自在なこと。
あの一瞬のために
ものすごく知恵と力を使っている人が
いるはずだ。
どこのどなただかわからないが
ありがとう。
あなた方のおかげで
日本の夏が彩られているんだもんなぁ。
最終の新幹線で帰ってきた。
良かったねぇ、と何度も言いながら帰ってきた。
湯河原まで出かけた甲斐があった。
湯河原、思ったよりも近いし。
明日からは取材で岩手に行く。
2泊3日、ずっと海でのロケ。
日焼け止め持って行かなきゃ。
7/30
いつ梅雨が明けるんだか。
そして気がつけば6万ヒット。
ありがとうございます。
きょうじゃなくて
先週の話ですが。
思ったよりも仕事が早く終わったので
浅草に行った。
週末に、新体操の先生の
還暦を祝う会があって、
きもので行こうと思ったが
夏の羽織を持っていなかったので
買いに行ったのだ。
「ちどり屋」さんに行った。
残念ながら古着の夏羽織は無かったので
化繊でできた絽の羽織を買った。
そんなに改まった席でもないし
安いものでも無いよりはいいであろう。
ついでに夏用の長襦袢を
仕立てることにした。
いろいろときものについて
教えてもらっていたら、
ふとおかみさんが
「そういえばこないだ
今泉さんの記事を読んだっていう方が
いらっしゃいましたよ」
と言った。
へー。そんな人がいるのか。
でも「ちどり屋」さんのことは
「WEB ダ・ヴィンチ」にしか書いていない。
そんなところまで読んでくれるなんて
熱心な人だ。
するとおかみさんが
「今泉さんと会ったことがあるとか、
ちょっと知ってるとか
おっしゃってたんですけど」
と言うではないか。
私の知り合いで
きものを買ったなんていう話は聞いていない。
誰だろう。
全然思いつかないし
多分そんな人はいない、と言ったら
その場は
おかみさんの勘違い、ということで
話が終わった。
「ちどり屋」さんを後にし、
「めうがや」さんで足袋を買って、
(みょうがや、と読む。念のため)
「冨士屋」さんで雪駄を買った。
それで終わりのつもりだったが
「帯源」さんの前を通りがかったところ
素敵な帯があったので
つい覗いてしまった。
そこで、幅の狭い帯を見せてもらい
つい買ってしまった。
どのお店も、
質問するといろいろ教えてくれるのがいい。
ちどり屋さんと帯源さんでは
30分以上長話をしたと思う。
デパートでも聞けば教えてくれるが、
女性の店員さんは
男のきものにそれほど詳しくない人もいる。
やっぱり
帯のことは帯屋さんに、
履物のことは履物屋さんに聞くのが
一番いい。
それに、
冨士屋さんでは
鼻緒がきつかったら
持っていけば直してくれるし
帯源さんでも
帯の端が擦り切れたら
端を切って繕い直してくれる。
きもの自体長く着られるものだが
周辺の小物も
長く使えることを考えると
値段だけ見て
単純に高いというものではないと思うのだ。
買い物をしたあと
浅草ROXの「まつり湯」に行った。
そんなに広くはないが
なかなか落ち着いた感じでよい。
風呂を堪能したあと
大広間でビールを飲んでいたら
「浅草名物本場安来節
どじょうすくい踊り」が
始まった。
浅草の名物といえば
雷門とか浅草寺だと思っていたが
安来節も名物だったのか。
考えてみたら
どじょうすくいを生で見るのは
初めてであった。
他のお客さんは
あまり関心が無い様子だったが
私は結構じーっと見てしまった。
しーっと見ていたら
司会の人が
すがるようにずっとこっちを見て話すので
困ってしまった。
ビールを飲んだあと
仮眠室でつい2時間ほどウトウトしてしまい、
起きたら9時半であった。
携帯の留守電に
飲みの誘いが入っていたので
ちょっとだけ顔を出した。
渋谷で待ち合わせたところで
2度ほど飲んだことがある
べいちゃん(東大中退)に会った。
べいちゃんは
私が持っていた「ちどり屋」の紙袋を見て
「こないだここに行きましたよ」と言った。
なんだ、べいちゃんだったのか。
べいちゃんは、
前からきものに興味があったのだが
