ガンダムイフニ

(11) キト上空軌道-2

 発進するとき、地球に向かってまっすぐ落ちる格好となるのはあまり気分のいいものではない、とハーヴェイは感じた。まだまだ引力圏に引っ張り込まれるまでには距離がある――それにガンダムH2は単独で地球の引力圏を振り切れる――が、落ちる、という感覚は捨てきれなかった。だが、このことが一概に悪いとも言えないのは、ハーヴェイも十分わかっていた。
 宇宙空間戦闘では、前後左右、というのは意味がない。自分がどちらを向くかによって変わってしまうからだ。だから、連邦軍の戦闘教則本にはまっさきに『敵の方向を下と思え』と書いてある。一度その感覚がインプットされれば、上下の方向を全員で共有し、間違いのない連携行動がとれるのだ。
 だが、ハーヴェイは、パイロットに慣れてすぐに、その第一規則を無視するようになった。敵の方向は敵の方向である。なぜ上下を決めて動かなければならないのか。その感覚は自分のモビルスーツの動きを制限するように思えた。そして、そのときからハーヴェイは際立ったパイロットとなったのである。
 しばらくしてハーヴェイにはわかった。上下がない空間に耐えられない感覚の持ち主がたくさんいるのである。連邦軍の兵士の多数は地球出身で、重力があってあたりまえの生活を長くやりすぎている。
 だから、今の状況――地球が進行方向にある――のはまさしく下が下であり、わかりやすい。ノートンがこの状況をセットしたのも、艦長としての腕前ともいえる。ハーヴェイにとってだけ迷惑な話なのだ。
 グリーンランドの望遠鏡の観測では、ハーヴェイとノートンの予想通り、一小隊が残っていた。モビルスーツはたぶん同数だが、敵は3隻の戦艦がすぐそばにいる。これの援護射撃を無効にする必要がある。敵のモビルスーツ隊を敵艦と自分のモビルスーツ隊の間に置く形にして、敵艦の援護射撃をさせないようにする。セオリーどおりだ。そうすれば、敵もセオリーどおりに動く。艦を散開させて、十字砲火を浴びせようとするだろう。そうすれば、各個撃破のいい的になる。ラー級1隻とサラミス級2隻のはずだ。ラー級が旗艦だろうから、これをまっすぐ叩けば、戦闘は終わったも同然だ。

「各艦散開! フォーメーションC1! 味方のモビルスーツの邪魔にならないように射撃しろ!」<ラーグランローン>のスノード艦長は既定どおりの戦術行動をとった。彼にとって実戦は初めてではないが、指揮を取るのは初めてだ。マニュアルどおり動いておけば、間違いはない。

 敵艦の動きはわかりやすかった。まさにマニュアルどおりだ。しかし、訓練は良くされている様子がうかがえた。
 ハーヴェイはガンダムH2の右手を振り、ラー級が動く方向を示した。全機意図を理解したのを確認して、加速をかけた。気を張らないとケガをするほどの加速がかかる。H2だけがミノフスキードライブ機なので、味方の<ヴィガン>はついてこられないが、これが作戦どおりである。残りの5機はフローリアにまとめさせ、敵モビルスーツ隊に対して、一時持たせる。H2一機で敵艦を沈めるのだ。完熟飛行は十分ではないが、もうコツはつかんでいる。問題は何もない。

