(10) マーシャルダイヴィング-2
「ターゲットの速度と高度が下がってます。予定どおりっすね」ボウトが幾分ほっとした声を出したので、ホートラングが一喝した。「気を抜くんじゃない。これからお客さんを拾う仕事があるんだぞ!」
「これはおまえがもってくれないか」フレイドがイアンにアタッシュケースを渡した。
「研究内容かい? なんでこんなに大きいの」
宇宙……
ケースを持った瞬間、イアンは自分の感覚を疑った。マーシャルの海の上から地球が丸く見え、木星が見え、太陽系がごま粒のようになり、銀河が宇宙全体の砂浜の砂粒となった。その後離れすぎて何も見えなくなったあと、一気に近づきすぎて、手元のケースの中身が原子の単位ですべて把握できた。一瞬のその高揚の後、ひざから力が抜けた。
「研究データは私もディスクで持っている。そいつの中身はデータじゃなくて、現物だよ。……どうした、気分でも悪いのか?」
「いや、大丈夫」イアンの感覚は元に戻った。なんだったんだろう? だが、もう時間だ。あとで考えよう。
服はポンチョ風のだぶだぶのものを着込んでいる。少しでも空気抵抗にするためだ。イアンはモビルスーツシミュレータの経験は十分だったから、知識として、ミノフスキークラフト機なら、落ちていく物体との相対速度をゼロにして、マニュピレータで拾い上げるのが簡単な仕事であることも、わかっていた。だが、いざ広々とした海が2000m下に広がる光景を見ると―――マーシャル諸島は当の昔に海面上昇で沈んでいる―――パラシュートもなく飛び降りるのは度胸のいることだった。
父さんは? 意外と落ち着いているようだった。僕が先に行って手本を示すか、それとも父さんを先に行かせるべきか? ええい、迷っているひまがあるのか? モビルスーツのパイロットはじりじりしていることだろう。息を大きく吸った。自分の感情をコントロールしろ、いきなり行かずに、父さんの顔を見て微笑め。そうだ、よくできたじゃないか。フレイドも笑い返してきた。
イアンは身を投げた。機のそばは気流が乱れているので、しばらくまっすぐ落ちる。3つ数えて、手足を広げて水平に伸ばし、ポンチョで減速した。アタッシュケースは大事に持った。エウーゴは父さんの頭脳もほしいだろうが、アタッシュケースの中身も大事なはずだ。スカイダイビングなどやったことがないのに、こうもやすやすと姿勢を取れる自分が不思議だった。モビルスーツが目に入る。余裕が出てくると、自分以外のことが気になった。父さん、しくじるなよ……。
フレイドは息子がにっこりと自分に微笑むのを見て、感慨と勇気が湧いた。私は決していい父親とはいえなかったと思う。だが、息子はこんなにも頼もしく育ってくれている。アリサが生きていれば、喜んでくれる気がした。
イアンのすぐ後に、フレイドも機体の外に身を投げた。イアンほどうまくやれない。自分でもわかっていた。みっともない叫び声を自分があげているのがわかったが、聞いている者がいないのもわかっていて、ほんの少しだけ気休めになるな、と思った。
「ターゲットから人が飛び出しました!」ボウトが余計なことを言った。「こちらでも確認している!」だが、ホートラングはボウト機が早速減速をかけているのを見て、少し安心した。その約5秒後、もう一人出た。一瞬後に、ボウトとホートラングは同じ結論に達した。前に出たほうが、落ち着いていて、落下速度を落としている。後に出たほうがまずそうだった。
「ボウトは前に出た方! おれは後のほうを回収する!」ホートラングの命令を全部聞かずにボウトが先に出たほうに向かっていた。
今のモビルスーツは小型化が進んでいるが、それでも15mはある。空気抵抗は落ちる人に比べて圧倒的に大きい。だが、ミノフスキー粒子で気流は制御できるから、人のほうが気を使ってくれていれば、簡単に速度あわせはできるはずだった。だが、後に出たほうは、ばたばたと手足を動かし、さっきからぐるぐると回転を続けていた。頭を下にしてまっすぐ落ちるよりはまともという程度である。ホートラングは軽く下に向かって加速をかけ、速度をあわせた。地上まで1000m。マニュピレータからターゲットまで、30m、20m、15、10、……0。背中から、ターゲットはヴィクトールの手の中に転げ込んだ。ガンダリウム金属の巨大な手に落ちたのだから、多少の打ち身くらいはしただろうが、安全な相対速度だった。ホートラングはほっと息をついた。拾い上げたのは40がらみの男である。では、こちらが本命だ。先に出て、妙に手馴れたダイビングをしたのが、息子というわけだ。
ボウトは、ちょっと腹を立てていた。ターゲットに機体を近づけて、マニュピレータを差し出して、相対速度をゼロにしようしたそのときに、ターゲットが体をひねってずばりマニュピレータの中に『着地』したのだった。その後立ち上がって両手を開けば『10点』というできである。おまけにディスプレイに写ったターゲットは、どう見てもハイスクール程度の子供にもかかわらず、自分が無事だという軍隊式のゼスチャーをした。ボウトは楽にすんだのだとは思わず、生意気な子供だと思った。
イアンは、モビルスーツの手に乗って、そのすっきりとした姿に驚きを覚えざるをえなかった。モビルスーツシミュレータは何度もやったし、本物を見るのも初めてではなかった。だが、この機体は初めてだ。ガイアに情報が流れてきていた<カチドキ>というタイプに似ているが、より洗練されたスマートさがあった。ということは、ミノフスキードライブ機である。ガイア教団が密かに開発した新型<アイガイオーン>と比べて、どうだろう、と考える。だが、そのすぐ後で、もう僕は天使隊じゃないんだ、と思った。


飛行機から落ちていく人をモビルスーツで拾うって言うのは、モチーフはΖガンダムの<アムロ再び>なんですが、もう少し確信犯的ですね。
基本的にこの作品全般が、「ガンダムに舞台を取ったSF」を目指してますんで、奇想天外なアイディアをつないでいこうと思っていて、こういうシーンがやりたいな、と。
スカイダイヴィングってしたことないんですが、どうなんでしょう。やったことのある人に、ぜひ聞いてみたいところ。モビルスーツでの相対速度あわせとか、気流の問題とか、まったくの想像です。そりゃ違うだろって方、ぜひご連絡を。