ガンダムイフニ

(12) <アーク>・マーシャル上空-1

「初めまして。<アーク>艦長のフロストです。アークへようこそ。エウーゴはあなたを歓迎します」
「フレイド=ランドーです。こちらは息子のイアン。ありがとうございます。お手間を取らせます」
 <アーク>に収容された二人は、まずブリッジに案内された。この艦の艦長という人と、父親が固く握手するのを、脇からイアンは見ていた。
 フロスト艦長の軍人らしくないやさしげな顔といい、パイロットやクルー同士の自由闊達な会話といい、イアンには意外だった。この人たちは軍人ではないんだろうか。軍というものを天使隊しか知らないイアンにとっては、少々規律に欠けるとも見えた。だが、兵同士が自由に意見を述べ合い、日々細かい修正を自主的に行いつづける姿こそ、イアンが自分の隊でやろうとしたことでもある。これが機能するならば、立派な部隊たりえよう。
 さっき、自分を拾ってくれたボウト少尉とは簡単に会話をしていた。礼を言ったのだが、ボウトはちょっとぷりぷりしているみたいだった。なんだってんだろう?
「来ました、お客さんです! 南の方向! オーストラリア基地からですね、これ!」ブリッジのオペレータがこれまた砕けた口調ながら、必要な情報を網羅して報告する。
「申し訳ないですが、追っ手が来たようです。後はジョリーン少尉が面倒を見ます。頼んだぞ」
 オペレータのコールに答えて、艦長は指揮席に戻った。後ろからちょっとぽっちゃりした黒人の女性が出てきた。
「ハイ、ジョリーンです。こちらはビビアン。よろしく。お二人をコロニーにお連れするまで、お世話させてもらうわ。何かあったら、あたしに言ってくださいね」
なかなか感じがいい女性だな、とイアンは思いながら、いやなことに気がついた。黒人を見るのは久しぶりだった。天使隊には、黒人はいなかった。天使隊でメッターはインディオ系の血が入っていて、他にもネイティブアメリカンはいたが、天使隊に純ニグロはいなかった……。
 ビビアンはアジア系の若い女の子だ。僕と同じくらいの歳じゃないだろうか。
「この艦はちょっと特殊なの。これだけ頭に入れて頂戴。この艦はミノフスキードライブで動きます。ミノフスキードライブについてはご存知?」エレベータに乗って居住区へ移動し、通路を歩きながらジョリーンが説明した。ミノフスキードライブで戦艦が動くだって? 驚いたが、イアンはうなずいた。フレイドもわかっているようだ。
「OK。ミノフスキードライブの加速力は半端じゃないわ。この艦は最大3G加速がかけられます。だから、他の艦と違って、進行方向を『上』に作ってあるの。だから今みたいに大気圏内を飛んでいるときは、艦が立っているみたいになって、かなりかっこ悪いけどね。大加速がかかるときは、ブリッジから警告がでるから、そのときはどこかに座っているようにしてね。無用心に無重力から1Gに入ると、ケガをするから。ま、今は『下』が下だから、そんなに気にしなくても大丈夫だけど。宇宙に出たらもう一回説明するわ。……さて、こちらがドクター=ランドーの部屋、こっちがイアン君の部屋ね」
 居住区の真ん中の個室を隣続きで割り当てられた。この艦で規模で言うと、たぶん士官レベルの扱いのはずだ。
 イアンはジョリーンというこの気持ちのいい女性と離れたくない気持ちもあって、言ってみた。「どこか、外が見えたり、戦術ブリッジのところへ行かせてもらったりできますか?」
「これから説明しようとしていたんだけど、この部屋には監視カメラがついています」ちょっと真剣な顔つきになって、ジョリーンが別の事を言い出した。「ごめんなさいね。気分を害さないで欲しいのですけれど、亡命を求めてきた人がスパイだった例はないわけじゃないわ。艦内での移動についても、付き添いがない場合はだめよ」