「ケガをしないでね、ハーヴェイ」フローリアは猛加速をかけていくH2の背中を見てつぶやいた。大丈夫だろう。出撃数時間前のセックスも、いつもどおり最高だった。例によって健全とはいえないが、おかしな点はない。彼は帰ってきてくれるだろう。
 それより自分の心配をすべきときだ。後方から敵モビルスーツ隊が追いついてきた。撃ってきた……あんなに遠くから。まだ早い。グリーンランドのモビルスーツ隊――オメガ隊――はよく訓練されている。慌てて撃ち返す者はいなかった。そう、結局、この一発の差が、弾切れになったウサギと、弾が一発だけ残っているライオンをわける差になりかねないのが戦場だ。
「こちらオメガ2。各機慌てるな! 回避行動をとりつつ、北に出る!」まだ他の隊員とのコミュニケーションが十分ではない。余計なお世話になっていることを意識しつつ、そんな言葉で味方を励ました。
「オメガ3、交戦開始。どーも敵さん、素人みたいだな。ま、軽くお相手しましょ」ピアースの発言が雑音混じりに聞こえる。オメガ隊の元隊長である。陽気な優男だが、ハーヴェイの実力を認め、あっさりとよき補佐役に回ってくれている。隊員の士気は高い。敵の遠距離ビームはかすりもしなかった。
 敵のモビルスーツ隊は、こちらがハーヴェイ機を追うことを予測するだろう。だから、その反対の行動をとって、敵モビルスーツ隊と距離をとるように動く。ちょろいものね。簡単に引っかかって、距離が開いた。ハーヴェイが戻ってくるまでの時間を稼げばよいのだ。

「ぐっ……」さっきからずっと3G加速で弧を描くコースをとっている。さすがにハーヴェイもきつくなってきていた。コースは計算されたものではないが、あのラー級を有効射程距離内でくるりと一周するはずだ。反撃もくるだろうが、いやもう撃ってきているが、あたることは考えられない。的の大きさが違う。回避力も。そもそも戦艦とモビルスーツが一対一ではどんな場合もモビルスーツが勝つのだ。ただ単に戦闘終了までの時間だけが今の場合の問題であった。
「オメガ1、交戦開始。敵は正面、1時の方向」味方に無線が届かないのはわかっていたが、律儀にコールした。

「一機突っ込んできます! すごいスピードです!」「落とせ!」スノードはわめきながら、自分の考えの甘さを思い知った。敵のモビルスーツ隊は味方の直援隊を翻弄するように動き、追いつかれる前に一機だけを切り離し、こちらに向けた。どうすればよかったのだろうか? こうなると艦の装甲が頼りだった。戦闘ブリッジは艦の中心にあり、簡単には直撃されない。コロニーにいる妻子のことを思う。生きて帰らなくてはならないのだ。

「射程内……」ハーヴェイはガンダムH2の腰に装備されたヴェスバー――Variable Speed Beam Rifleの略称で、文字通り弾速が可変である――を構えさせ、弾速が最速に設定されているのを確認した。全弾命中させるのだ、牽制用の遅い弾速を使う必要はない。連射した。

 またもや自分の考えが甘かったとスノードは思った。心の中で家族に謝ったが、ハーヴェイが放った11発目のビームの中で、家族への想いもろとも、スノードの肉体は蒸発した。

「よし。いけるぞ」
 ラー級が撃沈する光を見ながら、ハーヴェイはつぶやいた。H2が予定通りの性能を発揮したことに対する満足感はあったが、高揚感はない。次の餌食に向け、また加速方向を変更した。加速タイミングを誤ると、空気抵抗がない宇宙では最終到達点が大幅にずれる。特にミノフスキードライブ機では1秒遅れると戦闘空域から外れてしまいかねない。さっきからの3G続きで体は悲鳴をあげていたが、やむをえなかった。
 今度は地球を背負う形となる。少し精神的に楽になったような気がする。
 前方に火線が見えた。あれか。フローリアがうまく立ち回って、敵モビルスーツと距離をあけ、足止めしていた。10秒程度休めそうだ。スロットルを閉じた。まっすぐ前に捕らえたからには慣性で行けばよい。3Gがいきなり無重力になったが、ハーヴェイはそんな程度のことで気分が悪くなったりしないたちである。
 左のヴェスバーを最低速に設定する。今度は牽制である。ビームライフルをアタッチメントから取り外し、右手に持つ。こちらが本命だ。敵の後方を通り過ぎるコースを取り、とりあえず左のヴェスバーを乱射しつつ、重要そうなターゲットを選んで……。
「落ちろ!」ビームライフルを3連射した。次は左手のサラミス級へコースをとる。確認しなかったが、ターゲットの敵モビルスーツに3弾ともあたったことも、それが隊長機だったことも、わかっていた。