「ダ・ヴィンチ」を読んで
かなり背中を押されてしまったのだそうだ。
思わぬところできもの仲間が増えた。
面白いなぁ。
浅草には
これからも通うことになると思う。
35歳になって
浅草が身近な街になるとは
思ってもみなかった。
こうなりゃ
「目指せ粋なオヤジ」だ。
どんなオヤジだろうなそれ。
身近にいる「粋なオヤジ」の情報を
お待ちしています。
6万ヒット記念に
「テレビ語の謎」更新しました。
すごい言葉仕入れちゃいました。
ふふふ。
7/28
なんだかんだで
一週間更新せず。
すいませんー。
私は、サッカーがそれほど好きではない。
別に嫌いではないし、
日本代表の試合は観たりするが
ひいきのチームなどは
別に無い。
サッカーだけではなく、
野球もそんな感じだ。
そんな私だが、
昨日、サッカーの試合を観に行った。
「FC東京対京都パープルサンガ」という
微妙なカードだ。
FC東京にも京都パープルサンガにも
正直言って何の思い入れも無い。
それなのに何故行ったのかというと
ほぼ日の西本さんと
打ち合わせをしたあと、
これからサッカーを観に行くというので
なんとなくついていっただけだ。
国立競技場に行くため
外苑前の駅を出たら
たくさんの人が歩いていて
出店も並んでいた。
こんなにサッカーを観る人がいるのか、と
思っていたら
みんな神宮球場へ入っていった。
巨人対ヤクルトの試合があったのだ。
やっぱりなー。
国立競技場に行ったのは
初めてであった。
芝生の外のトラックの幅が狭いので
思ったよりもピッチが近い。
コアなファンは、
料金が安いゴール裏の席に陣取る。
私と、西本夫妻、西本妻の妹、
友人のタカバシくん
(オレンジマウンテンというサイトをやっている)
そして私は
ゴール裏の前から3列目に並んで座った。
試合が始まる前、
ファンが立ち上がって、チームのタオルを手に持ち
英語の歌を歌う。
これが、英語の上に盛り上がるまでが長いし
みんなで歌うには難しい曲だ。
でも、みんな歌うのだ。
面白いなぁ、と思いつつ
試合開始。
開始早々、FC東京が先制ゴールを決めて
盛り上がる。
盛り上がりついでに
その後しばらく
いろいろな応援歌が続いた。
笑った。
全部覚えていないが
「なんてったって東京〜、
東京は〜やーめられなーい」とか
そんなのがあったり。
要は
「東京」がついてれば
なんでもいい感じなのだ。
あと、ルパン三世のテーマを
「おーとこにはー 自分のー世界がーある」
とそのまま歌うのだが
「ひとすじーの流れ星ー ルパンザサード」
の「ルパンザサード」の部分を
「東京ガース」と歌うのだ。
確かにFC東京の前身は東京ガスだ。
だからって
この歌のこんなところに
「東京ガース」って。
他にも、
選手がオーバーヘッドキックで
ゴールを狙うと
(結局失敗したけど)
「オーバーヘッド、東京!」とか。
ものすごくそのまんまだ。
他のチームの応援を知らないのだが
どこもこんな調子なのだろうか。
それともFC東京だけが
ちょっとお調子者っぽいのだろうか。
また行くかと聞かれたら
ちょっとどうだかわからない。
でも、行って良かった。
取材に出かけて思うのだ。
なんでも生で観るのは面白い。
テレビは
それなりに多くのことを
伝えられる場所ではあるけれど、
やっぱり生で観ないとわからないことが
たくさんあって、
いくら言葉を尽くしても
それにはかなわないなぁ、と思うことがある。
とりあえず行ってみる、
とりあえずやってみる。
私、そういうのが好きなんだろうな。
あれ、やってる仕事と矛盾するかな。
7/21
イトイさんが転んだ。
今日の「ほぼ日」で
イトイさんが京都駅で転んだ話を
書いている。
あのイトイさんが
発車間際の「のぞみ」の前で
派手にすっ転び、
列車が無情にも出発していく光景を思い
申し訳ないが
パソコンの前で声を出して笑ってしまった。
アハハハハ。
人のことを笑っている場合ではない。
イトイさんは
「転ぶ社会人を、あなたは見たことがありますか。」