「イアンさんの付き添いは私です。ビビアンです。よろしく」ビビアンがはじめて口をきいた。じっとこちらを見つめている。改めて見ると、切れ長な目の美少女である。イアンはまごついた。右手がイアンのほうに差し出されている。
「あの、よろしくお願いします」握手をしながら、どきどきした。ラキーナ以外でも、こんな態度しか取れない自分が情けなかった。だが、握手した手の柔らかな感触は、心地よかった。
 艦内放送が流れた。「こちら艦長のフロスト。2分後にこれより1G加速にて大気圏を離脱する。すべてのクルーは加速に備え、2G加速規定の行動をとれ。ここは地球の引力圏なので、2G分の重力がかかるぞ。繰り返す……」
「あらあら、オーストラリアの連中は思ったより、手が遅いのね。艦長は戦闘をしないで抜けだすことにしたみたい。ドクター、部屋に入りましょう。1分で加速に備えないと。通路の端にも簡易座席はあるけど、私もドクターの部屋で加速に備えさせてもらってよろしいですか? ビビアンはイアン君のほうをよろしく」ジョリーンがいった。
「じゃあ、イアンさん。どうぞ。あなたの部屋へ」ビビアンがイアンを促した。
入ってみると、意外と広い部屋だと思った。天使隊ではこれのせいぜい3倍くらいの部屋に、7人が押し込められていたはずだ。
「アークの個室はどれもこんなものなの。狭くてごめんなさい」ビビアンはイアンの表情を読み違えて言った。
「いえ、十分広いです」初対面で自分の苦労話をするくらい野暮なことはない。それくらいは僕にだってわかる。説明はしなかった。だが、他に会話のネタは見つけられなかった。イアンは沈黙した。
「あなたはここに座るといいわ。私は部屋のゲストの席にいくから」てきぱきと部屋のベッドをセットし、イアン加速に備えて寝そべるように言うと、自分は部屋の端から簡易ベッドを引っ張り出して腰を下ろした。
「イアンさんは17歳? あってるかしら?」ビビアンが言う後ろで、加速1分前の艦内放送が聞こえた。
「ええ、そうです」答えながら、ビビアンがいくつなのか、聞いていいものかどうか、ちょっと悩んだ。女性に歳を聞くのはタブーだが、少女ならばかまわないはずだ。
「私は18。エウーゴは18にならないと志願兵を受け入れてくれないわ」ビビアンはイアンが質問する前に回答した。会話のリードは彼女が取っていた。
「地球に降りたことないの。どんなところかしら?」
「サンティアゴとチチカカしか知らないんですけど……」空気は、汚れている。低地ではマスクをつける必要がある。オゾン層が破壊されたため、直射日光は命取りになりかねない。植物は激減し、荒地ばかりだ。改めて考えると、なんであんなところに無理して住む必要があるのかわからなかった。とにかく、だめだ。こんな内容じゃ彼女の気は引けないぞ。「ほっといてもモノが空中にさまよいだしたりしないので便利です。空気と土は腐るほどいっぱいありますよ。ほんとに腐ってますけどね」
 失敗だ。ジョークというよりは皮肉な内容になってしまった。だが、彼女の反応は好意的、というか、どこかほっとしたように見えた。イアンは急に気がついた。彼女も、ボランティアでイアンについてくれているわけではない。イアンがどういう人間か見定めるという任務が託されているのだ。スペースノイドに反感を持ってないか。ガイアの熱烈な信者でないか。
「そうなんだ。あんまり素敵なとこじゃなさそうね? 恋人とかいなかったの?」加速開始、30秒前。
 ラキーナは恋人とはいえない。なにより、これは面接試験である。慎重に答える必要がある。ラキーナのことは忘れて、地球に未練がないことを示すべきである。
加速開始、20秒前。各員、手近な対重力チェアに。
「好きな子がいました。……だけど、彼女は僕の友達が好きで」口をついて出たのは考えていたのとぜんぜん違う言葉だった。「僕は必死になって天使隊もやったし、彼女のことも好きだった。だけど」
 ラキーナ。サイクス。ジョーンズ。イアン隊に入れさせられたみんな。そして、メッター。
