ガンダムイフニ

―Tears beyond the time―
ガンダムUC0215〜トキノ ナミダ〜

 彼らの原始的な意識はまだ言葉にはできない。満ち足りたげっぷまじりの吐息、というのがふさわしいかもしれない。
 ぬるま湯のような環境、とよく言うが、浸かっている本人にとっては幸せには違いない。問題は、それが決して長くは続かない、ということなのだ。環境が変化したときに柔軟に対応するための力が、ゆっくりとぬるま湯の中に溶け出していく。

 十分な栄養と暖かな環境。彼らは安穏と暮らしていた。
 そんななかでも、まれに極限状態に追いやられる個体がおり、必要に追いやられて飛躍的に高いコミュニケーション能力を身につけたりもしたが、仲間からは突然変異としか思われず、排除される運命だった。
 それは、偏狭な視野を責めるべきなのか。あるいは過保護が非難されるべきだというのか。
 待った。母体である自分がいくら傷ついても、かまわない。生命は、新たに生まれつづけているのだから。彼らがだめでも、次の準備だってちゃんとあるのだ。

1旅立ち

「信仰によって、アブラハムは、自分が財産として受け継ぐことになる土地に出て行くように召し出されると、これに服従し、行き先も知らずに出発したのです」

ヘブライ人への手紙11章8節

(1)天使隊-1

「どうした! 遅いぞ」メッターの抑制の効いた声が伝わってきた。
 遮蔽地点へ息を切らせつつ、イアンは飛び込んだ。瓦礫からはみ出た金属片に手を引っ掛けた。くそ! 出血したようだ。心の中で罵り声をあげたが、今は傷の手当てをしている余裕はない。どっちみち全身打ち身や切り傷だらけである。落ち着けよ、そう自分に言い聞かせる。弾む息を無理やりゆっくり吐き、脈のペースを落とす。周囲の気配をすばやく読み取る。
 栗毛でちょっと線が細い感じの少年である。本来端整な顔立ちであるが、ケガで左のまゆ毛が分断された格好となり、台無しになっている。だが、その傷は線の細さを隠すワイルドさも付け加えていた。
 日の出まであと1時間ほどのはずだ。汚れた空に、星はない。月明かりがぼんやりとした光を一筋投げかける。あたり一面、瓦礫がちらばり、ところどころに申し訳程度潅木が生えている。地球、南米、アンデス山中の田舎である。宇宙世紀以前は、ここも一国の首都だったらしい。宇宙世紀に入ってからも、そこそこ栄えていた地方都市である。だが、数度の大戦により、荒れ果て、このありさまだ。植物も高度のおかげで潅木より大きなものは育たない。
 暗視スコープの類は使っていない。星明りと音がたよりである。イアンには敵の気配がその先の右手に感じられた。闇の中に、濃い部分があって人の形を作っている。狙撃できるかもしれない。だが、ぐっとこらえた。弾数には限りがあるのだ。
 左手にメッターがやはり瓦礫のかげに腰を落とした姿勢でいた。暗闇のなかで表情はよく見えない。が、幼馴染である。想像はできる。ものを考えるとき、厚い唇を少しゆがませて、不満そうに見える顔をする。短く切った髪は太く黒く、鼻立ちがとおっているが、太い眉が自己主張の強さを表し、インディオ系の浅黒い男らしい顔である。18歳よりはずっと大人びて見える若者だ。
 メッターが右手の指を二本立てた。2時の方向に敵が隠れているという意味である。イアンにはそれを伝える必要はない。目で会話ができる仲である。だが、隊はメッターとイアン以外にも五人いる。今のところやられたのは一人だけだ。イアンは同じアクションを自分の右にいる二人にした。
 どうする? メッターなら危険を冒してでも、大胆に左翼から囮を出すだろう。僕ならどうするだろう。人の体を使わないで囮ができる方法を考えたいところだが。小石か何かを投げたりして、気を引こうか。
 メッターの決断は早かった。右翼側の二人には狙撃姿勢をとらせ、左手の兵に前進命令のアクションを行った。
メッター自身はいつでも突撃できる姿勢に構え、イアンもそれに倣わせる。埃が立ち込める中、2時方向からレーザーのラインが左翼のおとりを狙って発射されるのが見えた。その発射点には相手の兵の体が半分見えている。
 メッターが一瞬早く突撃した。イアンも続く。全力疾走。肺が破れそうに苦しい。相手が丸見えになるポイントまで、約20メートル。2〜3秒後、イアンは自分が見つかったのを感じた。味方右翼からの援護射撃があり、敵の射撃を抑えてくれているが、狙われている! 走っている足を大きく右に踏み出し、避けた。レーザーがほほの左3センチくらいのところをかすめる音が聞こえたような気がした。
 射撃ポイントに飛び込み、一回転して受身を取り、膝立ちになった。一人目ポイント、シュート。二人目にポイント、シュート。三人目がこっちに照準した。ちっと舌打ちしながらもう一回転横に転がりながら、ポイント。だが、撃つ前に、そいつは動きを止めた。ゲームオーバーになったようだった。メッターが後ろから撃ったのだろう。
「よーし、メッター隊の勝利。よくやった。訓練終了。あがってこい。主と教皇が君たちを祝福してくださるように」イヤホンから大音量で甲高い声が響き、ぎょっとしてあわててイヤホンをはずした。ボリュームを考えてしゃべってくれよ、とイアンは呼吸を整えながら、心の中で悪態をついた。うまくやれたと思う。貧相なイグドール教官のお言葉は最後についたミソだ。
 メッターと目が合った。イアンはメッターに向かって肩をすくめた。精一杯のユーモアを発揮して。メッターは苦笑い一つ見せずに、その太い眉を片側だけぐいっと上げて、イアンをたしなめた。

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ガンダムイフニ

 本編に入って初登場の主人公、イアンとメッターです。
 彼らが属している宗教団体、<ガイア>はもちろん、日本で一番有名なカルト教団といえばあれ、というのが一応のモデルです。
 ただ、あのカルト教団が、これほど真摯な気持ちで訓練に望んでいたかどうか疑問です。作者の気持ち的に、イアンとメッターの訓練振りには、半分、新撰組が入っています。NHKのあれじゃなくて、司馬遼太郎の、超厳しいあれです。