ガンダムイフニ

(13) デブリーフィング-2

「やってくれましたねえ」ジミー=キャルバートがぶつぶつと文句を言った。俺に向かって言ったのか?  それとも壁に向かっておしゃべりをしたのだろうか。ホートラングにはわからなかった。もともとやせこけて陰気そうな顔が、さらに悲しそうな顔になっている。「1号機は左腕大破、2号機も装甲はピンホールでガタガタ。代替のパーツなんてないんですからね。もうどっちも帰るまで交戦はできませんよ」
 アークは敵モビルスーツの撤収した後、1G加速に戻っていた。これが旧式艦ならリフトグリップを使って自由に艦内を移動できて、こんな陰気な男と狭いエレベータに乗り込まずにすむものを。ホートラングはさっきの戦闘で気分が少しローになっている状態で、ジミーが話掛けてこなければいいのに、と思っていたが、民間人には礼を示さなければならない。
「すまないな。だが、生きて戦闘データを持って帰れただけでもめっけもんだった」ホートラングはキャルバートのモビルスーツバカぶりに付き合って返事をした。もっとも、さっきブラッドに言葉をかけなかったところを見ると、このバカなりに考えているのだろう、と思った。今の気が立ったブラッドに同じいやみなど言おうものなら、文字通り血祭りにされるのは間違いない。
「多分<ギニア>に戻るまで、もう戦闘はないと思うが、そういう可能性にアーク全員の命を賭けるわけにはいかない。お手数だが、できる範囲でメンテを頼む」相手が民間人なので、実質的に命令と変わりはしないが、口にする言葉は要請の形を取らねばならない。面倒なことだ。
 キャルバートと同行のスタッフは早速メンテナンスに取り掛かっていた。キャルバートはジェネラルプロダクトからアークに乗り込んでいるモビルスーツ開発スタッフである。ヴィクトールはロールアウトから日が浅く、量産目的のモビルスーツとはいえ、プロトと大差ない。稼動のたびにデータは回収され、次のロットの量産に反映されて、少しずつ良いものになっていく。今回は特に初めての実戦であるので、データはまさに貴重である。
 いや、実戦が初めてだったのはヴィクトールだけではない。アークのスタッフのほとんどが初めてだったのだ。そう思い直して、ホートラングはブリッジに向かった。キャルバートも後をついてくる。彼もデブリーフィングに参加するのか。気が重くなった。

「このガンダムの動きはたいしたものだった。モビルスーツの性能差だけではないよ」パイロットミーティングは終わりに近づいていた。細かい戦術の評価は終わっている。さっきからキャルバートがガンダムとヴィクトールの性能差を自虐的に述べ立てるので、ホートラングがかわいそうに思った発言である。気分に流されて発言するのはよくないのはわかっているのだが、ホートラングは思わずそういってしまう。
 正直、性能差はある。そして、パイロットの腕の差もある。一応艦の戦術コンピュータでは両機の総合性能差は15%程度と分析された。全面的に当てにはできないが、参考にはなる。ホートラングの感覚としてもあっている数字であった。
「あのガンダムの設計には途中までたずさわったんです」キャルバートが同じ話を繰り返した。
「冗談じゃないよ。連邦軍は腐ってて、こっちより強力なモビルスーツなんてあるはずがねえ、ってんで<アーク>のパイロットになったんですよ。こんなことならジェネラルのテストパイロットを続けてりゃ良かった」ボウトがぼやいた。
「ボウト少尉、発言には気をつけたまえ! 今度そんな口のきき方をしたら、腕立て200回じゃ済まさんぞ」ホートラングがボウトの相変わらずの発言に鋭く注意した。腕はいいのだが、これでは艦のモチベーションが下がる。ボウトが肩をすくめた。よくない兆候だった。
「ガンダムは連邦軍の象徴、エース専用機だ。間違いなく量産はされてないと思う」オブザーバーとして参加しているフロスト艦長が珍しく発言した。おや、と皆を思わせる調子があった。「ザンスカール戦争時のV2ガンダムはリガ=ミリティアが運用したが、ニュータイプが搭乗し、戦争の行方に影響を与えるほどの戦果を上げたと聞いている。ガンダム相手に生き残ったばかりか、2対1とはいえ、退けたのだ。落ち込んだり、恐れたりする必要はない。すまなかった。続けてくれ」意外なところから出た言葉だったが、パイロットたちは気を取り直してくれたようだ。一人、ブラッドを除いて。
「艦の足のおかげで、ギニアに戻るまでに、再びあれと戦闘に入ることはない。それまでに訓練を重ねて、やつを落とせるようにすればいい。4対1でいいんだからな。では、今日は解散だ。みんなゆっくり休め」ホートラングがいうとブラッド以外の全員立ち上がった。
 ブラッドはしばらく席に座ったままで、目は半眼で机を見つめていて、遠目には眠っているようでもあったが、よくみると怒りがうずまいている。炎を吹き出しそうだった。ボウトでさえ、いつもの「ニュータイプ様はご立派で」の類のからかいを投げなかった。ホートラングは好ましく思えばいいのか、懸念すればいいのかわからなかった。