と書いていたが、
私は時々転んでしまう。
しかも、何も無いようなところで転ぶ。
転ぶときは大抵、
自分が転ぶなんていうことを
全く想像していないので、
転んだという状況に体が追いつかず、
ちょっとつまづくとかいうレベルではなく
文字通りすっ転ぶことになる。
周りの人が
見ていないようで絶対に見ているのが
痛いほどわかる。
それよりも本当に痛い。
でも痛いなんて言えないので
飛び散った荷物を拾い集めつつ
転んだ場所を不思議そうに見てみたりして、
できるだけ早く
その場所から遠ざかる。
そして人がいないところで
「あいたぁ〜」と
しみじみ手のひらの傷を見つめたりするのだ。
そういうことが
少なくとも今までに5回以上はある。
今思い出しても悲しくなってくる。
ちょうど2か月前、
ボロットさんのコンサートの打ち合わせを
していたときのことだ。
トイレに行こうと立ち上がり
スリッパを履こうとした途端
「びたん」と音を立てて転んだ。
正座していたので足がしびれていて
足首が伸びた状態のまま
かかとではなくつま先から
床に足をついてしまったのだ。
気がついたら
目の前に床があった。
多少酔ってはいたが
自分では転ぶほど酔ってはいないつもりだったので
驚いた。
驚いただけなら良かったのだが
左足をくじいてしまい
それから今に至るまで
足首にサポーターをしたまま
毎日を過ごしている。
昔、器械体操をしていたときに
靭帯を伸ばしたことがあるので
対処法は良く知っている。
ただ、昔に比べて
なかなか治らなくなった。
歳とったんだなぁ。
これからの人生、
できるだけ転ばないように過ごしたいとは思うが
私のことなので
またどこかですっ転ぶのだろう。
どうせ転ぶにしても、
今回のイトイさんのような派手な状況は
極力避けたいものだ。
なーんて、
イトイさん他人事ですいません。
7/18
「きのうまでのいまいずみ」今年上半期分の
6/13のところに
梅干しの話を書いている。
梅干しは克服したが、
基本的には酸っぱいものは
まだそんなに得意ではないし
酢のにおいも好きではない。
そんな私に試練がやってきた。
今日の「暮らしQ&A」は
「酢」がテーマであった。
本番前、酢が入った皿にかけてあった
ラップを外したら、
スタジオじゅうに酢のにおいが立ち込めた。
スタジオじゅう酢だらけなのだから
そりゃあすごいにおいであった。
むせ返るような空気の中で
私は酢を飲むことになっていた。
米酢、穀物酢、赤ワインビネガー、バルサミコ酢。
どれも3倍に薄めてあるのだが
できればあんまり飲みたくない。
しかし飲むのが私の役目だし、
ただ飲めばいいというのではなく
それぞれの違いを描写しなければならない。
覚悟をして、まず米酢を飲んだ。
くわー。
酸っぱい。
今、「酸っぱい時の顔」になっているな、と
自分でもわかるぐらいに酸っぱかった。
スタッフから笑いが起きた。
教育テレビでスタッフから笑いが起こるなんて
この番組ぐらいであろう。
次は穀物酢だ。
あ、酸っぱいけどさっきよりはマイルド。
人間の舌とは恐ろしい。
さっきの米酢でもう免疫ができているのか、
これはそんなに酸っぱく感じなかった。
次は赤ワインビネガー。
ワインの香りがする。
酸っぱいワインという感じ。
これも思ったほど酸っぱくなかった。
しかし酸っぱいものを飲み続けているので
私の声はひっくり返っているし、
スタッフは笑いっぱなしだ。
ふと「ここで予定時間」という紙が見えた。
2分半の予定のコーナーだったが
その時間が来てしまった。
終わろうかと思ったが、
予定ではバルサミコ酢も飲むことになっていた。
押してるんだから
(押す、の意味がわからない方は
テレビ語の謎を参照のこと)
ここで終わっても良かったのだが、
なんだかもう一つ飲んで欲しいような空気が
スタジオに漂っていた。
よし、だいぶ慣れてきたし
バルサミコ酢も飲んでみよう。
うあああ。
なんだこれは。
濃厚に酸っぱい感じだ。