 ただでさえ、旗艦のラー級を沈められてから、敵の動きは悪かった。ハーヴェイを待たずにでもやれそうだったが、どうせ30秒もしないうちにハーヴェイが戻ってくる。余計な事をしてモビルスーツ隊に欠員を出しでもしたら、ハーヴェイに対し申し訳が立たないわ。ほら、来た。フローリアはとてつもないスピードで、敵モビルスーツ隊の後方をよぎるコースをとるH2を見つけた。
「慎重だねえ、姉さん」
 ピアースは戦闘の中に身を置きつつも、ちょっと退屈に感じる自分を見つけた。それはそれで驚くべきことである。戦闘中に退屈するってのは、それだけ安全だってことだ。
 ハーヴェイの腕前は訓練で見せてもらった。すさまじいとしか言いようがない。はぐれ艦グリーンランドを引っ張ってきた自負も吹き飛んだ。物事や女に固執しないのがモットーのピアースはすぐハーヴェイに従うことにした。
 対してフローリアのほうの腕前は、自分と同レベルと見た。パイロットとしての腕前より、黒髪の美人だし、なんてったって情熱的そうなとことが気に入った。もっともハーヴェイの愛人だというのはすぐわかったので、ちょっと残念には思ったものの、あきらめた。
 フローリアがハーヴェイと長くコンビを組んでいたらしいので、とりあえず副隊長の座を譲ったが、今日の結果次第かな、とは思っていた。予想以上に慎重な指揮ぶりだ。ハーヴェイが来るまで何もしないつもりらしい。
 その時、敵の後方に何か通ったのを見たような気がした。敵モビルスーツ隊の中にいきなり光の輪が広がった。
「オメガ隊、全機突撃! いくわよ!」フローリアの声が伝わってきて、反射的に加速をかけた。
 敵の攻撃は、ただでさえ散漫だったのが、もうばらばらだ。狙いを絞って射撃した。あっさり当たってくれる。他の機もそれぞれターゲットを決めて落としていた。敵モビルスーツ隊が全滅した後に、やっと気づいた。あの時敵の後ろを通ったのはハーヴェイ機で、あのスピードで通り過ぎざま敵を一機落としたのだ。それも、落とした相手はおそらく隊長機。神技である。フローリアはそれを確認して、突撃をかけたのだ。
 答えは出た。新生グリーンランドがハーヴェイを中心として行く場合――それ以外の選択肢はありえない――ハーヴェイを理解し、どこにいようとお互い感じあえる間柄のパイロットが副隊長に最適なことは明らかだ。恋人なら、理想的。おれではハーヴェイの動きについていけない。認めるのは情けないことだが、生き残りたいのなら、正直になるべきだった。
 そう思ったとき、遠くに大きな爆発が起こったのが見えた。ガンダムH2がサラミスを落としたのだろう。残りは1隻である。フローリアからそちらに向かう指示が出たときに、グリーンランドから後退命令が出た。

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 牙をむくハーヴェイと仲間たちです。
 結構、まじめに書いてます。自由落下中の動きって難しいと思うんです。ましてや、さしたる目標物がない宇宙空間となると、どうしたものか? 答えのひとつは書いたとおり、上下方向を仮定で決めてしまう方法です。
 逆襲のシャア以降のモビルスーツ(宇宙世紀物ね)のコクピットのディスプレイには、線が引いてあったと思うんですが、あれって事前にみんなで決めた「こっちが下情報」を表示しているのかな、なんて思います。もちろん、アムロやカミーユはそんなものなくてもきっとお構いなしに奔放に戦場を駆け巡ったんでしょう。ハーヴェイにもそういう才能があることになっています。
 あと、重力ねたが続きます。ミノフスキードライブ機での加速。地球があることによる重力勾配。実際宇宙で戦争するのって、結構大変そうです。