「この10年間、地球ですごした。でも結局、受け入れられなかった。追い出されたんだ」僕は何を言っているのだろう? 加速10秒前。9,8、7……さよなら、地球ガイア。涙を流しているのが不思議だった。ビビアンはあっけに取られてイアンを見つめていた。

 ビビアンはイアンのことをハンサムな少年だと思った。背は高いほうではない。常時1Gの重力の中ですごしてきたのだからあたりまえのことだ。体も細身ではあるが、芯には固い力を感じさせた。
 ジョリーン少尉からイアンのことを観察するように言われている。彼はガイア教団の私兵訓練組織で2年近くを過ごしている。フレイドは否定しているが、教団にどっぷりと洗脳されている可能性が高かった。しかもテロリストとしての訓練を受けているのだから、とても艦内で自由を与えるわけには行かない存在だった。
 だが、今、ビビアンのイアン評は混乱している。少しの会話の中で、最初はまともな印象を受けた。次は、いきなりイアンは涙を流して泣き出した。地球の思い出に別れを告げているのだろうか? 18歳になったばかりで、きちんとした恋人づきあいの経験もないビビアンには、イアンの心理は理解しかねた。複雑な子なのだな、と思うしかなかった。
 加速が来た。2G加速ぐらいなら何度か訓練で経験はしているが、あまり気分のいいものではない。ビビアンは生粋のコロニー育ちなので、1Gより少し小さい重力下での生活がほとんどなのだ。顔をしかめながらイアンの様子をうかがった。
 イアンは、ビビアンには予測もつかない行動をしていた。何の苦もなく、2G下でベッドから体を起こし、まっすぐ立ち上がっていたのである。
「ちょっと、何してるの」
「もう地球に戻ってくることもないんじゃないかと思うんです。外が見える場所に行きたいんですが」
「2Gの中で歩き回ったりしたら、ケガをするわよ」ビビアンは部屋の外に出てはいけない本当の理由を口にする前に、言い訳をいってみた。
「慣れてます。大丈夫ですよ。部屋の外にでてもいいですか?」顔の涙の跡を取り繕って、笑顔でイアンは言った。慣れてるですって!? この子は地球でどんな訓練を受けていたのだろう? 自分と同じくらいの体格の仲間を背負ってクロスカントリーでもやっていたのだろうか? それとも遠心加速器の中で寝起きでもしていたのか。
「あの、外に出てもいいですか?」イアンは繰り返した。ビビアンは驚きのあまり、イアンの言うことをきいていなかったことに気がついた。どういおうか? だが、もはや言い訳は思いつかなかった。
「ごめんなさい。この部屋から出ないでちょうだい。その……」
「そうですか。そうですよね。さっきジョリーン少尉が言ってました。父さんより、僕のほうが疑われて当然だ」イアンは複雑な表情をした。確かにハンサムだわ、とビビアンは全然関係ないことを思いながら、言った。「ごめんなさい。仕方がないの」
「いえ、いいんです。ビビアンさんを困らせてしまいました」
 再びベッドに横になり、それきり、イアンは黙り込んだ。ビビアンは何か話し掛けたかったが、話題を見つけることができなかった。気詰まりな沈黙が部屋を満たした。

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 いよいよ<アーク>の真価が発揮される場面です。ここまでずいぶん引っ張りました(爆)。
 普通のSFだと(光速以上でモノが動かない、普通のSFね)、宇宙船で進行方向が上に作ってあるのって、結構良く見るんですが、ガンダムの戦艦はみんな海に浮かべる格好ですよね。そんなもんでいいのかな〜ってのは昔から思っていたので、今回登場させて見ました。
 それと、イアンと絡む二人目の女性、ビビアン登場です。活発、積極的、戦う(戦おうとする)女性です。一番まともなエンドを迎えられる女性、かな。