スタジオじゅうの人を大笑いさせて
コーナーは終了した。
私は涙目になっていた。
教育テレビで
酢を飲んで泣いている人なんて
どう考えても私だけであろう。
1年分の酸っぱさを
一気に体験したような思いだ。
また酸っぱいもの経験値が上がった。
でももういいです。
うう。
7/16
更新していないと
「お忙しそうですね」なんて
心配していただいたりするのだが、
ここ最近
酒を飲む機会が多く、
酔っぱらって家に帰ってくるので
書けていないだけだ。
だめだなー。
昨日は
一緒にはなまるアナをやっている
皆藤くんと旗本さんと私の
3人で飲んでいた。
飲みながら、
今度はなまるで取り上げる
年金の話になった。
年金について、
最近まで正しい知識が無かったし、
制度自体も複雑なので
私だけではなくほとんどの人が
よく知らないまま生きていると思う。
そんな話をしていたら
何故か途中から
年金制度について
皆藤くんとちょっとした言い争いに
なってしまった。
でも、あれこれ言っている途中で、
「なんで俺らは年金のことで
こんなに熱くなってんだろう」と
ふと思ってしまった。
それを2人に言うと
「そうだよねぇ」ということになり
みんなで笑ってしまった。
私達は3人とも同じ歳だし
仕事に対するスタンスが似ている。
そして結構マジメだ。
マジメなのでマジメに年金の話をしていたら
意見がくいちがったので
マジメに言い争ってしまったという訳だ。
しょうがないなぁ全く。
でも、こんな話を
飲みながらマジメにできる同業者の友人は
とても貴重だと思う。
最後はニコニコ笑って
「また飲もうねー」と言って別れた。
私達は同じコーナーを担当しているので
休みが重なることは
なかなか無い。
誰かが休みの時は
他の人が必ず仕事をしている。
この飲み会だって、
企画しては流れて、の
繰り返しであった。
大事な仲間との大切な時間だ。
私はよく飲んだ話を書くので
飲んでばっかりだと思われるかもしれないが
(そして実際そうなのだけれど)
私はお酒だけが好きなのではなくて、
一緒にいる人とか、
飲んでいる場所とか、
食べているものが好きだから
飲んでいることが多い。
酒が無ければ生きていけない体だとか
そういうのではないので
ご心配なく。
7/13
昨日は第2回の
「きものでお出かけの会」だった。
前回はコクーン歌舞伎を観に行ったが
今回はなんとブルーノート東京で
ジャズである。
堤さんをはじめ
私以外のメンバーは
ジャズが好きなので
ブルーノートに行こうという話になった。

ノンさまと私。
私のきものはこないだ
ダ・ヴィンチの取材の時に買ったもの。
ジャズ、全然くわしくないのだけれど
どうせ聴くなら生がいいと
ずーっと思っていたので
ちょうど良かった。
昨日のステージは
マッコイ・タイナー。
名前を聞いたことはあるような。
もう65歳だそうだが
一緒に行った人が
「40年前のレコードと
演奏が変わらない」と
感動していた。
もちろん私も
感動しまくっていた。
なんてカッコいいんだろう。
音だけ聴いていても
心が動くとは思うけれど、
その音がどうやって出ているのか、
体の使い方や息遣い、
目と目を合わせて間を計る仕草、
そういうものを
目の当たりにしながら聴くのは
本当に贅沢だと思う。
終わったあと
堤さんに連れていってもらったお店も
とってもおいしかった。
素敵な演奏を聴いて
おいしいものを食べて
おいしいお酒を飲んで
まぁなんて素敵な夜なんでしょう、と
盛り上がり、
気持ちよく帰ってきた。
帰りのタクシーの中で、
人生の残りの時間を
どれだけこういうことに使えるだろうかと
ふと考えてしまった。
時間やお金の使い方は
結婚したりとか
子どもができたりとか
転職したりとか
いろんなことで変わってくる。
それでも
やりたいことをやり
行きたいところに行くためには、
必要な時間やお金を
意識して作っていかなければ
ならないということになる。
余裕とか、余力みたいなものが
