(2) 試練-3
「たしかにイアンの隊のメンバーはおかしいし、イグドールの嫌がらせもあると思う。だけど、もう少しがんばってみろよ」メッターがやさしくいった。
イアンは教官のいやがらせ、隊のメンバーとの軋轢に本当に落ち込んでいた。感じやすい年頃である。一時は自殺まで考えた。が、ばかばかしいと思い直した。天使隊をやめればいいのだ。このあたりの気分の切り替えの速さは、イアンの強さであろう。それでとりあえずメッターに相談したのである。メッターは貴重な夜の自由時間を割いてくれた。
「おれが、何でうまく隊をリードできるか、コツを教えるよ。おれも実は最近わかったんだけど」メッターが意外なことを口にした。ずっとメッターの隊はトップなのである。メッターが補った。
「イアンが隊にいたときは、楽だった。ちゃんと判断を下せれば、おまえが率先してやってくれたから。だけど、いなくなってみて、つらかった。だから、率先して助けてくれる、おまえの代わりになってくれるやつを作ったんだ。イアンほどの腕じゃないけどな」にっこりしながらメッターがいった。
「簡単にいうけど」なるほどと思いながら、イアンはどうしたものかとも思った。
「実際簡単さ。君の隊は年上が3人、1年生の新兵が3人だったな。年上はだめだろうから、新兵で、一番まともなやつにすればいい。夜中に一人だけ呼び出して、個人的に<服従の儀式>をやってやれ。サイクスがいいと思うな。サイクスに言うんだ。おまえの助けが欲しい、おまえの能力があれば、隊は良くなるって。一年生だから、まだ子供だ。簡単に、ひっかかる」
メッターはイアンの隊のメンバーまで知っていて、具体的なアドバイスをくれるのだ。改めて、この友人の能力の高さを思い知る。
イアンがメッターに初めて会ったのは、12歳くらいの時だったと思う。メッターは友達を作れないイアンに話し掛け、それから勉強、スポーツ、趣味、何もかもいっしょにやり、あるときは教えた。メッターは歳が一つ上で、能力的にもすべてにおいてイアンを上回ったが、決して子分のように扱ったことはない。いつも友達としてみてくれたのである。
「味方を作ったら、次は敵を撃滅する。隊のメンバーを3つに分けてみてくれ。君の味方。これは一人できた。あと、どっちでもないやつ。ただサボりたい怠け者。ほとんどの連中はこれさ」一息ついて、メッターは続けた。指をイアンの前に、さっと立てた。
「残りが、敵だ。君に対して、良くない感情を持っている。このうちのリーダー格に目をつけて、適当なタイミングで叩きのめせ。手加減しちゃだめだ。残った敵を恐怖で支配しろ。徹底的にやるんだ」ゆっくりと、メッターがいった。「グラーブがターゲットだな。わかってると思うけど。ドノバンに手を出す必要はない。グラーブだけをやるんだ。いいな」
ドノバンは、すばしこくて、模擬戦のときは使えるメンバーだ。グラーブは、でかくて力が強そうだが、あまり知恵が働かず、役に立たない。そして、役に立たないものは、いけにえになってもらえとメッターはいうのである。
イアンは、ぞくりとした。メッターの暗い側面である。新しい局面のたびに、違う反応を見せるこの友人の底ははかりしれない。イアンには、追いつけない存在だ。そして、果たして追いつくべき存在なのか?
