プロローグ
「ハットン中尉! 命令違反です! こんなところまで偵察に出るなど。もう第五軍の海域ですよ!」ルード少尉は赤茶けた海中をかき乱しながら前をどんどん進んでいくカプールに呼びかけた。返事はない。狭いコクピットでため息をついた。
どうしてこんなはめになったのだろう。士官学校の成績は悪くなかったはずなのだ。第七か第八、どっちでもいい、宇宙軍付けになりたかった。だが、掃き溜めとも言われる第六軍――南極方面軍にこさせられ、モビルスーツとしては傍流の水陸両用機カプールのパイロットにさせられ、この規律をなんとも思わないハットンという隊長の下におかれたのだ。二十歳の青年が人生に絶望するのには十分だろう。全天視界モニターの照り返しを受け、純ニグロの血を引く黒い顔の真ん中で、厚い唇が屈辱に引きゆがむ。手が白くなるほど強く操縦桿を握った。生真面目な彼には、コクピット内の備品にやつ当たりして殴りつけたりといったことはとても思いつかない。これが精一杯の苛立ちの表現である。
隊長とルードの2機だけで訓練中である。今の時代の海は視界が5mもあるところはほとんどなく、距離はとっくに100mは離れていて、隊長機は影も形も見えない。だが、猛スピードで海中を進んでいるので、派手にごぼごぼと海中をかき回す音を立てており、音響ソナーレーダーは頼りになる。後を追う。
隊長機の音が急に小さくなった。水流の噴射を止めたようだ。こちらも惰性で流すだけにする。たちまち海は静寂の世界となった。
『聴いたか?』ハットン隊長からのコールがあった。画像がきていない。無線ではなく、海中通話だ。水中を通る音響をダイレクトに聴いている。
「え?」
『大きなものが、海中に落ちた音がした。サイズはモビルスーツ級だ。調査する! 無線は封鎖。海中通話を使え。微速前進。潜望鏡深度』ハットンは突き放すように命令し、ゆるゆると前進しだした。
ルードには聴こえなかった。ついでにいうなら、隊長の言葉も信じていない。訓練の一部か、隊長の冗談か、そんな程度に受け取った。ハットンは隊員には人気があったが、規則違反も多いし、隊の雰囲気は非常にルーズである。訓練中も妙な冗談が多いのだ。
しかしながら、命令は命令である。ため息をつきながらルードは潜望鏡を一応出した。
ルードは息を呑んだ。丸みを帯びた銀色の重モビルスーツが空中に浮かび、海に肩まで沈んだ同型と思われるモビルスーツに腕を貸して、引っ張りあげようとしていたのである。
「……データにない機体! 隊長!」
『ばか、マリナーが海中で大声を出すんじゃない。例え相手に聞こえないとしても、だ』ハットンはルードをたしなめた。
ルードは素直に従った。あんなものを、偶然発見できるわけがない。担当を大きく外れた海域まで出張ってきたのは、これを見つけるためだったのだ。何かが起ころうとしている。ルードは優秀な士官らしく、冷静に思考を進めると同時に、若者らしい興奮を覚えていた。
『よし、画像は取った。静かに潜行する。気取られるな』
「隊長、あれはいったい何ですか」30mも潜るともはや暗黒である。地球の海は汚れていた。ルードは勢い込んだ早口でハットンにコールした。母艦であるマッドアングラー級潜水艦<リュウグウ>へ戻る途上である。
『なあ、おまえ、何で南極軍に配属された?』ハットンははぐらかすように、のんびりと言った。
「は?」ルードは肩すかしを喰らった格好になった。
『おまえが不満に思っていることは知っているよ。別に問い詰めようって訳じゃない。どう考えているのか、おまえの口から聞きたい』言いよどむルードに、ハットンは意外なほどやさしく返答を促した。
「あの? 学校の成績が足りなかったのではないかと思ってますが」
『ふふん、素直だな。南極軍が成績不良の溜まり場だって言ってるのと同じだぞ、それ』
「あ。すみません」
『別にいい。だが、自分の成績が悪かったっての、本気思ってるわけじゃないだろ? おまえは、成績は抜群だった。同期の二千人中、百番に入っている。履歴書は見せてもらったんでね』
「え? そうなんですか」少し晴れがましい。それと同時に、だからといってどうなるものでもないと思い返す。もはや配属は決まってしまっているのだ。
『で、どう思うんだ? 成績は良かったんだよ、おまえ』
「あ、いえ、わかりません。無重力適性がなかったとか」
『宇宙に出たことがないのに、そんなのわかるかよ。戦略本部付けスタッフって道だってある。……おまえ、友達がさ、夜中に怪しげなセミナーに出てただろ』
「そういえば、そういう連中もいましたが」ますます会話の行方がわからない。さっきのモビルスーツとの関係は? 苛立ちが口調に出ないように、必死でセーブしたつもりだ。
『落ち着けよ。セックスパーティでもやってたと思ってたか?』隊長は大人だ。こっちがいらだっているのを感づいて、受け流している、そうルードは思わざるを得なかった。
「あの、まあ、そうです。僕は誘われませんでした」きまじめなルードは性体験が豊富とはいえない。どぎまぎしながら答えたが、ハットンの答えは冷静そのものだった。
『あいつらがやってたのは、本当にセミナーだよ。ガイア教のな。幹部候補生のうちから閉鎖的な派閥を作る。黒人はお声がかからない。おまえは肌の色のおかげで、あのセミナーに誘われず、ここに配属されたんだ。人種差別なんか旧世紀の遺物だと思ってただろ? 怒りを覚えたか? よしよし。その感情は、おれじゃなくて、あいつらにぶつけるんだな。さっきの重モビルスーツ、おれたちはあれを<スモウ>と呼んでいる。あれだけ間近の画像が取れたのは初めてだ。第五軍と狂信者が組んで、何かやろうとしている。南極軍はくず野郎の溜まり場だが、くずにはくずなりの考えがあるってことを、近々見せてやることになる』


オープニングからモビルスーツが出てこないと、ガンダムらしくないなと自分で思って付け足したプロローグです。とはいえ、この作品の中で最後にかなりつらい運命にあってしまうルードがオープニングに登場したことで、どことなくバランスが取れたような気がします。
もちろんここで登場する<カプール>はガンダムΖΖのカプールで、ターンAガンダムのカプル。そして、<スモウ>はターンAのスモーです。この二つのモビルスーツの登場で、この作品が宇宙世紀物とターンAの間のものとわかってもらえればいいなあ、と言う意味もあります。