要るということかな。
無いなー余力。
さて。
明日のはなまる「今日の目玉」は
医療費がテーマ。
こないだの生命保険にしろ
今回の医療費にしろ、
自分が入院した時の経験や知識が
ずいぶん役に立っている。
なんでもやってみるものだなぁ。
7/10
ちょいと更新をさぼってしまった。
ここ2日のことを簡単に。
火曜は「はなまる」のオンエア担当日だった。
安東アナに久しぶりに会った。

ちょいとお疲れの安東くん。
この日の安東くんは大変だった。
普段志賀アナが担当している
「あさがけウォッチ」を
代理でこなし
(志賀くんは
喉にポリープができてしまって
しばらくお休みなのだ)
それからはなまるで
「お世間様」というコーナーをやって、
終了後すぐ
「ガチンコ」のロケだそうだ。
一日に番組を3つも掛け持ちして
そのうち2つが生放送で、
しかも1つがニュース番組だなんて
相当に大変だ。
ましてや安東くん、
ニュースは8年ぶりだそうだ。
ワハハ。
真顔でニュースを読む
安東くんが見てみたい方は
朝5時に起きて
TBSを見てみよう。
昨日は
はなまるのロケのあと
暮らしQ&Aのロケがあった。
西麻布の「siruka」というお店で
撮影をしたあと
NHK局内の料理準備室で
sirukaの酒井さんに
桃のコンポートを作ってもらった。
料理準備室の前のスタジオでは
「おしゃれ工房」の収録をしていて
ちょうど陣内貴美子さんが
通りかかった。
「陣内さ〜ん」と声をかけると
「何やってんの〜、ちょっとおいで」と
スタジオに引っ張り込まれた。
「これからコレを作るの」と
ステンドグラスのランプシェードを
見せられ、
伊東アナに
「はなまるチームでーす」と
紹介された。
ここNHKだってば。
伊東アナに「暮らしQ&Aの今泉です」と
挨拶をしたら
「もちろん知ってますよー」と
言われた。
そういえば安東くんも
「NHK見てるよー」と
言っていた。
結構見ている人が多いんだなぁ。
それにしても
陣内さんは相変わらず面白い。
「陣内さん大好き〜」と言ったら
「付き合ってる人いるくせに」と
言われた。
まだあのネタ続いてたのか。
7/6
ちょっと忙しかった。
金曜日は朝に「はなまる」、
夜には「暮らしQ&A」のオンエアがあった。
あまり寝ていなかったので、
夕方にボーっとしてしまった。
でも本番はテンションが上がって
ちゃんとできた。
私は生放送が好きだし、
仕事として得意なジャンルだと思う。
何がいいって
時間が来たらイヤでも終わるところ。
アハハ。
土曜は、10時から
友人の披露宴の司会をして、
16時からは
かつしかFM「どうにもとまらない」の
生放送。
どちらもいろいろと準備がいるので
前日NHKから帰ったあと
午前3時過ぎまでなんだかんだやっていた。
2日続けて
3時間足らずしか寝られなかったので
かつしかFMが終わったあと
「あぁ終わったぁ!」と思って飲んだら
すぐに酔っぱらった。
寝不足ってよくないなー。
あ、面白いメールをいただいた。
>初めておたよりします。
>母親と『くらしQ&A』を見ながら、
>今泉さんが
>双子かフリーのアナウンサーか
>ということで、口論になり
>このページまで、たどり着きました。
>そしたら、なんと
>3日の日記に
>『はなまるとくらし〜の今泉アナは双子か兄弟である』
>といった内容のことが書いてあったので
>笑いが止まらなかったです。
>NHKっていうのがミソだったんですね。
>フリーのアナウンサーを使わないだろうと・・・・。
>母親が言いきってましたよ。
>しかし、私はズームインにでていらっしゃるときから
>今泉さんを覚えていたので、
>はなまるでテレビに映っているのをみて
>フリーになったんだなぁ〜って思ってました。
>この勝負は私の勝ちだったわけです。
アハハ。
私なんかのことで
口論になるだなんて
申し訳ない思いだけれど
面白いですー。
お母さまにどうぞよろしく。
7/4
本日発売の「ダ・ヴィンチ」8月号に