隊の中では暴力はご法度だ。ただし、この場合の暴力は、隊員同士の場合のことだ。隊長と、隊員の間では事情が異なる。隊員が隊長に向かって行う場合は、反乱として、最悪死刑が適用される。天使隊が訓練生の集まりだとはいえ、軍隊なのである。一方隊長から隊員の場合は、やりすぎなければ『指導』『修正』という扱いだ。軍隊として当然の規律ではあるが、改めてその立場の重みを感じて、いやになりそうになる。僕は、君のようなできた人間ではないんだ。そういいたかった。
唐突に、イアンは思い出した。こんなことを教えてもらうために、メッターのところへ来たわけではなかった。イアンは、天使隊を辞めるつもりだった。天使隊に入った理由はメッターである。メッターから許可をもらえれば、辞めるのに支障はない。イアンの中でそういう理屈ができあがっていた。
「おれの脇にいてほしい。やめないでくれ。お願いだ」イアンが口を開く前に、メッターは言った。じっとイアンの瞳をのぞきながら。ああ、この手で天使隊に入れさせられたんだっけ。イアンは思い出した。メッター、君はいつでも正しいし、立派だよ。僕の永遠の目標。
「わかった。やってみるよ」思わずため息を漏らしながら微笑して、返事をした。メッターもにやりと笑った。この笑顔には抵抗できなかった。メッターは、イアンの左のまゆの、傷ではげてしまった部分を軽くなで……また、にっこりとした。
翌日の夜中、サイクス=メンテナーを呼び出した。浅黒い肌で、顔には少しの幼さと気の弱さが出ているが、一方で賢明と、精悍な感じもにじみ出ている。鍛えれば、モノになる少年である。
「サイクス、僕は今の隊の状態に満足していない。君はどうだ?」修辞的な質問を投げた。サイクスは、まじめなガイア教徒である。すばしこくて、目端も利きそうだが、今までイアンの無気力な指揮のため、役に立たずに終わっていた。最初は隊長からの個人的な呼び出しに恐れ、そして今は何か重大なことを打ち明けられるのがわかって、感動に身を震わせんばかりだ。1年目の新兵ならではの初々しさを見せている。もっとも自分もやっと17になったばかりなのに。人はこんなに簡単に心動かされるものなのだろうか? メッターから見ると、僕もこうなのだろうか?
サイクスは生粋の南米生まれで裕福なガイア教徒の家庭の出身である。宇宙世紀になって200年もの時間が流れており、人種差別はほとんどなくなっていたが、経済的な格差は相変わらずあった。サイクスは両親の期待を一身に背負って入隊した。一生懸命やっていたのに、前の隊ではばかにされた。体力がなく、大胆さが足りなかった。イアン隊はずっと隊長にやる気がなかった。まだ入隊して一年経っていなかったが、自分が両親ほどに能力がないと思い込んで、除隊を考えていた。だが今、隊長がやる気をみせ、しかも自分を取り立てようとしている。これを逃すわけには行かない。両親のためにも、自分のためにも、ガイアに仕えるためにも。
イアンは罪悪感と嫌悪感を覚えたが、この儀式をやり遂げなければならない。サイクスも期待しているのだ。もはや、引き返せなかった。
「僕一人では今の隊を変えられない。どうしても、助けがほしい。僕は自分の実力は把握しているつもりだ」
まずは、自分の立場をさらして、引っ張り込め。メッターの指導のとおり。サイクスの顔が当惑の表情に変わった。イアンはずっと、無口無表情のやる気のない指揮官だったのだ。それが、自分の弱みをさらしてまで、何かを始めようとしている。
「君の力なら、僕を助けてもらえる。そう思うんだ」微笑した。自分に嫌悪した。このわざとらしい誉め言葉を、よくも笑いながらいえるものだ。あの教官、イグドールのようだ。これが大人になるということなんだろうか?
サイクスがさっと顔を上げた。「あの、ありがとうございます」
柔らかそうな茶色の髪に、利発そうな目をして、ちょっとふっくらとしたかわいい少年である。その目はもう潤んでいるようだった。とどめを刺さなければならない。
「僕の右腕として、副指揮官として、隊を支えてもらいたい」「はいっ!」
この少年に対して、今までなかった兄のような愛情が湧くのを感じた。だが、そうでなければ、イアンの心臓は罪悪感に潰れているだろう。
「主とその妹たちと、この僕に、おまえの気高き心をもて仕え、ある時は氷をその心の炎で溶かし、ある時は炎をおまえの血で消し、そして力尽きたときはその肉を主の糧とすることを誓うか」左手はサイクスの首の後ろに回し、右手はサイクスの心臓の上へ置く。体温と鼓動が伝わってきた。「われとわが身をガイアに捧げ、仕えます」サイクスは涙を流していた。イアンも、感動と、罪悪感で、泣いていた。


メッターの怖さをもう少し出せればというところですが、こんなところですか。
ターンAガンダムを見た人だったら、サイクスのファミリーネームにピン、と来ますかね。もちろんターンAガンダムのあの人の、ご先祖様です。