物件名

伊豆稲取隔離病棟

 

  廃墟齢 不明 危険個所 崩壊、床踏み抜き、残留薬品  
  築年数 不明 規模 中程度(平屋3棟)  
  荒廃度 非常に朽壊 所在地域 静岡県  
  分類 廃墟 備考 憑依現象の噂で有名  
  物件用途 病院   床や柱の腐食が激しく、危険  
  被写体適度 S+   一番上の棟は床全体に竹が茂る  
  来訪歴 2004年7月  
  収録作品 未公開  

歴史的背景など

天然痘患者の隔離病棟だったらしい。

 

噂など

病院廃墟には必ず多かれ少なかれ心霊現象の噂がつきものであるが、この廃墟についてはその「恐れられかた」の度合いの割にははっきりした体験談が語られておらず、いわば「状況証拠的」な都市伝説ばかりである。その代表例としては、

@かつてここで多くの人が命を落としたとされる
A夜中にストロボを使っても真っ暗な写真しか撮れない
Bこの廃墟内を撮影した写真を見た(HPでの公開も含む)だけで気分が悪くなった
C地元の人は決して近寄らない
D見ただけで強い霊気を感じた

などである。どちらかというと、その朽ち果てた風貌と隔離病棟としての歴史から容易に連想されるものばかりであるようにも見えるが。

また、この土地での天然痘にまつわる話は、遠く江戸時代まで遡る。しかしながらこの建物がいつ建てられたか、どこの病院のものだったのか、閉鎖された時期はいつか、などといった経歴について今のところ何も得られていないという事実が、この建物を魑魅魍魎のような存在にしている。

 

個人的所感

上記の噂の中で特筆すべきはAの現象についてであろう。通常このような事が起これば、当然のように「心霊現象」として扱われるが、私なりの「心霊否定論」的分析をするならば充分説明可能であると考える。

これは某サイトで語られている「最後の部屋を撮ろうとした時」の話だそうだ。この人は一番上の病棟へは行っていないそうなので、最後の部屋とはベッド一基とマットレス3〜4枚が並べられた一番広い部屋を指すと考えられる。また、「一刻も早く立ち去りたい程の恐怖を感じていた」とも言っていることから、部屋の中へはそれ程踏み込んでいないだろうと推測される。

私の推論が正しければ、ここで起こった現象は「部屋が広すぎてストロボ光が物体まで届かなかった」という現象であると考えられる。特に真っ暗闇ではシャッターが切れたとしても、カメラ側のシャッタースピードを判断する機能が動作できない為、シャッタースピードはけっこう速くなっていたのではないか?カメラもまさに「闇雲に」シャッターを切った、という状態なのである。

ゆえに、この場合は別のカメラを使ったならば、ひょっとしたらシャッタースピードが若干遅くてストロボ光が何かに反射したところを写せたかも知れないと考えられる。またはもっと壁や物体に近づいて撮影すれば、このような現象は発生しなかったと考えられるのである。

次にBとDについてであるが、これらは心霊の存在を肯定する材料としては「全くの論外」として考える。同じ物件であっても、私が訪れたような炎天下の晴天の下では、不気味な雰囲気など微塵も感じなかった。このように言うと「霊は天気のいい日は集まらない」と猛反撃されるであろうことは分かっているが、それではユーレイさんも天気が良ければお出かけするのか?確か地縛霊の定義はその場に留まっているというものではなかったか?

天気の悪い日や夜間に訪れて「怖いから行かない」というのは極めて正しい判断であると考える。しかしながら、それはその人がその場で感じた「感情」であると考えるし、またこの建物内部の非常に朽壊したオドロオドロしい写真を見て気分が悪くなるのは人間のごく自然な生理反応であると考える。「この廃墟には絶対に心霊が憑依している」と主張する事自体は間違いではないと思うが、それならばもっと明確な根拠をもって理論を展開して欲しいと熱望するものである。

老婆心ながら付け加えるが、「そんなに怖いなら晴れた日の昼間に行きなさい」と言いたい。平常心を失った人間は、その場で起こったあらゆる現象を正確に把握し分析できるとは、どう考えても思えないのである。

 

撮影時のエピソード

この廃墟は、実は2回目のアタックで発見・撮影に成功した物件である。事前の情報解析に自信のある私にとっては非常に屈辱的な結果なのであるが、そのおかげでオドロオドロしい写真を撮らずに済んだ。一回目のアタックは雨の日だったのである。

その日は「伊豆地方曇りのち晴れ」の天気予報であった。最近の天気予報はなかなか良く当たる。そう思って霧雨も気にせずバイクで東京を発ったのは、日も昇りかけた初夏の早朝であった。

「伊豆まで行けば雨は止む」そう信じて国道246を走る。しかし、行けども行けども雨は止むどころかどんどん強くなってゆく。初夏と言えど念のためと思って着込んだ分厚い皮ジャンもしみ込む雨を抑えきれず、全身ずぶ濡れとなって目的地を目指す羽目になっていた。

「背中が痛いな?」と感じるようになっていたのは、熱海の「廃墟」旅館群を望む海岸線に到達した頃だった。私は発熱していたのである。発熱で関節が痛くなるのはいつもの事であるので、体温を測らなくても発熱はすぐに分かる。しかしバイクに乗りながら節々が痛み始めたのにはさすがに泣きが入った。

そして「もう帰ろう」と決断したのは、雨による視界不良と発熱による注意力散漫も手伝ってこの廃墟の発見に「失敗した」と判断した時であった。目星をつけた道路を2往復しても見つけられなかったのである。

伊豆の山道、痛む体を左右に振り、なんとか三島近くの吉野家にたどり着き豚丼の特盛(!)をがっつく。食欲は全く無いのだがサバイバル本能で義務的にハラに押し込む。そして雨は止んだがヒンヤリとした空の下を、風を受けて皮ジャンが乾くときの気化熱による体温低下のリスクと家に帰り着くまでの所要時間とを冷静に天秤にかけ、高速道路を飛ばして帰ることにしたのである。

2回目のアタックは真夏の炎天下、抜けるような晴天の日であった。前回とはうって変わってTシャツ一枚で走っていても、「暑い」と感じる風を受けながら走っていた。しかしこの日も最初はこの建物を発見できず、「じゃあ代わりに」と予定外に見つけたホテル廃墟を撮影し、あきらめて帰る途中で突然閃くようにこの物件を見つけることが出来た。

そこは瑞々しい緑に包まれた美しい廃墟で、本当に来て良かったと思いながら撮影していた。それ故あとで「伊豆の最恐スポット」などと言われていた事を知って愕然とした。そして被写体とは撮影条件や撮影者の感性によって恐ろしくも美しくもなり得るものなのだと理解するに至ったのである。