「ここはパイロットの居住区よ」ビビアンがイアンを艦の案内に連れ出していた。あと二日はこの艦で過ごさなくてはならない。食堂やエクササイズルーム、図書室、リラクゼーションルームなどの必要な設備のほかにモビルスーツデッキなどの戦闘区域も案内の中に入っていた。もっとも、戦闘区域の見学は、遠目である。一回りして、最後に自室に戻る前に居住区の区分けを案内しているところである。
 ビビアンはラキーナとは違ったタイプで、はきはきした女性だった。天使隊の生活が2年続いたイアンにとっては、ちょっとしたデートである。楽しくないわけはない。自然と口も軽くなってきたようだった。
「士官区域のとなりですね。モビルスーツデッキにすぐいける場所にある」
「そう。それに娯楽設備とも近いの。パイロットってすごいストレスたまるから」
「でも、ビビアンさんもパイロット志望なんですよね」
「こう見えても運動神経はいいのよ。それに、やっぱり花形でしょ。夢なの」にっこり笑うビビアンは素敵だった。イアンが勇気を出してそのことを言おうとしたときに、向こうのエレベーターのドアが開いた。
 二十歳くらいだろうか、黒い髪をちょっと長めにした長身の男性が降りてきた。
 イアンは周囲の空気がピリッと張り詰め、温度が下がったように感じた。鳥肌が立った。男は蒼い怒りのオーラをまとっているように見えた。
 ビビアンがぱっとうれしそうな顔をした。男に話し掛けようとしている、と感じたイアンはビビアンを止めようとしたが、間に合わなかった。
「お疲れ様です! ブラッド中尉!」
 思わずイアンは一歩前に出て、ビビアンと並んでいた。僕はこの子をかばうつもりなんだろうか?
 ブラッドはじろりとビビアンとイアンをにらんだ。目で殺す、という視線である。さすがにビビアンも、ブラッドの機嫌の悪さに気づいたようだ。その視線はビビアンとイアンの魂に焼けた火掻き棒を突っ込んでえぐるようだ。無言のまま、ブラッドは自室へ歩み去った。
「ブラッド中尉というんですか、あの方。パイロットですか」
 ほっと息を吐きながら、イアンはビビアンに話し掛けた。ビビアンから返事がないので顔を覗き込むと、ショックで涙ぐんでいるみたいだった。
「そう、このアークのエースパイロットなの。いつもはやさしい人なんだけど、今日は出撃があったから……」
 ビビアンはブラッドに好意をもっているんだ。そう感じたイアンはちょっと嫉妬した。それから、ブラッドの様子を思い出した。あれほどのプレッシャーを感じたのは、サンターナに話し掛けられたとき以来だ。だが、彼は危ないな、と思った。コントロールできてない。自分ほどじゃないだろうが。
「じゃあ、この後は、精密検査ですからね」ビビアンが告げた。ビビアンの口調は明るさを取り戻してはいない。仕事の話を事務的にすることで、落ち込んだ気分を紛らわそうとしている。どうにせよ、ビビアンが泣き顔から立ち直ってくれたのは何よりだ。イアンとしても変な気遣いをせずに済む。
「了解です」イアンも事務的に答えた。

 エウーゴは地球連邦の政策に反対するコロニーが寄り集まって成立させた軍隊である。最大の出資元であり、生産基地を備えた<ギニア>に向かって<アーク>は帰還の途にあった。宇宙世紀0215年4月。人類はまだ、自分たちが犯そうとしている罪の重みに気づいていない。

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 やっと第一章完了です。お疲れ様でした。ご愛読ありがとうございました・・・って、第六章まで続く予定です。気合入れてね、本当に。
 ジミー=キャルバートもだめ人間タイプです。こういうの、ステロタイプって言うかもしれませんが、とりあえず、複雑な人間は主役級だけにしましょうね。優秀なのかもしれないけど、暗くて、何考えてるかわからなくて、どうもな〜って人です。ウィルゲムに続いてだめ人間第二号ですね。
 さて、第二章です。次は、一息ついて、イアン君がほっと日常生活を、ほんのしばらく、楽しめるはずです。