こないだの京都取材の記事が
載っている。
 
表紙と、特集の最初のページ。
あんなに楽しかった京都の一日が
こうして形になるなんて
本当に嬉しい。
私が「あぁ、楽しかったなぁ」と
感慨にふけっている間、
いろんな方が努力をしてくれて
この特集が出来上がった。
雑誌の取材を受けたことは
何度もあるが、
雑誌の取材をするのは
初めてであった。
いろんな勉強ができた。
立ち読みでもいいんですけど
できれば買って読んでみてくれると
ダ・ヴィンチの皆さんも
喜ぶと思う。
お世辞で言うわけではなくて、
ダ・ヴィンチって
いい雑誌なのだ。
何か本を読みたいけれど
何を読んだらいいのかわからない、というときに
この雑誌はとても役に立つと思う。
それにしても、
きものを着ている自分が
雑誌に載っているだなんて
なんだか照れるような。
何に照れてるんだか。
7/3
はなまるの今泉さんと
暮らしQ&Aの今泉さんは
双子である。
へぇ〜。
ってなことにならないかな、と
密かに思っている。
いまだにこの2人が
兄弟か双子ではないかと
お悩みの方がいらっしゃるようなのだ。
こないだNHKで
メイクをしてもらいながらこの話をしたら、
メイクさんが
「じゃあこっちの時は
少し眉毛濃い目にしましょうか」と言った。
アハハ、それはいいや、と
ゲラゲラ笑った。
今日、NHKの打ち合わせで
この話をしたら、
スタッフが
「ホクロつけるってのは
どうですかねぇ」と言った。
はなまるの時は右、
くらしQ&Aの時は左、みたいな。
それも面白い。
そういえば子どもの頃、
ザ・ピーナッツはホクロで見分けるのだと
教わった覚えがある。
どっちがどうだったかも、
どっちがジュリーの最初の奥さんだったかも
すっかり忘れてしまったが。
ホクロ、いいなぁ。
やってみたいなぁ。
ちなみに明日は
朝はなまるに出て、
夜は暮らしQ&Aに出ます。
もちろんどっちも生放送です。
ひえー。
7/1
またひとつ歳をとりました。
この歳になると
誕生日だからといって
とりたてて嬉しくもない。
でも、
「おめでとう」と
こんなに言ってもらえる機会も
そうそう無いかと思うと
ありがたい。
今日は一日中ロケであった。
新宿高島屋で店内の撮影をしたあと
上にある「つばめグリル」で
お昼ごはんを食べた。
「つばめグリル」に行ったのは
席数が多いので
待たずに座れるというだけのことで、
私は和風ハンブルグステーキを食べた。
スタッフに
「お誕生日おめでとう」と言われ
やめてくださいよーと
照れながら食事をした。
次のロケ先は
西麻布の「十々」という焼肉屋さん。
お店の方が、
私が誕生日だと知って
撮影用の他にも
お肉を焼いてくれた。
おいしかったぁ。
その次は
数寄屋橋の「バードランド」という有名な焼き鳥屋さん。
大将の和田さんが
撮影用に肉を焼くたび
「はい、お誕生日の人」と
私に手渡してくれた。
レバーのおいしかったのなんのって。
誕生日だからといって
こんなに良くしてもらったことが
今までにあっただろうか。
あったかもしれないが
ずいぶんと昔なので
すっかり忘れてしまった。
こうして考えると
誕生日もいいものだ。
お腹もいっぱいだ。
だが、ロケがまだあった。
料理研究家の池上保子先生のところで
さらに3品作っていただいた。
おいしかったが
ほんのちょっとしか食べられなかった。
悔しい。
メールもたくさんいただいた。
なんだかんだ言っても
やっぱり嬉しい。
わざわざプレゼントを贈って下さった方、
お気遣い感謝しております。
プレゼントの送り先をお尋ね下さった方、
そのお気持ちだけでもう十分です。
撮影中、焼肉屋さんの有線で
天地真理の歌がかかっていた。
「ひとりじゃないって〜
素敵なことね〜♪」
こんなにたくさんの人に
お祝いしていただいて、
なんだか天地真理の気分だ。
ありがとうございました。
現在のものはこちらから
2003年1月〜6月はこちらから
2002年の分はこちらから
|