◆AT車がクルマ社会を悪くしているという話◆
山と渓谷社刊   エコロジー時代のRVの選び方・使い方
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 1997年12月に行われた地球温暖化防止京都会議で、参加各国に、温暖効果ガス(CO2やメタン、大体フロンなど)排出削減目標が与えられた。日本のそれは「2008〜2012年の平均で、’90年より、6%削減すること」というものだ。ところが、’96年の排出量が、すでに'90年の8.8%増であり、それと合わせると14.8%も削減しなければならない。’97年以降は景気の低迷によって、横這いから現象傾向にあるらしいが、それでもこのハードルはかなり高そうだ。
 排出される温暖効果ガスのうち、約90%がCO2だという。そのうち、クルマの走行に関わる部分は、約18%だというから、温暖効果ガス全体に対する自動車排ガスの寄与度は16.2%ということになる。
 クルマ業界の取り組みを見ると、運輸省の主導によって、ガソリン乗用車は2010年までに平均15%(いずれも’95年比)の燃費向上を目標に、技術開発が進められている。
 では、僕たちに何ができるのか?アイドリング・ストップや、都市部での公共交通機関利用などがすぐに思い浮かぶが、もうひとつ「AT車をやめてMTにする」ということが挙げられる。
 現在売られているAT車は、10・15モード燃費でおおむね10%、MT車より燃費が悪い(実用燃費では、その差はもう少し大きくなる)。だから2005年まで待たなくても、AT車をMTに変えるだけで、約10%のCO2排出量の削減が期待できるのだ。

 AT車の燃費がMT車より悪い大きな理由が、MT車のクラッチにあたる「トルクコンバーター」のスリップだ。扇風機を2台向かい合わせに置いたことを想像してほしい。片方のスイッチを入れて風を送ると、もう片方が風を受けて回り始める。それを風の代わりに油でやっているのがトルクコンバーターだ。機械的に連結されていないから滑りが生じ、それが「半クラッチ」の代わりをしてくれるのだが、半クラッチが必要でないときでも滑りが生じるので、伝達ロスが生まれて燃費が悪化するのである。
 ATに限ったことではないが、人間が楽をするということは、それまで人間がエネルギーを出してやっていたことを、石油を燃やしてやらせていることにほかならない。つまり人間が楽をしようとすればするほど、CO2排出量は増えることになる。ATの普及はそれを象徴しているように僕には見えるのだ。

 AT車がこれだけ普及した背景には、AT限定免許の存在が考えられるが、僕はコイツにも疑問を持っている。
 AT限定免許は、’90年6月に総務庁から勧告が出され、翌年11月からスタートした制度だ。設定の根拠は「AT車の事故が急増しているから、AT車の操作に習熟するため」というものだった。
 しかし、実際の事故データを調べてみると、乗用車に占めるAT車の登録台数が51、1%だった’89年、死亡事故に占めるAT車の割合は42,7%と、普及率より低いのである。となれば、「AT車の事故が急増したのは、普及率が高まって絶対数が増えたのが原因で、MTの操作ができる人がAT車を運転しても、死亡事故は増えない」と考えるのが筋ではないだろうか?

 もし本当に「AT車の操作に習熟するため」というのが理由なら、「MT車の教習に加え、それまで4時間しかなかったATの教習時間を増やす」という対策にしなければおかしいはずなのに、実際に行われたのは、「クラッチ操作を習得する必要がないから、その分、教習時間を3時間減らしたAT限定免許」が作られたのだ。
 そもそも、「AT車の操作に習熟するための限定免許」であるならば、「MTで免許を取ったものは、AT専用講習を受けなければAT車には乗れない」としなければおかしいはずだが、実際にはMTで免許を取れば、AT車には自由に乗れるのだ。これではAT限定免許には、まったく説得力がないではないか。

 そんなわけで「AT限定免許を作って免許を取りやすくすれば、潜在需要が換気されてクルマが売れる」というあたりが、本音なんじゃないかと思うのである。

 ともあれ、それまでクラッチ操作ができずに免許取得を諦めていた人でも、簡単に免許が取れるようになったわけだが、僕はここに大きな問題が隠れているのではないかと考える。

 
クルマの運転と言うのは、「認知・判断・操作」の連続である。例えば、赤信号を「認知」したら、”止まる”という「判断」をして、ブレーキを踏む「操作」をする。つまりどれだけ「認知・判断・操作」が性格にできるかどうかが、クルマを安全かつスムーズに運転するカギを握っているわけだ。で、MTのクラッチ操作である。これは、発進に際にエンジンの回転数を「認知」し、クルマの動きとエンジンの回転数からクラッチの接続状態を「判断」し、エンストせずにスムーズに発進できるよう、アクセルとクラッチを「操作」するという、クルマを動かすにあたってもっとも基本的な
「認知・判断・操作」のプロセスである。
 発進してからは、速度とエンジンの回転数の関係を「認知」し、変速かどうか「判断」し、適切なギアを選択する「操作」を行う。
つまり、MTクルマのクラッチ操作やギアチェンジが適切にできるかどうかということが、ひとつの「運転適正試験」になっているのではないかと思うのだ。
 単刀直入に言えば、「MT車が運転できない人は、運転適正に欠けるのではないか?」ということだ。つまりAT限定免許は「運転不適格者の大量生産制度」以外の何物でもなく、AT車の事故を減らすどころか、増やす方向に作用しているのではないかと思うのである。現実にAT限定免許がスタートして以来、死亡事故こそ横這いだが、事故件数も負傷者も増加している。

 
そこで、AT限定免許を発案・勧告した総務庁にAT限定車と事故の関係を聞いてみた。 ところが、「そういう調査はしていません」とのことだった。「AT車の事故が増えたから」といって作った制度の効果を確認していないとは、いったいどういうことなのか?これでは、最初から事故削減など期待していないことを白状しているようなものではないか。
 
 総務庁は直ちに「AT限定免許と交通事故の関係」を調査して、「AT限定免許保持者の事故率が高い」という結果がでたら、制度の見直しを勧告すべきである。
 
 生身の人間にぶつかれば「ゴメン」じゃ済まない機械を操作するのに「適切な認知・判断・操作ができません」という人が、このまま増えつづけたら困るのだ。